第八十三話 ビヴロスト探索紀行
●○●
コーラルの手を引いて走り出したセフィの後を、俺とメープルが追う。
とりあえず、大勢でぞろぞろと移動するのもアレだし、ビヴロストの中ならば危険もないだろうという事で、ウォルナットとローレルは残ることになった。
だが、さっきの部屋に控えていた使用人らしき砂蜥蜴族の男性が俺たちの後を追って来る。
「コーラルお嬢様の護衛として、同行させていただきます。改めまして、ソルと申します」
こちらに一礼しながらそう説明する男性――ソル。
プロンと同年代くらいに見えるソルだが、小器用に走りながら一礼する姿は身体能力の高さを窺わせる。もしかすると戦闘の腕前も高いのかもしれない。そんな身のこなしだ。
『そっか。……大変だな』
「お気遣いいただき、恐縮です」
商会長の補佐から、その娘の護衛まで、色々な仕事を任せられると言えば聞こえは良いが大変そうだ。俺たちの横を走るソルは苦笑を浮かべつつ返事をしたので、まあ、苦労しているんだろうな。
ともかく、俺とメープルとソルでセフィたちを追う。
この短い時間でセフィたちは商会を飛び出し、外の通りをとっとこと走っていた。とは言っても所詮は幼女たちの足だ。大人二人と空中を飛翔する俺にかかれば、追いつくのは簡単だった。
『セフィ! コーラル!』
二人の背後から声をかければ、きょとんとした顔で振り向く。
「む? ユグとメープルも、いっしょにたんけんするの?」
『さすがに二人だけじゃ危ないだろ。拐われるぞ』
セフィがハイエルフだと分かる人物は少ないだろうが、大商会の会長の娘であるコーラルを知っている人物は多いはずだ。身代金目的に誘拐されないとも限らない。
それでなくとも幼女二人を目の届かないところに解き放つなど、良識ある大人であればしないだろう。
「精霊様の仰る通りですよ、お嬢様方。お二人だけでは危険です」
ソルも俺の言葉に同意してみせる。
それで自分達が無謀な行いをした――とは理解していないようだったが、俺たちが同行することに反対はないようだ。
「ん! わかった! じゃあ、みんなでたんけんしよ!」
ということになった。
●○●
まあ、探検と言いつつも行く場所はある程度決まっているようだった。
「ひめしゃまに、ひみつのばしょ、おしえる」
コーラルがセフィにおすすめの場所を紹介したいらしく、その案内に従って色々と見て回ることになったのだ。
「んと、さいしょは、かべのうえ、いくます」
そう言ってコーラルが指差したのは、ビヴロストを囲む石造りの市壁だ。
俺たちは遠くに見える市壁に向かって、閑散とした大通りを歩いていく。
『っていうか、ああいう壁の上って一般人が登れるもんなのか?』
普通は見張りの兵士とかが立っているもんなんじゃ?
そんな俺の疑問に、ソルがなんでもないように答える。
「普通ならば無理です。しかし、コーラルお嬢様がいらっしゃるならば問題はありません。重要な機密のある場所でなければ、リザント商会の名でご案内できますよ」
『すげぇなリザント商会……』
これが権力の一端ってやつなのね。
セフィも俺も存在的には権威みたいなのがありそうだが、何しろ秘境の田舎暮らしだ。権力なんてものを実感したことはない。
「このあたりは、いつも、ろてんとか、でてるばしょ。いまは、しゅくないけど、いつもは、いっぱい」
「そーなんだー、なにうってるの?」
「いろいろ、たべもの。おにくとか、ジュースとか、だよ……?」
「むー。いまはないねぇ。ざんねん」
コーラルの説明によれば、この大通りでは露店が多く出ているらしい。しかし今は戦争中のためか、買い食いできるような屋台らしきものは一店もなかった。
寂しい風景となった大通りを抜けて、俺たちは都市の外縁部に辿り着く。
コーラルの先導に従うまま進むと、市壁の上まで続く階段がある場所に到着した。もちろん無人というわけではなく、階段の前には見張りらしき兵士のおっさんがいた。
「こんにち、は……」
「こんちわー!」
コーラルは慣れているのか、人見知りを発揮することもなく兵士に話しかける。
セフィ? セフィの辞書に人見知りなどという文字は存在しないよ。
「おや? コーラルお嬢さんじゃないですかい? そっちのエルフのお嬢さんは、お友達ですかい?」
「ん。セフィちゃ――あ! じゃなくて、ひめしゃま、ともだち」
「姫様? ……ははぁん、なるほど」
なんか兵士のおっさんはセフィを見て、御付きのメープルを見て、最後に俺を見て何やら察したようだった。セフィがハイエルフだと気づいたのだろうか?
