第六十九話 ユグ=ヘリアンのステータス
●○●
――ふっ!
俺の名はユグ=ヘリアン。
偉大なる軍勢の王――だ。
数いるユグたちの中でも戦闘特化の唯一無二の存在として生み出された。
本体とは少し口調が違う?
ふっ!
体が違えば意識も違ってくる。
誰だって似たような経験があるだろう。健康な時は凄く前向きだが、体調の悪い時は凄く後ろ向きな気持ちになってしまうくらいの違いである。
あるいは超イケメンかつハイスペックな体であれば自信に溢れた性格にもなるだろうが、自らに自信を持てない外見や能力しかないのであれば、卑屈にもなるだろう。
まあそんなのは、本人の努力や気の持ちようでどうとでもなると思うがね。
しかし他のユグたちはどうにも嫉妬深くて卑屈で困る。
それが俺と奴らの違い、か。
つまり俺こそがユグたちの中でもポジティブナンバーワンな存在。
おまけに格好いい。
セフィやヴァルキリー三姉妹たちの称賛からも、それは明らかだろう。
そんな俺を本体やガングレリが見苦しく嫉妬しているのも分かっている。だが許そう。なぜなら俺はヘリアンだからだ!
『――というわけで、ブリュンヒルドたちには狂戦士200体を率いてヒミンビョルグを攻略してもらいたい』
本体が迷宮を攻略する理由を長々と説明し、ブリュンヒルドたちに狂戦士200体の指揮権を預けた。
言われずとももちろん分かっているが、迷宮攻略隊の中で最上位の命令権を持つのはこの俺だ。ならば俺に指揮権を渡すべきだと思うが、本体の奴、どうにも素直になれないらしい。
「了解いたしました、主様。お任せください」
「頑張る」
「よっしゃあ! 迷宮の魔物を狩り尽くしてやんぜ!」
ヴァルキリー三姉妹が意気込んで頷く。
どうやらすぐにでも出発するつもりのようだ。
何しろ俺や狂戦士たちは食事の必要はないし、ヴァルキリーたちは食事をする事もできるが食べなくとも水と光さえあれば活動に支障はない。
自分達が消費する少量の水ならば魔法で生み出す事はできるし、迷宮がどれくらいの大きさかは分からないが、食料その他の用意の必要もなく、今すぐにでも出発する事が可能だ。
『ふっ!』
俺は帽子のつばに指をかけ、セフィの方を振り向いて言った。
『セフィ、後はこの俺に任せて吉報を待っているがいい!』
「がんばれー!」
『ふっ!』
今この瞬間、明らかに俺に対するセフィの期待は一番大きいだろう。
本体やガングレリには悪いが、ここでさらに実績を重ねて俺こそが皆にもっとも頼りにされる存在になるに違いない。
『迷宮で惨めな感じにやられたら面白いのに』
『それな』
ふっ!
負け犬どもの遠吠えが心地好いぜ。
『では、行ってくる』
俺は本体たちの言葉を軽く受け流し、ヴァルキリー三姉妹と200体の狂戦士たちを率いて、迷宮の方へと進むのだった。
●○●
――ヒミンビョルグ2階層へ転移します。
ドワーフたちの隠れ里、その奥にある転移陣に乗り転移先を選択する。
5秒のカウントダウンの後に、俺たちは大勢のエルフ、狼人族、ドワーフたちに盛大に見送られながらヒミンビョルグ2階層へ転移した。
とはいっても、200体もの狂戦士たちが一度に転移できるはずもない。
何度にも分けて転移し、全員が揃ったところで改めて出発だ。
『ふむ、どうやら草原ステージ、といったところか』
転移した先で周囲を見渡せば、そこは地平線の果てまで続く広大な草原地帯だった。
森や山すら一切なく、所々に丘のような盛り上がりが見える他は晴天の青空と青々と草の繁った草原しかない。
当たり前のように空があるが、まさか迷宮の外のどこかというわけでもあるまい。
そもそも、草原が地平線まで続く光景というのも異様だ。普通なら視界の先には森やら山やらがあるはずではあるまいか。とても実在する場所だとは思えない。
いや、その感想はほぼ森と山の光景しか見たことのない俺だから、かもしれないが。
「主様、どうされますか?」
ブリュンヒルドが俺に指示を仰いで来る。
