忘れてなかった思い
駐車場に停めた車の中で泣くしかなかった。
気持ちを落ち着かせる時間が必要だった。
こんな顔のままじゃうちに帰れない。
会ったところでどうするの?という感情と会いたいと思う感情とがぶつかり合う。
あんなに辛かった日々があったのに会いたいと思うんだ……。
そう思った自分にびっくりだ……。
昨日初めて会ったせいさん。
イメージ通りの人だった。
初めて聞いた声、優しい声だった。
初めて私を見てどう思ったのかな。
もう私の頭の中は溢れる程のせいさんでいっぱいだった。
面と向かって会ったら私はどうなるんだろう。
私はそんなに強くない。
いろんな気持ちの歯止めが効かなくなる様で怖かった。
我慢できなくなるのが怖い。
会うべきではない。
今の私が出した結論はこれだった。
せっかく会いに来てくれたのにごめんね、せいさん。
謝りたいだなんて何を私に謝るの?
謝る事なんて何もないよ。
私はせいさんとの思い出は楽しい事ばかり。
せいさんはきっと、返信しなかった事やブロックした事を謝りたいって思ってるのかな?って思うけど、私はそれ以上の事をしてもらったよ。
嫌いとか恨むとかそういう感情は全くない。
ずっと忘れない人だよ。
手が届かなくていい、それでいいんだ。
そう強く思ってあの日以来生きてきた。
なのに今日来てしまったのは、「もしかして」を期待したから……、そう思った。
もしかしたら、待っててくれるかも知れない……。
私、待ってて欲しいと思ったんだな……。
手が届かなくていいと思ってないんだ……。
自分が嫌になる。
少し落ち着こう……。
落ち着いたら普通に話せるかも……。
私はそのままうちに帰った。
あの後、せいさんがどうしたかはわからない。
今はもう帰って通常の生活をしてるんだろうな……。
あの初めて会った時のせいさんを、次の日、私を待っててくれた後ろ姿のせいさんを思い出さない日はなかった。
何気なく変わらない毎日を過ごしていた。
幸せと言えば幸せ。
けど、せいさんの事をいつもどこかで思い出す。
こんな母で、こんな妻でいいはずはない。
大切な家族を目の前に、違う男の事を考える……。
最低だ……。
私は長谷川さんに連絡するのを忘れてた事に気付いた……。
夕方、連絡してみる。
「おー、こむちゃん。 あの話? 征一郎行ったんでしょ……?」
せいさんは「せいいちろう」さんっていうんだ……。
「あ、来ました。 誰か来るのか全然わからなくて……だからびっくりしました。 けど、私、急いでたからほとんど話せなくて……」
「ごめん、征一郎だって言えなくて……。 こむちゃん、征一郎の事知ってたんだね。 最初聞いた時びっくりしてさ、こんな事あるんだ、って思ったよ……」
「征一郎がちゃんと話せなかったからまた行くって言ってたよ……。 こむちゃん、征一郎と話できる? 会いたくないなら伝えるけど……」
「そういう訳じゃないんですけど……。 私に謝る事なんてしてないかなって思うから……。 元気そうでよかったです。 長谷川さん、お友達だったんですね。 世間、狭いですね」
「そうなんだよ。 びっくりだよね! こむちゃん、もしよかったら話だけ聞いてやって。 それであいつも満足するんじゃないかなと思うんだ。 SNS、開いてないでしょ? 征一郎がそんな風に言ってた。 DM送ったけどログインしてないとか何とか……」
SNS、見てないな……。
せいさん、やっぱり何か送ってくれてたんだ……。
「見てなかったです…。 じゃあちょっと見てみます。 長谷川さん、私にいろいろ聞いてくれてもいいんですよ」
私は何も聞かない長谷川さんにそう言った。
長谷川さんには聞く権利あると思った。
「征一郎からは何となく聞いたかな。 こむちゃん側からの意見もあると思うけど……まぁ、こむちゃんがどんな子かって正直、征一郎より俺の方が詳しいでしょ? ちゃんとしてるのもわかるから逆にこむちゃんが言いたい事があったら聞く程度でいいかなって思ってるよ」
長谷川さんには中に入ってもらって申し訳ない……。
長谷川さんの言葉が温かくてありがたかった。
長谷川さんの電話を切った後、私はSNSにログインしてみた。
せいさんからDMが3通届いていた。
ブロックも解除されていた。
「こむちゃん、ごめん。
何度もDM送ってくれたのに返さなくて。
ブロックしてごめん。
話したいんだ。
謝りたいんだ。
こむちゃん、連絡待ってる。」
「こむちゃん、今日初めて会えて嬉しかった。
ちゃんと話したい。
勝手な事を言ってるのもわかってる。
ごめん。
明日待ってるから。」
「こむちゃん、今日、ダメ元で待ってたんだ。
やっぱり俺に会いたくない?
また帰ってくるから今度は会って欲しい。」
せいさんからのDMを読んで自分の気持ちが溢れそうになる。
でもダメなのはわかってる。
許させる事じゃない。
気持ちを静めよう。
冷静に、冷静に……。
「せいさん、行けなくてごめんね。
また会えるといいね。
仕事、頑張ってね。」
私はせいさんに、「会わない」の一言を言えなかった。




