第五十一話 新たなる名前と新たなる力
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俺は考えた。
ゴー君たちの新たなる姿に相応しい名前を。
タナカとか太郎とか、テキトーな名前ではない。
体を表すような、彼らにしっかりと合った名前を――だ。
『じゃあ、ゴー君1号はきた……いや、「鬼太郎」とか……どう?』
『ゲハァッ!!』
告げた瞬間、なぜか致命傷を負ったような声をあげて、ゴー君1号、もとい鬼太郎が膝を着く。
それを見ていた2号3号が盛大に顔をひきつらせたのは……たぶん、鬼太郎が心配なんじゃないかな? 急にしゃがみ込んだし。
『ゴー君2号は……女性だし……「薔薇子」で』
「――カハッ!!」
『最後にゴー君3号だけど……う~ん、蔦……3号…………良し! 「蔦三郎」なんてどうだろう?』
「――ッ! ……――」
薔薇子がなぜか血を吐くように咳き込み、蔦三郎は放心したように表情を無くす。視線はどこか遠くを見ているようだ。
「「「…………」」」
「ユグ……もう、いじめないであげて?」
周囲で俺のハイセンスな命名を聞いていた皆はなぜか沈黙し、セフィはなぜか許しを乞うような視線で俺を見上げる。
『え? 誰も苛めてないだろ?』
セフィも妙な事を言う。
いったい俺が誰を苛めたと言うのか。
しかしセフィは答えず、妙に大人ぶった仕草で顔を横に振るばかりである。
かと思ったら鬼太郎たちの方へ一歩踏み出し――、
「それじゃあセフィがなまえをつけてあげるね?」
と、おかしな事を言い出した。
物忘れが酷くなるにしても、まだ若すぎるぞセフィ。
『おお! 姫! ぜひお願いする!』
「さすが姫様!」
「助かったよ姫様!」
そしてなぜか便乗する鬼太郎たち。
おいおい、ハハハ、ちょっと待てよ。
『いやいや、君らには今、名ま』
「んとー、ゴーくん1ごうは、グラムでー」
『我が名はグラム。承った』
セフィの命名を鬼太郎が承諾してしまう。
『え? いや、お前の名前は鬼た』
「ゴーくん2ごうはねー、ベルソルでしょー」
「ベルソル。良い名ですわ」
薔薇子が妙な名前に。
『君の名は薔薇――』
「ゴーくん3ごうはー……エムブラ!」
「エムブラ。流石は姫、素晴らしい名です」
『お前の名前は蔦三ろ』
「「「おおー!」」」
「これで守護者様たちの名前も決まりましたね!」
「めでたいめでたい!」
「宴だー!」
訂正しようとしたところで、周囲から歓声があがり、俺の声が掻き消されてしまった。
おかげでゴー君たちの名前はセフィが考えた名前で定着しそうな気配。
いや、別に良いんだけどね?
セフィが付けたやつも、なかなか良いと思うし。
でも、俺のやつの方がもっとシンプルでそれぞれにマッチしているというか……。
『……やっぱり鬼太郎で――』
「宴じゃ! 宴の用意をするのじゃ!」
「ワイバーン肉が大量にありますからね!」
誰も聞いちゃいなかった。
悲しみ。
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大量に狩ったワイバーンの肉は勝利と鬼太郎――もとい、グラム、ベルソル、エムブラの進化を祝う宴で食された。
とはいっても、里の住人たち全員でも2頭分の肉を食うのが精一杯だ。
残りは皮や毒針などの素材を回収した後に、塩の備蓄が許す限りを塩漬けや薫製にした。
それでもなお残ってしまった肉や内臓などに関しては、俺やグラム、ベルソル、エムブラ、ゴー君たち(進化前)がエナジードレインで吸収して処理する。
そうして一段落した後、ようやくドワーフの里を目指して再度進み始めた。
で。
それから魔物たちの襲撃がなかったのかと言えば、もちろんそんなわけはない。
ワイバーンのみならず、巨大なカブトムシやハチ、長さが200メートルくらいありそうな超巨大なムカデの魔物、あるいはロック鳥とかいうワイバーンの数倍も大きな鳥の魔物など、霊峰へ近づくにつれて実に多彩な魔物たちが襲って来た。
ブリュンヒルドたちの見事な指揮で殲滅する事ができたワイバーンたちであるが、あの規模の群が何度も襲いかかって来たら、流石にこちらもそれなりの被害を覚悟せねばなるまい――そんなふうに思っていた俺の考えは、実にあっさりと覆された。
