第四十六話 続々・ゴブリンたちの神になった俺
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突如現れた大勢の人間たち。
クレーターの縁まで近づかれた段階で、ようやく『魔力感知』で把握する事ができた。
そうして感じた魔力の大きさに、俺は絶望にも似た心境になる。
感じた魔力の数は、おおよそ100を超える。
その中にはそれなりに大きい魔力の持ち主も何人かいた。しかし、それらは問題にはならない。こちらも壊滅的な被害を覚悟しなければならないが、ゴブリンたちに俺が助力すれば間違いなく勝てるだろう。
けれど。
たった一人だ。
たった一人の魔力だけが、桁外れに――、
『でかい……』
かつて戦った炎の魔人――それ以上の魔力の大きさ。
今の俺では、たとえ300のゴブリンたちを使い潰しても決して勝てないと直感するほどの。
「ゴブリンの集落……? かなりの規模だな」
森の中から日の下へ現れたそいつは、微かに面倒くさそうな表情を浮かべて、そう呟いた。
その姿を見て、俺は――、
『ん?』
思わず、警戒を解いた。
「あー、面倒くせぇが、始末しておくか。つか、里の場所はここだと思ったんだがな。迷ったか、こりゃ……?」
「私も場所はここで間違いないはずだと思う。ここを中心に、周囲の森の木々が僅かに高い。ハイエルフ様が居られた証だ。しかし、見事に抉れているな。星が降ってきたのとも、違う抉れ方だ。ゴブリンどもの仕業か?」
「ゴブリンにンなことできっかよ」
「じゃあ何だ?」
「俺が知るわきゃねぇだろ」
現れたのは数多くの人間たち。
しかし、人類ではあっても人族ではなかった。
その多くはピンと尖った耳に、腰の後ろからはフサフサの尻尾を生やした姿をしている。それはつい最近まで毎日のように見ていた種族だから、すぐに分かった。
――狼人族だ。
中でも桁外れに巨大な魔力を持ったのは、狼人族の男だ。
黒い髪と耳と尻尾を持っており、外見の年齢は三十代そこそこに見える。
身長は高く、肥大した筋肉ともまた違う、しなやかそうな筋肉に覆われている。
無精髭を生やし、気怠げな表情でこちらを見下ろしているが、精悍な顔立ちの男で見る者を決して侮らせないような、独特の風格を纏う戦士だった。
防具は簡素な革鎧などに厚手のローブを羽織っているだけだが、腰に差した長剣だけが異彩を放っている。そこまで豪華な装飾が施されているわけでもないのに、なぜか気になる剣だ。
「まあ、何にせよお喋りはここまでだ。向こうもやる気らしいし、さっさと済ませちまうか」
「ふむ、そうだな。ゴブリンどもがハイエルフ様の行方を知っているとも思えないし、神聖なこの地を占拠しているのも許しがたい。――皆殺しだ」
黒髪の狼人族の横で物騒なことを言っているのは、声からして女だろうか?
良く通る美しい声をしているから女性だと分かるが、厚手のローブのフードを深々と被っていて、その顔は良く見えない。
しかし、僅かに覗く口許だけでも美人だと分かる。あと肌の色が他の狼人族たちとは違い、褐色だった。
もしかしたら狼人族ではないのかもしれない。
横の黒髪狼人族よりは劣るが、集団では二番目に魔力の高い存在だ。
「ギィグゥ! ニンゲン、ドモメ……!!」
まるでこちらを殲滅できて当然といった様子で、余裕綽々に語り合う人間たちにゴブリンたちも殺気立つ。
相対する二つの集団の間で戦意が膨れ上がり、弾け飛びそうになった――瞬前、
『ちょぉおっと待ったぁああーッ!!』
俺は念話でその場の全員に声を届けた。
「――カミヨ、イッタイ……!?」
「んあっ!? 誰だ!?」
「あの大樹、まさか……精霊か!?」
全員が出鼻を挫かれたように固まる中、俺は『精霊化身』のスキルを使って精霊体を顕現した。
ふわふわとつば広帽を被った球体姿で浮かびながら、全員の視線を集める。
『アンタら、狼人族だろ? なら俺らは敵じゃない。まずは落ち着いて話し合おうぜ』
俺の言葉に狼人族の集団がざわざわとし始める中、黒髪の男とフードを被った女が顔を見合わせた。
「精霊の宿った樹ね……姫さん繋がりだと思うか?」
「位階としては霊樹、種族はエレメンタルトレント……か? ハイエルフ様の眷属の可能性はあるな。なぜゴブリンと一緒にいるのかは分からんが」
「ま、何にせよ、だ。事情を知ってるなら聞こうじゃねぇか。敵かどうかはそれから判断すれば良い」
意見が纏まったのか、黒髪の男がこちらに向き直る。
「分かった! 話を聞こう!」
『おう! そりゃ助かる! タナカ、お前らも武器を下ろせ。彼らは敵じゃない』
「カミガ、ソウオッシャルノナラバ……」
