表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

269/333

269.勝手に食べないでください(『3歳児勇者』:リベル)

見つけて頂いてありがとうございます。


第三章 世界樹の国と元勇者(アマレパークス編)


主人公が世界樹のアマレパークスで様々な出来事に遭遇するお話です。

仲間として戦闘狂の聖女ルルに続いてエルフの元勇者リベルが加わります。


週2回(月・木)の投稿となります。

よろしくお願いします。


第三章 世界樹の国と元勇者(269)

【アマレパークス編・地下都市ララピス】



269.勝手に食べないでください(『3歳児勇者』:リベル)



「あっ、ウィンさん、建物が見えてきましたよ。この地図からするときっとあそこが目的地です。」


リベルさんが地図を見ながら前方に見える真っ白な建物を指差す。

どうやら『占いの館』に到着したらしい。

名前からしてもっと独特な建築物を想像してたけど、白一色という特徴以外はごく普通の家だった。


しかしリベルさんが地図を読めるなんて想定外だよな。

「地図は僕が見ます」とリベルさんが言い出した時、正直なんの悪い冗談かと思った。

でも結果的にリベルさん、一度も道を間違えなかった。


「ボク、空間把握だけは得意なんですよね。」


リベルさんが嬉しそうな顔でそう言ってくる。

鼻を高くしてちょっと自慢げだ。


確かに初めての街で地図を頼りに移動するのは難易度が高い。

この世界の地図は、それ自体がそんなに正確なものじゃないし。

ティティンさんがくれた地図も手書きなので、縮尺とか建物の大きさとか微妙に狂ってる。

それを見て現実空間をきちんと把握できるのは、自慢していい能力かもしれない。


まあダメダメでも元勇者だからね。

特技のひとつやふたつ、あってもおかしくないよな。

いや別にリベルさんを軽んじてる訳じゃないよ。

ただ、こんなきちんとした作業には向いてないと思ってただけで。


一方、もう1人の同行者のルルさんは、周囲を注意深く見回しながら黙々と僕たちの後ろを歩いていた。

おそらく戦闘になった時に備えて、街並みや地形を確認してるんだろう。

街中で戦闘なんて滅多にないとは思うけど、暗殺者ギルドの襲撃を受けたこともあるから、絶対にないとは言いきれない。


「ウィンさん、あそこで何を食べるんですか? 朝食の後だから甘いものとかいいですね。」


リベルさんが、『占いの館』に向かって歩きながら、そんなことを訊いてくる。

相変わらず頭の中のほとんどは食欲に満たされているらしい。

燃費の悪い『光系魔法』の影響なのか、元々そういう性質なのか。

あるいは勇者パーティーを逃げ出した後、ひもじい思いをし過ぎて、そんなふうになってしまったのか。


でもリベルさん、これから訪問する『占いの館』は食事処でも喫茶店でもありませんからね。

名前の通り、『占い』をする場所だと思いますよ。

それに「朝食の後だから甘いもの」って・・・・・。

朝食の後は、昼食まで何も食べなくてもいいんじゃないのかな。


「リベルさん、食事に来たわけじゃないんで、甘いものは出ないと思うけど。」


僕がそう告げると、リベルさんは鼻をクンクンさせてにっこり笑った。


「ウィンさん、ボクを騙そうとしてもダメです。あの建物からは甘い香りがします。」


甘い香り?

僕にはまったく分からないんだけど。

このはらぺこ勇者、何を言ってるんでしょうね。

でもリベルさんの食べ物に関する察知能力は侮れないからな。

まあ本当に甘い香りがするとしても、お香とかかもしれないし。

『占いの館』だけに、そういうものを焚いてる可能性もあるよね。


そんなリベルさんの戯言を聞き流しながら、僕たちはゆっくりと真っ白な建物に近づいた。

そして僕が扉をノックしようとすると、いきなりその扉が内側に開いた。


「ようこそ、お待ちしておりました。」


僕は扉をノックする寸前の形で固まったまま、声が聞こえた方を見る。

その声は下の方から聞こえた。

視線を下げると、そこには銀髪で銀色の瞳をした幼女が僕を見上げて立っていた。


「ええっと、ここが『占いの館』で間違ってませんか?」

「はい、ウィン様。」

「なぜ僕の名前を?」

「名前は世界により異なりますが、この世界ではウィン様ですから。」

「いやそういう意味じゃなくて・・・・・」

「準備はできております。どうぞ中にお入りください。」


その銀髪の幼女は有無を言わせず僕たちを『占いの館』に招き入れた。


「ほらぁウィンさん、やっぱり甘いものがあったじゃないですか。」


接客用らしき部屋に入ると、リベルさんがいきなりそう叫んで、中央のテーブルの方に走って行った。


リベルさん、『空間把握』能力の凄さは認めますけど、『状況把握』能力も身につけましょうね。

他人の家に初めてお邪魔していきなり走りだすとか、10歳の子供でもしませんよ。

今度から『3歳児勇者』って呼びますよ。


「申し訳ありません。うちのリベルが・・・・・。」


僕はリベルさんの礼を失した行動に内心で頭を抱えながら、銀髪の幼女に謝罪した。


「謝罪は必要ありません。光の勇者様は『天衣無縫』。その行動が私の心証を害することはありません。お二人もどうぞ席の方へ。」


銀髪の幼女は、リベルさんの行動を気にすることなく、ルルさんと僕をテーブルの方へと促してきた。


テーブルの手前側に椅子が3つ、対面側には椅子が1つあり、リベルさんはちゃっかり手前側の真ん中の席に座っている。

そしてテーブルの上には、アップルパイと紅茶が3人分並べられていて、紅茶からは湯気が立っている。


どう見ても、僕たちの到着に合わせて準備した感じだよな。

いつ頃訪問するとか伝えてないのにね。

占術って、そこまで正確に占えるの?

