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第九十八話 開戦、時間稼ぎ、あるいは反攻

|д゜)チラッ

ご無沙汰しております。


 ●○●



 遥か視線の先には1万にも及ぶ教国の軍勢。

 まずは数千のアンデッドたちを前面に押し立て、こちらの戦力を削ぐつもりらしい。

 対するこちらは数では圧倒的に劣っている。とはいえ、個々の質では上回っている――と信じたい。


『……始まったな』


 戦争の始まりとはこんなものなのだろうか。

 いや、まともな国交のある国同士ならば、こうはならないだろう。やはり教国は、国としてもどこか異質なのだと感じさせるような、不気味で静かな始まりだった。


 開戦の口上など何もない。

 ただ押し寄せるアンデッド兵たちが、損害など気にせず襲いかかって来る。その動きは死体という言葉から連想するほどに遅くはない。駆け足の速さで遮二無二前進し、次々と石柱林の生える穴の中に落ちていき、それを後続のアンデッドたちが踏みつけ、山となり前へ進み、さらには柱の上に陣取ったエルフたちへ手を伸ばそうとする。


 まるで濁流のような勢いだ。

 しかしながら、その勢いを石柱林によって弱めることには成功していた。

 障害物が何もなければ真っ直ぐに市壁へ取りついたことだろうが、石柱林と穴があることによって進軍の勢いを塞き止め、目論見通りにその数を減らすことができていた。


「ふむ……策も何もなしですな」


『必要ないと思ってるんだろ。この兵力差じゃ仕方ないがな』


 共に大石柱の上から戦場を見渡しながら、長老が言うのに答える。


「むぅー……」


 すでにセフィは瞳を閉じて集中に入っている。その傍らにはグラムが護衛に立ち、黙然と控えていた。


『想像以上に厄介だな、アンデッドってのは』


 俺たちが見下ろす先で、石柱林の上からエルフたちが矢を、あるいは魔法を放ち、アンデッドたちを次々と打ち倒していく。

 アンデッドたちに回避する様子はなく、ただ真正面から攻撃を受けている。確実に魔法は効いているし、矢はアンデッドたちに突き刺さっているのだが、どれも一撃で行動不能には陥っていない。多少の損壊では倒せないようだ。そしてそれが、アンデッドの厄介さでもあった。


「敵の数に対して、迎撃が間に合っておりませんな」


『矢も効果が薄いみたいだしな』


 アンデッドたちの濁流は止まらない。

 弧を描く石柱林に受け流されるように、敵軍は左右へと広がっていく。

 石柱林の端から溢れ出し、その横を迂回するように後方へ抜けようとする者たちが現れ始めた。

 だが、当然、こちらとしてもそれは予想している。

 石柱林の後方、左右には狼人族たちが、そして彼らに合流したドワーフたちが2部隊に分かれて待ち構えていた。


「うぉおおおおおッ!! ゆくぞ! 叩き潰せッ!!」


「ぶち殺すんじゃ! いやもう死んどるけど!」


 ヴォルフが、ゴルド老が、それぞれの部隊を率いてアンデッドたちに襲いかかる。

 順調に打ち倒していくが、やはり如何せん敵の数が多過ぎる。

 敵の勢いを止められたのも、そう長い時間ではない。次々と押し寄せるアンデッドの大群に、次第に取り零しが多くなっていく。

 敵軍はさらに左右に広がり、後方へ抜け始めた――ところで、


『魔法士隊!! 頼む!!』


 俺は念話にて地上にいるビヴロスト魔法士隊200名に指示を出した。

 彼らが控えているのは石柱林の陣地の後ろ、ヴォルフやゴルド老たちからもさらに後方だ。100名ずつでこちらも2隊に分かれて展開している。


「お任せを!! ――魔法士隊、詠唱開始……放てぇッ!!」


 決然とした面持ちで頷いた彼らは、石柱林を迂回してビヴロストの市壁に取りつこうとするアンデッド兵たちへ向かって、横合いから魔法の集中砲火を叩きつけた。


「ほう、砂漠の民もなかなかやるものですな」


『こっちの方が効果的っぽいな』


 ビヴロストの魔法士隊が放った攻撃魔法は、火属性に統一されていた。砂蜥蜴族には火属性の持ち主が多いのだろう。

 宙を走る無数の炎の矢がアンデッドたちに驟雨の如く降り注ぎ、薪のような勢いで炎上させていく。


「おそらく屍蝋化しておるのでしょうな」


『それでか』


 アンデッドたちが予想外の激しさで燃え上がるのは、それが理由なのだろう。

 ともかく、魔法士隊の攻撃により、今のところは市壁まで達するアンデッドはいない。魔法士隊が自らの魔力が尽きることも恐れず、次々と魔法を放っていることも一因だろう。

 もちろん彼らにも魔力回復薬は配っているから、しばらくは魔力の残量を気にする必要もないのだ。

 加えて、アンデッドたちが近づけば近づくほど、市壁の上から放たれる矢や魔法の嵐は激しくなる。石柱林の存在もあり、敵進軍の勢いは弱まり、一見して膠着した状況へともっていくことができている。


