第七十話 ヒミンビョルグ2階層
お久しぶりでございます。
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大軍――とまではいかないが、200体の狂戦士たちを率いて進む事しばらく。
草原を幾らも進まない内から、さっそくとばかりに迷宮ヒミンビョルグの魔物が襲いかかって来た。
そしてその姿は、流石にゴルド老たちが隠れ里周辺よりも危険だと判断するだけはある。
『普通、迷宮の最初は弱い敵から出て来ないか……?』
前の俺が有する知識では、そのような場合が多いという情報があるのだが。
しかし、それは記憶違いなのかもしれない。
「そうなのですか?」
「えっと、主様……なぜ?」
ブリュンヒルドとエイルは不思議そうに首を傾げ、
「あははっ! 主殿は変な事言うなー! 普通、最初から強い戦力で潰しにかかって来るもんじゃねぇの? 出し惜しみして良い事あるのか?」
ヘリヤがあっけらかんと笑いながら、なんか正論っぽい事を口にする。
とはいえ、俺もそれは正論だと思うので『だよなー』と頷いておいた。
現れた魔物は空から来た。
草原という見張らしの良いフィールドから、なぜか無意識に地上から魔物が襲って来ると思っていたが、考えてみればそうとも限らないよな。
しかし不思議なのは、空から来たというのに接近を察知できなかった事だ。
一応迷宮の中なので、常に魔力を広範囲で感知していたのだが、そいつはまるで転移して来たかのように、唐突にその場に現れたのである。
おまけに遠くからでも見えるような巨体とくれば、俺たち全員が接近を見逃したというのも考えにくい。
となれば、確実にたった今「発生」したのか、あるいは「転移」してきたのか、そのどちらかだ。
『まあ、どっちでも同じか』
やる事は変わらない。
逃げられそうにもないし、そもそも目的を考えれば逃げたところで始まらないだろう。
つまりは、倒すしかないわけだが。
『とりあえず、俺一人で戦ってみたい。皆は待機していてくれ』
「……かしこまりました」
俺の言葉に最終的には頷いてくれたブリュンヒルドだが、さすがに返答を迷ったようだ。
たぶんだが、俺一人では危険だと思ったのだろう。
まあ、それも無理はない。
何しろ敵は――ドラゴンだ。
しかもワイバーンのような竜モドキではない。
現れたのは1頭だけであるが、ワイバーンを数倍する巨体は圧倒的な威圧感を周囲に放っている。
全身を覆う竜鱗は光沢のある緑色で、一つ一つが大きく分厚い。あの鱗を貫いてダメージを与えるのは、至難の業であろうと思わせる。
加えて四肢や胴体を覆う筋肉も大きい。長大な尻尾などは、鞭のように振るわれたら俺たちの体躯では抗う事もできず、小石のように吹き飛ばされるだろう。
強靭な顎から続く口許からはグルルと獰猛そうな呻き声が漏れ、口の奥にはぞっとするほどに鋭い牙が並んでいる。
そして金色の縦に裂けた瞳孔で、眼下の俺たちを睥睨するように見下ろしている。
しかし、浮遊するように宙に留まっているドラゴンは、その巨大な翼をゆっくりとはためかせているだけだ。
その程度の動きで得られる浮力では、絶対にあの巨体を浮かせる事など不可能であろう。
となれば、確実に魔法の力で飛翔なり浮遊なりしているのに違いない。
――風竜。
あるいは風の属性を持つ属性竜。
そう呼ばれる存在であった。
こうして対峙しているだけで、今まで俺が出会った魔物たちとは別格の存在だと理解する。
だが、なぜだろうか。
不思議と負ける気はしないのだ。
俺は魔力を指先に巡らせ、空中を走らせた。
描き出したのは二つのルーン文字。
『絶壁』
現れた風竜は宙に浮かびながらも、余裕を見せて傍観していたわけじゃない。
鋭い牙が並ぶ口を大きく開き、その喉奥に膨大な魔力が集中しているのを俺は感じていた。
となれば、何をするつもりかなど推測するのは容易い。
