第九十七話 工兵いらず
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『俺たちは門の外で戦わせてもらうけど、構わないよな?』
東門前でのセフィによる演説が終わった後、俺は将軍にそう確認した。
ファブニル将軍がどのように教国軍と戦うつもりかは分からないが、エルフ、狼人族、ドワーフの混成部隊がヴァナヘイム軍に混ざったところで、まともに連携など取れるわけもないからだ。
それよりは個々の戦闘能力を活かして遊撃隊的に動く方が効率は良いだろう――というか、俺たちの作戦としてはビヴロストの市壁に教国軍を近づけると面倒なことになる。ゆえに、市壁の上から矢や魔法を撃つのではなく、ある程度前へ出て戦うつもりなのだ。
ファブニル将軍は「ほう?」と僅かに感心したように頷いた後、まるで俺の頭の出来を心配するような口調で、
「それは剛毅なことだな。こちらとしては構わんし、言うまでもないことだと思うが……危険だぞ?」
『それは分かってる。もちろん、俺たちも真正面から教国軍と戦って倒そうってわけじゃない』
将軍曰く「森の同胞軍」たる俺たちの人数は約150人。将軍たちヴァナヘイム軍を加えても、こちらの陣営は総数で1200人を超えることはないだろう。
対して教国軍は数千人、ことによると一万人規模プラス聖獣バジリスクのアンデッド付きだと言う。戦力差は実に10倍だ。まともにぶつかれば勝率は0パーセントに限りなく近いだろう。
『まあ、基本的には敵の指揮官を倒して撤退を狙うんだが……』
「ふむ、まあ、戦術としては普通だな」
将軍の顔には「それが出来れば苦労はない」とはっきり書いてあった。
『ああ、だから、こうしてみようかと思うんだが……』
俺は、この戦争における俺たちの目論見を将軍に話してみた。
それを聞いた将軍は非常に難しげな顔で唸りつつ、
「精霊殿の言う通りのことが可能ならば、確かに可能性はあるがな……。もちろん、駄目押しに我が軍も2隊を編成して機を窺っておくが……森神殿と精霊殿の負担が大きい、というか、お二方次第になってしまうところもあるな」
『あー、まー、それは、ある程度はしゃーなしだな。それに実際最前線で戦うのは俺とセフィでもないぜ?』
「うむ、だが……本当に可能なのか? できなかったら、貴君らの全滅もあり得るぞ?」
何が可能なのか、将軍の問いたいことは分かっている。
だから俺は、その部分だけは自信を持って頷いた。
『少なくともセフィの方は可能らしい。セフィーリアちゃ……いや、セフィが大丈夫だと言ってたからな』
「そうか……継承して間もないとはいえ、流石は神、ということか」
それならば、と将軍は渋々な感じではあれど納得した。
「ならば、より効果的な追撃を加えるためにも、もう少し作戦を詰めておこうではないか」
『おう、じゃあまずは、教国軍が来たら俺たちは外に出て……』
「門は閉じても構わんのか?」
『セフィの準備が整うまで、東門前の空間は死守するつもりだから、閉じてて構わない』
「それならば……」
そうして作戦の詳細を詰めること、おおよそ1時間後――、
「将軍、斥候隊が狼煙を上げました!」
慌ただしく走ってきた兵士の一人が、そのように告げた。
斥候隊とは教国に占拠されたカラド要塞を監視しているはずの1隊で、教国軍が侵攻を再開した場合に狼煙を上げるように命じていたらしい。
つまり……、
「来るか……」
将軍が神妙な顔つきで呟く。
にわかにビヴロスト東門付近は慌ただしさを増した。
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俺たち「森の同胞軍」……いや、森の同胞隊は、ビヴロストの東門から外へ出て、市壁からおおよそ200メートルの地点に陣取った。
俺たちの背後ではすでに大門は閉じている。当面、ヴァナヘイムの兵士たちには「一部」を除いて市壁の上から援護射撃をしてもらう予定だが、距離が離れているために大した援護は期待できないだろう。
いや、市壁の上から射つならば矢も魔法も十分射程圏内だが、乱戦になれば援護はできないし、そもそも俺たちの目の前には「これ」があるから射線も少し通りにくいだろう。
