第五十三話 ドワーフたちとの邂逅
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滝の下は休みなく降り注ぐ大量の霧雨のためか、あるいは単に岩盤が硬いためか、芝のような草はあれど樹木は生えておらず、開けた空間が広がっていた。
その広さは俺(エルフの里)が立ち止まっても十分な余裕があるほどだ。
なので滝の下の広場、洞窟から少しばかり距離をおいた正面にて、俺は立ち止まった。
そしてその頃には、最初は数十人程度だったドワーフたちは次々と増えていき、今では完全武装した数百人のドワーフたちが、こちらを警戒するように睨んでいる。
「では、行きますぞ?」
長老が背後を振り返り、こちらも武装したエルフたちと狼人族たちに問う。
全ての住人が下へ降りるわけではなく、やけに意気込んでいる数少ないエルフの老人連中が数人、それから戦える者がエルフ、狼人族合わせて50人程度の集団だ。
一応俺たちは友好的な交渉を目的としているのだが、これだけの戦士を引き連れて行く事に、念のためですじゃ――と長老は言っていた。
しかし、戦士たちへ振り向いた長老の顔はその場の誰よりも鋭い眼光を宿している。
『いや、戦いに行くんじゃねぇんだから……』
精霊体姿となった俺は、セフィに抱えられながらそう呟く。
もちろん、呆れた表情をブレンドするのも忘れない。
「何を言っておられますか、ドワーフどもに舐められたら……終わりですぞ?」
長老は俺たちを「見上げ」ながら言う。
ちょっと何を言っているのか、よく分からない。舐められたら終わりとか、どこの輩だ。
「精霊様は姫様を見倣ってくだされ」
『何を見倣えと?』
「なに、姫様のような威厳をドワーフどもに見せつけてくだされば、それでよろしい」
『なんですって? 威厳?』
セフィは今、数人の男たちに担ぎ上げられていた。
というのも、持ち手を付けた御輿のような台を男たちが担ぎ、その台の上に乗っている状態だ。
台の上に乗り、人を駄目にしそうな巨大なクッションに背中を預けたセフィは、いつぞやの歓迎の宴の時のように豪奢な衣装を身に纏い、花飾りなどで「おめかし」している。
そしてドヤ顔を浮かべ、その両手に精霊体となった俺を抱えているのが現状だ。
長老の言う威厳を感じられないのは、俺の目が節穴だからではあるまい。たぶん。
「よきにはからえ」
うむ、と重々しい感じを醸し出して、セフィが頷く。
それに長老たちは「ははっ!」と畏まって応じた。
なんだこいつら。
「では皆、行くぞ」
「「「おうッ!!」」」
今度は問わずに告げて、長老は前へ向き直る。
その先は里の外縁であり、茨の壁に開いたアーチ状の出入り口だ。
当然というか、地続きになっていない現在、地面とは十数メートルの高低差が存在する。
それゆえに俺は、下へ降りるためのタラップを作成していた。
網目状に編んだ根っこの一部を解いて、階段状に変形させただけだが。
とにもかくにも、俺たちはこの階段を使って久々の大地に降り立った。
数十メートル先で物々しく戦闘体勢を整えたドワーフたちに近づいていくと――、
「なんじゃい! どこのバケモンかと思えば、草くせぇエルフどもかい!」
「脅かしよって!」
「何の用じゃあ!?」
「やんのかコラァ!」
「ちょっとデカいバケモンを従えてるからって、儂らに勝てるつもりか!? このモヤシどもがぁッ!!」
――凄い勢いで罵声を浴びせられた。
確かに結果的に脅してしまったような形になったのは申し訳なかったが、何もそこまで言う事ないじゃん?
てか、挨拶とか何もなしに即喧嘩腰とは、想像以上に仲悪すぎだろ。
しかし、そんな罵詈雑言の嵐にも長老は僅かにも怯んだ様子を見せない。
胸を張って――というか、少しばかり顎を上げた不遜な感じの姿勢で、ノシノシとドワーフたちへ近づいて行き、話をするのに十分な距離になるとピタリと立ち止まった。
やはり長老もエルフである。
どこぞの輩みたいなドワーフたちとは違い、何だかんだ言っても理性的に対話する重要性をわかって――
「黙れぇいッ!! 土くせぇドワーフどもがッッ!!」
――いなかった。
ドワーフたちの罵声に倍する大声で叫びやがった。
口調もいつもと違うし、いったいどうしちゃったんだよ。いや予想はしてたけど。
「この御方をどなたと心得る! 偉大なる森神様なるぞ! 頭が高いわぁッッ!!」
ドドーンっ! という感じで御輿の上にいるセフィを両手で指し示す。
セフィは堂の入ったドヤ顔を浮かべている。
その両腕の中に収まっている俺もそんな感じで紹介されてしまうのだろうかと、ちょっとだけドキドキしつつ事態の推移を見守っていると、なぜか戦士たちに混じってついて来たエルフのご老人連中が口々に叫び出した。
「我らが神じゃぞ!」
「ハイエルフ様じゃぞ!」
「ドワーフどもには醸し出せぬ姫様の高貴さに! 神聖さにッ! 平伏せんかぁッ!!」
よく分からないが、どうやらセフィの神という地位を笠に着てマウントをとろうとしているようだ。
そして俺の紹介はないらしい。
……いや? 別に気にしてないけど?
「何が森神じゃい!」
「儂らドワーフが信仰するのは酒神バッカスじゃから!」
「他所の神がなんぼのもんじゃいッ!!」
「かかって来いやぁッ!!」
しかし、ドワーフたちは僅かに怯む事もなく言い返した。
どうやら自分たちが崇めていない神ならば、敬う必要もないという事らしい。
それはまあ、百歩譲って良いとして――だ。
何で酒神なんだよ。そこは大地神とか鍛冶神とかじゃないのかよ。
ちなみにドワーフたちが信仰する「酒神バッカス」だが、セフィのような自然神でもなく、さりとてラグナロクで滅んだという旧き神々でも、ましてやイコー教の新神でもない。
完全に架空の神であるらしい。
「き、貴様らッ! 森神様に対してなんたる不敬かッ!!」
「そこに直れぇいッ! 全員ぶっ飛ばしてやるわ!!」
「我らが姫様に舐めた口ききおって! クソドワーフどもが!」
「なんじゃとクソエルフどもが!」
「このモヤシ野郎ども! 貴様らが来たせいで草臭くて鼻が曲がるんじゃ!」
「さっさと森に帰れぇいッ!! いや、還れぇいッ!!」
「うるさいぞこの短足どもが!」
「だいたい何が酒神バッカスじゃ! なに実在しない神を信仰してんの? バーカバーカ!」
「い、言ってはならん事を!!」
「舐めやがって……こうなったら戦争じゃああああッ!!」
「上等じゃやってるわおおうッ!!」
そして間髪入れず激昂するご老人たち。
対するドワーフたちも、売り言葉に買い言葉で怒鳴るように罵声を飛ばし始める。
場は幼稚な悪口の応酬で収拾がつかなくなった。
……やはり長老たちをこの場に連れてきたのは間違いであったのだろう。
ドワーフの里に受け入れてもらうために友好的に振る舞おうと考えていた俺の思惑を、ジジイどもは全力でぶち壊してくれた。
「――ユグ?」
俺はふわふわとセフィの腕の中から飛び立ち、長老たちとドワーフたちが言い争う真ん中へと移動した。
しかし、激昂する両者はそれでも俺の存在に気づかない。
なので俺は、念話で大声を出す事で、優しく彼らの目を覚ましてあげる事にした。
『ジジイどもッ!! 黙れッッ!!!』