ドラゴンブレスだ。
だからこそ描いたルーン文字は、風竜が攻撃に移る前に書き終える事ができたが、周囲から魔素を吸い上げる速度を加味すれば、風竜がブレスを吐き出す方が速いように思われた。
『間に合わないか? なら……』
ルーン魔術でルーン文字が魔素を吸い上げるのは、それを魔術の動力源とするためだ。
そして魔素は魔力の素であり、ルーン魔術も最終的には魔力を使用するのは変わらない。ルーン文字は擬似的な念素の役割を持ち、取り込んだ魔素を魔力へと変換するのだ。
ならば、最初から魔力を与えてやればどうか。
俺は急速に――けれど風竜のブレスには間に合いそうもない速度で魔素を取り込み続けるルーン文字へ、左手を翳して魔力を送り込んでみた。
結果、俺の推測通りに必要量の魔力を満たしたルーン文字は、魔術として発現する。
ルーン文字が無数の光の粒子と化して、俺たちを守るように前方に展開された。
その形は平面の壁というよりは、曲面を描いた巨大な盾といった感じだろうか。俺がそうなるようにイメージしたせいかもしれないが。
直後、
「――グラァアアアアアアアアアアッッッ!!!」
耳をつんざくような咆哮と共に、風竜の口腔からドラゴンブレスが吐き出される。
それは無色透明な力の塊である。
しかし風属性の魔力を備え、無数の風の刃を内包し、凄まじい速度で迫り、全てをズタズタに引き裂き、粉微塵に吹き飛ばす破壊の具象だ。
透明とはいえ、光が屈折するが故にゆらめく陽炎のようなブレスが、淡く光る巨大な盾に激突した。
『ふむ……』
盾は壊れなかった。
正直、良かった。
自信満々で避ける素振りも見せなかったが、これで役に立たなかったら恥ずかしいでは済まなかったところだ。
とはいえ、いつまでも余裕を見せているわけにもいかない。
風竜のブレスを受け流し続ける光の盾だが、ギシギシと不穏な音を立てている。
流石に、永遠に保つわけではなさそうだ。
しかしそれでも、あと十数秒は耐えてくれるだろう手応えがある。
その間に、俺は新たに空中へ指を走らせた。
『飛翔』
二つの文字を描き出す。
すぐさま文字に魔力を与え、ルーン魔術を発動させる。
『ブリュンヒルドたちは巻き込まれないように、適度に離れててくれ!』
「――かしこまりました!」
轟々と唸るブレスの音に負けないように大声で返事をしたブリュンヒルドに頷くと、俺はルーン魔術の効力で空へと飛翔した。
先ほどの浮かぶだけとは違う、まるで空へ向かって落ちるような、高速での飛翔だ。
おまけに進みたい方向を思い浮かべれば、そのように空中を進んでくれる。まさに自由自在な空中飛行。
「ガルァアアアアアアッッ!!」
俺が光の防壁から飛び出したのを見て、それを追うように風竜が首を巡らせる。
ブレスこそ中断されているが、高速で飛翔するこちらを完全に捉えているようで、容易に接近できるようには思えない。
しかし、俺は敢えて接近戦を挑んでみるつもりだ。
『無属性魔法で身体強化……は、簡単にできるか』
風竜の周りを旋回するように飛翔しながら、同時に自らの体に魔力での身体能力強化を施す。魔力の操作による無属性魔法は、常に「念話」を使用している俺にとっては難しい事ではないのだ。
植物魔法が使えれば、植物魔法による強化も行う所だが、今は属性がないためにそれは無理だ。
代わりに――、
『強化』
自らの体にルーン文字を刻み、魔力を流して瞬時に発動させてみる。
いまいち実感には乏しいが、確実にルーン魔術が発動したという手応えはあった。
『あとは、生命力で闘気を纏えるんだったな』
狼人族たちが多用している闘気術という技術は、生命力を消費して身体能力などを上げたり、攻撃に転用したりする技術だ。
実のところ、ウォーキングウィードの頃は生命力が少なすぎて自殺行為だったし、マナトレントに進化してからは効率が悪すぎるから使用する事はなかったが、闘気の使い方は分かるのだ。
