大人の恋愛
家に帰ったら午前2時を過ぎていた。
家の中は明かりはなく真っ暗で、夫も子供たちもすでに寝てしまっていた。
きっと寝てしまっているだろうな……と思っていたし、あまり顔を合わせず帰りたかったので正直ホッとした。
冷たく静まり返ったリビングに一人。
ソファーに座り、ボーッとする。
この一人の空間が今の私にはちょうどよかった。
幸せだったせいさんとの時間。
さっきまでの時間が夢のようで、数時間しか違わないのに全く別物の現実を少しずつ受け入れていくしかなかった。
せいさんとの未来はない。
私もせいさんもお互いの家族を守ろうと思っている事が同じだったのはよかったかも知れない。
どちらかが、家族を壊してまでも突き進もうと思ったなら、その時点で終わりを告げたのだと思う。
未来のない関係……。
友達でもない、恋人なんだろうけど、誰にも言えず、誰にも悟られず、イベントごとなんて何もない、ただ相手を想い恋焦がれ忍ぶ恋……。
今度会えるのを楽しみに、会いたい気持ちを爆発させる程、その日を待ち侘び、相手を想う……。
どこかに行って思い出作りとか、楽しい事を一緒にしたいとか、そういうのをしたい訳じゃなかった。
ただ、一緒に居たい。
せいさんも私もそれでよかった。
あと、何回会えるのかな……。
10年先を想像できない恋愛。
私もせいさんも今の恋愛を楽しみたいのだ。
二人ともいい大人。
大人の恋愛をしたいだけなんだ。
寝る前にDMを見ると、せいさんから届いていた。
「さえ、離れるの嫌だった。
車から降ろしたくなかった。
けど、また会いたいから離れなきゃいけないよな、って思ったよ。
また帰ってくるから。
それまでいろいろ我慢する……笑
一度知ってしまうと我慢できなくなるよ……笑
さえに会いたい気持ちは仕事にぶつけるよ。
早く会いたいよ。
もう会いたいよ。」
読むだけで熱くなる……。
せいさんの情熱的な気持ちは私の女磨きを加速させる。
今度会った時、今よりもっと好きになって欲しい。
もっと私を求めて欲しい。
それからの私は今まで手をかけなかった事に手をかける様になった。
美容室に行く頻度が高くなった。
ダイエットを始め、体型も変える努力をした。
洋服も新しいものにしたり、ネイルを始めてみたり……。
今、何をチョイスすればいいのかをリサーチしたり……。
それを取り入れてみたり……。
せいさんが想ってくれている事が私をやる気にさせる。
恋の力って凄い……。
私が変わっていく事は、周りの人から見ても明らかで、雰囲気が変わったと言われる事も少なくなかった。
ただ、毎日一緒にいる家族だけは私の変化にはさほど気付かずにいた。
家族に変化を気付かれるのは何となく遠ざけたかった私にはちょうどよかった。
この前衝撃的な出来事があった。
バイト中に声をかけてきた男性がいた。
ちょうど品出し途中で、私は商品の梱包を外し並べていた。
「あの、すみません……」
振り返ると私より少し若い男性が立っていた。
「はい。 どうされましたか?」
聞くと、会社の事務の女の子が結婚するらしく結婚祝いを選びに来てみたが、何を選んでいいのかが分からず困っているらしい……。
「お茶碗とお椀のセットとかはどうですか? あと、バスマットとかはみんな使いそうだし貰っても困らないかな……って思います」
「なるほど……。 貰うとしたらどちらが嬉しいですか?」
「うーん……。 そうですねぇ……。 私、陶器が好きなので食器類を貰うと嬉しいですねー……」
「じゃあ、お茶碗とお椀のセットにします」
「え、私の意見でいいんですか!? ありがとうございます! お包みしますのであちらへどうぞ」
その男性はプレゼントを買えてホッとしているみたいだ。
「大役を任されましたね。 もう解放されますよ!」
気持ちがほぐれるかな……。
「そうですね。 ほんと助かりました! ありがとうございます」
「いいお祝いの会になるといいですね。 ありがとうございました!」
喜んでもらえるといいな……。
その男性はプレゼントを持って帰って行った。
そんな事があった事を忘れた頃、バイトを終えた私はバックヤードに戻る途中で声をかけられた。
一瞬、せいさんを思い出し、まさか……と思って振り返るとあの男性が立っていた。
私は、そりゃそうだよね……と思いつつ、目の前にいる男性をすぐには思い出せず、話をしているうちに思い出した。
「あぁーー、あの時の! どうでしたか? 喜んでもらえていたらいいんですけど……」
「喜んでもらえましたよ! ありがとうございました!」
「そうなんですねーー。 よかったですーー! またいらしてくださいね」
と言って立ち去ろうとしたらその男性は話を続けた。
「あの、よかったら今度ゴハン行きませんか?」
え……これって……。
「あ、私、結婚してるんです……」
「あ、そうだったんですか! 凄いかわいい人だし優しくてふわっとした感じだなって思ってもっと話したかったんですけど……すみません……!」
「あ、いえいえ! こちらこそそんな事言ってもらって……すみません……」
声をかけられるなんて思ってもみなかった……。
少しの変化って大きな変化になる事もあるんだ……。
そう言って声をかけられた事は悪い気はしない……。
逆に女度が増した事が少し証明された様な気がしてさらに頑張ろうと思った。
今の私を見てせいさんはどう思うだろう……。
せいさんにまた会いたくなった。




