第七十四話 ヴォルフさん、一蹴する
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エルフたちと狩りに行った翌日。
俺とセフィは最初に決めた順番通りに、今日は狼人族たちの狩りについて行く事にした。
狼人族たちが狩りをするのは隠れ里の洞窟前、俺の本体や大樹たち、および広大な畑が広がる場所からそれほど離れてはいない。
霊峰フリズスの麓に広がる森の中だ。
要はヴァラス大樹海から続く森の中ではあるのだが、ウォルナットたちが狩りをしている場所よりも、もっと霊峰寄りの場所で、生息する魔物の強さも少しだけ強くなる。
『――で? ヴォルフは一人で大丈夫なのか?』
その森の中を、俺とセフィはヴォルフと共に歩いていた。
狼人族組はおよそ30人で狩りをしているのだが、大きく三つの組に別れて狩りをする事にしたそうだ。
10人ずつの三組である。
狼人族は基本的に魔力こそエルフより少ないが、身体能力と【生命力】の保有量ではずっと勝っている。つまり肉弾戦向きな種族であり、この辺りの魔物相手でも10人もいればどうにかなる――というのが、彼らの主張であったのだ。
まあ、それは良いんだけど。
しかし、ヴォルフだけはどの組にも属していない。どうやら彼は単身で行動するつもりのようであった。ヴォルフの実力は信頼しているが、流石に一人で行動するのは危険ではないのか。
そう思った俺とセフィは、ヴォルフと一緒に行動する事にしたのである。
……まともな戦闘員が一人しかいないのが少々不安ではあるが、いざとなれば俺もセフィもヴォルフを助けて逃げるくらいの事はできる。
森神であるセフィはもとより、俺だって精霊体ではあれど【生命力】と【魔力】を「1000」ずつ保有しているのだ。精霊体は作るときに込められた【生命力】と【魔力】をそのまま保有するからね。
その気になればこの周辺の魔物だって、魔法で倒す事ができるはずだ(たぶん)。
とはいえ、本体とは違って精霊体では【魔力】の回復手段に乏しいから、連戦は難しいのだが。
ともかく。
そんなわけでヴォルフについて来た俺たちだが、やはり本当に一人で狩りをするのかと心配にはなろうと言うもの。
万が一には頼ってくれて構わないが、戦力として期待されても困るのだ。
なので、ヴォルフに「本当に大丈夫か?」と問うたわけだが、
「――ふっ、精霊様、心配はいりません」
珍しく、ヴォルフは得意気に微笑んだのである。
それから右手に握った得物を掲げて見せる。
「これを……どう思いますか?」
ヴォルフの掲げた物は巨大だった。
大きく、硬そうで、黒くてつやつやしている。
俺は思わず気圧されたように答えた。
『す、すごく……大きいです……』
「でしょう?」
ヴォルフが誇らしげに言うのも分かる。
それはとても大きかった。全長で言えば、すでにヴォルフの身長くらいはあるだろう。
この森は巨木が立ち並んでいるから木々の間隔が広く、使用には問題ないが、普通の森であれば取り回しに苦労しそうなほどの大きさだ。
「ここまで成長させるのには、苦労しました」
愛しげな眼差しでそれを見つめながら、ヴォルフが言う。
まあ、それと言うのもミストルティンの事だ。
大剣型ミストルティンはいつの間にか元の1.5倍くらいの大きさになり、全体が黒く硬質な黒曜石のような質感へ変化している。
ヴォルフに請われて時折ステータスを確認しているのだが、先日、遂にレベル39になっていたはずである。
ステータス欄のレベル限界は40だったはずだから、あと1レベル上がれば進化するはずだ。
「今日は、こいつを進化させるまで、帰らないつもりです……」
『そ、そうか』
全然質問の答えにはなっていないんだが、ヴォルフの決意は伝わって来るな。
要はミストルティンを確実にレベルアップさせるために一人で狩りをしたいのだろう。集団で狩りをすると経験値的なやつが分散されちゃうからね。
……まあ、やる気が空回りしてピンチに陥らないように、俺が気を配ってやるべきだろうか。
「むぅー……!」
と、なぜかセフィが呻き声を発していた。
『……どうした、セフィ?』
見れば、こちらも珍しい表情を浮かべていたのだ。
何やらヴォルフの方を――いや、正確にはヴォルフのミストルティンを恨めしげな表情で睨んでいる。
