第五十話 ついに進化しやがった……!
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優に100頭を超える大量のワイバーンの群を、ブリュンヒルドたちとゴー君たちだけで殲滅してしまった。
そのワイバーンの死体は、多くが周囲の森の中に落下してしまったが、流石にそのまま放置するのは勿体無さ過ぎる。
というわけで、全てではないものの、可能な限り回収した。
足の早い肉は保存食に加工するつもりだと長老が言っていたが、ワイバーンの肉に対して塩の備蓄量が全然足りないため、それでも大部分を捨てざるを得ないという話だ。
まあ、捨てる部分は俺やゴー君たちの養分になるから、無駄にはならないのだが。
ともかく。
苦労して森に落ちたワイバーンを引き揚げたら、再度出発である。
俺たちはワイバーンのような魔物の襲撃を警戒しながらも、ドワーフの隠れ里目指して進み出した。
――のだが。
あれだけの大量のワイバーンたちを倒した結果、ゴー君1、2、3号の様子が何やらおかしくなった。
里の広場――俺の本体の前まで来て丸まったかと思うと、そのまま動きを止めたのである。
遂に来たか……と、俺は覚悟を決めた。
何って、ゴー君たちの進化だよ。
そろそろ進化する頃だと思っていたが、ワイバーンたちを倒した事でレベル上限に達したのだろう。
ゴー君1号はその場にしゃがみこみ、2号3号の茨と蔦のゴー君たちは一塊となっている。
その体がぶるぶると震えたと思った次の瞬間――ゴー君たちの全身が淡く光り出した。
俺やセフィ、里の皆が見守る中、ゴー君たちの体が徐々に変化していく。
「「「おお~!!」」」
ゴー君たちの進化を目の当たりにして、そこかしこから歓声があがった。
それは俺のように巨大に進化したわけではなかった。
むしろ、大きさとしては以前より小さいだろう。
しかし、ゴー君1号を除いてその見た目は面影もなく変わってしまっていた。
「ふおー……」セフィが感嘆したような、あるいは戸惑ったような調子で呟く。「ゴーくんってかんじじゃない」
「私たちの新しい妹……というわけでも、なさそうですね」
「でも、種族的には近い感じがする」
ブリュンヒルドとエイルは少しばかり残念そうに、しかし興味深そうに言う。
というのも、2号と3号を見ての感想だろう。
「主様、姫様、皆様――こうしてはっきりと言葉を交わすのは初めてですわね」
涼やかな声で優雅に声を発したのは、進化したゴー君2号である。
完全に「動く茨」とでも言うべき姿であった彼――いや、「彼女」は、いまやブリュンヒルドたちと同じく美しい女性の姿となっていた。
髪と瞳は薔薇の花弁を思わせるような深紅で、長い髪が艶やかに伸びている。
肌の色は透き通るような白で、少しきつめな印象はあれど、凄まじく整った顔立ち。
外見年齢は人族に当てはめて考えるなら、二十代前半といったところであろうか。
深緑色の、所々薔薇と茨の刺繍が施されたドレスを身に纏い、頭には薔薇の花が咲いた茨の冠を載せている。
ドレスを押し上げるのは豊満な胸であり、どこか自信に満ち溢れた立ち姿は気位の高さを思わせる。
女王様――とでも呼びたくなるような姿だった。
「名前はまだありませんけれど、種族名は『樹精霊の茨女王』ですわ。今後ともよしなに」
女王様はとても優雅なカーテシーで挨拶した。
「それでは僕も」
と、次に声を発したのは蔦のゴーレム――ゴー君3号が進化した存在。
「こうして言葉を交わす事ができるのは、非常に楽しいですね。皆さんにはこれからも仲良くしていただければ、と思います」
「彼」は優しげな笑みを浮かべながら、穏やかな口調で話す。
こちらも女王様同様、完全な人型となっていた。
髪は柔らかそうな金髪で、瞳の色だけが植物を思わせるような、鮮やかな翡翠色をしている。
肌はこちらも透き通るように白く、顔立ちは樹精霊のデフォルトなのか、非常に整っていた。体つきや「僕」という一人称から男性であると思われるが、ともすれば女性と見間違いそうなほどに中性的な顔立ちだ。
身につけているのは白い布に金糸で蔦模様が刺繍された、ゆったりとした祭服。