 しかし、だ。


 この状況が長く続かないことも分かっていた。

 こちらの人数は圧倒的に少なく、それゆえに消耗も激しい。敵の勢いに長時間抗い続けるのは困難だった。

 おまけにアンデッドたちの背後には、巨大過ぎる蜥蜴――聖獣バジリスクのアンデッドも控えている。

 そして、それが一番の懸念でもある。バジリスクの巨体で石柱林を容易く破壊されてしまえば、全ての敵軍が一気に押し寄せ、市壁での防衛もすぐに攻略されてしまうだろう。


『――ベルソル!』


 なので、石柱林をさらに強化する。

 ある程度、石柱林の下――柱を作った結果として出来た穴の中に、アンデッドたちが溜まった段階で、俺は地上にいるベルソルに念話で話しかけた。


『準備は良いか!?』


『お任せくださいまし、主様』


 眼下、地上にいるベルソルがたおやかに微笑み、念話にて返事を寄越す。

 彼女は一人ではない。

 ドレスを身に纏い、女王のような風格を振り撒くベルソルの周囲には、同様にドレスを身に纏い、緑色の艶やかな髪を伸ばした4人の少女たちがいた。


 ベルソルに似た面立ちに、似た服装ながら、年若い少女のようでもある彼女たちは、かつてゴー君2号タイプであった茨型ゴーレムたちだ。

 霊峰フリズス周辺での度重なる狩りによって、彼女らもまた進化していたのだ。


 種族は『樹精霊の茨姫ドライアド・ローズプリンセス

 ベルソルと同じ系統だが、少しだけ違う進化は、おそらく獲得した称号や集めた【神性値】の量に起因すると考えられる。やはり「最初の3体」である1号2号3号たちは、里の住人たちから守護者の代表のように扱われることが多く、得た【神性値】の量が他と違っていた。それゆえにグラム、ベルソル、エムブラは特別な進化となったようである。


 とはいえ、『樹精霊の茨姫』となった彼女たちが、能力的に大きく劣るというわけではない。

 ベルソル同様、身体の茨化による拘束や吸収能力、眠りの香りを撒き散らす能力などは等しく発現していた。


「カリン、アンズ、サクラ、イチゴ、貴女たちの初お披露目ですし、派手にいきますわよ?」


「「「はい、お姉さま」」」


 ベルソルが背後に控える少女たちを振り返る。

 可愛らしい名前をした少女たちは、緊張するでもなく柔らかい笑みを浮かべて頷いた。


 ちなみに彼女たちの名前は例の如くセフィが決めた。

 俺の名付けは拒否された。悲しかった。

 薔薇美、薔薇代、薔薇江、薔薇香……。


「さあ、茨で覆い尽くしなさい!」


 ベルソルの号令と共に、少女たちのドレス、その裾がぞわりと蠢く。

 完全な人型から下半身のみを茨へと変化させたのだ。

 ――溢れ出す。

 彼女たちの下半身が大量の茨となり、裾から溢れ出しては前方へ向かって地を這い、静かに流れていく。

 地を滑る波のように流れた緑の絨毯は、石柱林の底へと入り込んでいく。


「――喰らい尽くしなさい!」


「「「はい! お姉さま!!」」」


 穴の底には大量のアンデッドたちが溜まっていた。

 茨はそれらに巻きつき、捕らえ、棘を突き刺し――そして吸収する。

 アンデッドゴーレムたちに【生命力】があるかは分からない。【魔力】はあるだろう。しかしながら、彼女たちが吸収するのはステータスに記載されたエネルギーだけではない。全てのものが例外なく地に還るように、その身を大地の養分として植物は大きく成長する。