というのも、進化したグラムたちの活躍が想像以上に凄まじかったからだ。
まずグラム。
近接戦闘に特化した進化だと思っていた。
実際にその推測は間違ってはいなかったのだが、彼の攻撃手段は近接だけではなくなっていた。
素の状態で凄まじく高い身体能力に、植物魔法と身体能力強化を重ね掛けできるのは以前と同じだ。しかし、そこに闘気術による強化も使えるようになったらしい。
俺は巨体であるために魔力感知の範囲が広く、どうにか動きを捉えることができたが、視覚などに頼っている相手ならば目で追う事もできず、あっという間に見失ってしまうだろう。
それほどの凄まじい速さで移動を繰り返し、瞬き一つの間に敵の眼前に現れては、次の瞬間にはもう仕留めて別の場所にいる。
そんな超速の動き自体も凄まじいのだが、さらに特徴的なのがグラムの持つ二本の木剣だ。
元はエルダートレントの木剣とミストルティンだったはずなのだが、何やら自身と同じ黒曜石のような質感へ変貌している木剣は、その表面にグラム同様紅い模様が走っている。
グラムが両の木剣を魔物に突き刺すと(木剣で突き刺すって何?)、木剣に走った紅い模様が輝いた。
――かと思うと、明らかにおかしい早さで魔物が干物のように乾き死んでいくのだ。
――エナジードレイン
では、ないだろう。
俺が獲物を根で覆い尽くすほどに拘束した上でエナジードレインを使っても、あのような早さで「吸い尽くす」事は不可能だ。
ゆえに、おそらくはグラムが新たに手に入れた固有のスキルによる効果だろうと思われる。
後から聞いたそのスキルの名前は――『血ヲ浴ビル英雄』
名前の感じからして、ブリュンヒルドたちが持つ固有スキルのように、複数の能力を併せ持ったスキルだろう。
そしてそれは、エナジードレインの単なる強化版などではない。
魔物から吸収されたエネルギーは、すぐさま攻撃に転用する事も可能なようだった。
木剣の模様が紅く紅く輝いたかと思うと、グラムが虚空に向かって剣を振るう。
剣閃をなぞるように紅い光で形作られた巨大な刃が生まれたかと思うと、目にも留まらぬ速さで飛翔した。
よほどの動体視力か、俺のように特殊な知覚を持っていなければ、それは単に閃光が走ったようにも見えただろう。
飛翔した刃は群れるワイバーンを餌とするために近寄って来たロック鳥を、何の抵抗もなく斬り裂いた。
長老によれば闘気術の一種に斬撃を飛ばす飛翔刃と呼ばれる技があるそうな。
しかし、それは紅く光ったりはしないそうなので、似て非なる何かではないか、と推測していた。
少なくともワイバーン程度ならば寄せ付けない近接戦闘能力に、ロック鳥すら斬り裂く遠距離攻撃手段を得た事になる。
グラム……さん、とでも呼ぶべきだろうか?
ともかく。
次にベルソルだが。
彼女はブリュンヒルドたちのように完全な人型をしているが、どうやら戦闘においては必ずしも人型とは限らないようだ。
巨大な蜂の魔物が無数に襲って来た時の事である。
彼女は下半身を大量の茨へと変化させると、地面を滑るようにして里の外縁部まで移動した。
それから自らの下半身を変化させた茨を空中へ伸ばし、襲いかかってくる蜂どもを捕らえてはエナジードレインで【生命力】などを吸い尽くし、絶命させていく。
まあ、そこまでは進化前と大して変わりない。
強いて言えばエナジードレインが目に見えて強力になっている事くらいだろうか。
だが、やはりというか当然と言うべきか、彼女の能力はそれだけではなかった。
「主様、体の一部を御借りしても良いかしら?」
襲いかかる蜂の魔物の多さに、やはり俺も手を貸すべきかと考え出した頃、ベルソルはそんな事を俺に聞いた。
『え? あ、うん……良いけど?』
ちょっと意味が分からないが、それでも許可を出すと、
「ありがとうございます。それでは御借りしますわね」
彼女は自らの茨を里の外縁の茨の壁――つまりは俺の一部――に触れさせると、同化したのである。
そして膨大な質量となった大量の茨を、まさに自らの体のように操り出す。
大量の蜂の魔物に対して、ベルソルは大量の茨を持って対抗したのだ。
里の外縁をぐるりと囲む大量の茨の壁が、ぞわりと蠢く。
