第六十八話 ヘリヤとヘリアン
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どういうわけかヴァルキリー三女の命名をセフィがする事になった。
一応、俺が主なんだが、眷属に命名を拒否されるという悲しい出来事があったためだ。
「んとねー」
と、セフィがいつものように名前を考え出す。
思い返せばセフィが命名した配下や物などは結構ある。それらにどのように名前を付けているのかと聞いた事があるのだが、セフィはその時、こう答えていた。
「こころのなかをむにすると、てんからいーかんじのやつがおりてくる。セフィはただ、それをいってるだけ」
フッとニヒルな感じで笑いながら、述べていたものである。
まるで文豪が閃きを得た時のようなセリフであるが、いったい今回はどのような閃きが降りて来たのだろうか。
セフィは数秒考え込むと、パッと顔を上げて悩む様子もなく口を開いた。
「じゃあ、ヘリヤ!」
「おー! ヘリヤか! アタシにぴったりな名前だな!」
そうだろうか?
俺としてはヴァル江という名前も捨てがたいと思うのだが。
しかしヴァル江――もとい、ヘリヤは既にヘリヤという名前を受け入れてしまったようである。
何とも残念だが、ここは本人の意思を尊重しておくことにしよう。
『良し! なら次は、分霊だな!』
予定通りにサクサクといこう。
「おー! あたらしいユグ!」
「今度の主様は何に憑依させるおつもりで?」
セフィが無邪気に歓声をあげ、ブリュンヒルドが首を傾げて問う。
分霊には依り代が必要だが、今回の依り代は前回までとは違う感じになる。
というのも、明確な目的――というか、役割があるためだ。
『今回はこいつを使う』
言いながら、俺はとあるスキルを発動させた。
するとヘリヤが現れた大樹の幹の表面が、再び波紋のように揺らめく。
その揺らめきの中心からぬっと姿を現したのは、もちろんヘリヤではない。漆黒の刺々しい意匠が施された全身甲冑を纏った姿のゴーレム――つまりは狂戦士だ。
「狂戦士?」
『そうだ。いい加減俺も、戦闘の経験を積もうと思ってな』
目を丸くして問うエイルに、その理由を答えた。
今まで俺は、地下茎に蓄えた膨大な魔力や生命力を使ったごり押しの戦い方しかしてこなかった。そしてそれでも問題はなかったと言えるが、これからもそうであるとは限らない。
人型をとって戦いらしい戦いを経験する事は、人型での戦闘を理解する事に繋がるだろう。要はエルフたちや狼人族たちを援護する上でも役に立つと思うのだ。
ある程度分霊の俺が経験を積んだら、本体に統合すれば戦闘経験を得る事ができる。
あるいは分霊自身に戦闘をさせても良いし、ガングレリのように本体へ一時的に依り代を移せば、本体の能力を使った援護もできるだろう。
まあ、統合するか、もしくはそのまま戦闘担当の俺として運用するかどうかは、その時々で臨機応変に決めていけば良いだろう。
そんなわけで、俺はサクッと『分霊生成』を発動した。
【神性値】を「10」消費して生み出した分霊の憑依先を、目の前の狂戦士へと設定する。
すると――、
「まあ!」
「これは……」
「エインヘリヤル……とも違う感じだなー」
ヴァルキリー三姉妹が口々に呟きつつ、微かな驚きを露にした。
俺たちが見守る前で、俺の分霊が憑依した狂戦士が予想外の変貌を遂げたからだ。
まず、全身黒一色だった体がみるみる内に脱色されていき、純白になった。
それからビキビキと木の軋むような音を盛大に立てながら、形が変わっていく。
人型であるのは変わらない。けれどその身を覆う全身甲冑は、刺々しいデザインから細身ながらも弱々しい印象のない流線形へと変化していき、どこかスタイリッシュな体型になった。
身長は猫背気味の狂戦士よりも高く、2メートル50センチくらいはあるだろうか。
堂々と胸を張った姿勢で直立している。
体型も細身に見えるとはいえ、厚みは良く鍛えられた戦士といった風情で力強さを感じさせられ、ハッとするような存在感を放っている。
そんな純白の全身甲冑ゴーレムだが、頭部にはなぜか大きめのつば広帽を斜めに被っていた。
帽子のつばが左目を覆い隠し、右目の部分だけが仮面のような兜の奥で赤い光を灯している。
そして右手に持つのは大剣ではなく、柄の長い槍だった。
狂戦士との共通点など、全身甲冑であるという点しかない。それほどの変貌ぶりであったのだ。
というか、だ。
なぜこんな変化が起きたんだ?
俺が前に狂戦士へ憑依した時は、こんな事にはならなかった。
違いと言えば、精霊体での憑依と、分霊での憑依だが……。
俺の本体は飽くまでエレメンタルフォレストの大本となっている大樹であり、精霊体は仮初めの意識体だ。対して分霊は俺に統合する事も可能だが、単体で独立して存在する事が可能だ。極端な事を言えば、この俺が何らかの原因で死んでしまっても、分霊が消滅する事はない。つまり、分霊はそのまま本体とも言える。
だとすると、意識の一部を乗り移らせているだけなのと、本体での憑依との違いなのだろうか?
