第四十八話 注・ワイバーンは雑魚ではありません!
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ブリュンヒルドたちは里の外へ向かって飛翔しながらも、何やら周囲へ向かって魔力を放射していた。
俺には聞こえていないが、おそらくは念話によってゴー君たちへ指示を出しているのだろう。
俺の眷属になった影響か、いつの間にか彼女たちもゴー君たちへ命令できるようになっていたのだ。
まあ、それはともかくとして。
『あれは……誘惑効果付きの毒林檎か?』
「わいばーんたち、めっちゃあつまってきてる」
里の外縁、茨の壁がある辺りから突如として太く長い蔦が、飛び出すように伸びていったのだ。
最初は蔦でワイバーンたちを拘束するつもりかと思ったが、どうにも違う。伸ばした蔦をワイバーンたちが余裕をもって回避した後も、蔦はピンっと伸びきったまま、その先端を空中に固定しているのだ。
その蔦の数は、里の外縁からほぼ等間隔に5つ伸びている。
ゴー君3号を含めて、蔦型のゴーレムの数は5体だから、その数と一致しているな――とか考えている内に、伸びた蔦の先端に真っ赤な果実が実っていく。
つやつやと瑞々しく紅く輝く林檎。
それを目にした途端、周囲を飛び交っていた無数のワイバーンたちが、まるで肉を前にした餓えた犬か何かのように、凄まじい勢いで林檎目掛けて飛びかかっていく。
とはいえ、蔦の先端に林檎は一つしかない。
一塊となったワイバーンたちは、林檎を口にできたものも、そうでないものも、すぐさまバラけようとして――、
『お、おお……!』
突如として俺の感覚に、こそばゆいような感触が生じる。
それはもしかしたら、体表を撫でられる感覚に近いのかもしれない。
里の外周。
茨の壁の中に紛れていた茨型のゴー君たちが動き出したのだ。
茨は空中に伸ばされた蔦を這うようにして、恐ろしい速さでワイバーンたちに迫る。
波濤のように蔦を侵食しつつ、その先端近くに到達した茨は、まるで一塊となったワイバーンたちを喰らうかのように、大きく広がった。
ワイバーンたちが逃げようとするよりも速い。
茨は集まったワイバーンたちを、一つの塊として拘束してしまったのだ。
「ふおー! しゅごいっ!」
セフィが目を輝かせて歓声を上げる。
だが、拘束しただけでは倒した事にはならないだろう。おまけにワイバーンたちは激しく暴れており、今にも茨の拘束を打ち破りそうだ。
『ゴー君1号と、近接系のゴー君たちか……』
しかし、すかさず新たなゴー君たちが、ワイバーンを捕らえる茨の根本に現れる。
ゴー君1号を筆頭とした近接系のウッドゴーレムたちだ。
1号は言うまでもなく、それぞれが手に木製の武器――俺が与えたミストルティンを握っていた。
『1体ずつ倒していくのか? 間に合わないと思うが……』
近接系のゴー君たちに、範囲攻撃可能な攻撃手段などはない。
今は一塊に纏まっているとはいえ、そこそこ巨体のワイバーンの集合体だ。茨に拘束されて球体になっているワイバーンたちは、かなりの大きさなのである。
とても(ワイバーンに比べて)小さな木剣で攻撃していては、拘束が解かれるまでに全てを倒す事などできないであろう。
しかし、そんな事は関係ないとばかりに、現れたゴー君たちは高々と跳躍。
伸ばされた茨の上に乗ると、その上をワイバーンたちへ向かって疾走し始めた。
同時、走りながらも各自右手へ握った大剣状のミストルティンへ、凄まじい量の魔力が注がれていく。
そして――、
『え、嘘だろ、おい……そんな事できるんだ』
目の前で起きた光景に、俺は思わず唖然とした。
近接系ゴー君たちは疾走の勢いそのままに、ワイバーンたちへ大剣を突き込んだ。
その威力は凄まじく、大剣の根本近くまで易々と埋まっている。なるほど確かにワイバーンを殺し得る威力であった。
だが、それでも大剣で倒せるのは1頭のみであろう。大剣が当たっていないワイバーンたちには、何のダメージもない……。
そう思った次の瞬間である。
一塊となったワイバーンたちが凄まじい苦鳴をあげた。
どデカイ球体のあちこちから、無数の鋭い棘が飛び出し、溢れ出した鮮血が滝のように遥か眼下の森へ降り注いでいったのだ。
飛び出て来た無数の棘は、もちろん茨の棘ではない。
その色は鈍く照り輝く黒色で、間違いなくゴー君たちが持つミストルティンと同色。
つまり、ワイバーンに突き込まれたミストルティンが、巨大な玉の内部で勢いよく変形し、無数の棘と化してワイバーンたちを貫いたのだろう。
明らかに、作ったばかりのミストルティンでは不可能な芸当だ。
ゴー君たちばかりではなく、使い込まれたミストルティンたちも成長していた証であった。
いや、正直かなりびっくりしたけどね。
「すごー、さすがゴーくんたち」
『ああ。だけど、まだまだ残ってるな。諦める気配もないし』
茨のゴー君が拘束していたワイバーンたちを解放すると、奴らの躯は重力に引かれて森に落下していった。
計五ヶ所でワイバーンたちを一網打尽にして、おそらく50体以上は屠っている。しかし、空中を舞うワイバーンたちは明らかに数は減っているものの、まだまだいる。
おまけに、あれだけ倒されて逃げる様子もないときた。
「またりんごだ」
『なるほど? 全部始末するまで、繰り返すのか?』
どうするつもりかと見守っていると、伸ばしたままだった蔦の先端に、先ほどと同じ林檎がもう一度実った。
それで同じ事を何度か繰り返すつもりだと気づいたが――、
「さっきよりすくない」
『奴らも馬鹿じゃないって事だな』
いくら強力な誘惑効果付きの林檎とはいえ、目の前でその効果と罠にかかった結果を見せられれば、さすがに理性が働くようだ。
それでもさっきの半分くらいとはいえ、本能に負けて林檎へ飛びつく奴らがいるのだから、誘惑林檎の効果が強力なのが分かる。
飛びかかったワイバーンたちが密集したところで、またしても茨が喰らうように広がり、ワイバーンたちを纏めて拘束。
そこへ近接系ゴー君たちがミストルティンを突き入れて、もう一度無数の棘へと変形させる。
流れ出す大量の鮮血と、拘束を解かれて地面へ落下するワイバーンたち。
これで最初の3分の1以下にまで、数は減ったであろうか。
たぶんブリュンヒルドたちの指揮と作戦の賜物とはいえ、凄まじい戦果である。
しかし――、
『かなり警戒してるな。次は罠にかからないかもしれん』
周囲を飛び交うワイバーンたちは少しばかり距離を取り、明らかに蔦と茨を警戒するようにして、里の周囲を旋回し始めた。
その警戒の強さは、次はもう誘惑林檎が効かないと思うに十分なほど。
「でもすごくへったし、あとはセフィがやってあげようか?」
『いや、まだブリュンヒルドたちが何かやるつもりみたいだ。ここは見守っておこうぜ』
「んー、わかった!」
何やらゴー君たちに念話を飛ばしているらしきブリュンヒルドたちを見て、セフィも納得してくれたようだ。
里の外縁付近に浮かんでいるブリュンヒルドたちの近くに「視点」を移動させて見れば、彼女たちは自信ありげに微笑んでいた。
……いや。
自信ありげというか、どこかサディスティックな笑みであったかもしれない。