なぜか本体が指揮権を彼女に渡したとはいえ、主たる俺の意見を求めるところは流石である。
『そうだな……まずは、少し時間をくれ』
答えつつも、俺は自らのステータスを確認した。
『ちょっと能力を確認してみたい』
「かしこまりました」
ブリュンヒルドが頷き、傍に控えるのを確認して、表示されたステータスに意識を向ける。
分霊たる俺が宿った事により、狂戦士の依り代は大きく変化してしまった。それは外見の事だけではなく、むしろ能力的な変化の方が大きいと感覚的に理解していたからだ。
で、肝心の俺のステータスだが、こうなっていた。
【固有名称】『ユグ=ヘリアン』
【種族】偽神霊・英霊化身
【レベル】1
【生命力】2000/2000
【魔力】2500/2500
【スキル】『虚ナル戦士達ノ王』『秘文字魔術』『予見スル眼窩』『必中魔槍』『格納再生』
【属性】なし
【称号】『賢者』
【神性値】1
まずは名前だが、これは良いだろう。
セフィが俺のために考えた俺に相応しい名前である。
で、次に【種族】だが、「偽神霊・英霊化身」となっていた。
どうでも良いけど「神霊」と「英霊」で霊が被ってるな。
いやまあ、位階名と種族名なのは分かっているのだが。
ブリュンヒルドたちが今の俺の姿を見て、エインヘリヤルではない感じだと言っていたが、その理由は「位階」を表す部分に表示された「偽神霊」というのが影響しているのではあるまいか。
特に根拠とかはないのだが。
しかし「偽りの神霊」とは、大仰なのかそうでもないのか、分かりにくい名称だ。
偽、というのは俺が分霊だからだと推測できる気もするのだが、そうなると本体は「神霊」という事になってしまうから、それはあり得ないだろう。
本体ごときが神とか、笑っちゃうよね。
というわけで、種族名がなぜこうなったのかは良く分からん――と。
次。
【レベル】だが、1レベルになっているのは良いだろう。
しかし、限界レベルの数値が表示されていない。
これはどういう事であろうか?
1レベルから上昇しないのか、それともレベルの限界が存在しない、という事なのか。
俺としては強くなるに越した事はないので、是非とも後者であって欲しい。
しかしそうだとしたら、これから先、俺は進化しない可能性もある。今まで進化は限界レベルに達した時点で起こっていたからだ。
まあ、これも実際に戦うなり何なりして、レベルが上がるかどうか確認してみる方が早いだろう。
で、次だ。
【生命力】と【魔力】については、そうなんだ、ふーん……という感想を抱く他ない。
本体に迫るほどの高数値ではあるが、本体の場合は『光合成』や『エナジードレイン』という回復手段がある上に、そもそも豊富な地下茎があるからステータス上の数値と実際に扱える量とでは大きな違いがある。
本体と同様の記憶を持つ俺の感覚としては、残念だがそんなに多いとは思えないのが本音だ。
さて。
次は【スキル】だ。
依り代が本体とは全く異なる存在のためか、本体の持つスキルは何一つとして継承されていなかった。
使い慣れたスキルが一つもないというのは少しだけ不安でもあるが、これはどうしようもない。
とにかく順次見ていこう。
【スキル】『虚ナル戦士達ノ王』
【解説】『魂無キ狂戦士ノ館』に住まう戦士達を統べる王である証。館に住まう戦士たちへの次席指揮・命令権を持ち、戦士達の王である事から戦闘技術全般において適性を有する。館に住まうエインヘリヤルが一定数を超えた時、このスキルは進化して真の能力を解放する。
【効果】「魂無キ狂戦士」たちを指揮し、命令する事ができる。戦闘技術全般の習熟に上昇補正・中。
狂戦士たちを従える事ができるらしいが、実のところこれはヴァルキリー三姉妹たちも可能である。
なので特別な効果としては、戦闘技術習熟に補正があるという事だろうか。これは地味に嬉しい効果だ。