「セフィのほうが、さきにもってたのに……」
どうやら後から作られたヴォルフのミストルティンの方が、自分のミストルティンより成長しているのがお気に召さないらしい。
とはいえ、ヴォルフの方が圧倒的にミストルティンで魔物を倒しているだろうし、成長速度に違いが出てくるのは仕方ない事である。
『まあ、セフィのやつは特別な【称号】も持ってる事だし、いずれ超強い進化をしてくれるはずだ。気長にいこうぜ?』
「特別」とか「超強い」を強調しつつ、セフィを説得する。
「……たしかに」
セフィは納得した。
「セフィのみすとるてぃんは、ゆいいつむに……でんせつのさいきょーけんになるはず……」
伝説になるにはそれなりの活躍をしなくてはならないと思うが……黙っておこう。
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昨日の樹海とは違い、現在探索している森の中は起伏に富んだ地形をしている。
激しく傾斜した地形を歩き続けるのはセフィのような幼女には本来難しいところだが、ハイエルフの森林行動補正は素晴らしく優秀なようで、セフィは息一つ乱さずにヴォルフについて行っている。
ちなみに宙に浮いている俺は、特に地形の影響は受けない。
このような、ただ歩くだけで体力を奪われる場所での戦闘となると、なかなかに厳しい。
しかし、わずかな好条件もある。
霊峰一帯はワイバーンなどの竜種の生息地帯だが、森の中で――正確には木々の樹冠の下で活動する限りにおいては、竜種に襲われる可能性はかなり減らせる。
というのも、木々に遮られて見つけられ難いというのもあるし、そもそも森の中では竜種の巨体では動き難いためだ。
それでも食料確保に突っ込んで来る事はあるから完全に安心はできないが、俺がドラシル形態で移動していた時のように、大群で襲われる事はないだろう。
そんな森の中を進んでいると、当然だが程なく魔物に遭遇する。
『魔力感知』でどうにか存在を認識する事ができたが、それがなかったら気づかなかったかもしれない。そいつはそれほどに気配が薄く、おまけに微動だにせずに待ち構えていた。
『なんか……巨大カブトムシとかワイバーンとかと比べると、まだ弱そうに見えるけど……実際のところどうなんだ?』
そいつは姿からは強さを判別しにくい魔物だった。
というのも、大きさが人の成人男性と変わらないくらいしかなかったのだ。
魔境と言えば巨大な魔物を見慣れている俺にとって、ここまで「小さい」魔物で強いやつを見た事はない。
しかし、霊峰フリズスの麓に生息しているくらいだ。弱いという事はないだろう。
「デスマンティスですね。ワイバーンくらいなら、首を落として食料にする魔物です」
そいつは成人男性くらいの大きさのカマキリだった。
昆虫の魔物だからなのか、表情は分からないわ微動だにしないわで、不気味な印象を受ける。鎌こそ巨大で鋭そうだが手足は細い。しかし、力が弱いようには思えないから不思議だ。
「かッ……かっこいい……!」
セフィは瞳をキラキラさせてデスマンティスを凝視している。
エルフの子供たちは森に住んでいるだけあってか、昆虫採集などして遊んでいる事も多かった。セフィも例に漏れずカブトムシとかを捕まえては見せびらかしに来る事が何度かあったが……視線の先のカマキリは、セフィが捕まえられるような大きさではない。
『危ないから近づくなよ?』
「わかってる。あつめたいけど、がまんする」
流石のセフィさんも捕まえるのは無理と判断しているのか、カマキリに向かって突進する様子もなくひと安心だ。
『ヴォルフ、一人で勝てるか?』
ワイバーンを倒すような魔物相手にヴォルフ一人では厳しいのではないかと考えたのだが、当の本人は怖じ気づいている様子もなさそうだった。
「問題ありませんよ。森神様と精霊様は、危険ですので離れて見ていてください。俺と……」
ブォンッと、ミストルティンを一振りして、
「ヴォルフレイヴの活躍を」
『……え? あ、ミストルティンの名前か』
ヴォルフもかよ……。
以前、ステータスを確認した時にはそんな名前付けてなかったのに、いったい何時の間に……。
昨日、ウォルたちがミストルティンに名前を付けているのを冗談混じりに話して聞かせたから、その時だろうか?