「今日はどうしました?」
「ひめしゃまに、うえ、みせる」
「ふむ……わかりました。上がって良いですよ」
兵士のおっさんはこちらが驚くほど簡単に許可を出した。
体を横に退けて、階段の前を譲ってくれる。
コーラルはセフィの手を握って、
「ひめしゃま、いこ?」
「うん! わあーいっ!」
階段を走って上っていく。
柵などないから落ちないだろうなとハラハラするが、二人とも身体能力は意外と高くて危なげない。まあ、幼女とはいえ基本的に身体能力に優れた獣人と森暮らしのエルフだからな。
俺たちも後を追って上ると、壁上には狭い通路があった。
良く分からんけど胸壁とか矢避けとか言われる壁がある。幼女二人はその壁にぶら下がるようによじ登って、外の風景を眺めていた。
「ちゃいろ。なんにもない……せかいしゅーまつのこうけー……」
両耳をへにょりと垂れさせて、セフィが元気なく呟く。
ビヴロストの外は見渡す限り一面の荒野で、地面は茶色ばかりだった。植物のない風景に何となく悲しみを覚えているらしい。
しかし完全に植物が皆無というわけではなさそうだ。良く見渡せば背の低い灌木や全身トゲトゲの不思議な形の植物――サボテン、と脳裏に浮かんだ――が点々と生えている。
『魔力感知』にも小さい反応が所々にあるし、動物とかも棲んでるだろうな。たぶん土の下とかに。
その想像は当たっていたようで、コーラルが説明(?)する。
「すなねじゅみとか、いるよ?」
「すなねずみ? おいしいの?」
基本的には菜食を好むエルフだが、狩猟民族でもあるから肉も食う。そんな彼らにとって動物に対する最初の感想は、まず美味しいかどうかである。
「かわいー。かわいくて、おいちぃ」
可愛くて美味しいらしい。
「かわいくておいしいのかー。おとく!」
お得? 何かが間違っている気がする。
『ところで、この先にカラド要塞だっけ? それがあるのか?』
ビヴロストの門から荒野には一本の線が引かれている。馬車や人の足で踏み固められた道が、そう見えるのだ。
その道は遥か向こう側まで続いていた。
「そうですね、この先にカラド要塞がございます。あの岩山が見えますか?」
ソルが説明してくれる。
言われるままに視線を向けると、道が消失点で消えるさらに向こう側に、山々のうねりのような大地の隆起があった。緑色のないそれは岩山であるらしい。
「あの向こう側に砦は建造されています。カラド要塞は岩山を利用した天然の要害でもあるのです」
『ほう、それはなかなか堅牢そうな要塞だが……大丈夫なの?』
教国には敗北続きなのが実際のところだろう。いくら丈夫な要塞だとはいえ、心配になる。
だがソルは、不安な様子もなく頷いた。
「今は皆様のおかげで要塞への補給も支援もしっかりと行えそうですし、問題はないでしょう。補給さえしっかりしていれば、カラド要塞は難攻不落ですから」
『ずいぶんと自信があるんだな』
答えるソルの声には誇らしげな色さえあった。
「ええ、なにしろカラド要塞には我が国が誇る護国の聖獣様の一柱がおられますから」
『聖獣?』
初耳な存在である。
聞けば、聖獣とは自然神の眷属であるという。
広大な国土の大半が砂漠に覆われているヴァナヘイムには、なんとハイエルフたるセフィと同じような自然神の一柱がいるというのだ。
司るのは砂と大地の権能で、砂漠神と呼ばれているらしい。
例によって神の名を呼ばない風習から、本当の名前は不明だが。
ともかく。
この砂漠神には特に強力な力を持つ四柱の眷属がいる。その眷属たちはヴァナヘイムを守護していることから、「護国の聖獣」と呼ばれて崇拝されているらしい。
その聖獣の一柱が、カラド要塞を守護しているらしいのだ。
「聖獣様の御力は強大です。教国もこれまでのように容易く侵攻することは、もはやないでしょう」
『ほほう、なるほどな。そいつは安心だな』
――とは口にしつつも、俺は言い知れない不安を払拭することができなかった。
突然襲撃してきた、教国の騎士らしき男。六神で攻めた結果とはいえ、滅ぼされたアルヴヘイム。夢で会ったセフィーリアちゃんの助言。
教国のことは嫌いだが、侮るには強大過ぎる相手だと思う。
だが、俺が深刻に未来を憂えている間にも、幼女たちはマイペースだ。
「こっちは、オアシス、みえる、よ……?」
「おー、みどりいろある。よき」
都市の内側の方に振り向けば、そこそこ大きいオアシスがあり、きらきらと水面が光を反射している。ビヴロストはオアシスの畔に建造された都市である。
様々な建物の向こう側、オアシスの周辺には緑があった。前回もオアシスは見学したからそれは知っているんだが、上から見ると意外と植物が多いのが分かった。良く見れば小さいが農地もあるようだ。まあ、ビヴロストで消費する食料には到底足りないだろうが。それでも植物があるというだけでホッとするのは、俺が植物だからか。いや、セフィも「善き」と言っていたから、普通の感性だろう。たぶん。
