鼓動
始めてはいけない恋が始まってしまった。
私はそんな事もお構いなく、せいさんへの気持ちをめいいっぱい伝えたいと思っていた。
バイトが終わり、急ぎ足で地下駐へと向かう。
せいさん……どこだろう……??
自分の視界に入らないせいさんが、昨日の事が夢だったらどうしようと不安にさせる。
カチカチとハザードランプが視界に入った。
ハザードランプが付いたその車の方へ目をやると、せいさんがいた。
安心した瞬間だった。
一気に私は笑顔になる。
車に乗り込むと笑顔のせいさんがいた。
「お疲れ様! 疲れてない? 大丈夫?」
私を優しく気遣ってくれる。
「大丈夫だよ。 せいさん、今日、2時間くらいで帰らなきゃいけない……」
「2時間かぁ……。 わかった。 じゃあ、俺が高校の時に自主トレでよく行ってた公園に行こっか!」
そう言って車を走らせ始めた。
やっと二人っきり。
誰にも邪魔されない二人だけの空間。
私は目に焼き付ける様にせいさんを見つめていた。
せいさんは運転中、たまに私を見てくれる。
たまらなく幸せだと感じていた。
「せいさんってせいいちろうさんっていうんだよね?」
「そうだよ。 あ、ハセ?」
「うん。 長谷川さんがそう呼んでた」
「ハセはずっとそう呼んでるよ。 こむちゃんはほんとは何で名前なの?」
「私はほんとは【さえ】っていうの。 こむちゃんは旧姓のあだ名なんだ」
「【さえ】なの? かわいい名前。 こむちゃん何でも全部かわいいわ……。 みんなこむちゃんって呼ぶの?」
「みんな、こむちゃんだねー。 旦那さんもこむちゃんだったよ」
せいさんってさらっとドキッとさせる事を言ってくれる。
「じゃあ、俺だけ【さえ】って呼ぼうかな……。 ダメ?」
またドキッとさせられる……。
「親以外呼ばれた事ないから……慣れないけど……でもいいよ」
「俺だけってのが嬉しい……」
公園に着くと、木陰になったベンチに座った。
お天気も良くて風もここちよく吹いてて気持ちいい。
「気持ちいいねーー」
私は座ってぐーーんと伸びをした。
「こうするともっと気持ちいいよ」
そう言って私の手を取って手を繋いだ。
そういうとこ、好きだな……。
「手、ちっちゃいね。 俺がずっと握りたかった手……」
せいさんは私の手を眺めてそう言った。
緊張で手が汗ばむのが恥ずかしかった……。
「今度は俺がさえを見る番ね。 ずっとさえを見てたいよ。 さえ、好きだよ……。 こうやって一緒に居れるのが夢みたい……。 ずっと会いたかったのにさ会うだけじゃなくて彼女になってくれてさ……」
溶けてしまいそうとはこの事かな……。
さえって呼んでくれた……。
私は少し恥ずかしかった。
「そんなに見られると恥ずかしい……。 ……でも、せいさん、私も好きだよ。 優しいところも仕事を一生懸命するところもおもしろいところも全部、 ほんと好き。 今は隣に居る事が信じられない。 ずっとせいさんは私が嫌いだと思ってたから……。 あ、顔も好き」
「なにそれ、顔もって……後で取ってつけたみたいにーー」
せいさんは笑ってた。
「ほんと、ほんとだよ。 ほんとに顔も好き。 けどね、お互い家族があるでしょ? お互い家族は大事にしよう。 それは言おうと思ってた……」
「そうだね……。 けど、もどかしいよ……。 会えないのはさ。 さえに会いたくなるよ」
「だからこうやって会った時は濃い時間を過ごそう。 今度会うまで頑張れる様に……。 ね?」
「許されない恋愛なのはわかってるよ。 どうにもならない事だってわかってる。 お互い想い合ってることに違いはないし仕方ないのかなって思う……。 大事に思うのもさえだし、会いたいのもさえ、声を聞きたいのもさえだよ」
「昨日、ななみちゃんにDM送ったんだ。 ななみちゃん、SNSもう使ってないのかな……。 ログインしてなかったみたい。 でもちゃんと説明したよ。 ごめんね、って謝ったよ……」
せいさん、ちゃんとななみさんに謝ったんだね。
ななみさん、いまどうしてるんだろう……。
出会いを求めていたからもう彼だったり、結婚しちゃってたりするかも知れないな……。
幸せになってるといいな……。
「ななみさんに届くといいな……。 私、せいさんにドキドキされっぱなし……。 今、手繋いでるでしょ? ドキドキしてるのバレてない?」
「俺だってドキドキしてるよ? わかんない?」
「せいさんはわかんないーー……。 余裕がある感じかな……?」
「余裕なんてないよ。 俺が手だけ繋いで満足すると思う? もうすぐ帰るんだよ。 またしばらく会えないんだよ……」
せいさんの言葉ってドキドキする。
鼓動が速くなる。
「そういうのもドキドキさせるんだよーー。 私ね、そのうちせいさんに甘えると思うよ。 せいさん、年上だもん……。 甘えたくなるよ……」
私は正直に言った。
甘えられるのが嫌なら今ここでダメって言っておいて欲しいから。
「甘えられるの大歓迎! いつでもいいよ。 今?」
せいさんは笑ってそう言った。
「今はダメ!」
せいさんと居たら私も楽しくて笑ってしまう。
幸せな時間ももう少し。
お別れの時間が近づいている。
また別々の時間を過ごす日が続く。




