270.『天衣無縫』と書いて『さんさいじ』と読む(占術:サイン)
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第三章 世界樹の国と元勇者(アマレパークス編)
主人公が世界樹の国で様々な出来事に遭遇するお話です。
仲間として戦闘狂の聖女に続いてエルフの元勇者が加わります。
週2回(月・木)の投稿となります。
よろしくお願いします。
第三章 世界樹の国と元勇者(270)
【アマレパークス編・地下都市ララピス】
270.『天衣無縫』と書いて『さんさいじ』と読む(占術:サイン)
「サイン様、『森羅万象』とはどういう意味ですか?」
僕は心の中の疑問をダイレクトにサイン様にぶつけてみた。
この際、リベルさんが僕のアップルパイを食べ続けていることは無視しよう。
僕自身、朝ご飯の後でお腹いっぱいだし。
「有形無形、この世のすべてですね。」
サイン様が言葉の意味をそのまま説明してくれる。
でも僕が聞きたいのはそういう答えじゃない。
「サイン様、すみません。言葉の意味は分かります。でもなぜその言葉が僕を表すのかが分かりません。」
僕が言い方を変えて問い直すと、サイン様は僕の目を見つめたままで言葉を返した。
「それは、私にも分かりません。私はただ見えたものを伝えるのみ。それが占術士の役割ですから。」
なるほど占術士とはそういうものなのか。
『古の大賢者』が人智を超えた知識ですべてを見通すとか、『不世出の巫女』が民に御神託を伝えるとか、そういう展開じゃないんですね。
まあ、『古の大賢者』にも『不世出の巫女』にも会ったことなんてないんだけど。
でも『森羅万象』って言葉、心のどこかに引っかかってるんだよな。
何か大事な言葉だったような。
思い出せそうで思い出せないこの感覚。
たぶん失った記憶の中の出来事に何か関係があるんだろう。
「ところでウィン様、そろそろ本題に入らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
『森羅万象』と僕の過去の繋がりについて考えていると、サイン様が少し申し訳なさそうにそう言ってきた。
ん?
本題?
あっそうだ、水晶玉を届けに来たんだった。
リベルさんのアップルパイ騒動とサイン様の四字熟語表現に気を取られて、本来の目的をすっかり忘れてた。
僕は慌てて『空間収納』から水晶玉と水晶(原石)を出してテーブルの上に並べ、背筋を伸ばしてサイン様と向き合った。
これも一応商談なので、商人としてきちんとした態度で臨むべきだろう。
「大きい水晶玉が1個、小さい水晶玉が10個、水晶の原石が11個あります。今回手に入ったのはこれで全部です。大きい水晶玉にご興味があると伺いましたが。」
ティティンさんからサイン様の予言を聞いていたので、一応そう確認してみた。
『放浪者が大きい水晶玉を持って来る。』
その言葉の中で、サイン様ははっきりと『大きい水晶玉』を指定している。
しかし実際の希望は少し違うようだった。
「ウィン様、もし可能であればすべてお譲り頂いても構いませんか? もちろん対価は商人ギルドを通じて支払わせて頂きます。」
「構いませんけど、たくさん必要なんですね。」
「はい、最近はコロロックが落とす水晶は手に入れることが難しいのです。」
「占術には、水晶が必要なんですか?」
僕は少し突っ込んだ質問をしてみた。
せっかくの機会だし、興味があることは素直に訊いてみるのが一番だと思ったからだ。
答えを得られなくても、それはそれで仕方がない。
確か前の前の世界にそんな格言があったような気がする。
「聞くは一時の恥。聞かぬは一生の恥。」だっけ。
いや、今の状況とはちょっと意味が違うか。
「ウィン様、水晶がなくても見ることはできるのです。ただ水晶があると、よりはっきりと見えるのです。」
しかしサイン様は意外とすんなり教えてくれた。
自分の能力について、あまり隠すつもりはないらしい。
僕は調子に乗って、さらに質問を続けることにした。
