第九十一話 カラド要塞陥落
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「いえ、皆様がいると知っていたわけではないのです」
ファブニル将軍がここにいる理由について、プロンが説明し始める。
「この都市にある戦略物資などを代官様から委託され管理しているのが我がリザント商会でして、将軍は代官様に会うより先に、わたくしに物資の備蓄状況等を聞くためにここを訪れたのですが」
ビヴロストにはカラド要塞へ運ぶための食糧武器などが集積され、それからカラド要塞に運び込まれる。
リザント商会がその役目を負っていることは、薄々察してはいたので驚きはない。
しかし、将軍自らが代官より優先して物資の備蓄状況を聞きに来るというのは、それだけ切羽詰まっている、ということだろうか。
「そこで、要塞防衛戦において非常に役に立った物資をお売りいただいた皆様がここに居られることを知り、直接お礼申し上げるためにこの席を用意した、というわけです。どうやら、前々から皆様には興味があったようで」
「うむ。エルフとドワーフが一緒に暮らしているというのだ。興味が湧くのも仕方なかろう」
将軍が当然のように頷く。
『……なるほど。で? 目的はそれで終わりか?』
一国の将軍がわざわざ礼を言うためだけに、しかもこの緊急時に偶然とはいえ会う時間を作るとは信じがたいのだ。
「なに、礼を言うついでに、この国がおかれた現状を少し話しておこうと思ってな。この都市に転移陣があるのだ、貴殿らにも少しばかり関係のある話だろう?」
『……まあ、確かにそうだが』
ビヴロストが教国に占領されれば、俺たちにとっても困ったことになる。
何しろ転移陣は神代のアーティファクトで破壊できないし、できたとしても躊躇する話だ。転移陣がなければ、俺たちは樹海の向こうの霊峰麓に取り残された形になる。それは教国の脅威に対して安全ではあるが、何か自分達では用意できない物が必要になった時には不便だ。
おまけに機能を停止させることもできない。
それにビヴロスト側の転移陣のある小屋を俺たちが帰った後に潰してもらったとしても、教国が掘り返さないとも限らないのだ。
ビヴロストが教国に占領されることは、俺たちにとっても不利益しかない。
だからこそ、色々と役に立ちそうな物を売っていたのだが。
今の詳しい状況を知れるのは、俺たちにとってもありがたい話ではある。
『要塞がどうなったのかとか、確かに興味あるしな。聞かせてくれ』
「うむ、よかろう」
そうして将軍は話し始めた。
なぜ、自分たちがビヴロストへやって来たのかを。
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「さて、といっても、大して話すことはないのだが。何しろ簡単に言ってしまえば、カラド要塞は教国の手に落ちた、というだけの話だ」
『そりゃそうなんだろうさ。なんでそうなったのかを聞きたいんだが』
俺は呆れてそう言った。
大勢の兵たちと将軍がここにいるのだ。カラド要塞が陥落したのは想像に難くない。
「……ふむ」
将軍は一つ、重々しく頷いて、
「精霊殿よ、なぜ、カラド要塞に将軍である我がいたのか、理由を知っているか?」
『……? いや? もっと東にある都市が落とされた時に、逃げて来た、とか?』
そう答えつつも、確かに変だとは思った。
重要な砦とはいえ、辺境の地に王族かつ将軍がいるというのは。しかし、カラド要塞の重要性を考えればありえない話でもないし、そもそも最初は要塞以東の都市にいた、という可能性もある。
だが、俺の推測に将軍は首を振った。
「そうではない。戦時となればカラド要塞にはヴァナヘイム王族の誰かが詰めねばならない決まりだからだ」
『なんだその決まり? ……兵士の戦意高揚のため、とか?』
「ふむ。それもないとは言わんが、理由としては小さいな」
別に理由があるらしいが、俺には想像がつかなかった。
正解を考える必要もないので、素直に答えを聞く。
『なんで?』
「カラド要塞が築かれた大岩山には聖獣バジリスク様が居られる。それが理由だ」
もちろん、そんな答えだけで全てを理解することができるはずもない。
なぜかドヤ顔っぽい笑みを浮かべて「言い切った」とばかりに黙る将軍から目を逸らして、俺はプロンに視線を向けた。
「はい、わたくしが説明させていただきます」
そうしてプロンが説明してくれたことを纏めると。
聖獣バジリスクというのは、ヴァナヘイムにいる砂漠神の眷属であるらしい。カラド要塞の大岩山を棲み処とし、この国を守護する四聖獣の一柱なのだとか。
その力は強大で、歴史上ではただ一柱で万を超える兵士を撃退した、とも伝えられるほど。
それが本当だとしたら、まったく頼もしい限りである。
そんなバジリスクだが、元々は大蜥蜴の魔物であり、人と意思疏通を図ることができない。
主に要塞を守護してもらってはいるが、カラド要塞は本来昔の砦であり、教国がロカセナという都市を落とすまでは前線の砦ではなかったらしい。
教国との小競り合いがあった時、そんな後ろの砦に超級の戦力を置いていても無駄である。何とか前線に出てもらい、助力してもらう必要があった。
それは砦での防衛戦でも同じで、ヴァナヘイム軍と連携をとってもらうためには、やはり意思の疎通は不可欠だ。
そして、ここからがファブニル将軍がいた理由となる。
高度な知能を持ってはいるが、人語を解さないバジリスクと意思の疎通を図れる存在、かつ、ある程度の命令ができる存在がヴァナヘイムにはいたのである。
それこそが、ファブニル王家の血族である。
なんとこの国の王族は、例外なく砂漠神の眷属となるらしい。
「念話などの手段でイメージを伝える、という方法で意思疏通が図れる者もいるのですが、聖獣様はその……何と言いますか……少々、ええ、本当にほんの少しなのですが、気位が高く……」
めちゃくちゃ言いにくそうなプロンの様子に、察した。
『つまり、念話で意思疏通が図れて、命令を出せる存在が王族ってわけか?』
「はい。聖獣様も王族の言うことには従うように、と砂漠神様から命令されているようで……」
何と言うか、面倒くせぇ性格をしている聖獣なんだな。
『なるほどなー。とりあえず、将軍がいた理由は分かった』
そしてここからが本題だ。
将軍が「うむ」と頷き、続きを話し始める。
「王族を辺境に封じ込める価値があるほど、聖獣様の御力は強い。カラド要塞は天然の要害だが、それでも聖獣様の御力なくばここまで持ちこたえることはできなかったであろう」
『んん? ……って、ことは?』
話し振りで何となく予想はできるが。
「聖獣様が、教国の騎士どもによって討たれてしまったのだ」
「なんですってッ!?」
プロンが叫ぶ。その顔には愕然とした驚きが浮かんでいる。
それほどまでに、聖獣とはヴァナヘイムの民にとって大きな存在だったのだろう。
しかし、将軍はさらに続ける。
「それだけならば、まだ我も抵抗を続けたのだがな……」
どうやら、事態はさらに深刻なようだった。
「倒された聖獣様の骸が、奴らにアンデッドにされてしまった。アンデッドとなった聖獣様もいては、要塞に籠って抗戦することもできん。何しろあの大岩は、聖獣様の棲み処なのだからな」




