また明日
家に帰った私。
あの小指の感触をずっと確かめていた。
エレベーターから降り、手を離す。
何もない顔していたけど、ほんとは切なかった。
小指だけだけど、せいさんの温かさを感じる事ができた。
それを離さなきゃいけないなんて……。
お互い、自分の車の方へと歩いて別れた。
私は家に帰り、いつもと変わらない日常をこなした。
普通を演じる私。
ほんとは普通じゃない事が起こっている。
昨日とは全く違った世界が広がっていた。
私の頭の中も心の中もせいさんの事でいっぱいだった。
さっきまで一緒にいたのに……、さっきまでの触れられる距離にせいさんがいた事が嘘みたい……。
さっき別れたばかりなのに、思い出し過ぎてせいさんの顔も声も忘れそう……。
早く充電して欲しい……そんな感じだった。
せいさんも私を想ってくれていた事が幸せで仕方なかった。
あんなにも会いたかったせいさんが、あんなにまで私を否定したせいさんが、私に会いたいと……、私を好きだって……、大事にするって……求めてくれる。
夢みたいなほんとの話……。
私は怖いくらいの幸せをかみしめていた。
リビングでくつろぐ子どもと夫。
私はその光景をキッチンから洗い物をしながら眺める…。
賑やかに楽しそうにしている三人……。
母の私は全く違う事を考えている。
気持ちが全てせいさんへ向かっているのを必死に抑えているのが自分でもわかってしまう。
悟られないかな……それだけが不安に過ごした。
三人がお風呂に入っている間に、DMをチェックするとせいさんから届いていた。
「もう、会いたい。 こむちゃん、明日たくさん話そう。 明日は車でどこか行こっか。 バイトが終わる時間に地下駐で待ってるね」
もう会いたいって……。
そんな言葉にドキドキしてしまう……。
明日せいさんに会ったら私はどうにかなってしまいそう……。
人は自分が満たされると他人に優しくなる。
私は夫や子どもたちにいつもより優しい妻や母でいる気がした。
いつもより笑っている気がする。
わかりやすいと言えばわかりやすい。
普通でいなきゃ……普通でいなきゃ……。
でももう私の気持ちは明日に向いている。
何話そう……。
せいさんはどんな話してくれるのかな……。
早く会いたい……。
私の中もそれだけだった。
けれど、もっと深く考えなければいけない事はたくさんあった。
明日せいさんは帰ってしまう。
これからの話も二人で話しておかなきゃいけない。
お風呂に入り一人考える。
そんな時でもせいさんを想う事は止まらない。
「今、何やってるのかな……」
「実家でゆっくりしてるのかな……」
「こっちの友達に会いに行ったりしてるのかな……」
いろんな事を想像するのも楽しいし幸せ。
お風呂の後のスキンケアはいつもより入念に時間をかけた。
今日は早く寝よう……。
いい夢が見れそうな気がしてならなかった。
「せいさん、また明日ね。 早く会いたいよ……。 おやすみ」
DMを送ってスマホを置いた。
明日はどうやって私をドキドキさせてくれるんだろう……。
早くドキドキさせて欲しい。
早くドキドキしたい……。
せいさんも私を求めてくれる。
二人の気持ちは高め合ったまま。
今は何も見えない。
会えなかった時間、気持ちに嘘をつき、せいさんを忘れた時間は長過ぎた。
その反動は大きいかも知れない。
せいさんを好きな気持ちは私を狂わせる。
せいさんをこんなにも求める自分に恥ずかしくなりながら私は眠りについた。
少ないながらも恋はしてきたが、こんなにも相手を自分が求める事はあっただろうか……。
どちらかというと、いつも冷静というか、情熱的なのは相手の方だった様に思う。
私がこんなにも想う事って初めてかも知れない。
それは家族がある相手だからなのか、せいさんだからなのか……。
せいさんに惹かれる。
ほんとにどうしようもないくらい好きってこういう事をいうのかな……。
こんなにも愛おしく思う人がいるなんて思わなかった……。
始めてはいけない恋が始まってしまった。




