第六十話 移住完了。そして狩りは必要なのです
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『全然エネルギーが足りないんだけど』
果樹園や畑を作り終わり、そこからさらに1週間。
新たにユグ・ガングレリ(以下、ガング)と名付けられた俺の分霊は、そんな事を言った。
ちなみにこの2週間で、エルフたちの住居は移築完了している。
元々エルフの里にあった建物は分解して建材にし、それでも足りない材料は周囲の森の木を伐採することで補った。
普通は伐った木をすぐに建材にする事はできないが、そこは水魔法でゆっくり水分を抜いていく事で解決できた。
そうしてドワーフたちの隠れ里である広大な洞窟内に、エルフや狼人族たちの木製住居が完成したのである。
2週間という短期間で100世帯を超える住人たちの家を建ててしまったのは、補助的に使える魔法がある事以上に、流石はドワーフと言わざるを得ない手腕であろう。
今では全員、主に洞窟の中で暮らすようになっていた。
とはいえ、果実や作物の収穫、それらを使った酒造りなどで昼間は外で活動している者も多い。ちなみに酒を造る場所も酒を保管する倉も、俺の本体がある旧エルフの里に建てられている。
ドワーフの里に保管しておくと、勝手に飲み尽くされてしまう懸念が払拭できないからである。
セフィも、やはり洞窟の中よりは木々のある森や外の方が居心地が良いらしく、昼間は外で過ごしていた。
そんなわけで、俺も昼間は本体に意識を戻して果樹園や畑の管理などを渋々手伝っている(分霊ガングがセフィに名前を貰って誤魔化されていたのは一日だけで、すぐに文句を垂れてきたのだ)。
その日も俺は本体に意識を戻し、さて手伝うかと思ったところで言われた言葉が、ガングの「エネルギーが足りない」という報告であった。
『エネルギーが足りない?』
『おう。結界の維持に大量の作物の生成にで、このままじゃ魔力も生命力も養分も足りねぇよ』
言われた言葉に、ふむ、と考え込む。
現在、俺は幻惑結界の恒常的展開と、優に1000人以上の人口を支えるための食料生産をしている。
当然、その負担はかなりのものだ。
『溜め込んでた地下茎も、あと数日で無くなるな』
『そんなにか』
森で暮らしていた頃は、一日の収支に対して消費するエネルギーは少なかった。
だから有り余るエネルギーを毎日地下茎として蓄えていたのだが、その蓄えもどうやら尽きようとしているらしい。
しかしながら、対処は簡単だ。
『なら、畑の外に根を伸ばして森を広げるか』
まず一つ目は、『エナジードレイン』と『光合成』を行える範囲を広げる事。
つまりは、俺自身を拡大する事だ。これもわざわざ伸ばした根っこを樹木に変異させるまでもなく、大樹海側に向かって根を伸ばし、森を侵食していけば良い。
そうして俺と「同化」した森ならば、上記二つのスキルを使用して各種エネルギーや養分の回収効率を高める事ができるだけでなく、『地脈改善』のスキルで地脈を引き寄せ、魔力の回復速度をさらに早める事ができるだろう。
元々ここは魔素濃度の高い土地だが、さらに濃密な魔素環境になるはずだ。
『あとは、ブリュンヒルドやグラムたちに魔物を狩ってきてもらおう』
食肉となる魔物だけでなく、食べられない種類の魔物であっても俺ならば養分とする事ができる。
地面から『エナジードレイン』するよりも魔物の死骸に『エナジードレイン』する方が、得られるエネルギーは遥かに多い。
多少乱獲したところで、ここは魔境とも呼ばれる霊峰フリズスだ。
生態系を乱すおそれは皆無だろう。
『それで何とかなるだろうさ』
『まあ、ブリュンヒルドたちが狩ってくる魔物の量次第じゃあ、可能か』
俺の提案にガングも納得し肯定する。
毎日ワイバーンの群を仕留めて来いとは言わないが、ワイバーンにして5体分くらいあれば、結界の維持と食料生産を今のペースで続けていく事ができるはずだ。
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『――そんなわけで、諸君らには円滑な食料生産のために魔物を狩ってきてもらいたい』
さっそくとばかりに戦乙女の姉妹、グラムたち、ゴー君たちを集めて要請した。
まあ、どこぞの分霊みたく断るなんて微塵も思ってはいなかったが、案の定ブリュンヒルドたちは俺の要請に快く応じてくれたのだ。
「うふふ、私たちにお任せください」
「ねぇ主様、狂戦士たちは連れて行っても良い?」
とはいえエイルの質問には、安易に頷くわけにもいかなかった。
確かに多数の狂戦士を動員すれば狩りの効率は上がるだろうが、同時にエネルギー消費も多くなる。
狂戦士たちが受けたダメージや消費した【生命力】【魔力】を補充するのは、館の主たる俺なのである。
加えて、数百体の狂戦士たちを動員するほどに事態は差し迫ってはいない。
『いや、まずは狂戦士たち無しで狩りをしてきてくれ。それでも足りなかったら、また考えることにする』
なので、とりあえずは却下する事にした。
それにブリュンヒルドたちにグラムたち、ゴー君たちまで動員して狩りの成果が足りなくなるとは思えない。
『承知した、主上』
「御下命、承りましたわ」
「了解です、主様」
グラムたちも俺の要請を拒否するつもりは微塵もないようだ。
それぞれが恭しく頷きつつ、幻惑結界の外へと狩りに向かってくれた。
それから数時間。
こちらはこちらで『種子生成』や『変異』で食料生産し、収穫後は植物魔法で苗などを再生しながら忙しく時間を過ごしていると、程なくブリュンヒルドたちは帰還した。
黄金色に輝き波打つ麦畑の畦道を通ってこちらにやって来るのだが、それを遠くから見ても分かる大漁っぷりだ。
「ただいま帰還いたしましたわ、主様」
「大漁だよ、主様」
そういって俺(本体)の前にドサドサと積み上げられる何種類もの魔物たち。
今日はワイバーンには遭遇しなかったのか、その姿はないが、代わりにたくさんの昆虫系の魔物たちが。
いつぞやエムブラに操られた巨大カブトムシや、どう考えてもデカ過ぎるムカデの魔物――ジャイアント・センチピードやら、初見の蟻の魔物、蜂の魔物、蜻蛉の魔物など、たくさんだ。
当然だが、それら全てがやけに巨大。
積み重なった虫、虫、虫の魔物。
なに、君たちは……虫とりに行ってたの?