いやしかし……自分の名前付けるって、ウォル以上だな……。
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大剣を構えたヴォルフが近づくと、流石にデスマンティスも反応しないわけにはいかない。
相変わらずどこを見ているんだか分からない瞳(まあ、複眼なんだけど)で、がさりとヴォルフの方へ向き直る。
両者の間合いはまだまだ遠いが、ヴォルフは何ら気負う様子もなくずかずかと前進していく。同時に――、
「ストレングス」
ぼそりと呟き、ミストルティンから生命魔法の強化を受ける。
「シャープエッジ」
続いて呟いたのは、新たなキーワードだ。
ビキリッと音を立てて変形したミストルティンは、一見するとほんの少しだけ大きくなったように見えた。
その変化は巨大化ではない。よく見れば刃の部分が薄く鋭利に広がっているのが分かるだろう。
『変異』のスキルにより、剃刀のように薄く鋭い刃を生み出したのだ。
とはいえ、これはヴォルフのように成長したミストルティンでないと出来ないし、そもそもキーワードを設定する事も出来なかった。
殴打武器に過ぎない木剣に、切断力を与えるにはある程度の硬度が必要だからだ。
加えて、「シャープエッジ」で切断力を得たとは言っても、薄い刃の部分は非常に脆い。何かを斬れば容易に刃こぼれし、それを修復するために【生命力】と【魔力】を消耗する事になる。
諸刃の剣ではあるが、ヴォルフのミストルティンくらい成長しているならば、そこそこ長時間の使用に耐えるはずだ。
「……」
そして、それで終わりではない。
ヴォルフは全身に闘気を巡らせて身体能力を強化すると、スッとミストルティンを持ち上げ、その切っ先をデスマンティスへ向けた。
「ウィークン」
瞬間、自らに掛けられた弱化魔法に気づいてか、デスマンティスが動き出す。
両者の距離はまだ10歩ほども開いていて、間合いはまだ外だ。しかし、デスマンティスの攻撃はその場から移動する事なく行われた。
目にも止まらぬ速さで、両の鎌を振るったのだ。
当然、鎌が切りつけるのは何もない虚空ばかりと思われたが――、
『なあッ!?』
見た目には無色透明だった。
けれど完全に目視不可能というわけではなかった。
光の屈折率が違うのか、微かに周囲の空気とは異なる揺らめきを纏っている。
それはエルフたちが良く使う魔法――風の刃に似ていた。しかし、魔力を感じないという事は魔法ではない。だからおそらくは闘気による攻撃だった。
振るわれた鎌の斬線から飛翔する闘気の刃が、高速でヴォルフへ飛来する。
前面を覆うほどの無数の斬撃は、回避しようもないように思われた。
「――ルアアアアアアアッ!!」
対するヴォルフの対応はシンプルだ。
地面を、あるいは大木の樹皮を切り裂きながら飛来する斬撃の群へ向かって、大上段から大剣を勢い良く振り下ろす。
その斬線から、こちらも無色透明の斬撃が飛び出した。
無数の斬撃に対して、たった一つの斬撃だ。
しかし籠められた闘気の総量が違ったのか、もしくはヴォルフの技量が優れていたのか、力強く放たれた斬撃はデスマンティスのそれを易々と打ち砕いた。
結果、無数の斬撃は四散し消失する。
「ガァアアアアアアアアッ!!」
獣のように叫びながら、ヴォルフは疾走する。
その間にもデスマンティスは次々と飛ぶ斬撃を放つが、今度は同様の飛ぶ斬撃でもって相殺する事はなかった。
次々と迫る斬撃に対して、ヴォルフは大剣をそのまま振るう事で対処する。
実体のない斬撃と大剣の一撃では、闘気を剣に籠めるまでもなく打ち砕く事は容易だったらしい。
間合いを縮めながら剣を振るうヴォルフは、すぐにデスマンティスの前に辿り着いた。
そして、一閃。
右上段から左下段へ抜ける袈裟の一閃は、大気まで断ったかのような鮮烈な一撃だった。
だが、デスマンティスもただ斬撃を受け入れたわけではない。おそらくは咄嗟に、大剣の一撃を防ぐために右の鎌を持ち上げた。
その鎌が、一拍の間をおいてストンッと落下する。
見れば、半ばよりも上で鎌が切断されていた。
デスマンティスが何をどう思ったかなど、その無機質な顔から読み取る事はできない。
しかし、ヴォルフを危険な相手だと思ったのは確かだろう。
バッと、翅が広がった。
次の瞬間、広げた翅を震わせてデスマンティスが飛翔する。
巨木の立ち並ぶ森の中においては、人間大の大きさならば飛翔するのに苦はないのだろう。それくらいの空間は開けている。
デスマンティスは意外な素早さを発揮して高く飛び上がった。
その進む方向はヴォルフとは逆の方向。
距離を取ろうとしたのか、それとも逃げようとしたのかは定かではない。ヴォルフに背を向けたのは空中を飛翔する自分に追い縋る能力はないと判断したのか。
しかしそれは、失策だったと言えよう。
「――カァッ!!」
振り下ろしていた剣を振り上げるように一閃。
描いた斬線から闘気の刃が飛翔する。
それは背を向けたデスマンティスに容易く追いついた。
両断。
空中で二つに別れたデスマンティスは、放物線を描いて地面に落下した。
「なかなかやりおる……」
セフィが弟子の成長を見守る師匠のような顔つきで呟いた。
『ヴォルフってこんなに強かったか……?』
以前はここまで強くなかったような気がする。
少なくとも、ワイバーンすら狩るような魔物を一方的に倒せるような実力はなかったはずだ。
何が原因でここまで強くなったのか……と考えて、当然の事に思い当たる。
そもそもミストルティンが進化直前まで成長しているという事は、それを使用しているヴォルフ自身も同等かそれ以上の経験を積み、成長しているという事なのだ。
つまり、ヴォルフ自身のレベルも上がっているのだろう。
「流石に一匹では、まだレベルは上がらないようです」
デスマンティスの死骸から魔石を回収してきたヴォルフが、事も無げに言う。
「さあ、どんどん魔物を狩っていきましょう」
『お、おう……そうだな』
ヴォルフは俺たちの先頭に立ち、次なる獲物を求めて森を徘徊し始めた。