そもそも、ウォーキングウィードの体で動くという事自体が、生命力を消費する闘気の技術に似ている。いや、むしろ本質的には同様の技術で動けるようにしていた、というのが正しいのかもしれない。
そんなわけで、俺は生命力を魔力のように全身へ巡らせ、闘気を纏った。
一連の動作は淀みない……とは、とても言えないが、生命力の操作は『地下茎生成』でも『種子生成』でも行うので、手慣れたものである。
『よし、んじゃあ、まずは一撃!』
両手で握った長槍に力を込めながら、風竜に接近する。
小回りの効くこちらは、風竜の背後をとる事は容易い。なので奴の背後上空から、脇を通り抜けるように飛翔しつつ槍を振るった。
「――ルァアアアアアッ!!」
槍は風竜の体表を滑るだけに終わった。
風竜はダメージこそないものの、攻撃された事に怒り心頭の様子だ。
『めっちゃ硬ぇし』
強化した力は間違いなく強いと思うのだが、竜の鱗を貫くには残念ながら力不足なようだ。
『あぶねぇ!』
しかも怒った風竜は、やたらめったらとブレスを吐き出し始める。飛翔する俺の真横を無色のブレスが通りすぎ、粉塵が巻き上がり、地面に大きな傷跡を刻み込む。
鬱陶しい小蠅を払うように薙ぎ払われる巨大な尻尾が、颶風を起こして何度も俺を叩き潰そうとする。
俺は慌てて風竜の間合いから逃れるように距離を取った。
しかし、そうすると間を置かずにブレスがこちら目掛けて放たれる。
『飛翔』のルーン魔術は優秀なようで、今はなんとか回避できているが、魔術の効果がいつ切れるかは分からない。その隙を突かれて攻撃されればひとたまりもないだろう。
後々の消耗を考えても、長期戦になるのは避けたい。
この風竜みたいな魔物が普通に出現するような迷宮だとしたら、一撃ないしは短期間で決着できるような攻撃手段が必要だ。
『斬撃強化』
ゆえに、俺は四文字のルーンを槍の刃に刻んだ。
応用性の高いところが、ルーン魔術の良いところだ。足りないものをその場で補う事ができる。
しかし、どうやらルーン魔術は万能でも都合の良い魔術でもないらしい。
『げッ!? 嘘だろおい!?』
文字数が増えれば、それだけ発動までに時間が掛かる事は『飛翔』を使った時に分かっていた。だからこそ、俺は刻んだルーン文字に自前の魔力を流す事で発動までの時間を短縮した。
だが、文字数が二つ増えるだけで、消費する魔力が桁違いに跳ね上がってしまったのである。文字数が増えると加算ではなく乗算に近い感じで消費魔力は増えるらしい。
体感でおよそ全魔力の4分の1を『斬撃強化』に消費してしまった。もしかしたら単に『斬』の文字一つだけでも効果はあったのかもしれないが、四文字使っただけの意味はあると信じたい。
ルーン文字が光の粒子と化して槍を包み込む。
『ええい! 仕方ねぇ!』
消費したものは仕方ない。
後悔は後でする事に決めて、俺は再び風竜へ向かって距離を詰める。
吐き出されるブレスを余裕を持った距離で回避しながら、宙に浮かぶ風竜の下方へ潜り込み、腹部側を尾部に向かって通り抜ける。当然、その動作は槍の一撃と同時だ。
腹部側は鱗の厚みが薄く、背面に比べて柔らかいのは予想していた。
しかし、それ以上に『斬撃強化』のルーン魔術は消費した魔力以上の働きをしてくれたらしい。
『これなら!』
怒りではない悲鳴があがる。
槍の一撃は風竜の腹部を容易く斬り裂いてみせたのだ。
大量の鮮血が風竜の腹部から流れ出し、苦痛に身を捩るように空中を旋回する。しかし、まだまだ巨体に対して浅い一撃だったのか、はらわたが飛び出すほどではない。つまり、致命傷ではない。
どうやら俺の持つ槍の大きさでは、風竜ほどの巨体相手では臓器に届く長さではないらしい。
『まだやりようは……ある!』
苦痛から一転、激しい怒りに彩られた風竜の頭部がこちらを向き、急激に魔力を高めた。
