第九十三話 セフィ
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――……■■■■■。
否定するための言葉など幾らでも浮かんで来た。
危ない。危険だ。勝てるわけがない。ここは砂漠で、俺の本体も洞窟を通り抜けられない以上、転移してここに来ることもできないのだ。
俺の本体が丸ごとビヴロストに移動できれば、もしかしたら防衛も可能だったかもしれない。
しかしそれでも、植物である俺やヴァルキリー、グラムたちも、それどころかエルフたちだって得意とする魔法属性の関係から、ここでは最大の力を発揮することはできない。
狂戦士ゴーレムたちを送り込んだとしても、教国騎士と聖獣のアンデッド相手に、いったいどれほど役に立つというのか。
あるいはここが森だったなら。
セフィの森神としての権能で無尽蔵の魔力を使い、何とでもできたのかもしれない。
だが、ここは森ではない。セフィも多少魔力が多いとはいえ、エルフの、個人の範疇を超える力は発揮できないのだ。
理性はもう、答えを出している。
俺たちは里に帰るべきだ。
ヴァナヘイムと教国の戦争に、これ以上関わるべきじゃない。
でも――。
「コーラルちゃんも、プロンも、ソルも、このまちのみんなを、しなせたく、ない……ッ!!」
セフィは本気だった。
本気だったから、その両目から涙が伝っていた。
――……■■■■■。
『……』
何かを言おうとした。
それは否定の言葉だと思った。
「さとのみんなが、あぶなくなるのもしってる……でも! コーラルちゃんたちにも、しんでほしくないッ!」
――……■■■■■。
「だから、おねがい、ユグ……セフィといっしょに、みんなをまもって!!」
――■■■■■。
……愕然と、していた。
セフィは泣きながら、必死に俺を説得しようとしていた。
セフィにとって、この都市の人々は短い付き合いではない。何度も訪れて、コーラルやプロンなどと何度も会って、遊んだりした身近な人々なのだ。そうなってしまったのだ。
顔を知っていて、話して、遊んだこともある人々。それはもう他人ではない。親しい人々だ。
そんな人々が当たり前のように死ぬと聞かされて、簡単に見捨てることなどできない。
だから、助ける。
あるいは人として当然の選択肢を。
俺は。
セフィに、お願いさせてしまったのか。
『…………ッ!!』
激しい怒りが湧き上がる。
自分自身に対する怒りだ。
あの日の夜、俺は透徹した笑みを浮かべるセフィを見て、セフィという一人の少女ではなく森神という一柱の神であることを、悲しいと、そう感じたのではなかったか。
俺は、セフィにただのセフィとして生きて欲しいと願ったのではなかったか。
今、泣きながら真っ直ぐにこちらを見つめるセフィは、あの日の俺が望んだ通り、神としての神格ではない、ただのセフィとしての人格を育んだのだ。
その結果として、当たり前に親しい人々の死を拒絶して、必死に抗おうとしている。
ならば、俺は――、
――■■■■■。
それが自ら危険に飛び込むような、あるいは家族のように暮らすエルフや狼人族やドワーフたちをも危険に曝す、現実的ではない選択だと分かっている。
だけど。
誰かを救いたいという気持ちが、その行動が、悪いことだと、そんなふうに言って胸を張れるか?
その考えは立派だけど、諦めろ、だなんて言えるか?
もしも俺がセフィの相棒として、この先も隣にいるつもりなら、胸を張って相棒と名乗れる俺でありたい。誰かを救いたいという当然の願いを、どんな理由があっても否定することなどしたくない。
だから俺は――、
――■■■■■。
『――わかった』
後先なんて考えない。
もう決めたんだ。
たとえ俺とセフィだけでも、そうすると。
『やるからには全力で、全員助けるぞ、セフィ』
「……!! ん、……うんっ!!」
俺が不敵に笑ってみせれば、涙を拭いて、セフィは嬉しそうに頷いた。
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――はあ……、やっぱり、こうなっちゃうのね。
声。
「む?」
『は?』
向き合う俺とセフィだけがそのままに、いつの間にか世界が一変していた。
リザント商会の一室から、俺たち二人だけが、なぜか森の中にいる。
いや、正確には森の中というよりは、凄まじく巨大な樹の根本、とでも言うべきか。
『なんだ、ここ? なんだ、この樹?』
森の中、巨大な木々の上には何だか見覚えのあるような建築物が乗っている。かつてのエルフの里のような光景。それが集落や里ではなく、まるで都市とでも呼ぶべき規模で広がっている。
そんな空間の真ん中、俺たちのすぐそばにはあまりにも巨大な樹木があった。
塔のように真っ直ぐに上へ伸びる巨大な幹は、塔や樹木というよりは、まるで山のような存在感を放っていた。今の俺の本体と比べても、数十倍ではきかないほどの遥かに巨大な樹木だ。
「セフィ、ここ、しってる……アルヴヘイムだ」
『アルヴヘイム?』
それは教国に滅ぼされたエルフたちの森林都市。その名前だった。
『ここがそうなのか……』
それは住まう者の誰もいない、閑散として静謐なアルヴヘイムの光景。
変化が現れたのは唐突だ。
すぐそばに聳える巨大な樹木の幹が、まるで水面に波紋を描いたかのように揺らめいた。
波紋の中心から浮かび上がるように現れた人物の姿を見て、俺とセフィが異なる名前を呼ぶ。
『セフィーリアちゃん……』
「あ、じょーおーへーかだ」
金髪に碧眼で柔らかい笑みを浮かべた、まるでセフィをそのまま大人にしたかのようなハイエルフの女性。
かつて夢の中で出会った、自らをセフィーリアちゃんと名乗った存在。
あるいは、セフィにとって記憶の中にある「女王陛下」と呼ばれる存在は――、
「やっほー、二人とも! 皆のアイドル、セフィーリアちゃんよ~!」
バチコーンっ! と、ウィンクした。