渋々といった感じで、タナカたちゴブリンも武器を下ろした。
そうして、まだまだ警戒するゴブリンたちの集落へ、まだまだ警戒する狼人族の男とローブの女だけが降りてくる。
どうやら他の者たちは、クレーターの外で待たせるようだ。
まあ、敵かもしれない集団の中に入って行くのだから、妥当な判断だろう。
クレーターの中央、つまり俺の根本まで歩いて来た彼らに向かって、俺は同じ目線の高さに浮きながらにこやかに告げた。
『良く来た、歓迎するぜ。俺の名前はユグ。よろしくな』
「そうか、俺はガーランドっつーモンだ。こっちの女は――」
「私の名はグレビレアだ、精霊様」
そう言ってグレビレアと名乗った女は被っていたフードを脱いだ。
その下から現れたのは長く艶やかな銀髪と長い耳を持ち、どこか怜悧な印象があるが、思わず目を奪われてしまうほどの美貌。
褐色の肌という違いはあるが、間違いなくエルフだ。
いや、っていうか。
『ガーランド?』
「お? 俺のこと知ってんのか?」
数年前、アルヴヘイムが教国によって滅ぼされた時、セフィたちをこの地まで逃して護衛したという、狼人族の英雄――ガーランド。
色々話は聞いていたけど、会うのは初めてだな。
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俺は最初から説明した。
セフィとの出会い。その後の里の生活。逃げてきた狼人族たちの事。それを追ってやって来た傭兵たちと、おそらく教国の騎士と思われる存在との戦い。
里を捨てる決意をした事。
ドワーフの里を目指して、皆は移動した事。
そして。
ここにいる「俺」の事。
今ここにいる俺はユグだが、セフィたちと今も一緒に行動しているはずのユグではない。
『分霊生成』のスキルで生み出した、オリジナルの俺と全く同じ記憶と自我を持った精神を、依り代であるこの樹に憑依させた存在が、今の俺だ。
そしてこの樹をどうやって作ったかと言うと、実は『種子生成』で種を生み出し、それを育てたわけではない。
俺の本体の枝を落とし、それをクレーターの底に挿し木したのだ。
種子から育てると、進化前の種族が持つ固有のスキルを引き継ぐことができない。
それを何とかできないかと、挿し木で自分自身を増やせないかと試してみたのだ。
結果は言うまでもなく、成功している。
時間をかけずに根付かせるために植物魔法で成長を早め、足りない栄養を補うために、本体の俺が溜めていた地下茎を何個も消費した。
そうして、しっかりと根付いた若木へ分霊を憑依させたわけである。
まあ、さすがに本体と完全に同じステータスとはいかなかった。
まだ依り代が小さい影響もあり【生命力】と【魔力】の値はだいぶ少なくなっていたし、種族も「エレメンタルフォレスト」ではあれど、位階は「霊樹」となっていた。
その影響で『結界』などは使えたものの、『精霊ノ揺リ籠』『魂無キ狂戦士ノ館』の二つのスキルを失っていた。
おそらく位階が足りなくて継承できなかったのだろう。
【称号】も引き継げたのは『賢者』だけだし、もちろん【神性値】は零だったが。
それでも【属性】は「地」「水」「光」の全てを引き継げたから、種子から育てるよりは能力的にみて優秀なのは間違いないだろう。
もしも教国が攻めて来たら、それを迎撃するために、そしていざとなれば依り代を破棄して分霊たる俺を本体へ統合することによって、敵の情報を伝える事もできる。
そのために俺はここにいるのだった――ということを、ガーランドとグレビレアの二人へ伝えた。
一通りの話が終わり、
「いや、それは分かったんだが……このゴブリンたちは何だよ?」
と、少々呆れ気味にガーランドが聞いてきた。
『あー、それな。いやまあ、何か懐かれちゃったんだよね』
という言葉だけでは、流石に納得できないらしい。
俺はこの二ヶ月の間にあった出来事を、簡単に説明していく。
元々この辺りには、セフィの結界によって上位の魔物が近づかなかった事。それゆえにゴブリンなどの弱い魔物が暮らしていた事。
セフィがいなくなった事によって、本来なら餌として滅ぼされるはずが、色々な理由が重なって生き延びた事。
ここにゴブリンが集まる事によって、森の魔物が寄って来て、俺のレベルアップが捗った事。
それゆえに事実上、共生関係を結んでいる事。
「ワレラハ、カミノゴイシニ、シタガウダケデス」
と、タナカが証言してくれた事もあって、ガーランドたちはようやくゴブリンたちが敵ではないと納得してくれたらしい。
ちなみに、俺のことは最初から敵とは思っていなかったと、グレビレアが教えてくれた。
