第七十一話 教国に対する地味な嫌がらせ
主人公(本体)視点に戻ります。
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ゴルド老の工房内にて。
「とにかく、魔石が必要なんじゃ」
ゴルド老はそう言った。
何のために必要なのか、不思議に思って俺は問う。
『え? 魔石なんて何処に使ってんだ?』
何の事かと言えば、マジックバッグの事である。
金具の部分に動力となる魔石が嵌め込まれてはいるものの、使用されている魔石は一見して一つのみ。ゴルド老たちが改良したマジックバッグを量産するにしても、隠れ里の外でほんの少し狩りをすれば賄える程度でしかない……と思っていたのだが、ゴルド老の話ではどうやら違うらしい。
「革に刻んどるルーン文字じゃが、魔力を流しやすく、かつ魔力を留めやすくするために特別な顔料を使用する必要があるんじゃが、顔料の九割が魔石を材料にしておる。しかも顔料の製造工程で魔石を砕いて薬液に溶かし、さらに濃縮するから見た目以上に魔石を消費しとるんじゃよ。とりあえず作ってみたマジックバッグや今までの研究では儂らの手持ちを消費しておったが、さすがに備蓄が少なくなってのう。これ以上減らすと炉を維持するのもままならん」
『そうだったのか……。何だよ、言ってくれれば狩ってくるなりしたのに。んで、マジックバッグ一つに何個必要なんだ?』
マジックバッグは製造過程においてさえ、大量の魔石を消費するらしい。
とはいえ、ヴァラス大樹海も霊峰フリズスも魔物の楽園だ。魔石を得る手段には事欠かない。
マジックバッグを幾つ作るか正確な個数は決めていないが、グラムたちや狂戦士もまだ100体くらい残っているし、皆で集めれば余裕だろうと聞いてみる。
「顔料に必要な分だけで言えば……バッグ一つに、ワイバーン級の魔石で30個……といったところかのう」
『……マジで?』
全然余裕じゃなかった。
ワイバーンに換算して30頭分の魔石が必要とは、原材料だけでもなかなかに高価である。
そんなマジックバッグを量産するとなると、魔石はいったい幾つ必要になるのか。
頑張れば何とかなりそうではあるが、魔石が必要なのはマジックバッグだけではない。ドワーフたちの鍛冶場の炉もルーン技術を使用した魔石を必要とする炉であるし、何より食料生産にも多くの魔石を肥料の一つとして消費しているのが現状だ。
おまけに「とある理由」から、俺たちはさらに食料生産を拡大して、食料までもビヴロストへ輸出しようとしているのだ。なので、さらにさらに魔石の消費は多くなるだろう。
なるほど。
つまり、ゴルド老が言ったように、
『とにかく、魔石が必要なんだな……』
「うむ。今のままじゃ全く足りんわい」
深刻というほどの問題ではないが、俺たちがやろうとしている事を実現するには、魔石が大量に必要だ。
俺たちがやろうとしている事――それは教国への嫌がらせ、もとい、ヴァナヘイムへの援護である。
なぜそんな事をするのかと言えば、分霊ヘリアンやヴァルキリー三姉妹を迷宮に送り出したのと本質的には同じ理由である。
つまりは、ヴァナヘイムへ侵攻している教国軍への対策だ。
迷宮を攻略するのは教国軍がビヴロストを占領した場合への対策だが(転移陣が停止できるようになるかの真偽はさておき)、マジックバッグや食糧をビヴロストに輸出するのは、教国と戦うヴァナヘイム軍への援護的な意味がある。
果たしてそれでどの程度戦況に影響があるのかは分からないが、何もやらないよりはマシだろうと、エルフ、狼人族、ドワーフ、それぞれの代表者たちを集めて話し合ったのである。
その結果として、まずは最初から売る予定になっていたマジックバッグと、俺ならば比較的簡単に量産できる食糧を売る事にしたのだ。
もしも余裕があればだが、ドワーフたちが作った武器なども輸出しようかと話し合っていたが、そこら辺がどうなるかは未定である。
――とまあ、そんなわけでマジックバッグと食糧を量産するために大量の魔石が必要になったわけだが。
『まあ、ここで悩んでても仕方ねぇし、とりあえず狩りしてみるか』
「そうじゃのう」
