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第八十話 再びのビヴロスト


 ●○●



 ビブロストに転移して外に出ると、相変わらず容赦ない日差しが降り注いでいた。湿気はそれほどないそうだが、それだけに乾いた熱気は体内から水分を奪っていく。

 いや、精霊形態の俺には関係ないけどね。

 それでも前回来た時はあまりの暑さに辟易していたエルフ組だったが、今回は根を上げるような言葉は一言もない。

 転移陣のある小屋を出て、入り口に立っていた前回とは違う兵士に挨拶し、プロンのいるリザント商会へ向かってそこそこの距離を歩いているのだが、セフィたちは余裕のある表情を崩さない。逆にゴルド老の方が顔をしかめて暑そうにしているくらいだ。


『どうしたセフィ?』


「ん? なにがー?」


『いや、前来た時は暑いって言ってただろ? 今日はそれほど暑くないのか?』


「あつくないわけじゃないよ? ただ……」


『ただ?』


「セフィ、もうあつさをこくふくしたし!」


 ドヤァっとセフィは胸を張って言った。

 しかし、前回の一日にも満たない滞在時間で暑さに慣れるわけがない。


『おいおい、そんなわけないだろ?』


「うそじゃないよ。ホントだよ。セフィうそついたことないし」


 それは嘘だろ。


「精霊様、姫様は嘘は仰っておりませんよ?」


『メープル?』


 なんとメープルがセフィを擁護した。

 セフィには多少……いやだいぶ甘々なところがあるメープルだが、嘘を吐くことはない。ということはホントなのか。いや、嘘吐いたことがないという嘘のことではなくね。

 エルフの生態ってどうなってんだよ――などと内心で疑問に思っていると、それを察したわけでもあるまいが、今度はローレルが説明してくれた。


「意外に思われるかもしれませんが、我々エルフはこのような暑い場所が苦手ではありません。前回来た時はいきなり暑い場所に来たので暑さに慣れるまで時間がかかってしまいましたが、そもそも砂漠に住むエルフの一族なども、この国にはいるはずですし」


『この国って、ヴァナヘイムに住んでるエルフがいるのか?』


「はい、アルヴヘイムがあった頃は交流もありましたし、間違いないはずです」


『へぇ。でもなー、エルフって基本、涼しい場所に住んでるイメージがあるんだが』


 森の中って涼しいからね。

 暑い場所にエルフというイメージがない。


「いやいや、それは偏見ってもんすよ、精霊様」


『ウォルナット?』


「こいつを見てください」


 なぜか得意気に言うウォルナットが、自らの耳を指差した。それから長い耳をぴこぴこと上下させる。


『ふむ……野郎がそんなことやっても、可愛くないからね?』


「違いますよ!?」


 違うのか。

 どうやら可愛いアピールではなかったらしい。良かった。トチ狂ったのかと思ったもんね。


「ユグ、みてみて!」


『どうした、セフィ?』


 かと思ったら、今度はセフィが得意気に耳をぴこぴこする。

 やはりセフィくらい幼い子がやると可愛らしい動きだ。


『おお、可愛いな』


「でしょっ!?」


『うむ』


 一瞬の遅れもなく胸を張るセフィ。

 ここで謙遜したりしないのが流石セフィだぜ。

 そしてその後ろで密かに耳をぴこぴこしているメープルさんにも「可愛いよ」と褒めるべきなんだろうか? いや、可愛らしいんですけどね。


「いやいや、可愛いとかそういうことじゃないんすよ」


 俺がメープルを褒めるかどうか迷っている内に、ウォルが話題を軌道修正してしまった。


「俺らエルフは、この長い耳で体温調節できるんすよ。だから暑い場所は割と平気っすね。逆に寒すぎる場所の方が苦手っす。耳が凍るんで」


『ほう、そいつは意外だな』


 意外ではあれど、説明されると妙に納得した。

 耳で体温調節か……なぜか「ゾウ」という動物が脳裏に浮かぶ。


 ――とかなんとかやっている内に、目的地のリザント商会まで辿り着いていた。

 店舗は他に見ないくらい大きくて立派だが、相変わらず客の姿はない。軍とかと取引しているようだから儲かってはいるんだろうが、心配になっちゃうよね。前回だってかなりの買取り金額だったし、今回なんて前回以上になるのは間違いないはずだからな。……潰れないだろうな?


 ともかく、ゴルド老を先頭に中へ入って行く。

 すでに俺たちの姿を見て店員が呼びに行っていたのだろう、でっぷりと太った砂蜥蜴族の男――プロンが揉み手で待ち構えていた。


「ようこそ皆様、お待ちしておりました! ささっ、暑い中大変だったでしょう、奥へどうぞ」


 そして流れるように奥へ通してくれる。

 ずいぶんと機嫌が良いようだが、何かあったのか?