「おう! テメェら、準備は良いか!?」
「「「おうよッ!!」」」
「んじゃあ、儂に合わせていくぞい!!」
「「「おうよッ!!」」」
俺たちの前にはゴルド老を先頭に、ドワーフたちが30人ほど等間隔で横並びになっている。
彼らは膝を突いて両手を地面につけ、一斉に魔力を高め、タイミングを合わせて全員が同一の魔法を発動した。
それは土魔法。
火と土属性に親和性の高いドワーフ族だが、特に土属性は誰もが持っている。さらに土属性の中でも土魔法は、ダイナミックに地形を変更し得る魔法だ。それは大地を操る。
ゴルド老たちが両手から大量の魔力を放出する。
魔力は乾いた大地に浸透し、彼らの前方に向かって流れていくと、僅かに弧を描く帯状となって魔法干渉領域が確定される。横幅90メートル、縦20メートルくらいの領域だ。
その領域内で、ズズズッ、と地面が振動した。
その直後、まるで茶色の地面が生き物のように、あるいは波打つ海面のようにうねったかと思うと、幾本もの太い柱が「生えて」きた。
柱の太さは直径1メートルの高さは「俺たちから見て」4メートルほどで統一されている。
柱は周囲の土を材料として使用しているため、柱の周囲、つまり領域内の地面は2メートル以上も凹んでいるのだ。そして柱と柱の間隔は各2メートルほどで、かなり密集している。
即席だが、ドワーフたちは石柱の林と堀を同時に作り出したのだ。
自由に動ける人間の兵士たちならば、2メートル程度の堀に落ちても柱の間を通り抜けて、こちら側に抜けて来ることはできるだろう。だが、その間に柱の上に陣取ったエルフたちからの攻撃があるとなれば、かなり手こずるに違いない。
おまけに、将軍から聞いた情報によると、1万近くの教国軍の半分程度はアンデッドにも見える特殊なゴーレムであったという。通常、アンデッドであろうがゴーレムであろうが、術者によって作られたそれらは高度な知能を持たない。複雑な行動など取れるはずもなく、少なくともアンデッドゴーレムたちは、これでかなり足止めできるはずだった。
この石柱林を、ビヴロストの東側を囲むように展開していく。
無論、200メートルも離れている時点で、たとえ東側だけとはいえかなりの長さ、面積になる。だが、東側の全てをカバーする必要はない。東の街道の先からやって来る教国軍が、迂回するのを少しでも面倒だと思ってくれれば良いし、迂回しようとしたならば、その側面を全力で攻撃してやれば良い。
そのための戦力はファブニル将軍から借りている。
俺たちの少し後方には魔法師隊200人が待機しており、迂回しようとした敵軍に痛撃を与えてくれるはずだ。もちろんそれだけでもなく、俺もゴー君部隊も迂回した敵軍への攻撃には参加するつもりだ。
「よぉーしッ! じゃあ、次に行くぞい!」
「「「おうよッ!!」」」
ゴルド老の勇ましい声に導かれて、ドワーフたちは場所を移動しつつ何度も同じ魔法を使っていく。そうして出来上がった石柱林はおおよそ縦20メートル、横540メートルほどの緩やかな弧を描いて広がった。これらが出来上がるまで、30分も経っていない。
「なんだこれ……」
「おいおい、工兵いらずだな、こりゃあ……」
俺たちの背後、待機している魔法師隊から戦慄混じりのどよめきが起こる。
約30人体制の協力魔法とはいえ、さすがはドワーフと感嘆するしかない見事過ぎる手際だった。俺たちはもちろん、ゴルド老たちがこれを可能だと事前に知ってはいたが、口で「おう、余裕じゃわい。任せとけ!」と言われたのと、実際に見るのとでは感じる印象は全く違う。
有り体に言って、俺もビビるほど驚愕していた。
とはいえ、だ。
さすがにこれほど大規模な地形の改変を行っては、魔力が足りるわけがない。これで大丈夫なのは、俺たちの中ではセフィくらいだろう。
当然というべきか、ドワーフたちは途中で魔力が枯渇寸前にまで陥っていた。それでも石柱林を作り終わり、こちらへ戻ってくるドワーフたちの足取りはしっかりとしている。
「おじいちゃん、おつかれー!」
『お疲れさま、魔力は大丈夫か?』
先頭のゴルド老にそう問えば、
「うむ、魔力は大丈夫じゃ。最後の仕上げをしても余裕があるわい」
『おお、そいつは良かった』