外見は女王様と同じく二十代前半程度だが、どこか見る者を安心させるような柔らかな雰囲気を纏っている。
「僕も名前はありません。種族は『樹精霊の森祭司』です」
彼は恭しく一礼した。
『では、我も挨拶させていただこう』
最後に口を開いた――否、念話にて声を発したのは、ゴー君1号だ。
3メートル近い身長を誇るウッドゴーレムであったゴー君1号だが、カテゴリ的に変化が一番少なかったのが彼である。
その外見はギリギリ、辛うじてウッドゴーレム――と呼ぶ事もできるだろう。
ゴー君1号の全身は黒曜石のように黒く硬質で、光を反射する滑らかな素材で覆われていた。
やはり、よくよく目を凝らして見れば木目模様があることから、それが植物だと理解できる。
その身長は2メートル50センチくらいで、進化前より少しだけ縮んでいるようだ。しかし、だからといって弱くなったという印象は皆無だ。
彼は狂戦士たちと同じように、全身を鎧で包んでいた。
鋭利な曲線で形作られた、どこか攻撃的な造形の鎧である。黒の鎧を縁取るように、赤い結晶質の何かが模様となって全身を飾っている。
そして時おり、脈動するかのように模様の部分に赤い光が走るのだ。
何より印象的なのが、顔の部分であろうか。
まるでオーガのような双角が天へ向かって伸びており、その下には憤怒を象ったかのように怒りの表情を浮かべた顔がある。目の部分は空洞で、中には血のような深紅色の光が瞬いていた。
『主上、姫、それから我が同胞たる里の住人たちよ、こうして直に話す事ができて、とても喜ばしい』
ゴー君1号の腕は、やはり膝より下の長さのままだった。
恐らく腕の中にはミストルティンが収納されているのだと思う。
『我もまだ名はない。ゆえに種族名だけ名乗らせてもらおう。我の種族は『樹王霊鬼』という。我が剣で皆を護ろう』
自信たっぷりにそう述べるゴー君1号には、どこか覇者の風格のようなものがある。
雰囲気だけで強そうだ。
『…………』
ゴー君たちが遂に話せるようになってしまった。
反抗的な態度を取られたらどうしようかと戦々恐々としていたが、そんな様子はないようで一安心である。
里の皆も「すげー」とか「守護者様たち、強そう」とか「よろしくお願いします!」とか、すでに新たなゴー君たちの存在を受け入れつつある。
「かっこいーとおもいます!」
「ふむ、なかなかに位の高い存在へ進化したようですね」
「純粋な能力だけみても、進化前の数倍はありそう」
「おそらく【神性値】を消費して進化したのでしょうな。守護者様方でしたら、それくらいの【神性値】は溜まっていたはずですじゃ」
順にセフィ、ブリュンヒルド、エイル、長老の言葉である。
彼らもゴー君たちの進化した姿には、頼もしさを感じているようだ。
まあ、それは良いんだけどね。
俺はちょっと気になったので、ゴー君たちの言葉を訂正するべく言葉を発する。
『いや、名前がないって……ゴー君1ご』
「名前がないのですわ!」
「残念ながら、名前はまだ」
『どうか我らに名を付けてはもらえまいか』
順に茨、蔦、鬼のゴー君たちが言う。
急にどうしたのだろうか。もしかして進化して記憶の一部に欠落が?
『君たち名前はゴー』
「じゃあ、セフィがつけてあげるね!」
セフィが元気良く声をあげる。
なぜだかセフィは名前を付けるとなるとテンション上がるよね。
しかし、だ。
『いやもう、名前あるでし』
「まあ姫様! 嬉しいですわ!」
「姫様に名付けていただけるとは、光栄です」
『姫、よろしくお願いする』
俺の声が小さくて聞こえなかったのだろうか。
それともセフィに名前を付けてもらう事が、そんなに嬉しいのだろうか。
ゴー君たちが勢い込んで言ったせいで、俺は最後まで言葉を発せない。
ここまで声を遮られれば、嫌でも気づく。
もしかしてゴー君たちは、新しい名前が欲しいのではあるまいか――と。
ふむ。
しかし、だ。
いつもいつもセフィに名前を付けてもらうのは、少し悪い気もする。
だから俺は、今度は声を遮られないように、大きな声で言った。
『いや、ここは俺が名前を付けよう!!』
「「『え?』」」
「ユグがー? べつにいいけど」
なぜだかゴー君たちは、絶望的な顔をした。




