第五十五話 俺の○○をお食べよ!
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実はメープルを筆頭に、里の女性陣には事前に料理を用意しておいてもらっていた。
しかし予想外にドワーフたちが集まってしまったので、数が足りないかとひやりとしたのだが、どうやらワイバーンの薫製肉や、傭兵たちが持っていたマジックバッグの中に入っていたパンなど――そのまま出せる食料を放出する事で、全員へ行き渡るくらいの料理を用意してくれたらしい。
メープルたちには感謝である。
ちなみに。
マジックバッグの中に入っていた食料は、意外な事に保存食などではなかった。
温かい物を入れたり、氷を入れたりして試してみた結果、どうやらマジックバッグの中に入れた物は劣化しない――というより、内部では時間の経過がないようだったのだ。
そのため、わざわざ不味い保存食を用意することなく、普通の食材を持ち歩いていたのだろう。
だからか、ドワーフたちに提供したパンも普通に柔らかいパンだ。
ウォルナット曰く、そこそこ美味しい、との事だった。
しかし、わざわざメープルたちに料理を用意してもらったのは、何もドワーフたちの腹を満たすためではない。
美味しい料理で懐柔するためだ。
なのでメインとなるのはパンやワイバーン肉ではなく、メープルたちに調理してもらった料理の数々なのである。
『さあさあ、食べてくれ』
下草に覆われた地面には直接座っても問題はないが、さすがに料理をそのまま地面に置くわけにもいかない。
エルフの里の女性陣が大皿に乗せられた数々の料理を持って現れ、男性陣が皿を置くための足の短いテーブルを運んでくる。
ちょっと行儀は悪いが、地面に座って食事をする形になるだろうか。
ドワーフたちは数が多いので、メープルたちが給侍役を買って出てくれて、小皿に取り分けられた料理とパンが順々に配られていく。
料理とテーブルは向かい合う両陣営の間に置き、これでもかと料理を積み上げたところで、俺はドワーフたちに料理を進めた。
しかし、目の前の料理の数々に唾を飲み込みながらも、なかなか手をつけようとはしない。
まさか毒を盛ってるとでも疑っているのだろうか?
そんな中――、
「おいふぃよー?」
御輿から下りてテーブルの前に陣取ったセフィが、誰よりも先に猪肉の煮込み料理を口に頬張り、「食べないの?」とばかりに老人ドワーフたちに言う。
さっすがセフィだぜ!
こちらから食べ始めることで料理に毒が入っていない事をそれとなく証明しつつ、幼女特有の無邪気さでもってドワーフたちの警戒心を吹き飛ばす!
もちろん計算してやっているわけがない!
天然だぜ!
そんなセフィの姿に毒気を抜かれたのか、ドワーフたちは互いの顔を見合わせたかと思うと、白髪の老人ドワーフが代表して料理へ手を伸ばす。
どうやら最初に食べるのは、セフィが食べた猪肉の煮込み料理らしい。
実はこの猪肉、ただの猪肉ではない。
俺がまだマナトレントに進化したばかりの頃、少数を家畜化する事に成功したクレイジーボアなのである。
もちろんただ家畜化したわけではない。その目的はクレイジーボアの肉の味を改良することだ。
そのために俺が『種子生成』で生み出したドングリなどを飼料に混ぜたり、肉の臭みを抑えるために植物性の飼料だけで育てたりと、色々な試行錯誤をしてきた。
何もゴー君とかミストルティンとかを作るだけじゃなく、俺の能力はもっと多方面に里の住民たちの力になれるはずだと思い、やってみた結果だ。
実のところ、エルフたちの武装面よりも食生活の方が、遥かに強い影響を受けているのかもしれない。
――とまぁ、そんな苦労して育てた猪肉を、老人ドワーフは大きめの木匙で頬張る。
口に入れた瞬間、老人ドワーフが目を見開き硬直する。
だけどそれも一瞬だ。
すぐに咀嚼が開始される。
ゆっくりと、変な味がしないか、あるいは毒が混ぜられたりはしていないか、食べても大丈夫なものか、それらを調べるように慎重に咀嚼し――そして飲み込んだ。
はふぅ――と、ため息のような息を吐く。
「ど、どうじゃ……?」
「どうした、毒か?」
「いや、とんでもなく不味いのかもしれん」
そんな老人ドワーフの様子を見て、周囲のドワーフたちが問う。あるいは予想する。
当の老人ドワーフは、まるで長年の修行を終えた僧のような神妙な顔つきで、静かに感想を口にした。
「――美味い」
と。
「脂身に獣臭さは一切なく、癖のない肉の味は上品な旨味と甘味を噛めば噛むほど醸し出す。さりとて肉が硬いわけでもなく、むしろ口の中でホロホロと溶けるように消えていく食感は官能的ですらある。煮込みの濃い味付けは素材の味を殺すかと思ったが、そんな事もない。むしろ濃いスープの味が口の中を支配するのは一瞬、咀嚼した瞬間に溢れ出す肉汁はどんな香辛料よりも雄弁に存在を主張する」
いや長ぇよ。
「つまり……?」
恐る恐る、というように問う言葉に、老人ドワーフは厳かに頷いて答えた。
「――酒には劣るが、かなりの美味じゃ」
「「「お、おお……!!」」」
そんなに美味しいのか!? みたいにドワーフたちが感嘆の声をあげるが、ドワーフ的にはかなりの好評価な感想だったのだろうか。
