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第五十七話 お酒には勝てなかったよ……


 ●○●



 メープルと数人の女性たちが、エルフの里から何本もの酒を持ってくる。

 陶器製の小さな甕に入れられた酒で(ガラス瓶がないためだ)、合計すればここにいるドワーフ全員に行き渡るくらいの分量はあるが、まだ全員には配らない。最初に老人ドワーフに飲ませて、判断してもらうつもりだ。

 で、今回用意したのは……、


 葡萄酒。

 林檎酒。

 葡萄酒を蒸留したブランデー。

 林檎酒を蒸留したアップル・ブランデー……である。


 他にも作ろうと思えば作れたが、取り急ぎ用意したのは以上の四種類だけだ。

 果汁から作る果実酒のみにしたのは、俺自身が果物を作ることに一番慣れているからだ。


 しかし当然、ドワーフの里に来るまでの2週間程度では、普通にやってはこれだけの酒を作ることなどできない。

 気温と湿度に影響されるとはいえ、葡萄酒などは1週間から2週間程度で一次発酵が終了するものもあるが、すべての工程を終えるのには時間が足りなさすぎる。単に酒になれば良いという条件であれば、季節次第で可能かもしれないが。

 どちらの酒も普通に造ろうと思えば、三ヶ月くらいは時間が欲しいところだ。


 ――なので、そこで活躍するのが水属性の「生命魔法」と「氷雪魔法」である。

 エルフたち曰く、生物の生命力を高める方向で「生命魔法」をかけると、果実が発酵する日数を短縮する事ができるらしい。

 しかしそれだけだと、不思議な事に発酵が中途半端に終わってしまうのだとか。

 何やら発酵を促進すると熱が発生してしまい、それが何かに影響するようだ。


 だが「氷雪魔法」で適切な温度に下げてやる事で、「生命魔法」を使っても最後まで発酵を進める事ができるようである。


 まあ、酒造りに関して俺は明るくないので、詳しいことは割愛する。

 要するに、魔法を利用する事によって短期間で酒を造れるという事だ。

 ちなみに「氷雪魔法」は俺は使えないが、エルフたちの中には使える者も何人かいたので手伝ってもらった。


 それはさておき。


 だが、それでも問題はあるのだ。

 通常、酒は出来たからといってすぐに飲むわけではない。

 物によって期間は異なるが、一季節分から1年、あるいは高級な蒸留酒であれば十数年の熟成期間をおくこともある。

 さすがに熟成期間を魔法で短縮する事はできないのだ(混沌属性の魔法なら可能性はあると言っていたが)。

 だから、ドワーフたちに出した酒はほとんど熟成させていない若い酒なのだが……そこは酒造りに協力してくれたエルフたちの言葉を信じるしかないだろうか。


 使用した葡萄と林檎は、エルフたち監修のもと、最も酒造りに適した味になるように試行錯誤した果実なのである。

 加えて果実を作る時、【生命力】と【魔力】を食用としてはちょっと多めに注ぎ込んでいる。

 どうにも、エルフや狼人族――というか人類全体に言える事だが、それらが多い果実を食べると特に「快」の感覚が湧き起こるらしいのだ。


 もちろん、体に有害だったり、何か副作用があるわけではない。

 とっても健全だし、むしろ健康的だ。


 ――とまぁ、そんなふうに生み出した俺の果実で造った酒は、エルフたちからしてみても満足のいく品質に仕上がったと太鼓判を押してもらった。

 時間があればまだ上を目指せるそうだが――残念ながらその時間はない。しかし、ドワーフたちを唸らせるには十分だろうと言ってくれた。


「――どうぞ、ご賞味ください」


 メープルが木製のコップに注いだ酒を、老人ドワーフの前に並べていく。

 コップの数が四つ揃ったところで、ドワーフ相手だというのに微笑みを浮かべて言った。

 だが、そんなメープル相手にも動じる事なく、老人ドワーフは卓上に置かれた酒を真剣な眼差しで見つめている。

 まるで自らが打った剣の出来映えを確認する匠の鍛冶師のごとき、一寸の瑕疵も見逃さないような、恐いほどの視線。


 ドワーフ相手には酒でも出しときゃ何とかなるだろ――と、俺は安易に考えていた。

 しかし、ドワーフだからこそ、酒には微塵の妥協も許さないのかもしれない。

 もしも俺が汗を流せる体であったなら、背筋に冷や汗をかいている事だろう。

 ごくり――と、誰かの喉が鳴った。


「…………」


 一言も発する事なく、老人ドワーフがコップを持ち上げる。

 そして――飲む。

 まずは一口。


「……ふむ」


 そう呟いた顔に変化は見られない。

 手にしているのはブランデーだ。

 蒸留酒なのに熟成期間を経ていないのは、流石に駄目だったかと自らの浅薄さに今更忸怩たる想いが湧き上がる。

 しかし、すでに賽は投げられているのだ。どうしようもない。


「……」


 再び沈黙のまま、老人ドワーフはブランデーを口に含んだ。

 飲み干し、鼻から抜ける香りを確認するように長く息を吐く。

 そして――飲む。

 飲む。

 飲む。


「…………」


 結局は四種類の酒、すべてを飲み干した。

 しかし、その顔は厳めしくしかめられたままで、一言も発していない。

 酒の味を反芻するかのように閉じられていた両目が、静かに開かれる。


(クソ……駄目、だったか……)


 言葉を聞くまでもない。

 老人ドワーフの瞳に宿る光は、決して友好的なものではなかった。こちらを射抜くような視線に宿るのは、自らの命を捨ててでも抗うと言うかのような戦士のごとき眼光。


「この酒は、まだ若いのう……」


(やっぱりそうなるか)