まあ、それはともかく。
これらの昆虫系の魔物はエルフたちも食料にはしていないし、すべて俺が吸収しても問題ないだろう。
もしかしたらブリュンヒルドたちも、そう考えてわざわざ昆虫系の魔物ばかり狩って来たのかもしれないな、うん。
『これなら余裕で足りるな』
積み重なった魔物たちに根っこを巻き付け、『エナジードレイン』で魔石から何から養分にする。
当然の如く得られた大量のエネルギーに、不足があるわけもない。むしろジャイアント・センチピード一匹で一日分としては十分過ぎるほどだ。
『――ってわけで、狩りは程々で良いからね、程々で』
ここまで狩る必要はないという事実を、やんわりと遠回しに伝えた。
全員が素直に頷いてくれ、その日はそれで解散となった――
『あ、エムブラ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど』
「はい、何でしょうか?」
――なのだが、エムブラだけを呼び止める。
彼は中性的な顔立ちに慈母のごとき笑みを浮かべつつ、こちらに振り向いた。
『な、なあ、長老たちの事なんだけど……』
気になっている事というのは他でもない。
エルフの里の長老ズに関してだ。
このドワーフの隠れ里に到着したあの日、交渉の邪魔になるからとエルフの里でお留守番してもらって以来、様子が変なのだ。
「長老たちが、どうかされましたか?」
エムブラはどこまでも不思議そうに首を傾げる。
そこには罪悪感や良心の呵責といったものは、欠片も窺えない。
となると、やはり俺の勘違いなのか?
いやでも、あの日以来、うちの長老たちってば様子がガラリと変わってしまったのだ。
どれくらい変わってしまったのかと言うと――常に喧嘩腰に相対していたドワーフたちに対して、
「おお! これはゴルド殿!」
とか、笑顔で話しかけちゃうくらいの変貌っぷりである。
これには話しかけられたゴルド老も唖然呆然としていたが、それも当たり前だろう。何しろ長老とゴルド老が和解らしい出来事を経験したわけでもなく、次に会った時にはもうそんな感じだったのだから。
「お、おう?」
「なんでもこれから共に暮らしていく事になったようですな」
「あ、ああ」
「はっはっはっ! それはめでたい! では、我々一同、よろしく頼みますぞ!」
「う、うむ」
「これはお近づきの印に、どうぞ! 儂が仕込んだ酒なのですが、トレント材の樽で十数年寝かせた秘蔵の逸品ですぞ!」
そう言って小さな樽に詰め替えた酒を、ゴルド老に手渡していたのである。
いやまあ、この酒が毒入りだったりしたら、別に長老の様子がおかしいとは思わなかったのだが――なんとこの酒、本当に長老が言うように秘蔵の酒だったのだ。
昔ながらの製法で造られたエルフ秘蔵の酒に感動したゴルド老は、いまやすっかり長老ともジジ友になっている……。
――って、絶対おかしいだろ!
あの長老たちがこんなにあっさりドワーフたちと仲良くするわけがねぇ!
そこで思い浮かぶのが性格が変貌する前日、里でお留守番していた事だ。お留守番にはエムブラが付き添っていたはず。これはもう確実にアレだよね?
『エムブラ、怒らないから、正直に言うんだ……長老たち、操ってるよね?』
いくら長老たちのドワーフに対する態度に目に余るものがあっても、流石に魔物みたいに操るのはやり過ぎだと思うんだ。
しかしエムブラは、なぜか唐突にその場で膝を着くと、深々と俺に向かって頭を垂れる。
やはり謝罪か――と思ったが、エムブラが口にした言葉は自らの罪を認めるものではなかった。
「主様、私は主様に誓って長老たちを操ってはいません。スキルも魔法も、一切使用してはいないのです」
その声はどこまでも真剣で、真摯だった。
とても嘘を吐いているようには見えないし、エムブラが「主様に誓って」と口にしている以上、それは真実のはずだ。
なので俺は、エムブラへの嫌疑を放棄する事にしたのである。
『そっか、なら良いや。疑って悪かったな』
「いえ、とんでもございません」
エムブラは気分を害した様子もなく、笑顔のまま一礼すると踵を返して去って行った。
その背をなんとはなしに見送っていると、ガングがぽつりと呟いた。
『スキルも魔法も使ってないって……じゃあ何したんだよ』
ハッとした。
確かに。
『そっちのがよっぽど恐いわ』
『ホント何したんだアイツ……!』
俺たちはエムブラの背を戦慄と共に見送った。