「う、うむ。ならば、その肉は食っても大丈夫そうだな」
「儂もその肉を食ってみよう」
と、ドワーフたちの手が一斉に猪肉へ伸ばされそうになったところで、
「これもおいふぃよー?」
セフィが、今度は皮付きフライドポテトを頬張りながら進める。
もちろん、このフライドポテトも普通のフライドポテトではない。
まず素材が違うのだ。
なんと言ってもこのポテト、俺が蓄えた地下茎だ。
食用を前提としてあまり【魔力】を蓄えていない物なのだが、養分はたっぷり詰まっている。
回復アイテムの代わりとしては使い勝手が良くないが、味は良い。
そんな俺のジャガイモを、クレイジーボアから採ったラードを混ぜた油で揚げたのが、この皮付きフライドポテトである。
味付けは塩のみだが、果たしてドワーフたちの反応はどうだろうか。
一人のドワーフが恐る恐るといった感じでフライドポテトに手を伸ばし、それを口に運んだ。
そして――、
「ど、どうじゃ……? どうなんじゃ?」
仲間の問いに、新たなる公式を見出ださんとする数学者のような顔つきで、慎重に答えを口にした。
「単に芋を油で揚げただけの料理。確かに単純極まる料理じゃろう。味付けも塩のみで、実際複雑な味がするわけでもない……。しかし、どうじゃ? この外側のサクサクした食感と内側のホクホクとした食感のハーモニーは……? 噛めば噛むほど滲み出す芋の旨味を、表面にまぶされた僅な塩がさらに引き立てる。いや、それだけではない。揚げ油自体にも、何か工夫がされておる。おそらくは……ラードじゃな? 植物油だけでは出せぬパンチの効いた強い旨味。芋、油、塩のみで調理されたこれは、調理の腕もさることながら、だからこそ素材の美味さを率直に伝えてくる。エールは常温で飲む酒じゃからなんとも言えぬが、もしもここに良く冷え、炭酸の強いエールがあったとしたら……儂は、悪魔に魂を売っても良いじゃろう」
芋一つでどんだけ喋るんだコイツ。
「つ、つまり……?」
周囲のドワーフたちが恐る恐る、といった様子で聞く。
「酒には劣るが――思わず酒が飲みたくなるほどの、美味じゃ」
「「「お、おお……!!」」」
ドワーフ的には目を輝かせるくらいには好評価であるらしい。
周囲のドワーフたちが一斉にフライドポテトへ手を伸ばそうとしたところで、
「これもおいふぃよー? あとね、これとー、それとー、あれもセフィはすきだなー」
と、セフィが卓上の料理を次々に指差してく。
顔を見合わせたドワーフたちが、恐る恐るといったようにそれらに手を伸ばし――、
「一見して輪切りにした根菜をソテーしただけに見える。しかし、このシャッキリとした小気味良い歯応えが何とも面白い。かと思えば火を通された根菜はホクホクともしておる。上にかけられたチーズソースは主張し過ぎることもなく、素材の味を全く邪魔しない……。口の中で噛み砕くほどに旨味が溢れ出し、飲み込んだ後に優しい後味が鼻梁へと突き抜ける……。酒には劣るが、美味じゃ」
俺が生み出したレンコンのステーキ、チーズソース和えである。
「これは……鶏肉を揚げたものか……? いやしかし、肉汁と共に溢れ出す野性的な旨味は、飼育された鶏などとは一線を画す。おそらくは大自然の中で育まれた強靭な肉質。だとすれば、鶏ではなくワイバーンじゃな。弾力のある歯応えは、けれど硬いだけのものではない。噛めば噛むほど旨味が溢れ出てきよる。しかし肉自体の美味さもさる事ながら、周りに纏った衣の食感も楽しい。おまけにニンニク、生姜、塩……あとは何かを発酵させたような調味料も使っておるな。それらの主張し過ぎない調味料たちの調和が、一口大に揚げられた肉の味をさらに数段階上へと到達させておる……酒には劣るが、見事」
ワイバーンのモモ肉を使った唐揚げである。
「先ほどの芋を使ったサラダであろうか。何か酸味の効いた旨味のある調味料と共に混ぜられ、潰されておる。芋も調味料も、茹でたのか蒸されたのかは知らぬが、小さく刻まれて入れられておる根菜なども美味い。しかし一番は何と言っても潰された芋の中に時おり顔を出す、これよ。しゃっきりとした食感、溢れ出す果汁、爽やかな甘味……林檎じゃ。これがともすればクドい味つけになりそうな油っこい調味料を中和し、幾らでも食べられそうになる。酒には劣るが、あっぱれよ」
林檎の入ったポテトサラダだな。
もちろん他にも料理は色々ある。
俺が生み出した果物や芋、穀物、葉物野菜、根菜などを贅沢に使った料理の数々である。
毒などないと理解したのか、ドワーフたちは先ほどまでの躊躇は何だったのかという勢いで、興味のある料理へとそれぞれが手を伸ばしていく。
そして――、
「「「酒には劣るが、美味い」」」
と言うのだ。
貶しているのか褒めているのか、そこはかとなくモヤッとするが、たぶんドワーフなりの称賛なのだろう。たぶん。
『で、俺たちの話、聞いてくれるか?』
そろそろ良いだろうと話しかけてみれば、
「んむ?」
老人ドワーフはモグモグと口の中の物を咀嚼し、飲み込んでから渋々といった感じで頷いた。
「良いじゃろう。話だけは聞いてやるわい。話だけはの」
まあ、色々言いたい事はあるが、許可は得たので俺は語っていく。
俺たちエルフと狼人族が、なぜ新たに住む場所を求めているのか、その理由を――。




