第六十二話 ルーンの使い道
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ゴルド老の工房、その二階にある一室にて。
テーブルと椅子が置かれただけの殺風景な室内に案内された俺たちは、それぞれ適当な場所へ腰かけた。
セフィが椅子に座り、俺はその膝の上に乗せられ――るとテーブルの上が見えないから、テーブルの上にぽよんと乗った。
セフィの左右にウォルとローレルが座り、セフィの対面にゴルド老が腰かける。
テーブルの上にはルーン技術解析のため、彼に預けておいた一振りの魔剣とマジックバッグ二つが乗っていた。
『それで、ルーンを作動させなくする事はできそうか?』
今回、ゴルド老に解析を依頼したのは、何も俺たちもルーン技術を使って戦力を強化したい、などという理由だけではない。
教国がルーン技術を使う以上、それに対抗する、もしくはルーンが周囲の魔素を吸収して魔法の効果を高めるのを阻害する方法はないか確かめるためである。
もちろんその旨は、すでにゴルド老には説明してある。
「うむ、無理じゃな」
果たして、ゴルド老の回答は簡潔だった。
「教国が開発したルーン技術には、大別して二つの役割があるようじゃ」
ゴルド老は静かに説明を開始する。
「一つは属性や現象を表し、魔法効果を発現するための術式じゃな。これは使用者の魔力や魔石から供給される魔力があれば、周囲から魔素を吸うことなく発動する。これだけみれば、単なる魔道具に過ぎん。外から干渉して無効化するのは難しいのう」
それは予想していた事でもある。
だから驚きはないし、そこまでは求めていない。
ルーン技術で脅威なのは、周囲から魔素を吸い上げて本来の魔法よりも効果を高める事だ。
この効果を防げれば、教国の持つ多くの兵器は脅威ではなくなるはずで、それだけでも実現できないかと考えていた。
「もう一つは周囲の魔素を吸い上げて魔法効果を高める術式じゃ。これは酒精霊様が言うたように、周囲に魔素がなければ動作せんようじゃが、実際に魔素のない空間を作り上げるのは難しいのう。それも相手が動くとなれば不可能じゃないか?」
『やっぱりそうなるか……』
こちらも予想通りではあるが、もしかしたらと期待もあっただけに残念だ。
「一応、これらの機能はある程度理解できたから複製はできるが、エルフと同じで儂らドワーフも魔素吸収術式は禁忌だと伝わっておるし、利用するのは反対じゃぞ」
と、ゴルド老が難しげな顔をして言う。
『ドワーフの炉では、魔素吸収術式は使ってないのか?』
「当たり前じゃろが。んなもん使ったら森を伐るより被害がデカイからの。必要な熱を確保するのにルーンは使っておるが、全部自前の魔力か魔石で補っておるわい」
ふむ、と頷く。
やはりエルフやドワーフたちが禁忌にしているという事は、魔素を吸収して効果を上げる技術は危険なものらしい。
実際にどれほど危険なのかはいまいち実感が湧かないが、森を伐るより被害が大きいというのだから、俺たちが使うわけにもいかないか。
『まあ、魔素吸収術式とやらは俺らも使うつもりはない』
「そうか。ならええ」
『じゃあ、そこだけ切り取ってマジックバッグを再現する事は可能か?』
環境に被害を与える魔素吸収術式さえ使わなければ、ルーン技術は有用なものだと思うのだ。
教国に対抗するのに、これさえも使わないという手はない。
「おいおい、何言っとるんじゃ」
『え? ダメ?』
呆れた様子で首を振るゴルド老に、それもダメなのかと驚く。
何か無視できない問題でもあるのか、それとも彼らドワーフをもってしても技術的に不可能なのか。
「ちょっと待っとれ」
ゴルド老は疑問に答える事なく席を立ち、部屋の外へ行ってしまった。
「……どうしたんすかね?」
「やはり、何か問題があったのでしょうか?」
『どうなんだろうな?』
「セフィはたぶん、おやつをとりにいったんだとおもう」
俺たちは不思議そうに顔を見合わせて首を傾げた。
そしてセフィの言葉は願望である。
「――待たせたの」
程なく、ゴルド老は戻って来た。
その手には、若草色をした謎の物体が握られている。
「嬢ちゃんにこれをやろう」
そう言って、手にしている物体をセフィに差し出す。
セフィは貰える物は何でも嬉しい子なので、もちろん喜んだ。
「いいの!? やったー!」
「うむうむ。この紐を肩にかけるんじゃよ」
素直に喜ぶ幼女に、ゴルド老も好好爺然とした顔で手渡した。
若草色の物体を受け取ったセフィは、椅子から降りて言われた通りに紐の部分を肩にかける。
すると、さすがにそれが何であるか、俺にも分かった。
『肩掛けポーチか』
肩に紐をかけて提げれば、小物入れにちょうど良さそうな小さめのポーチがセフィの腰の辺りにぶら下がった。
「お! 姫様、可愛いっすよ」
「似合ってますよ、姫様」
「ふふーん!」
くるり、とその場で一回転して見せたセフィは、胸を張ってドヤ顔を浮かべた。
ポーチの部分は、何やら見慣れた存在を模した形をしていて、ご丁寧に顔の部分には目と口もある。
目の部分などは、良く磨かれた魔石を取り付けているようだ。
『俺か』
それは俺の精霊体の形を模した、若草色の肩掛けポーチだった。
『これは、ゴルド老が作ったのか?』
「そうじゃ、なかなか良い出来じゃろ?」