ともかく実際に魔石を集めるために、狩りをする以外に選択肢はないだろう。ワイバーン級の魔石で30個となったら、たとえばビヴロストから購入するにしても軽く100個以上の魔石がマジックバッグ一つに必要になりそうだしな。
何しろワイバーンのような強敵が彷徨くような魔境が、人の生存圏にぽんぽんとあるわけがない。となれば、ビヴロストで流通している魔石はワイバーンの物よりも質が劣っているはずである。
で、あるならば。
やはり魔石を購入するよりも俺たちが狩った方が手っ取り早いだろう。
狩りをして魔石が足りなさそうだったら、また他の方法を考えねばならないだろうが。
俺とゴルド老の間で、とりあえずの結論が出た時――、
「はいっ! はいはいはい! はぁーいっ!!」
今まで大人しく話を聞いていたセフィが、右手を上げてぴょんぴょんと跳びはねながら「はいはい」と言い出したのだ。
『……はい、セフィ君。どうしたのかね?』
俺はセフィの方へ振り返り、神妙に発言を促す。
まあ、何を言わんとしているのか、予想するのは簡単だ。
「いしころあつめ……セフィに! まかせろ!」
セフィは自らの胸にどんっと拳を当てて、ドヤ顔で言ってみせた。
あ、ちなみに「いしころ」とは魔石の事である。
『任せろと言われてもなぁ』
セフィ一人に任せるわけもないし、セフィの魔法に関する実力は誰よりも高いのは知っている。だからまあ、狩りに同行させるくらいは構わないのだが……。
「セフィのみすとるてぃんが、ちにうえているんだ……」
セフィは肩から提げたマジックポーチを開き、中からミストルティンを取り出した。
そしてそれをうっとりと見つめるのだが、たぶん「血に餓えて」いたりはしない。念のため。
「セフィのかれいなけんじゅつと、みすとるてぃんのちからで、いしころいっぱいあつめる!」
『う~ん……』
ミストルティン。
俺がセフィやエルフ、狼人族の戦士たちに作った木製武器だ。
その形は千差万別というか色々で、剣だったり槍だったり弓だったり棍棒だったりする。
これらはマナトレントの形を変えたものであり、それゆえにそれぞれがステータスを持ち、レベルアップする。要するに成長する武器なのだが……作ってからしばらく経った現在、各ミストルティンは微妙に個性を獲得し出していた。
例えば、かなり成長しているヴォルフのミストルティンなどは、黒曜石のような黒色に染まり、硬質な質感を宿しつつある。
対してセフィのミストルティンは、どういうわけか染み一つない白色に変わっていた。
レベルはほとんど上がっていないはずなのだが、なぜか変化しているのである。
セフィはそんなミストルティンをさらに成長させたいがために、狩りに行きたいのだろう。
『いや、まあ、良いけどさ……』
「ほんと!? じゃあいこ! いまからいこ!」
『いや今からは行かない』
やる気満々なセフィを引き留めつつ、俺はどんなメンバーで狩りに行こうか考えた。
『あと、剣術より魔法を使ってくれ』
「それはむずかしい。でも、ぜんしょする」
どこの政治家だよ。
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『はい、そんなわけで、皆には狩りをしまくって魔石をいっぱい集めて欲しいと思います』
「はぁ~い!」
俺は魔物狩りのため、集めた人々を前にして事情を説明していた。セフィが元気良く返事をし、他の面々は神妙な顔つきで頷いている。
場所は元エルフの里の広場、つまりは俺の本体の前。
集まってもらったのはグラム、ベルソル、エムブラ、そして未進化のゴー君たち全12体。
それからウォルナット、ローレル、エルフの狩人たち約20人。
狼人族からはヴォルフを筆頭に戦士階級の者たちが30人ほどだ。
最初は狂戦士たちにも狩りをしてもらおうと思ったのだが、ヴァルキリー三姉妹のように率いる者がいるならともかく、統率する者なしで狩りをさせるのは無理だと考え直した。魔物の群を殲滅させるならば適任だが、魔物を探して狩るのには適宜指示をしなければならない。いつぞやのように勝手に走り出されては困るのだ。
俺にそんな狂戦士たち100体を御する事が可能だろうか?
