第六十五話 商談(笑)
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俺たちは兵士の人と別れると、ゴルド老の先導でビヴロストの大通りに居を構える商会へと足を運んだ。
商会の名前は「リザント商会」というらしく、随分と大きな店構えで普段は繁盛しているらしい事が分かる。
おそらく戦時特需で現在も繁盛はしている事だろうが、一般の客は逆に少なくなっているのか、店内はどこか閑散としているような印象を受けた。
「おお! これはゴルド殿! ようこそいらっしゃいました!」
入るなり、店員が奥へ下がって連れて来たのはでっぷりと肥えた体躯をした男だ。
転移陣のあった建物で番兵をしていた兵士同様、鱗と尻尾の生えた種族――後で砂蜥蜴族だと聞いた――で、もみ手をしながら満面に笑みを浮かべて近づいて来る。
彼にとってドワーフは良い取引相手なのか、随分と熱烈な歓迎っぷりであった。
体格こそいかにも成金商人といった風情だが、身に付けている衣服やアクセサリーなどは質は良さそうだが質素な外観で、浮かべる笑顔も人好きのする裏表を感じないものだ。
善人かどうかは分からないが、少なくとも商人として無能な人物ではなさそうだった。
「久方ぶりじゃのう、プロン」
「まことに! 何時こちらに来られるのかと、一日千秋の想いでお待ちしておりましたぞ!」
「良く言うわい」
そこまで軽く言葉を交わしたところで、プロンと呼ばれた商人の目がこちらを向く。
「いやいや、今まではこれほど間が開く事などありませんでしたからな。わたくしめが予想するに、こちらの方々がその理由ですかな?」
「まあ、そんなところじゃな。わけあって、今は共に里で暮らしておる」
「なんと! エルフの方々と共に暮らすようになるとは……何やら大変な事があったようですな」
そう言いながら、なぜか俺に視線を止めるプロン。
もしかして、俺がその理由だと思われているのだろうか。
「ささっ、立ち話もなんです。皆さま方、奥へご案内します」
しかし、ここで聞く事でもないと思ったのか、俺たちは早々に店の奥へ案内される事になった。
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嫌味がない程度に豪華な応接室へと通された俺たちは、ソファやら椅子やらに各々腰を落ち着けた。
それから何かの果汁のジュースらしき物を人数分出される。
念のためなのか俺の分まであったが、俺は飲めないので物欲しそうな顔のセフィにあげつつ、自己紹介やらエルフたちがドワーフの里で暮らす事になった経緯などを簡単に説明していると、プロンの部下らしき人物が一枚の紙を持って現れた。
その後ろから、さらに二人の人物が合計六つのマジックバッグを持って来る。
実はこの部屋に来るまでにマジックバッグごと交易品――というか、売るために持ってきた品々を渡してあったのだ。
全部合わせると結構な量になってしまうし、まさか応接室に全部出すわけにもいかない。
なので品物は先に倉庫へ全て出し、部下の人がその目録を作成して持って来た、というわけである。
ちなみにここまでマジックバッグを背負っていたのは、ゴルド老と二人のドワーフ、ウォルナットにローレルにメープルの六人だ。
別に背負っても重くはないし動きを阻害する程ではないのだが、ブリュンヒルドたちは一応護衛なので身軽にしてある。
ともかく。
俺たちは空になったマジックバッグを受け取り、目録を受け取ったプロンが頷くと部下の人たちは一礼して下がって行った。
「では、ご確認ください」
そう言って、プロンは目録をゴルド老へ手渡す。
記された売却品の種類や数が間違っていないか、確認して欲しい、という事らしい。
「うむ」
と頷くと、ゴルド老は紙面を一瞥する事もなく、俺の前へ置いた。
どうやら、俺に確認しろ、という事らしい。なんでだよ。
とは思いつつ、生来真面目な俺はしっかりと確認する。
『大丈夫だ、間違いない』
「ありがとうございます」
答えると、笑顔で頭を下げつつプロンが目録を回収した。
さて、ここから値段交渉が始まるのかと気を引き締めたのだが、始まったのは会話の続きだった。
「しかし、わたくし精霊様をこの目で見るのは初めてでございます。それに3柱の精霊様と一度に会えるなど、何やら自分の幸運が恐ろしくなる程ですな」
『え、そ、そう?』
まあ、ここまで喜んでもらえると悪い気はしないな。
俺も偉くなったもんだぜ。
「それに、そちらのお嬢様は魔力の高さから推察しますに、もしやハイエルフ様ではありませんか?」
「うん、そだよー」
と、セフィがハイエルフである事も看破する。
『魔力感知』、もしくは解析系のスキルでも持っているのかもしれないな。