彼女はそれを手足のように操って、近づく蜂どもを捕らえては吸い殺していく。
そしてその度に、彼女の茨のどこかで深紅の薔薇が咲いていくのだ。
固有スキル――『滅ビノ茨』
そういう名前のスキルだと、後から聞いた。
内包する能力の一つは、美しい薔薇を咲かせる事。
真っ赤に綺麗に咲き誇る薔薇の花弁は、美しいだけで何の変化ももたらさない。
見ただけでは。
しかし、魔力を知覚する能力があれば、まったく別の感想を抱くだろう。
蜂どもから吸い取った魔力は、薔薇の花弁に送られ、そして空気中へ放出されていく。
最初はそれに、何の意味があるのかと疑問に思うはずだ。
しかしながら、もしも彼女と敵対する者がそんな疑問を抱いたとしても、答えを得る事は困難だろう。
なぜならば。
気がついた時には、何の脈絡もなく意識を失っているからだ。
目に見えない濃密な魔力の霧――あるいは嗅ぐことのできない魔力の香り、とでも言うべきか。
それらを身の内に取り込んだ者たちは、一定の量を越えた段階で昏倒、あるいは気絶した。
いや、もっと正確に表すならば、それは眠りと言うべきかもしれない。
意思では抗う事のできない強制的な眠りに誘われて、数多の蜂どもがバラバラと地表目掛けて墜落していく。
その眠りは、彼女の許しなく目覚める事は決してなかった。
「僕はグラムやベルソルのように、派手にはできないのですが……」
と、弱気な呟きを漏らしたのはエムブラである。
だが、最もえげつないのは彼であった。
まるで砲弾のような勢いで飛翔して来た巨大なカブトムシの魔物へ、彼は軽く手を翳す。
翳した手が若草色の蔦へ変化し、しゅるりと蠢く。
次の瞬間、その先端に瑞々しい林檎が実っていた。
林檎が放つ芳しい香りは、誘惑効果付きの林檎である証明だろう。
エムブラが蔦をブンっと振るうと、先端の林檎をカブトムシ目掛けて投擲する。
カブトムシは疑うこともなく宙を舞う林檎を、一口で噛み砕き飲み込んだ。
あの林檎に猛毒があれば、これで終わりだ。
そしてそれは、今までも出来た事に過ぎない。
だから、林檎にあるのは致死の毒ではなかった。
林檎を喰らったカブトムシが、ぶるりっと震える。
なぜか飛翔の速度を緩やかにしたカブトムシが、エムブラの傍に寄って来て、まるで侍るようにホバリングしていた。
彼は寸前まで明らかな敵意を見せていた巨大カブトムシに向かって、まるで慈父のごとき笑みをもって語りかけるのだ。
「よし、良い子だ。僕らの里を狙う敵を殲滅するんだよ?」
ブブンっと、まるで頷くように羽音を響かせて僅かに上下すると、巨大カブトムシはエムブラの傍を離れて里の外周を飛翔していく。
そして彼の言葉通り、移動する里を襲おうとする数多の魔物を殲滅し始めた。
たとえそれがワイバーンの群であろうと、自らよりも遥かに強大なロック鳥であろうと、カブトムシが躊躇する事はない。
エムブラの言葉こそが絶対の主命とばかりに、自らの命さえ省みる事なく襲いかかっていく。
そしてそれは、カブトムシだけの行動ではなかった。
彼の差し出す林檎を食べた全て魔物が、彼の忠実なシモベと化していったのである。
固有スキル――『造ラレシ命』
エムブラ個人の力量で確実に殺せる事。そしてそれを実行できたという事実。
後から聞いた話によると、その二つの条件を満たす事で他者を支配下におく事ができるらしい。そういう能力が内包されたスキルであるようだ。
――と、まあ。
これらはグラムたちが進化して得た能力の一部に過ぎない。
それでも有象無象(と言うには、些か強すぎる相手だが)を蹴散らす程度は、容易であるようだった。
そんな頼もし過ぎる彼らの活躍もあって、ドワーフの里を目指す旅は順調に進んだ。
かつてエルフの里があった場所を旅立ってから、2週間が過ぎた頃であろうか。
「おっきいねー! やっほー!」
『近くで見ると、まるで壁みたいだな』
生憎と山びこは返って来なかった。
進む先に見えるのは、どこまでも連なる山脈。
山の上は分厚い雪で覆われているようだ。おそらく夏でも溶ける事のない万年雪だろう。
それは霊峰フリズスと呼ばれる、峻厳にも程がある、壁のように天へ向かって聳える山々。
その遥か広大に広がる麓へと、俺たちは到着していた――。