 アンデッドたちの体が干からびる。

 魔力が失われ動きは止まり、カラカラに乾いてひび割れ、砕け散っていく。


 そして、数多の茨は太く長く大きく、さらに数さえ増やして成長していく。

 溢れ出す間欠泉のように、緑の茨が噴き上がる。

 立ち並ぶ石柱の表面を這い、あるいは石柱から石柱へと移動して、その間の空間を埋め尽くしていく。


 それはかつて、エルフの里の外周を囲っていた茨の壁の再現だ。

 石柱を支柱として、ビヴロスト東側に巨大な茨の壁が出現する。これならば常識外れな巨体を誇るバジリスクでさえ、容易には突破できないであろう。


 だが、茨の壁の役割はこれだけではない。


「さあ……綺麗な花を咲かせますわよ」


 ベルソルが自らの下半身を茨へと変え、茨の壁へと伸ばし、姉妹たちのそれと「同化」する。

 俺の持つスキル『同化侵食』とは違うが、ベルソルたちも同系統のスキル『同化』を持っている。自らと近い系統の植物と同化し、それを操るというスキルだ。


 姉妹たちと同化したベルソルは、妹たちが集めた魔力を使って深紅の花弁を持つ薔薇をあちらこちらに咲かせる。

 薔薇の花は濃密な香りと共に、特殊な効果を持つ魔力を周辺に撒き散らす。


 スキル――『滅ビノ茨』


 それは敵を養分として、薔薇の花を咲かせる、いくつもの能力が統合された複合スキルだ。

 しかし、その香りは単純な眠りに誘うものではなかった。もしもそれがスキルの主体であったならば、その名前は「眠リノ茨」とでも書かれていただろう。


 そうではないのだ。


 ベルソルの能力の神髄を知っていたからこそ、敵の大半がアンデッドだと知っていたからこそ、俺は数多のアンデッドたちに対する対処を、彼女に任せた。


「滅ビ」――と、スキルの名にそう刻まれているように、それはあらゆる物を滅びへ誘う茨であり、眠りの能力は力の発露の一端でしかない。ただ生きている者は滅びへ向かう過程で意識を失い、深い深い眠りに就く、という。


 アンデッドは不死ではあれど不滅ではない。

 ゴーレムに命はなくとも、不壊ではない。

 あらゆる生命もそうでない物にも、等しく終わりはやって来る。


 存在を滅びへと誘う毒の芳香が、重く垂れ込める比重の高い気体のように、石柱林に押し寄せる軍勢へと、静かに放たれた。

 それは香りであって魔力でもあり、効果の発揮に呼吸の有無は関係ない。

 害的な魔力への抵抗力こそが重要だ。


 しかるに、教国の軍勢を構成する数多のアンデッドたちは、元々はヴァナヘイムに住む一般人であり、強力な魔力に対する抵抗力を持たない。彼らが死者であるというのなら、それは尚更に。


 ――眠るように。


 毒の芳香に包まれたアンデッドたちが、次々と次々と倒れ伏していく。

 外傷も何もなく、唐突に。


 遥か先、教国軍の主力を構成する者たちから、強い動揺の気配が伝わってきた。

 当然だ。原因不明の何かによってアンデッドたちが無力化されたのだ。動揺もするだろう。


『良し――』


 眼下にその光景を納めて、俺は僅かな安堵と共に頷いた。

 ここまでは予定通りだ。

 全体として守勢にあるとはいっても、現時点ではこちらが少し優勢だろう。

 この優位を失わぬように、更なる行動に移る。


 守るばかりじゃ、つまらない。

 少しばかり、反攻に転じてみるために。


『エムブラ』


『既に、主様』


 念話にてエムブラへ声を届ければ、すぐに返事があった。

 いつの間にかエムブラは、石柱林の上にいた。

 神聖な雰囲気を持つ白い祭服に身を包んだ穏やかな風貌のエムブラ。しかし、同様の雰囲気を持つ者たちが計4人、同じくあちらこちらの石柱の上に陣取っていた。


 ゴー君3号。

 かつてのエムブラと同じく、蔦型のプラントゴーレムであった者たちが。


「それでは、こちらの数を増やしていきましょうか?」


 石柱林の上から倒れ伏すアンデッドたちを睥睨し、エムブラは酷薄に微笑んだ。



報告が遅くなりましたが、現在、コミックアース・スター様にて雑草転生のコミック版を連載中でございます。

コミックアース・スター様のホームページ、または下記URLから無料で読むことができますので、是非、読んでみてください!

原作未出の設定などを漫画家様と共有しつつ、漫画版として色々と構成し直していただき、かなり完成度の高い作品となっておりますので、原作既読の方も未読の方も、内容忘れちまったよ、という方も、読んでいただけると嬉しいです!

よろしくお願いしますm(_ _)m

https://www.comic-earthstar.jp/sp/

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 大規模戦闘は書くのも大変だとは思いますが、ゴー君達の活躍を楽しみにしてます。 [一言] 相変わらず酷い名付けにクスっとしましたが、作者的に2つ名前考えるのも大変…
[一言] お久しぶりですっ! また更新楽しみにしてます!
[良い点] 更新待ってました~(^^) ありがとうございます! [一言] 他のゴー君たちも進化した子がいたんですね、 そしてまたも名付け拒否とは(^_^;) いつか名付け拒否されないような名前をつけて…
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