第八十七話 ヘリアン帰還
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ある日のことである。
「ユグ、そろそろセフィも、ひっさつわざがひつよーなおとしごろだとおもう」
『ぬ? 必殺技?』
いつもの日課である「おしごと」を終えたセフィは、最後に畑の中心にある俺の本体の根本に来ると、きりりっとした顔で告げたのだ。
その右手にはマジックポーチから取り出したミストルティン・シャイニングソード・改が握られている。
「そう。いまのセフィは、むてき」
『無敵、だと?』
「ん。ウォルにもヴォルフにもグラムにもかった」
『勝った……か』
チャンバラごっこのことである。
俺もセフィがウォルたちと戦う光景は目撃しているから、その言葉に嘘はないことは確かだ。ウォルたちもセフィ相手に「ぐはぁッ!? 参ったっす! さすが姫様っす!」とか「風よりも迅き森神さまの一撃……捉えきれませんでした」とか「さすがは姫……このグラム、完敗した」とか、そんなセリフを言って終わることが多かったしね。
しかし……、
『セフィ、忖度って言葉……知ってるか?』
「そんたく? しらない」
ですよね。
「そんたくさんのことはどーでもいい」
忖度さんって、人ではないけどね。
「セフィのけんじゅつは、たぶん、さとでいちばん。セフィりゅうけんじゅつのめんきょかいでん」
もしかして、その剣術の開祖ってセフィって名前の幼女じゃない?
「ヴォルフもグラムもぴかぴかひかるやつとばす、ひっさつわざ、ある。セフィにないのはおかしい……さいきん、きづいた」
むむぅっと、解せぬ……とばかりにしかめ面で唸るセフィ。
確かに、そこまで自信満々なのが俺にも解せぬ。
「とゆーわけで、セフィもそろそろひっさつわざ、かいはつすることにした!」
『ふむ……で、どんな必殺技にしたいんだ?』
必ず殺す技と書いて必殺技と読む。物騒な技である。
しかしまあ、俺も男の子だ。いや、精神的にはね?
となれば、必殺技という言葉の響きには何だか心惹かれるものを感じざるを得ない。
「まず、セフィがこう、ぶんって、けんをふるでしょ?」
ぶんっと、セフィがその場で剣を振ってみせる。
シャイニングソード・改が空中に綺麗な軌跡を描いた。
「んでー、そしたらグラムとかみたいに、ひかるやつとびだす」
『ふむ』
俺は頷きつつも、セフィのアイデアを頭の中で反芻してみる。
つまり、光る斬撃を飛ばす感じか。
『それってグラムがやってるのとだいたい同じじゃね?』
グラムとかヴォルフとかが最近では簡単そうに使ってるし、あまり特別な技という感じはしない。必殺技の名折れである。
「そう! だからもうちょっとくふうする!」
それはセフィも感じていたらしい。
それな! とばかりに頷いて必殺技のイメージを足していく。
「ひかるやつとばしたら、ぶんれつしてびーむになる。びーむはてきにかってにあたる」
『ビームになる?』
それって最初からビームで良いのでは、と思わないでもない。
しかし、ビームが追尾するというのは……田舎暮らしの幼女から出る発想ではないな。天才か。
『まあ、やってみる?』
最近では俺の本体を管理するガングも仕事に慣れてきて、俺ってば意外と暇を持て余していた。ここ数ヵ月、俺自身も色々必殺技……ではないが、できることが増えている。そんな俺の新技を見ていたから、セフィも必殺技とか欲しくなったようだ。
なので、セフィの必殺技開発を手伝うことは吝かではない。
「やってみる!」
セフィが元気良く頷いた。
『よっしゃ! んじゃあ、俺がミストルティンに憑依するから、セフィは剣を振ってくれ』
「ふおーっ! セフィとユグのがったいわざ!」
ちなみに、セフィが自力で斬撃を飛ばしたりビームを放てたりするわけがない。察してくれ。
そんなわけなので、俺がミストルティンに憑依してビームを放つしかないのである。
セフィのミストルティンにはなぜか光属性が付いているし、何度もやっていれば覚え込ませることもできるだろう。
さっそくミストルティンに憑依した俺は、セフィに剣を振る方向を指示する。
『セフィ、俺の本体とか倉庫とかにビームが当たると危ないからな。洞窟の方を向いてくれ』
「かしこまり!」
