選択
せいさんとの甘い時間の終わりは刻々と迫っている。
せいさんの車の中。
「もうすぐこの時間が終わっちゃうね……」
「こんな楽しい時間は早いんだよね……。 今度はもう少し長い時間一緒に居たいな……」
「またどうするか考えよっか」
何を話す訳でもなく、お互いすぐそこまで来たお別れに向けて気持ちを切り替えつつあった。
数時間前までいたモールの地下駐に着いた。
……もう着いてしまった……。
「さえ、またね。 向こう着いたらまたDM送るよ」
「うん。 気を付けて帰ってね。 DM、待ってるね」
車から降りようとする私の頭をポンポンした。
また数ヶ月会えない……。
それもわかって、覚悟してるつもりなのに、欲張りな私はまだ会い足りないと思ってしまっていた。
お互いの家庭を壊そうとかそういうのは思っていない。
夫や父の顔に戻って帰って行く彼をを見送るのが苦しい訳でもない。
ただ、会っている間だけは、その時間だけは私に下さい……そう思ってしまう。
この優しい眼差しをその時間だけは私だけのものにしたいのだ……。
「お願い、さっきのポンポン、もう一回、して……」
私はおかわりした。
「え? 可愛すぎ……。 帰りたくなくなるよ。 さえから離れられなくなるよ……」
そう言ってもう一回、ポンポンしてくれた。
「少しは頑張れるかな……。 もうせいさん、出発しなきゃね! 私ももう帰らなきゃ……。 離れたくないけど……でも、今度を楽しみに過ごすね」
握っていた手を名残惜しそうに離した。
車を降り、派手に手を振る事もなく、お互いアイコンタクトして別れた。
自分の車へ向かう私は、せいさんと離れた寂しさももちろん残ってはいるが、今度会えるまでの期待の方が強く、足取りもしっかりしていた。
せいさんからの自分へ向けられる気持ちの大きさが嬉しくて、これ以上ない幸せだった……。
今度会う時、せいさんにもっと好きになって欲しい……。
このせいさんに会えない時間に女磨きをしようと思った。
私の中で全ての基準がせいさんになった。
一旦帰宅を済ませ、子供をバスまで迎えに行く。
バス停に向かうとバスがすぐやってきた。
バスから下の子が笑顔で降りてくる。
「お母さん、ただいまーー!!」
私も笑顔で迎える。
「おかえりーー! 今日も幼稚園、楽しかった?」
「うん!! 今日はね、粘土でお船を作ったよ!」
「そうなんだーー。 給食も全部食べた?」
「食べたよ。 ピーマンあったけど食べたよ。 やっぱりおいしくなかったけど……飲み込んだ」
「飲み込んだの!? え? 大丈夫だった?」
そんないつも通りの普通の会話……。
数十分前とは全く違った空気感……。
私が母に戻った瞬間だった。
母である事に嫌になった訳ではない。
目の前にいる我が子はとても大事だしとてもかわいい大切な存在に変わりはない。
大きくなっていくのを見るのは楽しみだし、二人が楽しそうに生き生きとしているのを見ると嬉しいし、泣いていたり辛そうにしているのを見ると私も悲しい……。
夫にも何の不満もない……。
毎日を穏やかに過ごせている事は夫があってこそ……。
この穏やかな時間は守らなければいけない。
それは強く思っていた。
けれど……。
妻として母として過ごしてきた私に【女】としての部分がまだある事に戸惑っていた。
誰かに恋焦がれたり、ドキドキしたり、会いたくなったり……。
そんな気持ちを夫以外の男の人に持つとは思ってもみなかった……。
しかも、その人も自分と同じ様に自分の事を思ってくれるなんて想像もしていなかった。
その現実を拒む事もできた。
でも私は彼との恋を選んだ。
甘く危険な方を。
何に対しても慎重で冷静だった私が、危険で刺激的な方を選ぶなんて……。
いつもの私ならいくら選びたくなったとしても、自分に嘘をついてでも選ぶ事はしない。
誰も傷付かない安全な方を選ぶ……。
せいさんは私の根本を変える程、何かいつもとは違った。
出会いから全て何から何まで。
いつもの私じゃない私を引き出す人。
それが本当の自分だったのか……。
本当の自分を出せる事に嬉しさを感じているのか……。
どうしてもせいさんを求める自分を抑えられなかった。