「サイン様の占術は、予言とは異なるんですか?」
「さあどうでしょう。どちらの言葉も定義が曖昧ですので。先ほども言いましたが、私は見えたものを伝えているだけです。」
「でもティティンさんが、サイン様の言葉は100%当たるって言ってましたけど。」
「フフフ、それはとても好意的な解釈ですね。でもひとつ言えることは、未来を完全に当てることは誰にもできません。時の流れは微妙で繊細ですから。」
サイン様の言葉は、謙遜ではなく事実をそのまま伝えているように聞こえた。
ということは、占った時点での大筋の流れは見えるけど、何かの要因で流れが変わることもあるってことか。
まあそうだよな。
『運命』ですべてが決まってたら、生きることがつまらなくなっちゃうよね。
何も変えられないなら、『占う』意味もないだろうし。
「サイン様、もしかして『過去』も見えたりします?」
僕が思いつきでそう尋ねると、サイン様の顔が少し意外そうな表情になった。
「その質問は、今まで受けたことがありません。でも実は『過去』が見えることもあります。」
やっぱりそうか。
『予言』だと未来限定みたいな感じがするけど、『占い』だと過去視もありそうだからね。
でもなぜ今まで誰もそのことを訊かなかったんだろう?
「私のところに来る方は、皆さん自分の『未来』のことばかり聞きたがるのですよ。時には『過去』の方が大事な場合もありますのにね。」
サイン様は微笑みながらそう付け足した。
僕の顔に浮かんだ疑問に答えてくれたのだろう。
心の中を読んだのかもしれないけど。
「ウィン様、水晶をお持ち頂いたお礼に、見させて頂きましょうか? もしご興味があればですが。」
「いいんですか?」
「もちろんです。貴重な品を納品して頂くのですから、それくらいは当然です。」
ということで、サイン様の『占術』を体験させてもらうことになった。
サイン様はまず、テーブルの上に真っ白な布を置いた。
厚さがあるので布というより小さな座布団みたいなものか。
そしてその上に僕が渡した大きな水晶玉を載せた。
「それではウィン様を見させて頂きます。」
サイン様はそう告げると左手で水晶玉に触れながら僕の方をまっすぐに見た。
僕はてっきり水晶玉を覗き込むのかと思っていたけど、そうではないらしい。
僕も姿勢を正してサイン様の目を見つめ返していると、しばらくしてサイン様の目の色が変化した。
銀色から金色へ。
「獣人族の剣士。刀が2本。泣いてます。」
サイン様から言葉がこぼれる。
短いセンテンスが3つ。
僕はそのまま続きを待った。
しかし・・・・・続きは無かった。
「ウィン様、以上です。」
えっ、それで終わり?
ちょっと短くないですか?
「ウィン様、占術で見えるものは様々です。短い時もあれば長い時もあります。分かりやすい時もあれば意味不明な場合もあります。ただウィン様にとって重要なことではあるはずです。」
サイン様はそう告げると水晶玉から左手を離した。
目の色はすでに金色から銀色に戻っている。
僕は少し困惑しながらも、どうしても聞きたいことがあった。
「サイン様、今見えたのは僕の『過去』でしょうか、『未来』でしょうか。」
「・・・・・過去でもあり未来でもある。そう感じます。」
僕の質問に対してサイン様は短い沈黙の後、そう答えた。
過去でもあり未来でもある。
う〜ん、どういう意味だろう。
まあサイン様は『見える』だけで、意味は分からないって言ってたしな。
いずれこの『占い』の意味が理解できる出来事に遭遇するんだろう。
そんなことを考えていると、
「は〜い、ボクも占ってください。」
僕の隣から能天気な声が聞こえた。
2個目のアップルパイを食べ終えたリベルさんが右手をまっすぐ上に上げている。
リベルさん・・・・・
『天衣無縫』と書いて『さんさいじ』と読むリベルさん。
ちょっとやり過ぎだと思いますよ。
このリベルさんの態度には、さすがのサイン様も苦笑いを浮かべていた。
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