115.七龍の勇者の物語(吟遊詩人の語り)
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第二章 葡萄の国と聖女
主人公が戦闘狂の聖女と知り合い、葡萄の国で様々な出来事に遭遇するお話です。
週3回(月・水・金)の投稿となります。
よろしくお願いします。
第二章 葡萄の国と聖女(115)
【コロンバール編・港町ポルト】
115.七龍の勇者の物語(吟遊詩人の語り)
これから語らせて頂きますのは、『七龍の勇者の物語』。
それは原初の神々が無数に作り出した箱庭の一つで語り継がれる英雄譚。
古の、さらに古の時代に実在した人たちのお話。
* * * * * *
ある日の夜、辺境の村の空に突然光が溢れ、まるで昼間のように明るくなったといいます。
村人たちは恐れ慄き、村の小さな教会に集まり必死で祈りを捧げました。
誰もが神の怒りに触れたのだと信じたからです。
やがて空に溢れた光がおさまり夜の闇が戻ってくると、村人たちは祈るのを止め、教会の外へ出て夜空を見上げました。
すると、さんざめく星々を背景にして、小さな光の玉が上空から降りてくるのが見えました。
村人たちはすぐに地面に跪き、その光の玉に向かって祈りました。
神様が降りて来たに違いないと思ったからです。
光の玉はゆっくりと降下し、教会の前にふわりと着地しました。
村人たちは畏れ多さのあまり顔を上げることができません。
そんな中、教会の神父だけが勇気を振り絞って顔を上げました。
するとそこには光る布に包まれた赤子の姿がありました。
その赤子は「光の子」と呼ばれ、そのまま教会で育てられることになりました。
天から光に包まれて降りてきた存在の居場所として、それ以外は考えられなかったのです。
「光の子」は普通の赤子のように泣き叫ぶこともなく、その瞳にははっきりと知性の輝きが見えたといいます。
「光の子」は三月で言葉を発し、半年で立ち上がり、一年後には普通に会話し、元気に走り回るようになりました。
病気をすることも怪我をすることもありません。
村人たちは「光の子」の中には神様が居ると信じて疑いませんでした。
三歳になると「光の子」は王都の教会に移されました。
本人がそうして欲しいと、教会の神父に告げたといいます。
自分の存在が辺境の村にとって大きな負担であることを感じ取っていたのかもしれません。
実際、村人たちは「光の子」を崇拝しながらも、怒りを買わないように神経をすり減らして暮らしていたのです。
王都の教会に移った後、「光の子」は魔法の才能を開花させます。
五歳で冒険者の魔法職並み、八歳で宮廷魔導士並みの実力に達していたといいます。
さらに「光の子」が特別だったのは、当時のその世界では誰も知らないような知識をたくさん持っていたことでした。
そして十歳の「神授の儀(神から授かった能力を判定する儀式)」において、「光の子」が「勇者」の称号持ちであることが判明します。
その事実は王より正式に発表され、王都は、新たな勇者の誕生に沸き立ちました。
その世界では人族と魔族の戦いが長らく続いていました。
世界の地図はほぼ二等分され、一進一退の状況です。
切り札として人族には勇者が、魔族には魔王がいました。
しかし勇者も魔王も無敵ではありません。
勝つこともあれば負けることもあります。
先代勇者は魔王に挑み、なす術もなく負けてしまいました。
当代の魔王はかつてない強さを身に付けていたのです。
人々は、勇者の敗北、そしてそれに続く勇者の不在に大きな不安を抱いていました。
新しい勇者が現れたのはそんなタイミングでした。
十歳で勇者に認定された「光の子」は、自らを「ルクス」と名乗りました。
それまでは誰もが彼を「光の子」と呼び、特定の名前がなかったのです。
ルクスは魔族と戦うために各地の戦場に赴きました。
勇者の称号を得たからといって、すぐに圧倒的な力が得られるわけではありません。
訓練と経験を重ねて成長していく必要があります。
ルクスはその類稀なる魔法能力を駆使して、多くの戦いを勝利に導き、勇者としての力を高めていきました。
十五歳になる頃には、勇者ルクスは万能の魔導士として名声を得ていました。
ありとあらゆる魔法を自由自在に操り、誰も知らない魔法を次々に作り出し、戦った相手の独自魔法さえ習得したといいます。
戦いを続ける中で、ルクスには五人の仲間が付き従うようになりました。
広範囲の索敵能力を持ち、罠設置、道具作りに優れた森人キリト。
彼は『狩神』と呼ばれました。
最高レベルの回復、神の声を聞くことのできる祈り、すべての状態異常を祓う浄化を行うことができるヒト族リリアン。