それから【解説】に「次席指揮・命令権」と記されているのは、上に本体が持つ権限があるからだろう。だからたぶん、俺と本体が別々の命令を同時に出したりすると、本体の命令が優先されるとか、そういう事だと思う。
しかし、スキルの進化があるらしいが、これは何時になる事やら。
まあ、楽しみに待っている事にしよう。
【スキル】『秘文字魔術』
【解説】<世界魔法>によって創造された新たなる世界法則の上位使用者権限を有する。対象は「ルーン文字」を使用した魔術全般であり、自らの魔力で「ルーン文字」を描く事によって「ルーン文字」の本来の効果が発揮される。なお、スキルを補助するものとして『魔力感知』のスキルが統合されている。
【効果】ルーン文字本来の力を行使できる。
ルーン文字本来の力……という事は、ルーンを用いた魔道具などは本来の性能を持っていない、という事だろうか。
それから狂戦士に憑依してからずっと、本体と変わらず周辺の把握が――つまりは『魔力感知』による感覚の再現が出来ていると思ったら、このスキルに『魔力感知』が内包されていたためのようだ。
まあ、それが無くとも周囲を視覚的に把握するのは問題ないのだが。
どうもこの体は普通に視覚や聴覚が備わっているらしい。
【スキル】『予見スル眼窩』
【解説】ムニンの欠片に付随する権能の断片が、適応する依り代をもって発現した。虚な眼窩に収まる失われた眼球は、この世ならざる場所と繋がり、僅か未来の世界を予見する。ただし代償もある。それは現在と乖離する時に応じた魔力である。
【効果】左の眼窩に魔力を込める事で、魔力量に応じた未来を予見する事ができる。
所々よく分からん解説があるが、要は少しだけ先の未来を見る事ができるって事らしい。
使いこなせればかなり強力なスキルなのではあるまいか。
【スキル】『必中魔槍』
【解説】魔力を込めれば魔槍と化し、あらゆる存在に有効な撃滅の力を穂先に宿す。あるいは槍の一撃は因果をねじ曲げ必ず命中する。しかして代償は膨大な【生命力】と【魔力】であり、多用すれば使用者の命を削る事になる。
【効果】魔力を込める事で非実体の存在にも影響を及ぼす魔槍と化す。あるいは【生命力】と【魔力】を共に「1000」消費する事で、必中の一撃を放てる。
どうやら俺が今の姿に変じた時から持っている槍に魔力を込める事で、破壊力に優れた魔槍と化し、必ず命中する一撃を放てるらしい。
しかし、必中の一撃を放つには馬鹿にならないコストを必要とするようだ。
強力なのは間違いないが、使う場面は熟慮しなければならないだろう。
おそらくだが、しばらくは単に魔槍の力だけを使う事になりそうだ。
……ふむ。
各スキルについてはこんなものだろうか。
『格納再生』は狂戦士たちも共通で持っているスキルだしな。
どれもこれも解説を読むだけで強力そうなスキルだ。
もしかして単純な戦闘能力だけなら、本体よりもずっと上なんじゃないかと思うほどだ。
スキルはこれで良いとして、次は【属性】について。
【属性】が無い状態というのは、地味に初めて経験するな。
魔法で使えるのは無属性魔法だけのようだが、しかし考えてみれば『秘文字魔術』によってルーン魔術を使えるはずだから、特に困る事はないのかもしれない。
むしろ、ルーン魔術の方が多様な攻撃方法を展開できる可能性が高い。
ここら辺は実際に使ってみなければ分からないが。
で、後は【称号】と【神性値】について。
【称号】は本体の記憶を持っているからか、『賢者』の称号を継承しているようだ。他には何もないようだが、俺ならばすぐに多様な【称号】を獲得できてしまうに違いない。
称号欄が寂しいのも今だけの事だ。
それから【神性値】は、なぜか既に「1」獲得している。
まあ、これがあるからと言って何が出来るというわけでもない。本体とは違って【神性値】を消費するようなスキルがあるわけでもないし、もしも進化ができないとなれば、その点でも意味のない数値になってしまうが、この先何か使い道が出て来るかもしれないし、あるに越した事はないだろう。