隠れ里に繋がる洞窟入り口からここまでは、今ではすっかり地面が踏み固められて一本道のようになっている。俺はそちらに向かって剣を振るようにセフィを誘導した。
『ん? おい、本体』
『大丈夫だ、問題ない。奴にしか当てないからな。俺の制御能力を信じろ』
『……いやまあ、別に良いけどよ』
今まで何も言わずに見守っていたガングレリが、何かを感知したのか声をかけてきた。
俺はすべてを言わせず、黙らせる。
『セフィ、準備は良いか?』
「いつでもいける! きあいじゅうぶん!」
大上段にミストルティンを振りかぶり、きりりっと構えるセフィ。
俺も光魔法を発動し、ミストルティンの剣身を一段と光り輝かせる。
そして、「とうっ!」とセフィが剣を振るった。
その軌跡をなぞるように光の刃が飛翔する。光刃は途中で無数の弾丸に分裂し、矢のように飛んでいった。
……いや、やっぱり途中からビームにするとか難易度高すぎだったんだよね。
しかし、光弾は狙い過たず標的に着弾したらしい。
『ぬおっ!? なんだ!? ――ぎゃあああああッ!?』
ちゅど~んッ! と、爆発したような音が響いた。
それを聞いてセフィが焦り出す。
「なにごと!? だれかにあたっちゃったかも!?」
『安心しろ、セフィ、全員無事だ』
威力は抑えてたしね。
だが、セフィとしては安心などできないらしい。表情が晴れることはなく、心配そうに粉塵舞う道の先を見つめている。
「ほんと? でも、けがしてるかも……」
『大丈夫だ。当て、いや、当たったのはヘリアンだからな』
「……なら、だいじょぶかぁ」
ヘリアンと聞いて安心したように胸を撫で下ろす。
セフィ的にはヘリアンならば何があっても大丈夫、というわけではなく。
「ヘリアン、じょうぶだし」
ヘリアンの頑丈さに一定の信頼があるらしい。
『おい、お前ら、いきなり何をする』
「あ、ヘリアン。さっきのぴかぴか、だいじょぶだった……?」
粉塵が晴れて姿を現し、近づいて来た俺の分霊ユグ=ヘリアンが多少憤慨したように声をかけてきた。
それにセフィが無事を確認するように問うと――ぴたり、と硬直した。
ブリュンヒルドたちヴァルキリーと大勢の狂戦士ゴーレムを率いて迷宮ヒミンビョルグから帰還したヘリアン。
その姿を見て、セフィのみならず俺でさえ言葉を失ってしまったのだ。
「びゃあああああああああッ!!?」
『うおっ!? どうしたセフィ?』
セフィが絶叫し、ヘリアンに突進するように走り寄るとその足に抱きついた。
すでにセフィの両目には今にも零れ落ちそうなほどに涙が盛り上がっていた。
「ごべんなざい~ッ!! ヘリアンじなないでぇ~!!」
『え? 死にませんけど?』
「ゼフィがッ! ゼフィがづよすぎるばっかりにぃ~!! ごべんなざい~ッ!!」
『さっきのセフィだったのか……てっきり本体の野郎の仕業だとばかり』
暢気に呟いているヘリアンだったが、その姿は凄まじいことになっていた。
ヘリアンの姿は純白の全身鎧に覆われた姿だ。鎧は細身のシルエットで、滑らかな曲線を描いているので金属というよりは生物的な印象を受ける。頭にはこれまた純白で材質不明のつば広帽を被り、左目の部分を隠している。
そんなヘリアンだったが、今では全身あちこちが煤で汚れ、斬られたような裂傷やら穿たれたような創傷やらが無数にあり、普通の生物ならば瀕死といった有り様だ。
何より、右手が肩の先から失われている。
実体は木製ゴーレムの依り代なので血こそ流れていないが、ぎょっとするような姿だ。
『よう、お帰りヘリアン。ひでぇ姿だな。ちなみにさっきのやつは俺だが』
『帰ったぜ本体。やっぱりてめぇだったか。分かってたけど』
ふむ?
話した感じはいつも通りだな。どうやらセフィが心配するように光弾で負傷したわけではないらしい。俺も一瞬「やっちまったか!?」って焦ったもんね。
まあ、俺のせいじゃないなら問題はあるまい。
ヘリアンの後ろに目を向ければ、ぎゃん泣きするセフィをどう宥めたものかとおろおろしているブリュンヒルドたちもいる。三人ともがヘリアンほどではないものの、何だか消耗した様子だ。
そのさらに背後で隊列を作っている狂戦士ゴーレムたちに至っては、ヘリアン並みの破損がある個体も多いようだ。
『んで、何があったんだ?』
俺は敗残兵のごとき姿と化している理由を、ヘリアンに尋ねることにした。




