第七十二話 グレイプニル
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魔石集めのための狩り、その初日。
俺とセフィはエルフ組およそ20人の狩りに同行する事になった。
俺の本体と微小精霊の宿る大樹たち、それから四方に広がる畑を出て南側――つまりはヴァラス大樹海の方へと進んでいく。
当然、元々エルフの里があった場所よりも魔素の濃い土地だけあって、生い茂る木々は巨大で樹冠は分厚く頭上を覆っている。
こうして森の中を歩いていると昼間だと言うのに随分と薄暗い。
おまけに足元は大蛇のようにのたうつ太い根が縦横無尽に走り回っていて足場も悪く、ただ歩くだけでも体力を消耗する事だろう。
そんな劣悪な環境の中でも、流石は森の民というべきか、エルフたちは息を切らす様子もなく飄々と進んでいく。
それはまあ分かるのだが、
『セフィ、結構体力あるんだな』
「ふふーんっ! セフィにかかればこんなもんよ!」
まだまだ幼女ボディのセフィが、ぴょんぴょんと森の中を進んで行くのに疲労する様子もないのは驚愕するしかない。
だってミストルティンのレベル上げだって魔物狩りに行った時は、ゴブリン相手に息を切らしていた事もあるのだ。植物魔法で身動き取れなくしたゴブリンに木剣を振るうより、運動量は遥かに多いはずなのである。
不思議に思う俺の疑問に、横を歩くローレルが答える。
「姫様や私たちエルフは、種族的に森での行動に補正が入りますので。戦闘は別ですが」
『ああ、なるほどな。そういや俺の【称号】にも似たような効果があったな』
森林行動補正ってやつか。
森の中を歩くのには補正が入り、戦闘行為には補正が入らないから疲労しやすいと。
この補正ってやつも、考えてみればハイエルフのセフィは大分かかってそうだよな。
『ま、それはそれとして、セフィ』
「んー、なにー?」
ぴょんぴょ~んと、跳びはねながらこちらへ近づいて来たセフィが首を傾げる。
『魔物が襲って来る前に、ちょっとミストルティン見せてくれ』
「セフィのみすとるてぃん? いいよ」
セフィは頷きながら、俺の方へ右手に握ったミストルティンを差し出した。
大してレベルは上がっていないはずのミストルティンは、しかし白く変色しているのだ。
悪い変化ではないと思うのだが、念のために詳細を把握しておきたい。
なので俺は精霊体でミストルティンに『憑依』し、自己鑑定によってステータスを確認してみた。それがこれだが、精霊体での憑依によるステータス加算分の数値などは引いてある。
【固有名称】『ミストルティン・シャイニングソード改』
【種族】マナトレント
【レベル】8/40
【生命力】119/119
【魔力】238/238
【スキル】『光合成』『魔力感知』『エナジードレイン』『種子生成』『地脈改善』『変異』
【属性】水 光
【称号】『神の愛剣』
【神性値】0
【称号】『神の愛剣』
【解説】神の位階にある者が大切にする剣。常に肌身離さず所有されている事により、神気の影響を受けているこの剣は、特別な変化と進化の可能性に恵まれる。それは所有者の望む変化であり進化であり、あるいは強化である。
【効果】神気の影響を受けている限り、所有者の願望によって能力が変化し、強化され、時には望む進化を遂げる。
……色々言いたい事はある。
よろしい。まずは一つずつ指摘していこうじゃないか。
『セフィ、なんだシャイニングソード改って?』
いつからミストルティンは改名したんだよ。
セフィはどこか自慢するように胸を張りながら答える。
「おお! それはセフィがあたらしくつけてあげたなまえ。いっぱいみすとるてぃんがあるから、かっこいいなまえをたしてあげた」
『なるほど、他のミストルティンと差別化するために名前を足した、と』
「セフィ、さべつはいけないとおもう」
『いや、その差別じゃない』
「そっかー」
『ってか、シャイニングソードはまあ良いにしても、改ってなんだよ。何も改造してないだろ』
「ユグ、しらないの? かいってつけると、せいのうがあがったようなきがするんだよ」
それはきっと気のせいだ。
『まあ、名前はもう良いとして、なんか【称号】ついてるけど』
「おお、それなー。セフィがたいせつにしてたからなー。しかたない」
『仕方ない? ……【称号】の効果か、光属性が増えてるし』
たぶん称号の効果だと思う。
セフィの願望は「シャイニングソード改」という名前に表れているし。
「やっぱり。どうりで、さいきんひかるとおもった」
セフィが振り回すミストルティンが光っているのは俺も目撃していたのだが、単にセフィが魔法で光らせているのだと思っていた。しかし、真実は違ったようだ。
セフィも自らの愛剣の変化は驚きであったのか、神妙な顔をしてミストルティンを眺める。
「いつか、セフィのけんじゅつでびーむだしたいってかんがえてたのを、さっしてくれたのかもしれない……」
剣術とは何だろうか?
