秘密のデート
まだまだ一緒にいたいけれど、そういう訳にもいかない……。
「もう行かなきゃ……。 もっと一緒に居たいけど……ダメなんだよね……。 わかってるけどね……やっぱりそばに居たいと思うよ……。 また会えない日が続くから。 ほんとはね、もっと甘えさせてって思うよ……」
離れたくなかった。
「さえを帰したら、ちょっと不安というか……モヤっとする……。 さえを好きになる人現れるよ、たぶん……。 さえ、モテてる事に気付いてないでしょ? 俺がさえを好き過ぎるのかな……この前より離れる事が不安になってるよ……」
私にとってはこれ以上ない嬉しい言葉だったかも知れない。
せいさんの私への気持ちの大きさを聞かされた気がした。
「モテたりはしないよ……。 モテたいけどね……。 モテる方がいいでしょ? でももし、私をいいなって思ってくれる人が現れたとしても、私はせいさんしか求めない。 話したいのも会いたいのも触れて欲しいのも抱いて欲しいのもせいさんしかいないよ。 これでも不安? 珍しいね、せいさんがそんな事言うの……。 私もせいさんを好き過ぎるよ。 お互い好き過ぎるんだね……」
秘めた恋愛だから、好きになってはいけない相手だから、なかなか会えないから、だからこんなに熱くなれるのかな……。
「明日帰るんだよね? 何時頃出発してするの? 明日も会う? 会う時間あるのかな……」
私も会いたい気持ちを抑えきれず、無謀な事を口にした。
「明日、映画館デートする?」
せいさんがそう言った映画館デート。
何それ?
どうするの……?
「映画観るの? どうやって?」
「別々に映画館に行って、たまたま隣の席になって、一緒に映画観る……みたいな感じ? たまにはホテルじゃないとこで会いたくない? 普通のカップルみたいな事したくない?」
だけど……リスキーじゃない?
「大丈夫かな……。 誰かに会わないかな……」
「さえと恋人みたいな事したい……」
せいさんにそう言われると……。
不安だけど会いたいしやってみる事にした。
うちへ帰ったのはもう深夜1時を過ぎていて、今回もみんな寝てしまっていた。
静かで真っ暗になった家の中へ入るのも慣れてきた。
ささっとシャワーを浴び、明日の映画館デートの事を考える。
「帰って落ち着いた頃、DM見といて」
せいさんにそう言われた私はDMを見てみる。
そこには明日の事が書かれていた。
明日の映画館の場所、12時過ぎに始まる映画のタイトル、座席ナンバー、が書かれていて、そのチケットを取っておいて、という内容だった。
私はすぐそのチケットを取り、せいさんにチケットが取れた事を連絡してすぐ寝た。
明日の朝に備えての準備と、夫にどう説明するか…いろいろ考えていたらなかなか眠れなかった。
翌朝、みんなより早めに起きて朝ごはんの準備をしていると、夫が起きてきた。
「おはよう。 昨日遅かった?」
「昨日は、1時過ぎだったかな。 しゃべり過ぎたよ」
嘘をつく時はドキドキする……。
家事をしながら目を合わせず淡々と話した。
「それでね、映画の話になってね、どうしても観たい映画の話では盛り上がってさ、急なんだけど、今日お昼にみんなで観に行く事になったんだけど、ちょっと行ってきていい?」
「映画? あ、いいよーー。 行ってきたら? 別に行くとこないし子供たちと家でゲームしてるよ。 その後すぐ帰るの?」
「みんな忙しいから、すぐ帰ると思うよ。 遅くても夕方には帰るかな……」
何も疑わずにいる夫に申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、どこか安心している自分もいる。
お昼ごはんに簡単なサンドイッチを作り置きして家を出た。
12時前に映画館に着きチケットを発券して待合フロアで辺りを見回すがせいさんはいない。
とりあえず劇場に入り席に座る。
久しぶりの映画館。
12時過ぎからという事もあって人もそんなに多くない。
映画はもうすぐ始まりそう。
本編が始まる前のこれから上映される映画の予告を観ながらぼーっとしていると、せいさんが来て横に座った。
一瞬目があったけど話す訳でもなくただ前を向いていた。
私も同じ様に映画を観ていたら、手をそっと握ってくれた。
繋いだ指で遊ぶ。
せいさんが私の手のひらに指で何かを書き出した。
全然わからない……。
首を傾げていると、また同じ様に手のひらになにかを書く。
サ・エ…、あ、さえ、だ!
ナ・ニ・?
私は左手で書かなきゃいけないから難しい……。
せいさんに伝わったかな……?
ス・キ・ダ・ヨ
この状況でこの空間でこの手段で好きって言ってくるなんて……。
もちろん映画どころじゃなかった。
私の神経は左手に集中していた。
2時間半の映画は全くと言っていい程頭に入っていない。
別々に劇場を出て私はエレベーターへ乗り込むとせいさんも乗ってきた。
入っていきなりキスされた。
エレベーターのドアが開かないかヒヤヒヤする。
「せいさん……ダメだよ……危ないよ……」
せいさんはドアが開くまでキスを止めなかった。
もう……ドキドキさせるの、上手いよ……。
また離れるのが嫌になるよ……。
エレベーターは車を停めた屋上まで行ってしまった。
屋上には車から停まっているものの人はいなかった。
「さえ、今から帰るよ。 また帰ってくるから。 俺の事想っててね。 ちゃんと好きでいてよ」
そう言って繋いだ手を離し私たちはそこで別れた。