おそらく限界まで開かれた口腔の奥からブレスが吐き出される。今までとは違う、収束していない広範囲を薙ぎ払うブレスだ。
『壁』
一文字。
ルーンを空中に刻んで魔力を流し、瞬時に魔術を起動する。
俺の前面に展開された半球状の光る盾は、しかし最初と違って数秒と保たなかった。
だが、それで十分だ。
ブレスを吐き出す風竜に対して右斜めに突き進むように飛翔し、ブレスの範囲を抜ける少しの間だけ保てば良い。
俺はブレスを突き抜けて飛翔し、直後、光盾が砕け散る。
いまだブレスを吐き続ける風竜の真横に出た俺は、その長い首へと接近。
『終わりだ』
振り上げた槍の穂先に、闘気を巡らせた。
気刃。
闘気によって刃を練り上げ、敵を斬り裂く技術。ヴォルフに実際に使って見せてもらった事もあるそれを、容易く再現できたのはスキルの補助のおかげだろうか。
巨大な闘気の刃を纏った槍を振り抜けば、『斬撃強化』が上乗せされた一撃は大した抵抗もなく、風竜の首を真っ二つに切断した。
『良し!』
さすがに首と胴体が別れれば、ドラゴンと言えど絶命するしかない。
浮力を失って巨体が落下し、
『……こうなるのか』
しかし、その肉体は急激に実体を失っていった。
どういう摂理が働いているのかは知らないが、あれほどの大質量は無数の光の粒子となって消え失せたのである。後にはワイバーンの物と比べても、なお巨大な魔石が一つだけ残されていた。
実に不可思議な現象だが、前の俺は知っていたのか、どこか納得するような感情も浮かび上がってくる。迷宮では魔物を倒して得られるのは、その肉体ではなくドロップアイテムという事らしい。
「主様! お見事です!」
「やったね」
「やるじゃんか主殿!」
戦闘が終わって地面に降り立つと、ヴァルキリー三姉妹が駆け寄って来た。
『ふっ! まあな』
俺は彼女らの称賛に、あたかも余裕であったかのように答える。
実際、風竜の攻撃は一度として喰らってはいないが、今回の戦闘での消耗は激しい。さすがに連戦となると厳しいと言わざるを得ないが、風竜のような強敵がそうポンポンと現れるとも思えない。
『お! レベルが上がったぜ』
しかも、今の戦いで一つだけだがレベルも上がった。
考えてみれば俺はまだ1レベルだったのだ。今は2レベルだが、低レベルな内は比較的レベルも上がり易いはずだ。
となれば、まだまだ伸び代はあるし、成長すればそれだけ戦いも楽になっていくはずである。
『まあ、だいたいスキルの使い方とかも把握したし、次からは集団で戦うか』
「そうしていただけると助かります」
とはいえ、迷宮がどれくらい奥に続いているかは分からない。消耗は最小限に留めておくのが無難だろう。
『んじゃあ、先に進むか。どうやら魔物も何度か倒せるみたいだし……な?』
ヴァルキリーたちと狂戦士たちに出発の号令を出そうとして、俺はふと背後を振り向いた。
急速に高まる魔力が二ヶ所に収束していくのを知覚したからだ。
「グルルル……」
「シャァァアアア……!!」
『えっと……もしかしてだけど、風竜さんて、雑魚敵なの?』
果たして、そこに現れていたのは宙に羽ばたき留まりながら、こちらを睥睨する二体の風竜たちであった。
大して脈絡もなく、複数体が短時間に湧き出すなど、この迷宮において特別な存在だとは思えない。だとすれば「雑魚敵」という評価は妥当だろう。
たとえ、一体の風竜を相手にしてさえ強敵との戦闘感を大いに味わっていたとしても。
「へっ! 上等じゃねぇか! 腕が鳴るぜ!」
二体の風竜を前にしても、なおヘリヤは好戦的な笑みを浮かべてみせた。
ブリュンヒルドとエイル、それから狂戦士たちが戦闘態勢に入る。
戦闘開始まで時間はない。だがそれでも、これだけは言わせて欲しい。
『この迷宮、殺意高すぎじゃない?』
クソゲーである。
次から主人公(本体)視点に戻ります。




