第八十二話 セフィのあたらしいおともだち
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俺の精霊茶と葉っぱには高値がついた。さすがに閃光マリモのように法外な値段を提示されたわけではないが、アルヴヘイムがあった頃に取引されていた金額を参考に、適正な値段に少し上乗せしてくれたらしい。
以前より流通量が桁が二つも三つも違うほどだというから、その稀少価値分だろう。
ま、まあ?
本当はもっと高い値段を提示されたんだが、これからも買ってもらわないといけないし、プロンの店に潰れられるのも困る。なので、俺の方から値段を少し下げた形だ。
そんなわけで、精霊茶と葉っぱの値段も決まったところで、俺も目録に間違いがないか確認する。
もちろん、横に座っているゴルド老はずっと沈黙を保っている。完全にこちらに任せる構えである。
目録の品目と数に間違いがないことを確認すると、マジックバッグ一つだけを残して商品を容れて運んできたバッグも売ることにする。一つだけ持って帰るのは、プロンから買い込んだ酒や塩などの消耗品と布などの生活必需品、それから大量の硬貨を持って帰るためだ。
で、今は俺たちが購入した商品を用意してもらい、ついでにマジックバッグに詰めてもらっているところだ。その待ち時間である。
「いやー、今回も実に有意義な商談でございました。皆様から買わせていただいた品々は、必ずや教国との戦いでも役に立つことでしょう。いちヴァナヘイム国民として感謝いたします。ありがとうございました」
『いや、こっちこそ結構な値段で買ってもらって、なんか悪いな』
「とんでもございません。またお持ちくだされば何時でも買取りさせていただきますので、今後ともよろしくお願いいたします」
などと、和やかなムードで話し合っている時だった。
「――おとうしゃま」
『ん?』
暑い国だからか、この都市の建物は室内を繋ぐ出入り口であれば扉がない場合が多いらしい。ただ出入り口に視線を遮る布を垂れているのが一般的だ。
プロンの商会の一室であるここも、風通しを良くするためか木製の扉やドアなどはなく、色とりどりの豪奢な布を垂れているだけだった。
その向こう側から、囁きのように小さな声がしたのだ。
出入り口を遮る仕切り布の下の方をわずかに捲って、声の主が顔を出す。
それは5歳から6歳くらいで、あどけない顔立ちの小さな女の子だった。セフィよりも少しだけ幼く見えるだろうか。いや、セフィはハイエルフなので外見以上の年齢なんだけどね。
彼女は砂色の柔らかそうな髪に、砂色の瞳をしている。頬や首筋や腕などに鱗が生えていて、ゆったりとした裾の長い衣服の下から、これまた鱗のある尻尾がぴょこんと飛び出していた。
ちなみに、ビヴロストの民はこういったゆったりとした裾の長い衣服を着ていることが多いようだ。男性はズボンを履いているようだが、女性の場合は足首まであるワンピース、とでも表現するべきだろうか。
「あらぁ~コーラルちゃん、どうちたんでちゅか~?」
『え?』
一瞬、誰の声か分からなかった。
声の出所に視線を向けると、これ以上はない、というくらい顔をデロッデロに蕩けさせたプロンがいた。
「ダメでちゅよ~、こんなところに来ちゃあ~。おとうちゃま今、お仕事中でちゅからね~」
「ごめんなちゃい」
悲しげに謝る女の子――たぶんコーラルという名前だろうか? に、プロンは慌てたように首を振る。
「あ、あ、別に良いんでちゅよ怒ってるわけじゃありませんからねぇ~。さぁ、おとうちゃまのところにおいで」
幼女コーラルはトタタと走り出すと、そのままの勢いでプロンに抱きついた。
プロンの太っ腹がぼよんっと衝撃を吸収する。なんか飛び込んでみたくなる気持ちは分かるな。
っていうか、娘がここにいるということは、プロンたちはここに住んでるのだろうか。
確かにデカイ建物だとは思っていたが、店舗兼住居なのかもしれないな。
「ああ、皆様、紹介いたします。こちら、わたくしの娘のコーラルです。さあ、コーラルちゃん、皆ちゃんにご挨拶しまちょうねぇ。一人で出来るかなぁ~?」
プロンの声だけが室内に響き渡っていた。
対する俺たちはプロンの変貌振りに絶句であったが、俺たちよりも付き合いの長いゴルド老が最初に正気に返った。
「相変わらずじゃのぅ」
相変わらずなんだ。
「なんかプロン、きもちわるいかも」
『しっ、セフィ、そういうことは思ってても黙ってるもんだぞ』
「そうなんだ」
俺が一般常識をセフィに教えていると、「いやー」とウォルナットが声をあげる。
「おっさんが喃語で喋ってる姿って、なかなかアレっすね」
まあね。
とか何とかやっていると、件のコーラルがちらりとこちらに視線だけを寄越す。未だにプロンに抱きついているのは、恥ずかしいからだろうか。