命令できる権限とかの問題ではない。経験とか知識とか、あるいはスキルとかそういったものが足りないのだ。敵とみれば狂ったように殺戮を繰り返す狂戦士たちを御する自信は、ちょっとない。
それに里を守る者が少なくなるのも問題だ。
なので狂戦士たちには里の守りに残ってもらい、他の者たちで狩りをする事にした。
外敵の排除ならば、それほど複雑な命令を下す必要もない。
なにも一日で必要な全ての魔石を集める必要はないのだ。
狂戦士たちがいなくとも、何とかなるだろう。
『はい、じゃあ皆、マジックバッグは持ったか?』
「じゅんびばっちり!」
「ええ、大丈夫です」
『抜かりなく、主上』
「はい、精霊様」
セフィがマジックポーチを掲げて見せ、ローレル、グラム、ヴォルフがそれぞれを代表して頷く。
マジックバッグは魔石を容れるためのものだ。何しろ今回の狩りは数を狩る事を目的としているから、狩った魔物の素材をすべて回収する事は困難。そのため、まずは魔石だけを回収し、余裕があれば倒した魔物の貴重な部位だけを採取。さらにその日の狩りが終わってここへ戻って来たら、運搬用に狂戦士を伴い放置していた魔物の素材を回収する――といった感じになる。
残していた魔物の死体は他の魔物に食べられてしまう可能性がかなり高いが、多少状態が悪くても俺の肥料として食料生産用のエネルギーに回せるだろう。
もしかすれば、食料の量産には魔石を必要とせず、魔物の死体だけで十分かもしれないし。
『良し! じゃあ、ローレルたちエルフ組は樹海側で狩りをしてくれ』
「了解しました」
『ヴォルフたち狼人組は里の周辺、つまり霊峰の麓で狩りを』
「承知」
『グラムたちゴー君組は霊峰の上を目指して登りながら狩りだな』
『お任せを』
俺はそれぞれに指示を出す。
全員でぞろぞろと同じ場所で狩りをしても効率は悪い。なので今回は三つの組に分け、狩りをする場所も分ける事にした。
エルフたちが狩りをする樹海側は、三つの場所では最も魔物が弱い(といっても、比較の話だが)場所だ。狼人族より人数が少ないので、エルフ組にはこっちへ行ってもらう事にした。
霊峰の麓、つまり里の周辺では少しだけ魔物も強くなる。ここは狼人族の戦士たちに任せる。
そして人数は一番少ないが、戦力的には一番充実しているグラムたちには、霊峰を登りながら狩りをしてもらう事にした。
「はい!」
セフィがびしっと右手を挙手した。
『何かね、セフィ君?』
「セフィはどうする?」
どうやら三つの組のどこに同行するのか、聞いているようだ。
『セフィは基本、俺と一緒に行動な』
「わかった! やまのちょーじょーめざすかんじ?」
『なんでや』
それは三つの組のどこでもないんですけど?
グラムたちだって頂上までは行かないわ。何日かかるんだよ。
『セフィと俺はローレルたちに付いて行く感じだな』
「まいにち?」
『そうだけど?』
三つの組で比較的安全なのがそっち方面なのだ。
いや、それとも里の近くを探索するヴォルフたちと行動した方が安全だろうか?
ともかく、安全に配慮した場所で行動するのは当然だろう。しかし、セフィはお気に召さなかったようだ。
「えー。まいにちおなじじゃ、あきるでしょ!」
『安全第一だ』
「ぶー!」
「精霊様」
『ん? ヴォルフ?』
口を尖らせるセフィを、さてどうやって説得するかと考えていると、ヴォルフが発言した。
何か考え……というか、意見があるようだ。
「森神様には一日ごとにそれぞれの組に同行していただけば良いのでは?」
それは考えないでもなかったのだが、安全の面ではちょっとな。
しかし、
「我々も森神様に同行いただくとなれば士気も上がりますし」
との意見が。
おまけにヴォルフ以外にも多くの狼人族やエルフたちも同意するように頷いている。
「姫様の前で良いところ見せる機会っすね。いや、俺はいつも見せてるけど」
「ウォルの冗談はともかく、姫様の御力は頼りになりますね」
「うむ、森神様の援護があるとなれば、狩りもだいぶ楽になるだろうな」
「気が引き締まるな」
どうにも魔物ごときにセフィが害されるという懸念はないようだ。
まあ、俺だって今さらセフィの実力に疑問は覚えていないのだが。
セフィ一人で行動するわけでもないし、大人数での集団行動だから、それなりに安全は確保されているのだろうか。
『う~ん……じゃあ、そうする?』
「そうする!」
というわけで、そうなった。
しかし、念のため、
『最初はローレルたちに同行な』
「まかせろ! みんなは、セフィがまもるっ!」
ふんすっ! と、意気込むセフィ。
だが、できれば逆で頼みます。