『ふむ……』
とりあえず、ステータスは全て確認してみた。
【スキル】として習得しているからか、新しいスキルもどのように使えば良いのか、なぜか理解できている。
俺は改めて地平線の先まで続く草原を見渡し――おもむろに一つのスキルを行使した。
それは『秘文字魔術』だ。
自らの右手人差し指に魔力を集め、それを筆のように用いるつもりで空中に指を走らせる。
指が通過した後には、俺が書きたいと思った場所に光が線として残り、一つの文字を生み出した。
『浮』
ルーン文字。
または「前の俺」曰く、漢字。
文字を描いた後、俺が何をしたわけでもない。
それなのにルーン文字は周囲から勝手に魔素を掻き集め始めた。
一瞬、周囲の魔素を喰らい尽くすのではないかと懸念を抱くも、その心配はないとすぐに分かった。
モブ男――もとい、炎の魔神も魔剣を介す事でルーン魔術らしきものを使っていた。しかし、今回のルーン魔術が消費した魔素の量は、その時と比べれば遥かに少ない量に過ぎなかったのだ。
たとえば俺ならば、今ルーン文字が集めた魔素を取り込めば、数値にして「10」程度の魔力を回復できるだろう。
それくらいの何て事はない量の魔素を吸い取ると、ルーン文字は無数の光の粒子となって俺の体内に潜り込んで来た。
俺が『浮』のルーンを描くのに消費した魔力は、ステータスを確認すれば明白だ。
たったの「1」である。
だから、その後に起こった現象は、おそらくルーン文字が勝手に集めた魔素を消費した事で起こった現象だ。
俺の体重がどんどんと軽くなり、遂にはゼロとなる。
そして気がつくと、俺の足は地面から離れていた。
ゆっくりとだが――浮いたのだ。
どうやら『浮』のルーンで移動する事はできないようだが、イメージすればゆっくりと高度を変える事ができた。
俺はさらに高く上がるようにイメージして、地上10メートル程度まで上昇する。
そうして高くなった位置から、改めて周囲を見渡してみる。
位置が高くなれば、より遠くを見る事ができる。
そうして確認した所、草原の――どっちの方角だろうか? そもそも太陽らしき光源はあるが、迷宮の外と同じように運行するのか、それとも動かないのかすら定かではない。
なので、あえて方角は不明として――草原をずっと進んだ先に、何か建造物のようなものがあるのを確認できた。
他にはめぼしい物は何もないので、とりあえずは見つけた建造物を目指して進む事に決めて、俺はようやく地面に降りた。
進むべき場所に目星をつけた事自体は俺の狙い通りなのだが、ふと、一つの懸念というか推測が浮かぶ。
それはルーン魔術の事についてだ。
ルーン魔術を使ってみた感想としては、俺自身が消費する魔力はもとより、周囲から集めて消費される魔素の量も少なく、とても効率的な魔術だと感じた。
これならば長老たちが危惧するような魔素枯渇による環境への影響も、ほとんどないだろう。
しかし、あまりにもお手軽かつ効率的な魔術であるが故に、これが誰でも使えたとしたら危険だとも思う。
特に教国のような思想を持つ存在が使えたらと思うと、ぞっとする。
『秘文字魔術』のスキル【解説】に「上位使用者権限」が何だと記されていたが、それにも納得である。これは使用できる者を制限しないと危険なものだ。
とはいえ。
俺が使える分には文句などない。
「主様、何か分かりましたか?」
『ん? ああ』
考え込んでいると、ブリュンヒルドが声をかけてきた。
俺はそれに、先ほど見つけた建造物のある方向を指で示して、
『どうやら、こっちの方向に進むと何かあるようだ。とりあえずは、そこを目指して進もうではないか』
「なるほど。了解いたしました」
ブリュンヒルドが頷き、俺たちは200体の狂戦士たちを率いて、ようやく迷宮の先へ進む事にした。
どんな魔物が出て来るのか知らないが、とりあえずは実戦を重ねる事でこの体の力や新たなスキルに慣れていく事にしようか。