どうやらエルフにとって植物の精霊というのは、それだけである程度信頼に値する存在らしいな。
『んで、ガーランドたちは何しに来たんだ?』
今度は逆に、彼らの事情を聞いてみる。
クレーターの外にいる狼人族たちは、半分以上が非戦闘員のように思える。何しろ武装していないし、服がボロボロだ。
おそらくは教国に襲われた集落の生き残りだと思うが……。
そんな俺の推測は、どうやら当たりであったらしい。
「ああ、森で迷った連中や、逃げられずに隠れてた連中を纏めて連れて来たんだよ。エルフの里で受け入れてもらえないかと思ってな」
案の上であった。
しかし、まだ狼人族が残ってたのか。
ガラ氏族がやって来てから二ヶ月以上も遅れてやって来たのは、ガーランドが逃げるに逃げられなかったような人々を見つけては匿っていたからなのだという。
『はー……そりゃ、すげぇなお前』
俺は思わず感心してしまった。
教国の手から助けただけでなく、最後まできっちり面倒をみようとは、なかなかできる事ではないだろう。
こいつマジですげぇな。
「んんっ! ……まあ、んな大した事じゃねぇよ」
「ふっ、何を照れてる」
「うるせぇ、照れてねぇわ」
グレビレアがからかうように言い、ガーランドがそっぽを向く。
その顔は僅かに赤く染まっていた。照れてる照れてる。
『しかし、せっかく来てもらって悪いんだが、さっきも説明した通りでな。セフィたちは今ごろドワーフの里にいるはずだぞ?』
「まあ、確かにずっとここにいるのは不味いしな。問題ねぇよ。このまま姫さんたちと合流するつもりだ」
「ふむ。ドワーフどもがエルフを受け入れるとは思えんが、行ってみる他ないか。ハイエルフ様には伝えねばならない事もあるしな」
『ん? 別に用事でもあったのか?』
グレビレアの発した言葉に疑問を発すれば、彼女は頷き、説明してくれた。
「ああ、実は――」
それは長い話になった。
しかし、重要な話でもあった。
セフィたちの未来に、教国との争いに、光明をもたらす転機になるだろう、確実に。
それをもたらしてくれたのは、間違いなくガーランドという男だった。
彼は同族を助けるだけでなく、セフィたちの今後も憂えて色々行動してくれていたのだろう。
『そうか……ガーランド、ありがとな』
「礼を言われる話じゃねぇよ、まだな」
と、やはり照れながらガーランドは言うが、彼の働きはこの時点で既に偉大だった。
その働きには報いたいところだが……今の俺に大した事はできない。
それでも何かないかと視線を巡らせれば、クレーターの縁でこちらを見下ろしている、草臥れた様子の狼人族たちが目に入る。
あの内何十人かはガーランドが率いる傭兵団の団員らしいが、多くは戦災から逃げ延びた非戦闘員であり、狼人族とはいえ、ここまでの旅路は負担であった事だろう。
『よっし! んじゃまあ、今日くらいはここで休んでいけよ! 色々歓迎するぜ?』
「そりゃ俺らは助かるが、良いのか?」
と、ガーランドはタナカへ視線を向ける。
「カミガオマエタチヲ、テキデハナイトイウナラバ、ソウナノダロウ。モンダイハナイ」
タナカも了承してくれた。
そうしてガーランドたちを歓待する事になる。
俺は回復魔法を込めた果物を、彼らに惜しみ無く与えた。
旅の疲労と軽傷くらいならば、簡単に癒やす果物にガーランドたちは驚いていた。
いや、それ以上に、敵対しないゴブリンという存在にも驚いていたのだが。
まあ、なんやかんやと色々ありつつも時間は過ぎて。
翌日、彼らは旅立つことになった。
俺としては何日でも休んでいってもらって構わなかったんだが、早くセフィたちと合流したいというので、引き留める事はしなかった。
「――世話になったな、ユグ。色々助かったぜ」
「こら、精霊様を名前で呼ぶやつがあるか」
ガーランドとはそこそこ打ち解けたと思う。
エルフや他の狼人族たちとは違い、ガーランドは俺を普通に名前で呼んだ。
それをグレビレアが諫めるが、別に名前で呼ばれるのが嫌ってわけじゃないんだが。
エルフや狼人族には、どうにも精霊とか神とか、そういった上位の存在は名前で呼ばない風習があるらしいな。
『べつに名前で呼んで構わないぞ?』
「ほら、ユグもこう言ってるだろ」
「そういう問題じゃない」
とは言いつつも、グレビレアも強く否定するつもりはないようだ。というか、諦めてるっぽい。
『んじゃまあ、セフィやあっちの俺に会ったら、よろしくな』
「ああ、ユグも元気でな」
「お元気で、精霊様」
そうしてガーランドたちは旅立って行った。
彼らとセフィたちが合流する時、きっと良き方向へと運命は進むだろう。
だからか、俺の心は少しばかり重圧から解放されて、久しぶりに軽やかだった――。




