第八十九話 ビヴロストへの来訪者たち
●○●
ヘリアンたちが帰還してから三日が経った。
修復しなければならない狂戦士ゴーレムが大量にいるから、さすがに三日では全員を修復することはできなかった。
おまけにこのまま迷宮攻略を続けたものかどうか迷ってもいる。
そんなわけで、ヘリアンたちはいまだに『魂無キ狂戦士ノ館』に格納したままだ。
『そんじゃあ、ビヴロストに転移するぞ?』
迷宮攻略がすぐには出来ない以上、急ぐ必要もない。
日々、やるべき事は色々とある。定期的にビヴロストに向かって食料やらを売買するのも、その一つだ。
俺は隠れ里の奥にある転移陣の前で、いつものメンバーを振り返って確認した。
ビヴロストに向かうのも、もう何度目になるか分からないが、向かう時のメンバーはほぼ固定されている。俺、セフィ、ゴルド老、メープル、ウォルナットにローレルだ。
「おー!」
セフィが元気良く手を挙げ、ゴルド老たちもそれぞれが了承の意を返す。
俺たちは転移陣を起動させてビヴロストへ転移。
その後、いつものようにリザント商会へ行き商品を売買するのだが、プロンの愛娘であるコーラルに初めて出会って以来、セフィと俺とメープルは商談そっちのけで遊ぶのが定例行事みたいになった。
いつも商会の商談室に通されて一息吐いた頃になると、誰かに俺たちの来訪を知らされたのか、幼女コーラルがテコテコと走ってやって来るのだ。
「――ひめしゃま!」
「コーラルちゃん! こんにちは!」
「こにちわ、です。ひめしゃま、きょうも、あしょぼ?」
「うん、いいよ!」
といった感じで、大人たちそっちのけで遊びに出掛けようとする幼女たちである。
当然、解き放たれた野獣のように走り出す幼女たちを放っておくわけがない。俺とメープル、それからプロンの部下である砂蜥蜴族の男、ソルが目付け役として同行することになる。
ちなみに、商談については俺がいなくともローレルがいるから大丈夫だ。
『すまん、ローレル。今回も頼む』
「はい、こちらはお任せください」
ローレルの頼もしい返事を後に、俺たちは幼女たちと商会の外へ。
セフィたちが何処で何をして遊ぶのかは、その日の気分次第だ。この日は――、
「ひめしゃま、なにしゅる?」
「んー……きょうはてんきもいいし、かべのうえでエクストリームおいかけっこしよ?」
「ん!」
というわけで、今日は市壁の上でエクストリーム追いかけっこをすることになった。
エクストリーム追いかけっことは――、市壁の上で追いかけっこに興じながらも、警備巡回する兵士さんたちに出会った場合、必ず股の間を潜らなければならないというローカルかつエクストリームな追いかけっこのことである。迷惑。
『二人とも、迷惑かけないようにしろよ』
「だいじょぶ! セフィたちならいっしゅんでとおりぬけるから!」
「ん!」
どうやら、今日も兵士の皆さんには迷惑をかけることになるらしい。
●○●
心地好い風が吹き抜ける市壁の上の細い通路で、セフィたちがエクストリームな挙動をする度に何時叱られるのかとドキドキする。
しかし、この都市でのプロンの権力は相当なのか、あるいはセフィがハイエルフであることが広まっているのか、幸いにも今まで叱られたことはない。それで良いのか、兵士諸君? なんて俺が言えた義理ではないけれど。
「ひめしゃま! ちゅぎはなにしゅる?」
追いかけっこにも飽きたのか、幼女たちは遊びを変えるようだ。
「んー、ちょっとかぜがつよくなってきたし……エクストリームハイキュー、する?」
「しゅる!」
エクストリーム排球とは――、風の強い市壁の上でボールを高く高くトス&トスして遊ぶエクストリームな遊びである。いつ強風が吹いてボールがあらぬ方向に飛んでいってしまわないかとヒヤヒヤするスリルが堪らないらしい。
ちなみに、ボールは俺である。
『それはこの前禁止しただろ』
「「ええー」」
幼女たちが不満の声をあげるが、俺は断固として禁止する。
