第九十二話 絶望的な戦況
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『アンデッド……?』
「ふむ。陽の下でも普通に動いていたしな、正確にはアンデッドというよりは、外法で作ったゴーレムに近いかもしれん。確か地属性と闇属性の複合魔法に、そんなものがあったはずだ」
アンデッドの存在は知っているが、遭遇したことはない。
そんな俺の呟きを疑問だと思ったのか、ファブニル将軍はさらに詳しい情報を付け加えた。
だが、アンデッドかゴーレムかなんて、現在の状況からすれば大した違いではない。
重要なのは、カラド要塞が陥落したこと、アンデッドとなった聖獣が敵側の戦力となっていることだ。
「バカな……! そんな……! 何と冒涜的なことを……ッ!!」
プロンなどは次々に明かされる情報に、言葉もままならない状態だった。
俺はさらに話を進めていく。
『教国がビヴロストに攻めて来るまで、どれくらいの猶予がありそうなんだ?』
「ほとんどないであろうな。我らは聖獣様がアンデッドと化した時点で、砦を放棄することを決めていた。その時点で教国側に被害はほぼ皆無だったのだ。砦に最低限の手勢を残し、後は大軍でこの都市を襲うはずだ。早ければ明日にもここへ攻めて来るだろう」
明日……?
あまりにも急過ぎる展開だった。
いや、それよりも。
『ちょっと待て、教国は聖獣と戦ったんだろ? なのに被害がないってのか?』
「ふむ。被害がないとは少し語弊があったか? 正確に言えば、聖獣様が討たれるまで教国の兵で死んだ者はおらん、ということだ」
ファブニル将軍は淡々と続ける。
「奴らはおおよそ5000の兵と、おおよそ5000のアンデッドで攻めて来た。そして聖獣様を倒したのは5000のアンデッドと12人の教国騎士だ。アンデッドの被害はいまいち分からん。損壊が軽微ならまだ動くし、損壊が激しければ動かんだろうが」
『……』
教国騎士が12人。
俺は以前戦ったモブ顔の男を思い出す。
こっちはほぼ全戦力でようやく倒せた相手だ。そんなのが12人。
背筋に戦慄が走り抜けるような、危機感。
『ビヴロストに援軍は来るのか?』
「もちろん来るだろう。しかし教国と接する地は広大で、戦場はここばかりではない。ビヴロストの防備で持ち堪えるのは困難……いや、十中八九無理だろうな。聖獣様のアンデッドに防壁を崩されたらどうにもならん」
『避難は?』
「他の都市にか? 遠いし今さら間に合わんだろう。逃げたとしても砂漠や荒野で追いつかれたら最悪だぞ? まだこの都市に籠城して奇跡を願った方が良い」
『俺たちの隠れ里に避難するとか……』
「おお! 何千人もいるが、民間人だけでも養ってもらえるならありがたい! なあに、ビヴロストが占領されても奪い返すことも出来るだろう。砂漠神様や他の聖獣様方の御力を借りればな。それが何時になるかは分からんが」
数千人。
その全員を養うのは、現状では難しい。
もしも占領されて俺たちの里に攻められた場合、さらに無理だ。現状、食糧の生産は俺の魔力によるところが大きいから、長期間の戦闘となればそんな余裕もない。
『……その人数は、さすがに無理だ』
「ふむ……そうか。それは残念だ」
聞けば聞くほど絶望的な状況だと思う。
だが――、
――……■■■■■。
……いや?
ビヴロストが占拠され、転移陣を押さえられたとしても、そう何人も一度に転移できるわけじゃない。転移陣に予め戦力を集中しておけば、防衛することは何とかなるかもしれん。
一時的に占拠されても、ビヴロストを取り戻すことはできると将軍も言っていたし、それまで耐えれば良いだけだ。
となれば、俺たちがするべきは隠れ里に帰還すること。
そして転移陣の周囲に陣地を構築し、万が一教国の兵が転移してきた場合、即座に撃退できるように準備を整えておくこと、だろうか。
プロンたちがどうなるのかは分からないが、ここから先、俺たちが助力できることはない、と思う。
後はヴァナヘイム軍の奮闘に期待するしかないだろう。
『……俺たちは、里に帰還させてもらう。できれば転移陣のある小屋は崩しておいて欲しい』
「ふぅむ……。……分かった。そうしておこう」
俺の要望をファブニル将軍は受け入れてくれるようだ。
ならば後は本当に、何もすることはない。
『よし、皆、里に戻るぞ』
「そう、ですね」
「ええ、早く戻りましょう」
「急いだ方が良さそうっすね」
メープル、ローレル、ウォルナットの順で頷き、ゴルド老も椅子から立ち上がった。
俺はプロンに向き直り、
『そういうわけだ。ろくに助力できなくて済まんな、プロン』
「……いえ、とんでもございません。この国の問題は、この国で解決するべきですから」
『……』
どこかやるせなさそうに言うプロン。
俺は――、
――……■■■■■。
……何も言うことはない。
俺たちはプロンに背を向けて、部屋から出ていく。
直前。
「みんなまってッ!!」
セフィが叫んだ。
『セフィ……?』
振り返ると、椅子の前で立ち上がったまま、セフィはその場から動いていなかった。
その顔を見て、俺は自分が何か、恐ろしい間違いを犯しているような気持ちになった。
だって初めて見る表情だったんだ。
怒っているような。
泣くのを堪えているような。
あるいは、悲しんでいるような。
そんな顔のセフィは。
『どっ、どうした……?』
俺の問いにセフィは答えず、ファブニル将軍に向き直る。
「しょーぐん」
「ん? どうした、森神よ」
「しょーぐんたちは、きょーこくに、かてる?」
「ふむ……無論、脆弱な人族ごときに我らが負けるはずもない」
ファブニル将軍は、しかし、そこで表情を改めた。
険しいものへと。
「と、言いたいところだが、敵ながら教国の力は強大だ。加えてアンデッドとはいえ、聖獣様が敵になる以上、まあ、十中八九敗北は免れないだろうな」
「……まけたら、どうなる?」
「どうなる、とは?」
「コーラルちゃんとか、プロンとか、このまちのひとたち」
「ああ、なるほど」
セフィの質問の意図を理解し、将軍は得心したように頷いた。
それから、何でもない、当然のことのように言うのだ。
「皆、死ぬだろうな。殺されるのだ」
「…………!!」
セフィは目を見開き、ショックを受けているようだった。
愕然としたように全身を震わせ、何かに耐えるように俯く。
……いや、もしかしたら、セフィは何かを思い出していたのかもしれないし、必死に何かを考えていたのかもしれない。それは逡巡であり、覚悟を決める時間だったのだと、後になって思う。
その時間は短かったのだろうか。長かったのだろうか。待っていた俺にも分からない。
やがて、セフィはようやくこちらを振り返った。
「ユグ、おねがい」
セフィの顔は、いつだか、教国の手勢が攻めて来る前、二人きりの夜に見せた、神ゆえの透徹した笑み――ではなかった。
そこに神のような神性さなど微塵もない。
だから俺は、魂を揺さぶられるような衝撃を受けた。
「セフィ、みんなをたすけたいッ!!」
顔をくしゃくしゃにした泣きそうな表情で。
それが、ただの少女の、必死の叫び声だったから。




