電戎鏡國《デンカイキョウコク》6
組――、……園長先生であるガンドリアから一通りの説明を受け……。
いざ一人でゲームの世界を歩き出す。
当時の記憶とはまるでかけ離れた街並みを堪能しつつ、
朧気に蘇る思い出は、とある人物との再会でより鮮明な物となって脳内を埋め尽くしていた。
《犬巫女》:元気そうで良かった……
口をついて出た言葉は本心では無く、
その胸中は感情を曖昧にすることを拒否していた。
『――どうして?』
醜い感情だった。
でも、どうしてもそう想わずにはいられなかった。
当時幾度となく向けられたあの目。
誰かに必死になっているあの表情。
何も変わっていなかった。
ただひとつ変わっていたのは、その先に私が居ないという事だけ。
《犬巫女》:忘れてたのに……
それもまた事実だった。――だからこそ醜いのだ。
無碍にした癖に、
強引に引き千切った癖に、
自分から終わりにして忘れ去っていた癖に。
それでも私の事を想っていて欲しいなんて……。
『身勝手すぎていっそ死ぬべきだ――』
《犬巫女》:ッ――。
在りもしない炎の気配を、燻される香りとして認識する。
風の無い空間で、一筋にも満たない煙が、白い線を作っている。
これが何処から立ち昇っているのか――。
それを全て理解した上で無視を決め込む。
ここは夢のある世界だ。
それを楽しむことを良しとされているし、私自身それを楽しみたい。
《犬巫女》:レベル上げしよっ!
転移門に告げたのはガンドリアから教えられた低レベル帯の穴場。
――水の都ヴェルレイユ。
水上都市として栄えた、――その跡だけを残す美しき廃墟。
乱立された塔が巨大湖より聳え、その足下には迷路のような水路が広がる。
《犬巫女》:綺麗なとこだなぁ……
水路から塔を見上げ感嘆の声を漏らすが……。
いまいち景色に浸れていないのは、水路に潜むモンスターの多さを感じての事だった。
結晶体で構成されたモンスター、――人造精霊エピトーネ。
下駄に履き替え水場のデバフを弾きつつモンスターを蹴散らす。
《犬巫女》:オッラあッ!!
現実で振るう番傘と何ら遜色のない打撃感。
次々と湧くモンスターを潰していく爽快感。
二歩三歩と踏み込まないと届かない敵には……。
《犬巫女》:水口――……あっダメダメ!
《犬巫女》:限りなくグレーに近いアウトってUeUさん言ってたし、
《犬巫女》:折角なんだから此処の魔法も使ってみないと……。
水の魔法――、ヴェル、ヴェルトゥ、ヴェルトゥーカ。
それぞれ範囲と威力が違うが、今使えるのは初歩のヴェルのみ。
《犬巫女》:ヴェル!
高圧で押し出される水の刃は、いとも容易くモンスターを切り刻む。
《犬巫女》:初級でこれ……?
《犬巫女》:じゃぁ上級って……、んっふっふっふ~!
長らく忘れていたゲームの楽しさ、積み上がっていく技術とレベルに夢中になった。
水路の攻略を済ませて、次に向かうは塔内部。
螺旋階段が重なって出来た複雑怪奇な建築様式。
出迎えたのは頂上への侵入を阻むモンスター、――無機物自動人形ゴルム。
機械的な動きで対処も容易だと思われたが……。
体格の大小様々な上に、振るう得物すら違っていて、おまけに魔法がすこぶる効きづらい……。
仕方無しに接近戦を挑むが、打ち込んだ番傘の方が折れる勢いだ。
《犬巫女》:な~に~?またバグ的な?
《犬巫女》:……誰もいないよね?
《犬巫女》:し、仕方無いんだあああああ!!
《犬巫女》:――波濤閃ッ!!
水の爆裂が塔内壁に穴を開け、そのままの勢いでゴルム達を外へ押し流す。
特別の意味を堪能していた。
現実では祝詞を詠唱しても波濤閃や水口などの術は成立しなかったからだ。
それが、何故かここでは上手くいく。
本当なら禁止されているという背徳感が、
本来なら隠匿するべき物であるという責任感と合わさって何倍もの快感を齎す。
《犬巫女》:三天二式、水禍・曝雹陣!!
周囲の物を水で包み、瞬時に熱を奪って氷結、手玉とする陣術のひとつ。
氷結した物を放つも炸裂させるも術者次第。
三津宿大社で読んだ古式の術。
成立させた者は御使笠の中でも過去数える程しかいない高等術式。
《犬巫女》:やっぱ才能かぁ~……?w
わざとらしく口角を吊り上げてニヤけるが、
恥ずかしくなって直ぐに袖で顔を覆った。
《犬巫女》:疲れてたのかな、私。
《犬巫女》:少なくとも発散出来てはいなかったよね……
近寄る者皆氷漬けにして浮かせつつ、最上階まで駆け上がる。
白も黒も無い。青く降り注ぐ空――。
かつて見たことが無いほどに無窮を響かせる空に、
氷の塊となったモンスター達を打ち上げて、両手を広げる。
乾いた花火の様な軽くて広がりのある音が響いて、
砕けた氷の結晶がきめ細やかな雪となって辺り一面に降り注いだ。
《犬巫女》:きんもちイイぃ~~~…………
雪の一粒一粒を額に、肩に、腕にと受けて。
染み入る涼しさを受け容れて。
塔の天辺。
青の頂で。
――条件を全て満たした。
降り注ぐ雪を、降り注ぐ青を、降り注ぐ空を見上げていた。
確かに、疑いようも無く。
全身で、心で感じていたのは晴天のみ。
――――雨だった。
瞳に雨が溜まりきり、視界がぼやけている。
少しの間それを見届けて、最後に来た痛みでやっと現在を視た。
《犬巫女》:――え……
疑いようも無く肌に残る日差しの熱を、
暫く前から降っていたであろう雨の冷たさが覆っていた。
雨水が染みた目を拭い、
矛盾する事象に考えを巡らせる間も無く、
以前何度も体験した震えが全身を支配していく。
《犬巫女》:…………誰……?
全身を包む、――怖気。
遙か彼方から響く、――轟音。
圧倒的な生命力が芯を打ち、何も無い虚空と目が合う感覚。
無窮の青が——。
水を携え雲を呼び、雨を従えながら舞い降りた。