「おお! やはりそうですか! 一目見た時から高貴な――いやっ、神聖な雰囲気を感じておりましたのは、わたくしの気のせいではなかったようですな」
「ふふーんっ!」
褒められた事が分かったのか、セフィはドヤる。
「森神様と精霊様方にお目通り叶うなど、このプロン、生涯の誉れとさせていただきますぞ」
『いやー、それほどでも』
「むふーっ! くるしゅうない!」
照れるぜ照れるぜ。
分かってんじゃんプロンちゃんったらよー。
などと思っていると、プロンはうんうんと頷きつつ、おもむろに商談を開始した。
「今回は4柱の偉大なる方々にわざわざ足を運んでいただきましたので、わたくしめも最大限勉強させていただきまして、買い取り価格はすべて通常の四割――いや、五割増しでいかがでしょうか?」
『え? 五割も? マジで? 良いの?』
「はい、わたくしとしましては、今回は商いによる儲けよりも、森神様と精霊様方と良き御縁を結ばせていただけたらと考えております。つきましては、割高で買い取らせて頂く事がわたくしの誠意と思っていただければ、と」
いきなり五割増しの値段で買い取ってくれるとか、何だかこちらが申し訳なく感じる程である。
しかしまあ、ここまで敬われちゃあ断る事もできないだろう。
俺は有り難く、その値段で買い取ってもらう事に決めた。
いや、ゴルド老は完全に傍観の構えだからさ、俺が対応するしかないんだよね。
『何か悪いな。でも、そこまで言ってくれるならお言葉に甘えようかな』
「いえいえ、当然の事でございますよ」
プロンは実に謙虚に頷いた。
それから一律五割増しだという金額を告げられ、その金額内でリザント商会から塩や調味料、ドワーフたちが要望した酒、あるいは布など、隠れ里では調達困難な品々を買いつける。
とは言っても、いつもは大量に購入している食料品がないために、それでも前回と比べてさえ少ない量であるらしい。
買い取った商品をマジックバッグに詰めてもらうために再度バッグを渡したのだが、マジックバッグ二つで全て収まる量であった。
当然ながら売却金額よりも購入金額は少なく、結構な重量の貨幣を持ち帰る事になる。
商品をマジックバッグに詰めてもらっている間、プロンとの会話は続く。
「しかし、今回は食料の購入がなかったという事は、もしかして食料調達の目処が立った、という事でしょうか?」
売却品の目録を見てから予想はしていたのだろう、その問いには確認にも似た響きがあった。
ちなみに、今回の売却品はドワーフたちが作った金属製の武器防具や、鉱石を精錬して加工した数種類のインゴッドなどに加えて、俺たちも売り物を持って来たのだ。
マジックバッグ六つ分という膨大な量になってしまったのは、大量に手に入れてしまったワイバーン素材の加工品(武器や防具、あるいは鞣した革そのものなど)が含まれているためである。
「うむ。食料については何とかなりそうじゃわい。今後、お主のところから買う量も減ると思うが、すまんのう」
「いえいえ! とんでもございません。それにお恥ずかしながら、現在も食料品は不足している有り様でして、お売りできる程の在庫がないのですよ。わたくしどもとしましては心苦しいのですが、食料調達の目処が立ったと聞いて安心しております。今はお売りできる物も少ないのですが、いつでも買い取りは歓迎しておりますので遠慮なくご来店ください」
「うむ」
「はい。それで――」
と、プロンの視線がソファの脇に置かれたマジックバッグに向く。
気のせいか、その眼差しが一瞬、狩人の如く鋭い眼差しになった気がした。
「そのマジックバッグは、もしかして教国の品でしょうか?」
「いや、これは儂らが作ったもんじゃ」
「おお! なんと! それは素晴らしい!」
プロンの瞳が歓喜に輝く。
まあ、マジックバッグの機能を知っていれば、商人ならば誰もが欲しがるのは当たり前だろうけど。
しかし対するゴルド老は、この後に続くプロンの言葉を予期してか、難しげな顔をする。
「言っておくがの、こいつは教国の物とは違って魔石を多く消費しちまうんじゃよ。言わば劣化品じゃわい」
魔素吸収術式を使っていないから仕方ないのだが、これは教国の物と比べると性能が劣ってしまうのだ。その事が職人として気に入らないのだと語っていた事があるから、そんな品を売るという事に抵抗があるのだろう。
だが、それを聞いてもプロンの表情は変わらない。
「魔石を多く消費するとはいえ、それ以外に性能が劣っているようには見えませんよ。それに多少劣っていたとしても、我々商人からすれば喉から手が出るほど欲しい品には違いありません。どうでしょう、ゴルド殿。マジックバッグをわたくしに売ってはもらえませんか?」
「…………ふぅむ、そういや前線が近づいているっちゅう話じゃったな」