「ひめしゃま、すなねじゅみ、たべう?」
「セフィたべてみたい!」
しばらく高い所からの景色を堪能した俺たちは、そろそろ昼時ということもあって昼食を摂ることにした。ちなみに幼女たちは景色見物には早々に飽きて、壁上の細い通路で追いかけっこを始め、見回りの兵士さん方に迷惑をかけていた。いやー、すいませんね。どうもどうも。
屋台とかもないし昼はどうしようかと思ったのだが、コーラルが一軒の食堂に案内してくれた。
どうやら普通に営業中らしい。考えてみれば都市で生活している人たちは普通にいるし、こういった食堂の需要もあるのだろう。食料はどうしてるのかと問えば、
「ここはリザント商会で運営している食堂です」
とだけ返答が。
さすがっす。
食堂の中を見回すと、兵士らしき人々が多いようだ。
席に着いてソルが注文する。内容はコーラルおすすめの砂ねずみ定食。セフィの要望を叶えてくれたらしいが、そもそも砂ねずみ定食が人気らしい。
ねずみと言っても小さいねずみではなく、子犬くらいの大きさの丸々と太ったねずみであるようだ。
『美味いの?』
俺は食えないから味は分からないが、セフィ曰く、
「むむ! ねっとりしてて、なかなかおいしい!」
ということらしい。
全然味の想像がつかないが、メープルも美味しそうに食べていたので、たぶん美味しいんだろう。
「つぎ、オアシス、いくます」
昼食を終えた後はオアシスに向かった。
水辺だからか、他の場所より涼しい気がする。
大人二人が木陰で見守る中、幼女たちは楽しそうにボール遊びに興じた。
「コーラルちゃん、いくよー? えいっ!」
「わ、わ、わぁっ! たぁっ!」
幼女たちの手で跳ね上げられ、ふわふわと空中を行き交うボール。
二人とも幼女にしては高い身体能力を発揮し、激しく叩かれるボール。
『……』
木陰の下でソルが非常に申し訳なさそうな顔をしていた。
そんな顔するくらいなら、止めてくれても良いんだよ?
ボールな俺はそんなふうに思う。
ちなみにメープルは幼女たちを微笑ましく見守っていた。いやあの、メープルさん?
ともかく、そうやって一頻りボール遊びで汗を流した後、幼女たちは木陰の下で涼むことにしたようだ。
「そうだ! コーラルちゃんにいいものあげる!」
「いーもの?」
地面に腰を下ろした途端、セフィは肩掛け型のマジックポーチを手に取り、がさごそと中から何かを取り出した。
それははち切れんばかりに果肉たっぷりの桃だ。
俺は微かな驚きに目を見開く。その桃は「セフィの木」に生った桃で、セフィが特別に大事にしている桃である。
かなり好感度が高い人物にしかあげることはなく、親しさのバロメーターだ。
どうやら幼女コーラルは、この短時間でウォルナットよりも好感度を稼いだらしい。
「メープル、きって?」
「はい、姫様」
メープルに桃を食べやすく切ってもらうと、セフィは自信満々に桃をコーラルに差し出した。
「はい、コーラルちゃん!」
受け取った桃をコーラルが食べる。
その瞬間、両目を驚きに見開いた。
「おいちぃっ!」
「ふふーんっ! でしょー!? それセフィがつくったんだよ!」
どうやら桃を自慢したかったようだ。
「ひめしゃま、しゅごい……! こんなおいちぃの、たべたこと、ない……!」
「むふふーっ!!」
コーラルの尊敬の眼差しに、セフィはひっくり返るんじゃないかってくらい胸を張った。
結局この日は、夕方まで二人で遊んでいた。
●○●
「ばいばい、コーラルちゃん!」
「ひめしゃま、また、きてね……?」
「うん! またね!」
商会に戻ると、ゴルド老はべろんべろんに酔っぱらっていた。
ウォルナットたちは酔ってこそいなかったが、酒を出されて歓待されていたらしい。
そんな三人と合流して、ようやく俺たちは里へ帰還することになった。
リザント商会の入り口前で、プロンとソル、それからコーラルが見送りに出てくれたのに手を振り返して別れる。
ゴルド老はウォルに背負われていた。正直、ウチの爺が済まん。どこかひきつった笑みのプロンを見ると、どれくらい飲んだのかは怖くて聞けなかったが。
そんなこんなで帰宅の途上、セフィはいつになく満足げな笑顔でスキップしていた。
『楽しかったか?』
「うん!」
『そっか、そりゃ良かった』
聞くまでもなかったな。
満足そうで良かったぜ、と何だか俺も嬉しくなった。
しかし、隠れ里への帰り道、ふと声が聞こえた気がしたのだ。
『――? セフィ、いま何か言ったか?』
「んー? なにもゆってないよ?」
『ふむ……なら、気のせいか』
それは本当に微かな声だったので、俺はすぐに気のせいだと忘れた。
それはこう言っていた。
――まずいわね……。




