第四十五話 続・ゴブリンたちの神になった俺
●○●
いつものようにゴブリンたちと遊んでいた俺の前に、奴はサイレントの名を自ら捨てるかのように、堂々と姿を現した。
クレーターの縁から隠れる様子も見せず、何も恐れるものはないというように、ノシノシとこちらへ歩いて来る。
「ギ!? ギィっ!!?」
「ギャギャッ!?」
ゴブリンたちは圧倒的捕食者を目の当たりにし、一瞬にして恐慌状態に陥る。
慌てて四方へ散り散りに逃げようとするが、それは悪手だ。
ゴブリンの数倍は巨大なサイレントスパイダーは、当然、それだけに歩幅も大きい。ゴブリンなどすぐに追いつかれて、頭から丸かじりされるのが落ちだ。
なので――、
『馬鹿野郎! お前ら、そこから動くんじゃねぇ!』
念話で命じるように告げる。
念話は思念を直接伝えるものだから、ゴブリンたちのように言語を持たない者にも意味は伝わる(それでも言語を習得していない者には、伝わりにくい場合も多々あるが)。
おまけに強めの魔力で命じれば、俺とゴブリンとの格の違いからか、びくりっと驚いたようにして立ち止まった。
――それで良い。
内心で満足げに思いつつも、俺はゴブリンたちをサイレントスパイダーに喰わせるつもりなのではない。
むしろその逆。
ゴブリンたちを助けるつもりであった。
そこに明確な理由など、ありはしなかった。
セフィたちのように、好きだから助けたい、と思ったわけでもない。
でもまあ、暇潰しになる遊び相手くらいには思っていたのだ。
加えて、ゴブリンよりもサイレントスパイダーの方が、倒した時に強くなれるだろう?
それ以上の理由などない。
『とはいえ、どうやって倒すか……』
誘惑効果付きの猛毒林檎を作るのが、おそらくは一番早い。
しかし、それだとゴブリンたちも誘惑されて突っ込んでしまうだろう。
かと言ってウォーターカッターで攻撃するにも、「筒」を準備する必要があった。
今から『変異』や植物魔法を駆使して準備しても、到底間に合わない。
とか何とか考えてる間にも、大蜘蛛はすでにゴブリンに襲いかかろうとしていた。
『仕方ねぇ』
スマートかつスタイリッシュに敵を倒したいものだが、それはまた今度にするしかないだろう。
俺は今にもゴブリンへと、前脚の鋭い爪を叩き込もうとしている大蜘蛛を物理結界で覆った。
「ギ、ギィィ……」
間一髪のところで大蜘蛛の爪が、物理結界によって弾かれる。
眼前まで必殺の一撃が迫った事で腰が抜けたのか、当のゴブリンはへなへなとその場に座り込んでいた。
『む、長くは保たねぇな』
物理結界によって隔離した大蜘蛛だが、ガンガンと勢い良く爪を叩き込んで来る。
その感触的に、1分も保たずに結界は壊れてしまうだろうと思われた。
だがまあ、十分だ。
俺は大蜘蛛の真下から幾本もの根を突き出し、結界を消すと同時に拘束した。
大蜘蛛はひどく暴れて俺の拘束から逃れようとしたが、一度捕まえてしまえば逃がすことはない。この周辺の魔物で今の俺の拘束から逃れられるのなんて、それこそタイラントベアーくらいのものだろう。
俺は根っこで拘束した大蜘蛛へ『エナジードレイン』をかける。
一瞬で命を奪うとはいかないが、ものの数分で大蜘蛛は動かなくなった。
ふっ。
相手はサイレントスパイダーとはいえ、このくらいの魔物なら完勝できてしまうのだ。
俺も強くなったもんだぜ。
などと自画自賛していると、何やら助けたゴブリンたちが俺の方へ近づいてくる。
かと思えば、おもむろに両膝を着いて座り込み、両手を組んで俺を見上げていた。うるうるとした目でこちらを見てくるが、悲しいかな所詮はゴブリン、全然可愛くねぇ。
「ギャギャ!」
「ギィギィ!」
と、彼らは口にした。
まあ、何言ってるかなんて分かるわけもないのだが。
どうしたんだコイツら。
●○●
――というような出来事があってから、どうにも俺はゴブリンどもになつかれたらしい。
奴らは仲間を率いて集団でクレーターまで来ると、そのまま住み着きやがったのだ。
擂り鉢状のクレーターは、当然だが雨が降れば水が溜まり、とても定住するには適さない場所だ。
それでも奴らは一時的にはクレーターの外縁へ避難しても、水が引けばクレーターで暮らす事を選択したのである。
それは中々に不合理で不便な選択であると思うが、俺から「どっか行け」と言うような事でもない。
実は俺にとっても、奴らがクレーターで暮らす事にはメリットがあったのだ。
ゴブリンたちが築いた大集落。