しばしの沈黙の後、ゴルド老は口を開いた。
意外にも断る雰囲気ではないようだ。
「これがあれば、役に立つんじゃな?」
「ええ、それはもう。前線を維持するために大いに役立つ事は間違いありません」
そう言うプロンの表情は真剣で、そして真摯だった。
「前線を維持するため」と言っているのは、自身の利益よりも国益を優先するような使い方をする、という事だろうか。
だとすれば商会の大きさも考慮するに、プロンは政商のような立場にあるのかもしれない。
あるいはビヴロストに住む商人として、この都市が戦火に包まれて商会が被る損害を防ぐための投資である可能性もある。
とはいえ、プロンの表情を見れば冷徹な商人としての損得勘定だけが行動理由ではなさそうだ。
「お主には世話になっておるし、まあ、ええじゃろ。新しく作った奴も、早めに持ってきてやるわい」
「おお……!! ゴルド殿、ありがとうございます!」
プロンは感激したようにゴルド老の手を取ると、深々と頭を下げた。
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プロンとの商談を終えた俺たちは、その後、適当にビヴロスト市内を散策する事にした。
とはいっても前線が近づいているという理由からか、既に閉じている商店も多く、外を出歩いているのは傭兵やら兵士やらと物々しい格好をした者たちがほとんどだった。
それでも数少ない営業中の店を冷やかしたり、食事処で砂漠の都市の食事を堪能したり、ビヴロストの中心にあるオアシスの畔を散歩したりした。
だがまあ、観光名所のような場所はオアシスしか存在せず、すぐに飽きたというのが本音だ。
まだまだ日は高いが、俺たちは早々に帰る事に決めて、転移陣のある建物へと歩き出した。
その道中、
『いやー、それにしても五割増しで買い取ってくれるなんて、プロンも太っ腹だよな。そんな儲かってるのかね』
たぶん今回限定とはいえ、高く売れたので気分が良い。
あ、ちなみにマジックバッグも現在使っている二つ以外は売ってしまった。
金額は……当然のようにめちゃくちゃ高かった、とだけ言っておこう。
「それなんですが……」
と、俺の言葉にローレルが思案気な顔で反応する。
『どうした?』
「いえ、そもそも今は戦争中で、しかも前線が近いからこの都市の物価は上がっているはずですよね?」
ローレルはそこで言葉を止めたが、言わんとしている事には気づいてしまった。
『……あ。……い、いや、でも、高くなってるって言っても、三割くらいだし』
幾つかの店を冷やかした結果、今は平時の三割増しくらいの販売価格になっていると、ゴルド老たちドワーフ組が言っていた。
となれば当然、何かを売る時の値段も同じくらいは上がっているはずだ。それが戦争に使われる武器や防具となれば、なおさらである。
『まあ……二割分は、儲けたって事だし……』
現在の売却金額が通常価格の三割増しだとしても、五割増しで買い取ってくれたのだから、二割分は確実に得しているはずである。
ちなみにゴルド老に確認したところ、今回の売却金額は今ほど逼迫していなかった頃の――つまりは平時の五割増しくらいだというから、そこさえも誤魔化されている心配はない。
これが三割増しで「誠意」だとか言われていたら、文句の一つでも言うために商会に駆け込んでいるかもしれないが、二割分は得をしているとなると文句も言いづらい。
俺たちが気づかなければ大いに感謝を抱かせつつも、気づいたところで文句を言う筋合いでもないという微妙なこの感じは、支払った金額以上のリターンを得ようとする商人そのものであった。
誠実な商人なのか、タヌキなのか、何とも分かりづらい人物である。
「まあ、気にするほどの事でもありませんね」
と、ローレルも苦笑しつつ言った。
俺たちは微妙な雰囲気を醸しつつ、転移陣のある建物まで戻る。
建物の出入り口には、来た時と同じ兵士の男がまだ立っていた。
彼に帰還の挨拶をしつつ中に入り、階段を下った先の小部屋へ。
それから転移陣の上に乗ると、装置の表面に前回同様の光の紋様が浮かび上がり、宙空に画面と文章が浮かび上がる。
そこには、
ヒミンビョルグ一階層行き。
とだけ記されていた。
どうやら魔物の出る二階層へは、隠れ里のある洞窟を経由しなければ行けないようだ。
まあ、あの洞窟が一階層なのだから当然なのだが。
俺たちは一つしかない転移先を選択し、五秒のカウントダウンを待つ。
『――ん?』
「どしたの?」
そのカウントダウンの途中、セフィに呼ばれた気がして振り向けば、セフィは不思議そうな顔で首を傾げた。
どうやら呼んではいなかったらしい。
『いや、気のせいだった』
そう言った直後、転移陣が作動して、俺たちは隠れ里へ帰還した。