「ま、こいつのおかげじゃがな」
そう言ってゴルド老がぷらぷらと振って見せたのは、空になった陶器製の瓶だ。
中身は精霊樹の葉――つまりは俺の本体の葉っぱを原料に、里で留守番をしているエルフたちが夜なべして作ってくれたエルフの霊薬……魔力回復薬である。
ゴルド老たちはこれで魔力を回復しながら魔法を使っていたのだ。
で。
「では、最後の仕上げといくかの。準備はええか?」
「ばっちし!」
ゴルド老がセフィに確認すれば、僅かも考えることなくセフィが頷く。
「うむ。それでは、そこに立つんじゃ。他の者は少し離れとれ」
ゴルド老が指示した通りに皆が距離を置き、ドワーフたちがセフィを囲むように円陣を組む。この円陣の中に入るのは他に、俺とセフィの護衛役としてグラムだけであったのだが……、
「ほっほっほっ、儂もご一緒させていただきましょうかの」
結局、本当にここまでついて来た長老が、自慢の髭を扱きながらそう言った。
それにぎょっとしたのは俺もだが、ゴルド老が顔をしかめて、
「何じゃと? 儂は別に構わんが、老いぼれがはしゃぎ過ぎるとポックリ逝っちまうぞい」
「何を言うか! 儂はお前さんと違ってまだまだ若いモンには負けんぞ! 腰のキレだって健在じゃ!」
売り言葉に買い言葉、といった感じで長老が反論する。
けど、その言葉ってお爺ちゃんが言いがちじゃない? などと心配するのも野暮であろうか。
長老がついて来ていったいどうするつもりなのかは分からないが、一緒にいてもらった方が安全かもしれない。
『まあまあ、ゴルド老、ともかく仕上げを頼む』
放っておいたらいつまでも言い合いを続けていそうな二人を制して、俺は作業の続きを促した。教国軍がここに辿り着くまで、あまり猶予はないのだ。
「む、まあ、ええじゃろ。ほんじゃ、いくぞい?」
「おー!」
セフィが応え、特に拘ることもなく納得したゴルド老が他のドワーフたちと共に、一斉に地面に手を当てた。
遅滞なく魔力が流れ始め、円陣の内側に魔力が広がっていく。俺たちの足元で地面が土から平面の石へと変化していく。
仕上げに作り出すのは1本の石柱だ。
次の瞬間、地面が揺れ、俺たちの視点がどんどんと高く移動していった。
俺たちの足元から巨大な石柱が生まれ、その上に乗る俺たちごと上へと伸びているのだ。
やがて縦方向への移動が終わった時、俺たちは周囲一帯を一望できる高さにいた。
「ふおー! いーながめ!」
出来上がったのは直径3メートル、高さ10メートルを超す巨大で頑丈な石柱だ。
今回、切り札であるセフィの神術を間違いなく発動するためには、発動する地点を詳細に把握している必要がある。ゆえに、この物見櫓のような役割の石柱を作ってもらったのだ。
とはいえ、一人だけ何の遮蔽物もない場所にいては、遠距離攻撃で狙われてしまうかもしれない。セフィの神術発動の邪魔をさせないためにも護衛は必要だ。そのためのグラムである。
『というわけで、頼むぞ、グラム』
黙然と仁王立ちしていた鬼面のグラムに言えば、彼は重々しくも自信に溢れた所作で頷いた。
『御意。任されよ、主上。何人の攻撃も、ここへは通さぬ』
言葉通り、グラムならば任せて大丈夫だろう。俺は俺のやるべきことに集中しなければならない。
乾いた風が吹き抜ける柱の上で、俺は東の街道の先へ視線をやった。
すると、俺とほぼ同時に気づいた長老が静かに呟く。
「ふむ……遂に来ましたな」
視線の先で大量の土煙が舞っている。
その前方には、こちらへ向かって雑然と――整然と、ではない――歩いて来る軍勢の姿が見えた。
温存する必要もない生命力を闘気に変えて視力を強化すると、軍勢の前方に集まっている異様な集団の姿がはっきりと見えた。
ほとんどは装備もなく、まるで一般人のような格好で、顔色は血の通わない青さをしている。多くは砂蜥蜴族のようだが、間違っても仲間ではあるまい。死後も教国に利用された、哀れな死者たちだ。
そしてその少し後ろには、縮尺がおかしくなったのかと思うくらい、巨大な蜥蜴の姿。白く濁った瞳を見る限り、こちらも生きてはいまい。
俺は念話で、下にいる仲間たちに、背後の都市にいるヴァナヘイムの兵士たちにも聞こえるよう、告げた。
『来たぞ!! 教国軍だ!!』
 




