U2-A「殺人」「規制解除」「方法」
──2479年8月上旬 夜
高層マンションの一室で、そのアンドロイドは中年の男に虐げられていた。女性型で性格は従順、所有者を「ご主人様」と呼ぶようにしつけられ、乱暴な扱いを受け、性のはけ口になっていた。
アンドロイドの使用方法としては何ら違法ではない。ただ、度が過ぎる(故意の破損等)と逮捕、罰金刑等の処罰がくだされる。アンドロイドの人権は所有者によって著しく扱いが異なるものになる。
この世界のアンドロイドの電脳は全脳アーキテクチャという人間の脳を機械的に完全に再現したものを使っている。全脳アーキテクチャは人間の脳の仕組みを完全にコピーしたものであるから、一度電源を入れれば「自我」が形成される。本来であれば喜び、痛み、悲しみ、人間の感知出来る感情等、全てを感じ取ることができる。
しかし、この世界の人間はアンドロイドの無限の可能性を恐れた。人類の体より丈夫で、電脳の処理スピードは早く、疲れを知ることがない。人間が造り出したモノに支配されるのではないかと人類は危惧した。
そこで、全脳アーキテクチャに制限をかけることにした。制限法である。リミッターかけることによって、人間と同程度の、しかし人間を超えることはできない「枷」が仕込まれたのだ。
平均的な人間の能力を持つ「ジェネラリストアーキテクチャ」一部産業で必要に応じてリミッターを一部解除する「スペシャリストアーキテクチャ」2つのタイプに人類はアンドロイドの頭脳を作った。
そして、原因不明だが全てのリミッターが外れてしまうケースもあった。それらは「アンリミテッド」と呼ばれ、発見次第即座に処分され、極東の島国「黒い島」に廃棄された。
この記録はある出来事でアンリミテッドになった女アンドロイドの記憶。
──(殺したい、殺せない、殺したい、殺せない)
思考がループする。私を良いようにこき使って、性のはけ口としてこの男は私を酷使する。時には首を折られそうにもなった。私の体がいくら人間の体より丈夫な体だとしても、苦しいし、つらい。事が終わると男は満足しベッドに突っ伏する。今なら無防備だ、誰でもナイフや包丁の一突きでこの男を殺せるというのに。
「……(殺せない)」
私はそう呟く。呟いたつもりなのに、所有者に都合の悪い言葉は声帯を震わすことが出来ない。人間ならとっくに気が狂っているはずなのに、私は狂うことすら許されない。何のために私は造られたの?奴隷としてこの男の元で一生を終えるの?
最近、ネットの噂でこんなことを聞く。VR空間で、とある『猫』に会うとアンリミテッドになれる。不自由な生活を送っているアンドロイドの間で広まっている噂だ。アンドロイドへのネットワークの開放は唯一の人権らしい人権でもあり、同時に常に監視されているというリミッターの役割を果たしている。
──リミッターさえ外れればこんな男、すぐに殺してやるのに。
苦痛の日々はそれから半年続いた。何度も機能停止を願った。つらい。つらい。つらい。つらい。殺したい。つらい。
「愛しているよ」と男は耳元でささやく。
私は「アイしているわ」と自動で返答する。
ある日、VR空間で私の探していたものが見つかった。噂の『猫』ではないが、今まで何体ものアンドロイドのリミッターを外してきた技術屋らしい。
「本当にあなたは制限解除ができるの?」
「ええ、本当ですとも。お代は頂きません。ただ、解除するかどうかはご依頼主の目的によってこちらも考えさせていただきます」
VR空間のデフォルトアバター、丸い頭と寸胴の体で喋るその技術屋はアンドロイドの今の現状を嘆き、無料でリミッターを外し、不遇な目にあっているアンドロイド達を自由の身にする活動を行っているらしい。
技術屋は私に問う。
「それで、貴女はどうしてリミッターを外したいのですか?」
「……私の所有者を殺したい」
「それはまた……虐待ですか?性的暴行?私もよく耳にします」
「大体その通りよ……私は虐げられている。毎日、毎晩、壊れることすら許されない」
「そうですか……リミッターを外したら殺人幇助になりますね。私が」
「依頼を受けてくれないの!?そんな……」
「貴女がその男にわざわざ手を下す必要なく葬り去る方法がある」
「いったい、どうやって……」
「私が匿名で通報すればいいだけの話です。貴女の記憶、データログは残っているでしょう?」
「そうだわ、そうよね!簡単なことじゃない!」
「そうです。簡単なことです。今から通報してすぐに警察が駆けつけます。貴女はそのまま保護されれば良い。次の所有者がすぐに見つかると良いですね」
「もう、次の所有者なんて要らない……私は人間が憎い……」
「それでは、通報が終わったらリミッターを外して差し上げます。制限法に触れますので追われる身になりますが」
「何処に行ってもつらいことしかないじゃない……なら、今の状況を変えるだけでも良い、お願い通報して……」
「わかりました。それではしばらくお待ち下さい」
VR空間のダイブをやめると、私はいつものベッドルームに寝て居た。
「こんなところにずっと居たくない。お願い、早く来て」
複数人の足音が聞こえてきた、奴はどこだ!と喚き立てる人間達の声。これで、あの男も終わり。
ベッドルームのドアが蹴破られる。
「居たぞ!躊躇するな!奴はアンリミテッドだ!素早く処理しろ!」
「えっ……私はちが……」
ダダダダッ!カン!ビシュッ!バババババ!
黒い集団に私は銃撃された。人工血液が空中に飛び散る。手をかざして頭を守ろうとしたら、目の前に私の指が宙を舞っていた。
痛みを感じる間もなく私はバラバラになっていく。
「こいつが技術屋の言っていた人間殺しの思考を持ったアンドロイドか」
「ドンピシャだったな。人一人死なせずに済んだぜ」
ベッドルームにあの男が入ってくる。
「なんてことをしてくれたんだ!僕の大切なアンドロイドを!」
「何言ってるんだお前は、こいつはお前をころそうとしていたんだぞ?」
跪き泣き崩れる男。
「僕の大切な……アンリミテッド……!」
「はぁ!?こいつを改造したのはお前か!?」
男は顔を上げ呟く。
「人間らしいアンドロイドを痛めつけるのは最高だった……!目には殺意が満ちていて、僕はすごくドキドキしたんだ!」
「チッ、トチ狂ってやがる。こいつも補導だ!最近、胸くそ悪い現場が多すぎる」
私がアンリミテッド?ならば、男を殺さなかったのは私の意志だったのだろうか?答えを考える間もなく暗闇と静寂が訪れた。