その言葉通り、それは細部までしっかりと作り込まれた品だった。
とても強面の爺が作ったとは思えない可愛らしい作品である。
しかし、だからこれが何だというのか。
「嬢ちゃん、いつもその木剣を持ち歩いておるじゃろ?」
「ん? セフィのみすとるてぃんのこと?」
ゴルド老がセフィが頻繁に持ち歩き、今日も持ってきて椅子に立て掛けられている木剣――ミストルティンを指す。
「それをポーチの中に入れれば、持ち運びもしやすいじゃろ」
その言葉に、まさか、と思い至る。
「みすとるてぃん、はいるかな?」
首を傾げるセフィの反応も当然だ。
ポーチは小さく、とてもミストルティンが入るような大きさではないのだから。
「目の部分がボタンになっておるから、開けてみぃ」
「うん!」
セフィが黒い眼のボタンをパチリと外す(嵌め込み式のボタンのようだ)。
するとつば広帽の部分がパカリと開いた。
その中へそっとミストルティンを収納してみると、まるで手品のようにスルスルと呑み込まれていく。
「すごい! ぜんぶはいった!」
セフィばかりでなく、これには俺もウォルもローレルも目を丸くして驚いた。
見た目は可愛らしいポーチに過ぎないが、これはマジックバッグ――もとい、マジックポーチだ。
『再現できたのか、凄いな』
掛け値なしの称賛である。
気を良くしたのか笑みを浮かべて頷いたゴルド老は、マジックポーチについて説明し始めた。
「周囲の魔素は使わず、目の部分の魔石の魔力で効果を発揮するようにしておる。魔力がある内は魔石は黒色をしておるが、少なくなってくると透明に近づいていくからの。そうなったら自前の魔力を魔石に補充してやるか、魔石を交換する必要がある。まあ、嬢ちゃんなら自前の魔力で維持するのは余裕じゃろうが、もしも魔石を交換する時は儂のところに持って来るんじゃぞ?」
「うん、わかった!」
セフィは嬉しげに頷いた。
それから説明を聞いたローレルが、疑問を挙げていく。
「魔力が完全になくなったら、中の物はどうなるんです? それにどれくらい入るんです?」
「魔力がなくなったら魔法効果も切れて、中に入っていた物は全部飛び出して来るのう。そうなるとポーチが破れてしまうかもしれんから、魔力の補充は早めにの? それから中に入る量としては、刻めるルーン文字もポーチじゃと少なくなっちまうのでな、その関係でだいぶ減って、大きめの天蓋付きベッド一つ分の体積ってところじゃ」
「それでも結構な量ですね」
とローレルが頷き、魔力の補充を早めにと言われたセフィも頷いた。
「かしこまり!」
敬礼するセフィを眺めながら、ふと、俺も疑問が浮かぶ。
『なあ、このポーチ、どこにルーンを刻んでるんだ?』
見た目にはどこにもルーンが刻まれているようには見えない。
マジックバッグの表面には、所狭しとルーン文字が刻まれているというのにだ。
「中身は革製での、ポーチの表面に刻んでおるよ。外から見えんのは、その上から布を貼り付けておるからじゃな。一文字二文字欠けたくらいじゃ駄目にはならんが、大きく傷ついたら術式が停止してしまうんじゃ。上から布を貼れば、それもある程度防げるからのう」
意外と理に適った理由があるようだ。
というか、さらりと教国産のマジックバッグよりもある意味洗練された品を作るとは、ドワーフの技術力の高さには脱帽するしかない。
感心しつつ頷き、さらに質問を重ねていく。
『バッグの大きさのやつも再現できるのか?』
「もちろんじゃ。しかしまあ、魔素を吸収せんから消費する魔力は多くなっちまうが、それは儂らではどうにもならんぞ?」
『それは分かってる。それに魔力ならまあ、外に出て魔物でも狩れば十分足りるだろ』
「確かに、ここいらの魔物を狩れるのであれば、十分実用可能な物を作れるじゃろうな」
マジックバッグは複製可能と。
色々と有用な道具だし、それはありがたい話である。
『んじゃあ、魔剣の方はどうだ? 複製できそう?』
モブ男が使っていた魔剣も、かなりの力を持っていた。
扱うのが炎というのが植物な俺的に気にくわないが、戦力増強のためならばそうも言ってはいられない。
「魔剣か。こいつは無理じゃな」
しかし、ゴルド老は途端に難しげな顔になって否定した。
「こいつは魔素吸収が前提に組まれた術式じゃ。周囲から魔素を吸い取る力も、マジックバッグとは比べ物にならんほど強い。自前の魔力だけで運用しようとしたら、普通の奴ならすぐに魔力が枯渇しちまうわい。おまけに魔素吸収術式がある状態でも、消費する魔力は馬鹿にならん量じゃ。汎用性のある魔剣というより、扱う人物を限定して作られている感じじゃな」
『そっか、なら仕方ないか』
まあ、無理に使おうとは思わないからな。
何しろモブ男が使った紫色の炎は消えにくく延焼しやすい性質があるようだった。
要は火事になりやすそうな炎だし、俺が植物だからなのか、それとも炎自体にまだ俺の知らない何かがあるのかは分からないが、生理的嫌悪すら感じてしまうのだ。
使えないなら使えないで良いだろう。
「まあ、酒精霊様に色々ルーンの意味も教えてもらえたしの。これからは新しい術式も組めると思うぞ?」
『マジで? 流石だな』
ゴルド老、というかドワーフたちが技術者としても優秀過ぎる件。
まあ、適度に要望を出しつつ技術開発は彼らに任せるのが吉だろう。
これからに期待だ。