 老人ドワーフの口から語られるのは、飲んだ酒の欠点だ。

 こちらの弱点を一突きするかのような、鋭い一撃。


「まったく角がとれていない。蒸留酒に至っては香りも芳醇とは言えぬ。舌を刺すような刺激ばかりが先に立ち、完成された酒とは到底言えぬな。水分と酒精が十分に混ざり合っていない証拠じゃ」


 ――敗北。

 その文字が脳裡に浮かび上がる。

 これが、俺がドワーフたちを侮った結果なのだろう。

 かくなる上は、大人しく樹海に帰り、教国の追っ手に怯えながら各地を彷徨うように流浪するしかないのだろうか。

 俺自身への失望で、そんふうに思った時だ。


「しかし――」


 と、老人ドワーフが続けるのだ。


「美味い。いや――美味すぎる……!!」


『え?』


 思わず老人ドワーフを見れば、敵対的な視線の中に、隠しきれない歓喜が垣間見えるという複雑な表情を浮かべていた。


「香りが薄いわけではない。素材自体の香りは残り、清々しく鼻腔を通り抜けていく……! まろやかさはなく鋭い酒精も、しかし、それはそれで刺激的で良い……! 倉から出すには若すぎるとは思うが、その味はすでにそこらの凡百の酒とは一線を画しておる……ッ! となれば、これをきちんと熟成させたときのポテンシャルは如何程のものかと想像すると、儂はっ、儂はぁ……ッ!!」


『え? え?』


「なによりィ! 口から喉を通り胃の腑へ落ちる感触すら心地よいのはどういうわけか!? 分かる! 儂には分かるんじゃあ! 酒を吸収した体が! その隅々まで喜んでおるのが!」


 何か語り出した老人ドワーフは、その両目から滂沱の涙を流していた。

 ……こわいです。


「この快感を知ってしまったら、もはやこの酒無しには生きられんくなるッ!!」


『……そこまで?』


「くそぉおおおおおお!! 儂は悪魔に魂を握られてしもうたッ! この酒無しには生きられない体にされてしまったのじゃああああああ! うぉおおおおおおおおおん!!!」


 いまや老人ドワーフは号泣していた。

 そして周囲はドン引きである。

 俺は呆気にとられながらも、半ば無意識にだめ押しのプレゼンを開始していた。


『あ、えっと……もちろん、ちゃんと熟成させればこれらの酒はまだまだ美味くなるし、他にも米とか麦とか芋で造る酒もあるし、量も十分なくらい用意できると思うんだけど…………どう?』


 だが、問いに対する答えは返って来なかった。

 老人ドワーフは号泣したままで、口を開いたのは他のドワーフたちだ。


「わ、儂らにも飲ませろ!」


「はよう! はよう!」


「ど、どんな酒なのか見極めてやるわい!」


「儂らだって飲んでみんことには判断できんじゃろが!」


『……メープル、頼む』


「かしこまりました」


 血走った目で催促するドワーフたち。

 俺はメープルに頼み、全員に酒を配ってもらった。

 一人四種類ずつとはいかないが、一杯ずつであれば行き渡るだろう。

 そして、ドワーフたちは酒を飲み――、


「確かに若い。しかし突き抜ける爽やかな香りとキレの良い酒精の相性は決して悪くないように感じられる」


「それにこの味じゃ。今まで飲んだどの果実酒よりも、雄弁に存在を主張する果物自体の味は何じゃ? 若くともなおしっかりした味と香りは、ただ酒精を高めただけの蒸留酒とは思えん」


「喉ごしも悪くない。いや……良い。角のある酒精じゃが嫌な刺激ではない。スルスルと流れるような喉ごしは、長年の宿敵なれど流石はエルフの酒と言う他あるまい」


「じゃが、何よりも素晴らしいのはこの感覚よ。確かに儂にも分かる。五臓六腑に染み渡った酒が、全身を賦活させていくような感覚が……!」


「おお……! 全身に澱んだ疲労が洗い流されるようじゃ……!! 肉体が産声をあげておる……ッ!!」


「儂にも分かるぞ! きっとこの酒ならば幾ら飲んでも二日酔いになる事はない! 良い酒は後に残らないという、いにしえに伝わる格言は真実じゃったんじゃあ……!!」


 まるで憧れのお姉さんを見る年若き少年のような瞳で、ドワーフたちが口々に述べる。

 そんな同胞たちとは対照的に、ようやく少しばかりの落ち着きを取り戻したような顔の老人ドワーフへ、俺は問いかけた。


『――で、時間があれば酒は幾らでも造れるけど、俺たちもドワーフの里に一緒に住んで、良い……?』


 老人ドワーフはこちらを真っ直ぐに見返した。

 その瞳は純粋無垢な光を宿し、澄みきっていた。


「反対する奴がいたら、儂がぶん殴ってでも説得してやろう」


『……』


 それはつまり、長年のエルフとドワーフ、両種族の確執を越えて手を組む事を了承した、という返事だった。


「――やったぁ!」


 と、たぶんよく分かっていないけどセフィが喜び、


「おめでとうございます!」


 と、メープルが俺を労ってくれて、


「やりましたね!」


「やったっすね!」


 ローレルとウォルナットが歓声をあげる。

 俺は――、




 ――ドワーフ、チョレぇええええええええええ!!!



 ドワーフたちのあまりのチョロさに、脱力した。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 飯テロと酒テロ [一言] 人を惹きつけるのは、むしろ完成されたものより強烈な伸びしろを感じさせる(未完成な)ものなんやな
[良い点] 笑えるし普通に台詞回しがうますぎる、これは1万点 ついでに飯テロが10万点
[良い点] 老人ドワーフ劇場の回! [一言] 美味しんぼ海原雄山の如く雄弁に語る、饒舌な老人ドワーフのキャラの濃さよ。
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