《ざわつく心》
廉と菜砂さんは俺が席に座るのを待っていた。
兄の圭の時もこんな感じだったのかなぁ……。
やっぱりお互い緊張する。
コーヒーを出して席に座ると、廉が話し始めた。
「あのさ、父さん、俺、菜砂と付き合ってるんだけど、結婚も視野に入れてるから。 今日はそれを言おうと思って……」
「そっか、わかった。 廉と菜砂さんがいいならいいんじゃない? 具体的にいつ結婚するとか考えてるの?」
「いや、それはまだ」
「菜砂さんは廉でいいの? こいつ、大丈夫かな?」
そう言うと、笑っていた。
菜砂さんとは付き合って3年くらいで、お互いの友達同士が元々知り合いだったらしく、そこから知り合ったらしい。
歳も9歳程菜砂さんの方が下だが、見てる感じはそれ程歳の差がある様には見えず、独身を謳歌した廉が少し若く見えるのかな……という感じだった。
「ほんとはもう少し早く父さんにも話したかったんだけど……菜砂が去年大変で……」
「何かあったの?」
「去年、母が亡くなりまして……」
「そうだったんだね……。 寂しくなったね……」
「病気だったんですけど、もう少し、いろんな事教えてもらったり、話しておけばよかったかなって思います……」
「廉はお母さんには会ったの?」
「俺は会った事あるよ。 俺たちずっと遠距離なんだよ。 菜砂、実家で暮らしてて、菜砂の実家ってばあちゃんちの割と近くだったんだよ。 ばあちゃんちより少し南方面になるのかな? 車で15分くらいかな? 俺は菜砂のお母さんがまだ元気な時に何回か会った事あるよ」
「いつも明るくて優しいお母さんだったよね」
そう廉が言うと菜砂さんは嬉しそうだった。
「母の事があったのでお目にかかるのも今になってしまって……すみません」
「そんなのは全然いいよ。 そっか、うちの実家の近くなんだねーー。 あの辺りも随分変わったよね」
「昔となら変わったかも知れせんね。 母は公園奥に見晴らしのいい場所があるんですけど、そこが大好きでした。 そこから眺める景色はそんなに変わらないって言ってました」
「へぇーー。 そうなんだねーー」
「そこは少しの街の景色と海と大きな橋か見えるところなんですが、母はそこに何時間もいる事もあったみたいですよ。 いろいろ考えててもそこに行くと気持ちが落ち着くんだ、って言ってました」
なんだか心がざわついた。
地元の話に懐かしさも感じた。
「菜砂の家に行った時、お母さんがごはん作ってくれたんだよ。 どれもおいしかったよね」
「え! お前、ごはん、ご馳走になったりしてたの!? そんな、迷惑な……すみません……」
「そんな事ないんですよ。 母は彼が好きでしたからうちに来てくれるのを楽しみにしてましたよ」
「母は料理は得意でした。 けど、私は母が作ってくれるのが当たり前になっていて料理をちゃんと教えてもらわずにいました。 亡くなった後、お線香をあげにきて頂いた方にそんな話をしたら、後日、『これ、お母さんの味だよ』って、タッパーに入ったたまご焼きとスープジャーに入ったお味噌汁を持ってやってきてくれた事があったんです。 食べるとほんとにおんなじで泣きながら食べました……」
「その人は昔、母と同じ会社で働いていたらしくて、その時に料理嫌いの自分が教えてほしいとお願いして教えてもらった、って言ってました……。 母のおかげで料理嫌いを克服して結婚できたんですよ、って言ってもらいました。 で、その人に母のレシピを教えてもらいました。 普通、母の味は母から教わるんですけどね……!」
そう言って笑っていた。
「母に自分の結婚や孫の顔、見せたかったんですけど……、こればっかりは仕方ないですよね……」
「じゃあ、菜砂さんがお母さんの分まで幸せにならないとね。 廉をめいいっぱい使っていいからね」
「私は母の様に穏やかな人でいたいです。 いつも冷静で明るく優しい人でしたけど、その母も一度だけ自分を忘れる程の恋をしたみたいです」
え?
「父には内緒だよ、と、こっそり教えてくれた事があります。 忘れれない人がいるんだ、もう会えないけど、会えてよかったと思ってて、その人に会えた私はラッキーだったと思うって言ってました。 これは私の宝物だから誰かは教えない!って教えてくれませんでしたけど……」
いや……、まさか……。
「遺品を整理していたら母の手帳から一枚の写真が出てきたんです。 これがどこなのかはわからないですけど、この1枚だけ手帳に挟んで持ってたんです。 きっと母にとって一番大事な写真だと思うんですけど、今は私が母の形見として大事に持ってるんです」
そう言って見せてもらった写真……。
「え……、これ……」
それは工業地帯の夜景写真だった。