すると当然、大量のゴブリンという餌を求めて森の魔物どもが押し寄せて来るようになった。
俺にゴブリンを庇護するつもりはなかったのだが、せっかく向こうから近づいて来た魔物である。
経験値的な意味でも栄養的な意味でも、逃がすという選択肢はなかった。
動けない俺に代わり、ゴブリンたちは魔物という餌を自然と運んで来てくれる役割を担っていたのである。
そうして魔物を倒していたのが、どうやら勘違いのもとだったのかもしれない。
なんだかゴブリンどもが、俺を崇め出したと思ったのは間違いではなかったのだろう。
俺が魔物を倒しては、その体を吸収していたのを見ていたからか、奴らは度々、俺に自分達で狩った魔物を捧げ物として持ってくるようになった。
『あー……まあ、数が集まれば戦力にはなるか』
一方的だが、一応念話で意思疏通は図れる。
おまけに奴らは俺を上位者として認識していて、よほど無茶なものでなければ命令に従ってくれたりもするのだ。
ならば。
精々有効に利用してやろうと俺は思った。
別に情が湧いた……とかではない――はずだ。
はずなんだけどまあ、俺は奴らを戦力にするため、群の長的な奴にミストルティンを与えたり、捧げ物をもらったら適当に果物を作ってやったり、死にそうな怪我をした奴に回復魔法をかけてやったりした。
いやホントに、情が湧いたわけではないんだけど。
強いて言えば、奴らが俺に感謝したり崇めたりすると【神性値】が増えていくことに気づいたからというか?
それくらいの理由である。
ともかく。
そうしてゴブリンたちと共生し始めて二ヶ月、いつの間にか300体近くのゴブリンたちが俺の周囲に大集落を築いてしまったのだ。
いまやゴブリンどもは周辺でも一大勢力となり、集団の力を用いてサイレントスパイダーすら狩るようになってしまった。
タイラントベアーは流石にまだ倒せないようだが、襲われたらわざわざ集落まで逃げながら連れて来て、俺の力を借りるという知恵を見せ始めている。
良いように使われている気がしないでもないが、俺もそうなのだからお互い様であろうか。
ちなみに、ミストルティンを与えたゴブリンは種族進化を経て、オーガもかくやという筋骨隆々なゴブリンとなっている。他のゴブリンがホブゴブリンやゴブリンメイジになっているのをみるに、おそらくは特殊進化なのだろう。何という種族名なのかは分からないが。
しかし、それなりに長い付き合いになったので、【固有名称】は俺が考えてあげた。
その名も「タナカ」である。
ゴブ太郎と迷ったが、ここはシンプル・イズ・ベストでタナカとした。
もちろんタナカはとっても喜んでくれた。
「ギ、ギィ……カ、カミヨ、アリガタキ、シアワセ……」
と、目を潤ませて言ってくれたものである。
あ、ちなみにどうでも良いことだが、俺が念話で話しかけていた影響か、それとも種族進化の影響か、片言だが喋れるようになったゴブリンたちが現れていた。
もちろんタナカも、喋れる内の1体である。
そんなことよりも重要なのは、俺がゴブリンたちから「神」と呼ばれている事だ。
敬う気持ちを表しているのかもしれないが、それにしたって神って……。
おいおい、照れるじゃんね。
そこまで崇めなくても良いんだが。
●○●
ゴブリンたちの発展と団結は中々のものがある。
このまま数が増え、進化していけば、俺が当初期待していた以上の戦力となるかもしれない。
そうなれば、教国ともある程度渡り合える戦力になるだろうか――と期待していた。
そんな矢先の事だった。
「カミヨッ! オオゼイノ、ニンゲンタチガ、コチラヘチカヅイテ、キマス!」
タナカが俺にそんな報告を上げたのである。
周囲を探索していたゴブリンたちが、森をこちらへ向かって歩く人間の集団を見つけたらしかった。
『嘘だろ……早すぎる……!』
まさか教国が、こんなにも早く追加の戦力を差し向けて来たというのだろうか。
まだ周囲の森にさえ『同化侵食』できていないし、ここ最近はゴブリンの集落を襲う魔物を積極的に狩っていた事もあり、地下茎の蓄えも十分とは言えない。
セフィもいないし、この間の炎の魔人みたいな奴が来たら、確実に勝てないだろう。
『どうする……!?』
必死に打開策を考えるも、思いつく事は何もない。
そして――今から何をしようとも遅かっただろう。
クレーターの周囲に広がる鬱蒼とした森の中から、戦闘態勢をとり警戒するゴブリンたちの前へと、そいつらが姿を現したのである――。