彼女は『聖女』と呼ばれました。
二刀流を極め、高い身体能力を持ち、あらゆるものを切り裂くことができると謳われた獣人ムサシ。
彼は『剣神』と呼ばれました。
鋼のような肉体を持ち、俊敏さを極め、接近戦では無類の強さを誇る岩人ガンツ。
彼は『拳王』と呼ばれました。
七色に変化する瞳を持ち、意識あるものすべてを魅了し、魔物の群れさえも従えると言われたヒト族アルチェ。
彼女は『聖瞳』と呼ばれました。
彼らは国や権力によって勇者のもとへ派遣されたわけではありませんでした。
一人、また一人とルクスのもとに集い、いつの間にか共に戦うようになっていたといいます。
二十歳を越える頃、ルクスの勇者としての能力は頂点を極めつつありました。
しかし、当代の魔王は歴代魔王の中でも最強と呼ばれる存在。
彼の使う究極魔法「万物流転」は、世界の理を自由自在に改変できる空間を自らの周辺に作り出すものでした。
その中に囚われてしまえば、物理攻撃も魔法攻撃もほぼ通すことはできません。
攻略方法の目処が立たない中、それでもルクスは、最終決戦に向けて最後の試練を受けることを決意しました。
当時その世界には七柱の龍が存在しました。
人々はその龍たちを畏怖を込めて「神龍」と呼んでいました。
波濤荒れ狂う魔の海域に住む水龍。
天に最も近いと言われる神の山の頂きに住む光龍。
大陸中央の山脈の下に広がる巨大迷路のような洞窟に住む金龍。
凶悪な魔物が跋扈する魔の森の深奥に住む緑龍。
常に強風が吹き荒れる無人の孤島に住む風龍。
岩と砂以外存在しない不毛の荒地の地下深くに住む土龍。
噴煙を噴き上げ高温の山肌に包まれた火山の火口に住む火龍
代々の勇者は、魔王に挑む前の試練として必ず七柱のうちの一柱に挑戦することが習わしとなっていました。
神龍を倒す必要はありません。
人の身で倒すことは不可能だと考えられていました。
神龍の巣に入り、神龍と戦い、生きて戻ることができれば、勇者として魔王と戦う準備ができたとみなされていたのです。
ルクスは五人の仲間とともに水龍に挑みました。
多勢の人々が見守る中、一艘の船で海に漕ぎ出し魔の海へ向かったのです。
水龍に遭遇し、しばらく戦い、その後魔の海から離脱するだけであれば、それほど時間はかかりません。
通常「神龍の試練」に必要な時間は三日と言われていました。
もちろん普通の者であれば水龍に遭遇しただけで、己の命を諦めるでしょう。
しかしルクスほどの勇者であれば、無事に戻ってくると誰もが信じていました。
三日が過ぎてもルクスたちは戻りませんでした。
五日が過ぎ、七日が過ぎました。
「勇者ルクスは試練を越えられなかったのか。」
そんな思いが人々の間に広がって行きます。
そして誰もが勇者の生還を諦めかけた十日目の朝、ルクスたちは魔の海から帰って来ました。
その背後に水龍を従えて。
「神龍の試練」を乗り越えただけでなく、神龍の一柱を従えたルクスに人々は狂喜乱舞しました。
勇者ルクスがすぐに魔王を倒してくれると確信したのです。
しかしルクスたちは、魔王討伐には向かいませんでした。
彼らが次に向かったのは神の山、光龍の巣でした。
最終的にルクスたちは七柱の神龍すべてと戦いました。
そして七龍すべてを従えました。
この神龍たちとの戦いの中で、ルクスは魔王と戦うための魔法を作り出したといいます。
しかしそれがどのような魔法なのか、知る者は誰もいません。
ルクスも仲間たちもその魔法については何も語らず、
その魔法を見た者も誰もいなかったからです。
七龍との戦いを終えたルクスたちはすぐに魔王討伐に向かったといいます。
七龍を従えて歩みを進めるルクスの姿を見て、人々は口々にこう叫びました。
「七龍の勇者!」と。
その声は徐々に大きくなり、最後は大歓声となって勇者ルクスと仲間たちを送り出しました。
そして・・・勇者ルクスたちは二度と戻りませんでした。
ルクスも、その仲間も、七龍も。
魔王も姿を消しました。
何があったのかは誰にも分かりません。
神々も教えてはくれません。
相討ちで共に消滅してしまったのか。
生き残った者が姿を消したのか。
あるいは、どこかでまだ戦いが続いているのか。
人々の間に仮説はたくさん生まれましたが、結末は今もどこかに埋もれたままです。
願わくばこの世界で、真実が示されんことを。
* * * * * *
お時間を頂きありがとうございました。
『七龍の勇者の物語』はここまでです。
この物語をこの世界に語り広めて頂ければ幸いです。
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