 ●○●



 奥へ行く前に背負って来たマジックバッグ四つを渡した。

 金額的には前回を超えるだろうが、物量としては食料を入れても前回よりも少なくて済んだのは、嵩張るワイバーンの素材や加工品が無いためだ。マジックバッグの容量は重量ではなく体積によって決まっているらしい。


 ちなみにプロン熱望の売却用マジックバッグもきちんと持って来ている。

 マジックバッグの中にマジックバッグは魔法が干渉してしまい容れることができないようなのだが、動力となる魔石を外して機能を停止させれば、容れることができるらしい。


 ともかく、持ってきた商品を預けた俺たちは前回と同じ応接用の客間に通され、前回同様、何かの果実のジュースを出されてもてなされている。

 今は売却品の目録待ちだ。


『さて、プロン君』


 その間に、俺は気になっていたことを聞くことにした。


『なにやら機嫌が良さそうだね、キミィ』


「おや、お分かりになりますか?」


 テーブルを挟んで対面に座るプロンが、にやりと笑って言う。


『分からいでか。ずいぶん儲かってるんじゃないの?』


「はっはっはっ! これはこれは、精霊様には敵いませんな」


 商人が分かりやすく喜ぶなんて儲かっている以外にないだろうと思って聞いてみれば、どうやら当たりだったようだ。

「いや~、参りましたな」などと言っているプロンは、見るからに「儲かりすぎて笑いが止まらない状態」の商人である。

 しかし、どうやらそれだけでもなかったらしい。


「確かに前回お売りいただいた品々が我が国の軍部に高値で売れたことは事実です。特にマジックバッグとワイバーン素材の加工品が喜ばれました。あれでカラド要塞の戦線維持がだいぶ楽になったようで、わたくしとしても少しばかり安堵いたしました」


『うん? カラド要塞ってのは、ビヴロストの先にある要塞か?』


「はい、現在の最前線です」


 ふむ、と俺は頷きつつ、少し疑問を覚える。

 マジックバッグは物資の輸送で活躍するだろうし、ワイバーン素材の加工品には武器も防具もあったはずだ。それらを前線の兵士に配備すれば有用だろうが、武器や防具は実際に使わねば役立つとは言えないだろう。何やらプロンの言い様では実際に使用されたような言い方だ。


『ワイバーン製の武器や防具って、弓だけじゃなく剣とかも実際に使われたのか?』


「はい、実際に使われて戦果をあげておりますよ」


 なるほど。

 どうやら前線での戦いは、砦に籠って遠くから矢を射るだけの戦いではないようだ。

 ……おいおい、それってかなり逼迫した状況なんじゃないか?


『もしかして、戦況ってかなり悪いの?』


「率直に申しまして、良いとは言えませんな」


 神妙な顔で頷いたプロンだったが、しかし今度は一転して笑みを浮かべる。


「ですが、戦況は快方に向かうとわたくしは確信しておりますよ。……今回も、お持ちいただいたのでしょう?」


 プロンの嬉しそうな表情で合点がいった。

 戦況の悪化にはプロン自身も危機感を抱いていたようだな。それが商人としてか、ヴァナヘイム国民としてかは分からないが。


『うむ、出来立て新鮮なやつを幾つも持ってきたぞ』


 俺は深々と頷いてやる。

 もちろん、マジックバッグの話である。


『しかし今回はそれだけじゃないんだ』


「ほう……? と、申しますと?」


 興味深げに問うプロンに、俺はにやりと笑う。

 今回持って来たのはマジックバッグ以外にも大量だ。閃光マリモなど使い方を説明しなければならない物もあるが、おそらくは今のプロン――というより、カラド要塞には有用な物ばかりだろう。


『実は食料を大量に生産してね、持って来たんだ』


「お、おお……食料ですか! それは助かります」


 喜色に彩られていくプロンの表情を見ると、食料を売りに来たのは間違いではなかったようだ。オアシスがあるとはいえ、ビヴロストも食料生産に適した土地ではなさそうだからな。おそらくこの都市の食料も他の都市からの輸入に頼る割合が多く、おまけに輸送も前線への物を優先せざるを得ない現状、たぶん食料は不足気味のはずだ。マジックバッグも自力で生産できてはいないようだし、輸送できる量は限られていると思う。


『あとは他にも色々と持って来たぞ。どれも役立つと思うが』


「なるほど、自信がおありのようですな。これは楽しみです」


 少しばかり興奮を隠しきれない様子でプロンが言う。

 対する俺も、今回の売買が幾らになるかちょっと気になるぞ。俺の葉っぱとかお茶とかね。安かったら……悲しいじゃん?

 そんなわけでプロンと視線を合わせて気合いを入れていると、


「――ユグ」


『む? セフィ?』


 セフィが静かに俺の名を呼んだ。

 振り向くと、怖いくらいに真剣な表情をしてこちらを見つめている。

 なんだ? 何があった?

 こんな真剣な顔のセフィ、今まで見たことがない。


『どうした? 何かあったか?』


「そのジュース、セフィがのんでもいい?」


 違う。

 セフィが見つめているのは、俺じゃなかった。

 俺の前に置いてあるジュースだった。今回もまた、俺の分のジュースが用意されていたのだ。


『……うん、いいよ』


「ありがと!」


 にぱっと笑ってさっそくジュースに手を伸ばすセフィ。

 そんなに美味しいんだろうか?

 どうでも良いけど、今、ちょっと真面目な話してたんだからね?




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