彼女はまずゴルド老を見て、それからウォルナットを通りすぎローレルを見て、優しそうな笑みを浮かべるメープルに安堵し、それからテーブルの上に浮いている俺に目を丸くする。最後にセフィをじっと見つめると、おずおずとプロンから離れてこちらを向いた。
「コーラル、5さいでしゅ……。よろしく、おねが、します……」
辿々しく挨拶し、ぺこり、と頭を下げた。
瞬間、
「あああああっ! 一人で挨拶できて偉いでちゅねぇっ! コーラルちゃんとっても賢いでちゅよぉお!?」
プロンが大声をあげてコーラルを抱き締めると、その頭に頬をすりすりする。
大丈夫なのか、プロンは? いや、色々とね。
対するコーラルは嫌がっている様子はないが、恥ずかしがってはいるようだ。
ともかく、はあはあと肩で息を吐きながらも何とかプロンが落ち着いた頃を見計らって、俺たちも挨拶を返す。
ウォル、ローレル、メープルと無難な自己紹介が続き、
『俺はユグ。森の精霊だ。よろしくな』
「精霊しゃま? しゅごい……」
精霊という存在を初めて見たのだろうか、コーラルが目を丸くして驚いた。
んで、満を持して(?)セフィがにぱっと笑って挨拶する。
「セフィはセフィ! コーラルちゃん、あそぼ?」
セフィがグイグイいった。
見れば何やら興奮しているようだ。
里には同年代の子供たちは何人もいるが、基本的に友達というよりはセフィを敬う対象として接しているからな。セフィがそれに距離を感じていることは何となく分かっている。
だから、
「セフィ、ちゃん……うん」
コーラルが恥ずかしげにしながらも、しっかりとセフィの名を呼んだ時、セフィはそれはもう嬉しげににぱぁっと笑った。
「じゃあじゃあ、いっしょにまちのなかたんけんしよ!?」
「ん……セフィちゃんといっしょに、たんけん、する」
どうやらコーラルもセフィを気に入ったようだ。外見年齢も近いし、話しやすいのかもしれない。
トタタっとセフィの方に走り寄ると、セフィが差し出した手をぎゅっと握る。コーラルも良いところのお嬢様だし、身近な同年代というか、友達に餓えていたのかもしれないな。この砂漠の都市の住人にしては珍しく色白な頬が紅潮していた。
しかし、そんな二人に水を差す者がいた。プロンだ。
「あ、あー……コーラルちゃん」
「なぁに、おとうしゃま?」
プロンは非常に言い難そうに、けれど子供の間違いを正す親の顔で告げる。
「一緒に遊びに行くのは構わないけど、そちらのお嬢様はハイエルフ様なんだ。森神様とも呼ばれていてね、神様の一柱なんだよ」
「かみ、しゃま?」
俺を見た時以上に驚いた顔でセフィを見つめるコーラル。
対するセフィは――、
「ぶぅ……」
非常に不機嫌そうな顔をして、プロンを睨んでいた。
その視線に気圧されそうになりながらも、プロンは最後まで言い切る。
「そう、神様。神様や精霊様のお名前を呼んではならないと教えられたことは覚えてるかな?」
「う、ん……」
コーラルはぎこちなくも頷く。
神や精霊の名を直接呼んではならない。エルフや狼人族たちにそのような風習があることは知っていた。それは意外と根深いものらしく、傍若無人な振る舞いも多いドワーフたちですら、俺やセフィを名前で呼んだりはしない。
それは砂蜥蜴族であっても例外ではないようだ。
「かみ、しゃま?」
「ぶぅ……セフィでいいのに」
コーラルの「かみしゃま」呼びに、セフィの機嫌はどんどんと急降下していく。
薄々気づいてはいたが、セフィは「ハイエルフ様」と呼ばれることも「森神様」と呼ばれることもあまり好きじゃない。一番反応が良いのは名前を呼ばれることだ。
たぶん妥協した呼び方で、
『セフィはエルフのお姫様だからな。姫様って呼ばれてるんだ』
そう呼ばれるのが一番マシだろう、セフィ的に。
なのでさりげなく誘導してあげれば、
「おひめしゃま……? しゅごい……!」
「む?」
コーラルが尊敬――というよりは、憧れの眼差しでセフィを見上げる。
それで少しだけ、セフィの機嫌は持ち直した。
さらに、
「ひめしゃま、いこ?」
「むう?」
コーラルの態度は呼び方が変わっただけで、接し方は変わらなかった。
それが思いの外嬉しかったのだと思う。
「――うんっ! じゃあ、セフィたちちょっとたんけんしてくるね!」
『あ! おいちょっとセフィ!?』
「姫様!?」
コーラルの手を引いて、部屋の外へ飛び出していく。
追いたいのは山々だが、まだ取引は終わっていないのだ。金とか色々受け取ってないし。
どうするべきかと迷う俺に、ゴルド老が言う。
「酒精霊様も行ったらええじゃろ。金やら酒やらは儂が受け取っておくし、遊び終わったらここで合流すればええ」
『おお、そっか? 悪いな、頼むわ。プロンもすまん』
次にプロンに視線を向けると、こちらも苦笑しながら頷いていた。
「いえ、お気になさらずに。コーラルのことを、よろしくお願いいたします」
『任しとけ!』
というわけで、俺は急いでセフィたちの後を追うことにした。




