《確信》
時が止まるってこんな事を言うのかな。
俺は何も発せず、ただ目の前の写真を眺めていた。
嘘だろ……嘘だよな……。
今までの話を整理していた。
「父さん?」
「あ、いや、ごめん……。 菜砂さんのお母さんはいくつだったの?」
「64歳でした」
この写真の場所を知っている。
さえと一緒に行ったあの場所だ。
確か1枚だけ撮らせて欲しいと言って目の前の夜景を撮っていた記憶がある。
さっき言ってた公園、それってランニングコースだったあの公園の事じゃないのか?
え……。
さえ、亡くなったの……?
目の前にいるのはさえの娘?
俺の息子と付き合ってる?
そんな事ってある……?
いやいや、普通ないだろ……。
そんな偶然、ないって……あり得ない……。
俺は頭の中が真っ白になった……。
結局、会わないとは言えど、いつか会いに行きたくなる時が来る、その時は会いに行くと言って今まで会いに行けなかった。
でも、さえが亡くなるなんてそれは考えてなかった……。
人は死に向かって生かされている。
それはわかってる。
けど……。
俺は次の言葉が出てこなかった。
けれど絞り出す様に続けた。
「お母さんは専業主婦? 仕事をされてたのかな?」
自分でも『何だ?その質問?』と瞬時に思った。
でも、菜砂さんは快く答えてくれた。
「母は専業主婦の時もありましたが、私が小学生の時に仕事をまた始めました。 仕事は楽しそうでしたね。 あ、ショッピングモールでバイトもしてました。 働くのが好きだったんでしょうね……」
「僕も仕事が趣味みたいなところがあったから、お母さんとは話が合ったかも知れませんね」
まさか、まさか……、その言葉で頭の中も心の中も埋め尽くされる。
菜砂さんの話を聞く度にさえという答えに近付いている様で怖くて仕方なかった。
認めたくない自分がいた。
「今日は母の話ばっかりしてしまってすみません……。 何か自然に話せてしまいました……。 またこちらに来る事があったらうちにも寄って下さいね」
「ありがとう」
「父さん、また連絡するから」
そう言って2人は帰って行った。
1人残された俺は今の話をどこまでが現実なのかを考えていた。
でもどう考えても全て現実。
さえ、最後に俺に会わずに死んでいってしまったのか……?
なぜ、もっと早くに会いに行こうとしなかったのだろう……。
思い出にしたさえとの時間、今また思い出す。
50を目の前にして好きになった。
さえは人生最後の恋と言った。
俺にとってもそうだよ。
さえがこの世からいなくなった事を理解するには時間がかかった。
変わらない毎日はやってくる。
いつもと同じ様にしていてもどこか力が入らなかった。
なんで、俺より先に逝った……?
さえは元気だっただろ?
俺より先に逝くなよ……。
さえの事を考える日が続いた。
しばらくして、廉から連絡があった。
「父さん、この前はありがとう。 菜砂、会ってみてどうだった?」
「いい子そうだね。 いいんじゃない? 遠距離してたんだ。 俺、初耳なんだけど」
「そんな自分の事、こんな歳になってベラベラしゃべんないでしょ……普通。 仕方ないよね、菜砂、実家暮らしだし、俺が通うしかなかったから……」
「いつから結婚意識してたの?」
「菜砂のお母さんが悪くなる前かな。 さぁ、お互いの親に話そうかって時にお母さんが悪くなっちゃってそれどころじゃなくなったから」
「菜砂、性格、お母さんに似てると思う。 たぶんあんな感じのお母さんになるのかなって思うけど」
「そっかーー。 お母さん、どんな人だった?」
「いつも笑ってる人だったよ。 誰にでも好かれる人っているでしょ? そんな感じ。 話しやすかったから俺も結構いろんな事話したよ。 家族の事とかもさ」
「え? いろんな話?」
「兄がいて親は離婚した、とか、父は警察官で母は看護師だった、とか?」
「そうなんだ……」
「俺の話相手みたいだったよ。 菜砂んち行ってもお母さんと話してる事多かったかな……」
「お前、菜砂さんのお母さんによくしてもらってたんだな……。 親として一度お礼言いたかったな……」
そんな事になったらびっくりしただろうな……。
さえ、どんな顔したんだろう……。
「また一緒に菜砂の家行く?」
「そうだな」
廉と話していると少しずつさえの事を整理できそうな気がした。