ていうかリベルさん、アップルパイをガン見するのやめてもらえませんか。

先にひとりで食べ始めなかったのは褒めてあげますけど、まずはサイン様に挨拶しないと。


「光の勇者様、どうぞ遠慮なくお召し上がりください。聖女様、ウィン様もどうぞ。」

「わ〜い、いただきま〜す。」


アップルパイを凝視していたリベルさんが、銀髪の幼女の言葉に反応して、アップルパイに飛びついた。

「待て」を解除された飼い犬みたいに。

木製のフォークが横に置かれているのに、直接手掴みで食べ始める。


後でディーくんに、リベルさんの訓練内容の変更をお願いしよう。

サバイバルだけじゃなく礼儀作法も叩き込むように。


「サイン様、おもてなし、ありがとうございます。」


僕は銀髪の幼女に感謝を伝えた。

いくらこの世界の常識が足りない僕でも、この幼女がサイン様だということくらい分かる。

本当に幼女なのか、見た目と中身が違うのかは判断できないけど。

だって先祖返り系エルフの人に会うのは初めてだし。


「ウィン様、水晶玉をご提供いただくのですから、これくらいは当たり前です。あと、私の年齢は10歳です。」


サイン様はニッコリ笑いながらそう言った。


えっ、本当に?

見た目より上だけど、それでも10歳?

しゃべり方や態度があまりにも落ち着いてるから、実際の年齢はもっと上かと思ってた。


「ただし、今回は生まれてから10年という意味ですが。」

「今回? もしかしてサイン様も転生されたのですか?」


僕はサイン様の言葉に驚いて、反射的に訊いてしまった。

僕と同じように別の世界の記憶があるのかと思ったからだ。

しかし、サイン様の答えは、少し違っていた。


「ウィン様、私の場合は転生とは呼ばず、『輪廻』と呼びます。しかもこの世界限定です。」

「輪廻ですか? この世界限定の?」

「そうです。他の世界が見えることはありますが、生きたことがあるのはこの世界だけです。」


僕はしばらく考え込んだ。

僕の場合は、明らかにこの世界とは違う世界の記憶がある。

前の前の世界の記憶だ。

まあもしかすると、この世界の遠い過去とか、遠い未来という可能性も捨てきれないけど。


そしてこの世界で目覚めた時は、僕は今の姿のままだった。

子供時代の記憶はない。

ひとつ前の世界はこの世界に似ていたけど、たぶん同じじゃないと思う。

ということは、1度目は異世界転生で、2度目は異世界転移なのかもしれない。


「ウィン、せっかくの紅茶が冷めてしまうぞ。」


物思いに耽っていると、ルルさんが声をかけてきた。

確かにおもてなしを放置するのは礼儀に欠けてしまう。

僕は慌てて意識を持ち直し、目の前のアップルパイと紅茶をいただくことにした。

しかし、


「あれっ、紅茶しかない。」


アップルパイが僕の前から忽然と姿を消していた。

考え事をしながら無意識に食べてしまったんだろうか。

いやそんなはずはない。

僕はもう一つの可能性に思い当たり、隣を見た。

そこには、2個目のアップルパイに齧り付いたばかりのリベルさんの姿があった。


「リベルさん! 何してるんですか! それ、僕のアップルパイでしょう!」

「えっ、ウィンさん、いらないのかと思って。」

「だからって断りもなく食べちゃダメでしょう!」

「だって、残されてるアップルパイが可哀想で。」

「だってじゃないです。いい加減大人になってください。じゃないと『3歳児勇者』って呼びますよ。称号になるまで呼び続けますよ。」


そんな実にくだらないやり取りをリベルさんとしていると、対面のサイン様から軽やかな笑い声が響いた。


「フフフフ、『天衣無縫』の勇者に『常在戦場』の聖女、そして『森羅万象』の放浪者。楽しそうでなによりです。」


サイン様が発した言葉は、声の大きさよりも強く僕の頭の中に響いた。

それは、称号とは異なり、僕たちの存在を象徴する別の言葉。

説明はなくても、なぜかそんな気がした。


リベルさんは『天衣無縫』で、ルルさんは『常在戦場』か。

でも、僕の『森羅万象』って、どういう意味だろう?



読んで頂いてありがとうございます。

徐々に読んで頂ける方が増え、励みになります。


誤字・脱字のご指摘、ありがとうございます。

ご感想を頂いた皆様、感謝いたします。

ブックマーク・評価を頂いた皆様、とても励みになります。

ありがとうございます。


次回投稿は6月20日(木)です。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