あまりにも非人道的な遊びであるとして、俺、メープル、ソルの満場一致で決定した。
いくらぶーぶー言っても無駄である。
「そんな……じゃあ、セフィたちはどうやってあそべば……」
「きぼう、たたれた……」
『そこまで?』
セフィたちはふらふらと通路の胸壁にもたれ掛かるようにして脱力した。その瞳は光を失い、どこか遠くを見つめている。絶望である。
『いや、ここじゃなくてオアシスの畔なら、別に……』
と、俺が妥協点を示した時だった。
「ん? ……あれ、なんだろ?」
胸壁から都市の外をぼんやりと眺めていたセフィが、ふと何かに気づいたように声をあげた。
セフィの視線を追って見れば、何やらカラド要塞に向かう街道の先に、もうもうと噴煙のような土煙が立ち込めていたのだ。
「コーラルちゃん、なにかしってる?」
「ん……すな、ありゃし?」
コーラルが自信なさげに呟くが、おそらく砂嵐ではないだろう。
強風によって砂が巻き上げられているというよりは、何かが走った後に土埃が舞っている、というのが近い。
『んんー? ……ありゃ、先頭に何かいるな。……なんだ、馬……でもないみたいだが、何かに乗った兵士、みたいな……数百はいるな』
「――なんですと!? それは本当ですか、精霊様!」
『魔力感知』の感知範囲を一方向に延ばすことで、視線の先の存在を探ってみた。
結果、何かに乗って走って来る者たちだとは分かった。たぶん砂蜥蜴族だと思う。しかし、基本的に獣人と同じく魔力が低い砂蜥蜴族でありながら、感知できた全員の魔力が意外と高い。
理由はレベルの高さ以外には考えにくく、そのため兵士ではないかと推測した。その数、実に数百。正確な数は分からんが。
そんな俺の推測に、ソルが大声をあげる。浮かべた表情は驚きとも緊張ともつかない感情に満ちていた。
『いや、本当に兵士かどうかは分からんが、たぶんな』
「なんということだ……だとするなら、砦は……」
深刻そうに考え込み始めたソルを他所に、市壁で警備していた兵士たちは既に動き出していた。
たぶん教国が攻めて来たわけではないはずだが、大人数が揃ってこちらに向かって来るのだ。警戒しないわけにはいかないのだろう。
都市の門前に集まった大勢の兵士たちは武装していて、緊張を孕んだ雰囲気を放っている。
「むむ!? ひとりだけ、だれかきた!」
さて、どうするべきかと悩みつつ、市壁の上から向かって来る来訪者たちを観察していると、その集団から一人だけがスピードを上げて飛び出して来たのが見えた。
そいつは門前に集合している兵士たちへと一直線に駆けて来る。
近づいて来たことで目視できるようになった姿は、やはり砂蜥蜴族の兵士のようであった。
どこかで見たような革製の鎧一式を身に纏い、武装している。騎乗しているのは馬ではなく二本の足で疾走する蜥蜴みたいな生き物だ。
いや、蜥蜴、というよりはドラゴン、もしくは「恐竜(という言葉が浮かんできた)」みたいな生き物。
全身が鱗に覆われているから、間違いなく馬ではないだろう。
てか、良く良く思い返せばビヴロストでもたまに見たわ。
確か「ランドドラゴン」っていう亜竜の一種で、ヴァナヘイムでは「竜車」を牽かせたり、兵士が馬の代わりに騎乗する騎竜として飼われている生物らしい。
『とりあえず、敵ではなさそうだな』
門前の兵士たちに合流した兵士は、おそらく先駆けの使者であろう。
上から観察していると、彼に事情を説明されたと思わしき兵士たちは戦闘体勢を解き、後方からやって来る大集団を受け入れるように動き始めた。
だが、一人一人の表情はまったく晴れていない。緊迫した空気は、むしろ強まるばかりだった。
おそらく、この数ヵ月懸念していた事態が起きてしまったのかもしれない。俺はそう推測する。
ならば――、
――……■■■■■。
『……これは、俺らも里に戻るしかないか』
ビヴロストが戦場になるのなら、そうするしかないだろう。