いや、ここで恐ろしいのは、何時か実際にビームが出てもおかしくないという事だろう。
しばらくミストルティンを眺めていたセフィだが、何を思ったのか、突然剣を振り始める。
「とおっ! やあっ! はああ!」
ぶぉんぶぉんと景気良く風切り音を立てるミストルティン・シャイニングソード改は、セフィの願望を察知してか、全体から光を放ち始める。一瞬、空中に斬撃の軌跡が光の筋となって刻まれたようにも見え、とても見栄えはよろしい。
ちなみに、光っているだけで特別な効果はないようだ。
「おお! 姫様、それなかなかイカしてるっすね!」
「ふふん! でしょ!?」
セフィが光剣を振るう様を見ていたウォルナットが、まるで少年のような瞳で褒める。
そんなウォルナットもミストルティンを腰に差しているのだが、そこそこ成長しているのか、木剣はヴォルフの物と同じように硬質な質感を見せる黒色に変色していた。
ちなみに、ウォルはミストルティンだけではなく金属製の長剣も一振り、腰に差している。この先成長していけばどうなるか分からないが、流石に木剣じゃあ魔物を斬れないので、それも当然だろう。ウォルのようにミストルティンと金属製の武器、両方を携帯して使い分けている者は多い。
『ウォル』
「なんすか、精霊様?」
ふと素朴な疑問を覚えた俺は、セフィのミストルティンから『憑依』を解除してウォルに問う。
『ちょっと、お前のミストルティンも見せてくれないか?』
「いいっすよ」
気軽に差し出された黒色のミストルティンに『憑依』し、俺は自己鑑定してみた。
レベルは「23」まで上昇しているが、さすがにセフィのように特殊な称号が付いている事はなく、ステータスを見た限りでは特異な変化を遂げているわけではなかった。
しかし……、
【固有名称】『ミストルティン・トゥルーダークソード』
『お前もかよっ!』
思わず突っ込んでしまった。
なんなの? エルフたちの間では自分の武器に独自の名前を付けるのが流行ってるの?
おまけに、だ。
『だ、ダセェ……』
トゥルーダークソードって……。
いやもうダサいとかじゃないわ。痛いわ。こんなん黒歴史な名前だもの。
「なんすかダセェって! 失礼っすよ精霊様!」
『いやだってトゥルーダークソードってヤバイよ?』
「良いじゃないっすか! 格好良いじゃないすかぁ!」
「とぅるーだーくそーど? それ、めっちゃかっこいいかもしれない……」
「ですよね姫様! ほら精霊様! 分かる人には分かるんすよこの格好良さが!」
セフィは目をキラキラさせているが、いやしかし、130歳を超える大人が付けて良い名前じゃないと思うんだ。
「……」
『ん?』
ウォルのミストルティンから『憑依』を解除して呆れた視線を向けていると、視界の端でローレルが何かを隠すような仕草をしたのに気づいてしまった。
ローレルはミストルティンを持っていないが、最近開発したばかりの新しい武器を持っている。
それは一見して緑色の鞭のような武器であり、完成した時にはセフィ命名大臣から「グレイプニル」という名前を賜っていた。
グルグルと巻いて携帯しやすく纏めたグレイプニルを、現在ローレルは腰のベルトに吊るしているはずなのだが……。
『ローレル』
「はっ!? な、なんでしょうか!?」
らしくなく慌てた様子で振り向くローレル氏。
氏の慌てっぷりに、俺は内心の疑惑を確たるものにした。
『ちょっと、その腰のグレイプニル、見せてくれないか?』
「え!? ……い、いやです」
なんという事だろうか。
今までローレルから、こんな拒絶の言葉を聞いた事はない。
悲しいよ、俺は。
まさかローレルからこんなふうに距離を取られるとはな。
俺は内心の悲しみを押し殺しながら、すすすっと顔を逸らしたローレルの眼前まで移動すると、
『――光よ、フラッシュ!』
「うわっ!?」
光魔法で精霊体を激しく発光させた。
当然のごとく目を眩ませるローレルの隙を突いて、腰に吊るされているグレイプニルに憑依する。それから自己鑑定によりグレイプニルのステータスを確認した。
そう、グレイプニルは根本的にミストルティンと同じ工程で作った武器であるがゆえに、ステータスがあるのだ。つまりは俺製植物武器である。
あ、それと最初に言っておくと、ローレルに渡したグレイプニルは記念すべき第1号で『グレイプニル1号』と名付けていたはずだ。
【固有名称】『グレイプニル・セラブレイド』
【種族】マナトレント
【レベル】1/40
【生命力】70/70
【魔力】140/140
【スキル】『光合成』『魔力感知』『エナジードレイン』『種子生成』『地脈改善』『変異』
【属性】水
【称号】なし
【神性値】0
上記が『精霊化身』の憑依によって加算された能力値や属性、称号を抜いた純粋なグレイプニルのステータスである。
グレイプニルは先にも述べたように緑色の鞭なのだが、持ち手の部分は木製になっている。鞭の部分は少し太めの蔓か蔦といった感じだ。
まあ要するに、単にミストルティンの形を鞭型にしただけの事なのだが、グレイプニルは鞭としての役割の他、使い手が魔力を流すと自在に伸縮させたり動かす事ができる。その目的は敵を拘束する事に重点を置いた捕縛用武器として開発した物だ。
ちなみに、今の俺ならば「ウォーキングウィード」「マナトレント」「エレメンタルトレント」の三つを種子から育てる事ができるが、マナトレントにある『変異』スキルが有用なため、ミストルティンやグレイプニルの素体は変わらず「マナトレント」を使用している。
というか『変異』スキルがないと、植物魔法を使ってもここまで変形させる事はできなかったのだ。
まあ、そんな事はどうでも良い。
『ローレル……お前もか』
「いえ、精霊様、これは……エルフの風習というか、文化というかですね……」
などと、ローレルは羞恥に頬を赤く染めながら真偽の分からぬ事を供述している。
いや、セフィとウォルも名前付けてたから、そんな風習がある可能性も否定できないのだが。
それに俺は、何も責めているわけではないのだ。ただ、呆れているだけなんですね……。
『セラブレイドって……これ、ブレイドじゃありませんから』
「……」
てか、恥ずかしがるくらいなら名前付けなければ良いのに。