狂戦士に英霊を宿せばエインヘリヤルとなるらしいが、しかし、ヘリヤの呟きを聞く限りは、それとも微妙に違うらしいし、これがいったいどういう状態なのかは不明である。
まあ、それはそれとして。
「おおーっ!! あたらしいユグ、めっちゃかっこいい!」
『ふっ』
純白の戦士姿のゴーレムを見て、セフィがこれまでにないほど目を輝かせていた。
ゴー君を色々と改造していた時よりも、ずっと目の輝きが強い。
そんなセフィの称賛を受けて、分霊の宿った純白ゴーレムが気障ったらしい笑声をあげる。
『…………(イラっ)』
『…………(イラっ)』
分霊ガングレリも俺も声はあげていないのだが、不思議と同じ事を考えているような気がする。
「なんかシュッとしててつよそう! いままでいちばんかっこいいかもなー!」
『ふっ! ……そうか?』
満更でもなさそうに笑いつつ、格好をつけたポーズで槍を構えて見せる純白ゴーレム。
てかコイツ、俺の分霊なのにしゃべり方違くない?
『……おい、本体』
『……どうした?』
ガングレリが俺に念話を飛ばしてくる。
『アイツ、早く統合しちまえば?』
主語がなくとも間違えるはずもない。確実に、今もセフィの前で次々とポージングを決めていく純白ゴーレムの事だろう。
それはなかなかに魅力的な提案であったが、そういうわけにもいかない。
『残念だが、今統合すると消費した【神性値】が勿体無いからな』
『……そういや、そうだったな』
しかし、セフィのみならずヴァルキリー三姉妹からも称賛を受けている純白ゴーレムを見ていると、苛立ちを禁じ得ないな。
『ふっ! ふっ!』
「さすがは主様です! 英雄の風格がありますわ!」
「格好いい。すごく強そう」
「こっちの主殿は戦闘特化って感じだなー! 頼もしいぜ!」
『ふふっ! ふっ!』
確実に調子に乗りまくってる純白ゴーレムに、セフィが言う。
「こっちのかっこいいユグに、なまえつけてあげる!」
どうやら奴がポージングを決めている間に名前を考えていたようだ。
っていうか、ちょっとセフィさん?
『こっちの?』
『かっこいい?』
『まさか俺たちがかっこ良くないとでも?』
『いやいや、まさかー』
『だよねー』
俺たちの声は誰も聞いていないようだ。
『ふっ! セフィ、この格好いい俺に、格好いい名前を頼むぜ』
「まかせろ!」
セフィはむんっと拳を握ると、真剣な表情で考え始める。
そんなセフィに俺はイカス名前を提案する事にした。
『セフィ、そいつ白いし白助で良いんじゃね?』
『そいつは良いな。もう白助に決めちまおう』
「こっちのユグたちは、ちょっとだまってて」
『……はい』
『サーセン』
怒られてしょんぼりしていると、どうやら名前が思いついたらしい。
あるいはセフィ流に言えば「天から降りてきた」状態か。
パッと顔を上げると、自信満々に新しい分霊の名を告げる。
「よし! こっちのユグはー……ユグ=ヘリアン!」
『ふっ! ユグ=ヘリアンか……意味は全く分からんが、この俺に相応しい高貴な響きだ。気に入った!』
何が高貴な響きだ。
たぶん意味なんて無いんだよ。語呂で決めたんだよ語呂で。言葉の響きだよ。
とか思っていたのだが。
「んとねー、いみはぐんぜーのおうっていみだよ」
『なん、だと……ッ!?』
『馬鹿な……ッ!?』
今までに無い事に、セフィが名前の由来となる意味を説明したのである。
これには俺もガングも驚愕だ。だって俺たちの時、名前の意味なんて説明してないじゃん? どういう事なの?
『ふっ! 軍勢の王……か。まさにこの俺に相応しい名前じゃないか! 流石だな、セフィ。感謝するぞ!』
「どういたましてー!」
そんなセフィの命名を聞いて、ヴァルキリー三姉妹も感心したような顔をしていた。
「狂戦士たちを、あるいはエインヘリヤルの軍勢を率いる王、という意味ですのね」
「軍勢の王……なるほど、ぴったり」
「アタシの名前とも似てんなー」
ぐぎぎ。
『……おい、本体』
『……どうした』
『こうなったら奴を迷宮探索で使い潰すしかない』
『安心しろ。元よりそのつもりだ』
俺とガングの間で共通認識が生まれたところで、分霊ヘリアンが気障ったらしい笑声をあげた。
『ふっ! 戦闘でも迷宮探索でも、これからは大船に乗ったつもりで俺に任せるが良い!』
「おおー!」
「頼りにしていますわ、主様」
「よろしく」
「アタシも頑張るぜ!」
セフィやブリュンヒルドたちは好意的な声をあげているが、いちいち動作や言葉が大仰な野郎だ。
まるで俺とは別な存在じゃねぇか。
『なんだコイツ、ホントに俺か?』
『これが同じ分霊かと思うと、なんか恥ずかしくなってきたー』
ともかく、これで迷宮攻略のための準備は整った。
俺の分霊のはずなのに、なんだかヘリアンに任せるのは不安だが、ブリュンヒルドたちもいるのだし大丈夫だと信じよう。




