第四十四話 ゴブリンたちの神になった俺
たぶん全然ミスリードにはなってないんだろうなぁ、と思いつつ書いてます。
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セフィたちがこの地より旅立ってから、おおよそ二ヶ月が経過していた。
かつてエルフの里があった場所には、今やクレーターのような跡地を残しつつも、しっかりとした緑が根付いていた。
とはいっても、それは一本の大樹――というには、まだ些か小さいが、周囲の森の木々には負けないくらいには大きく立派な樹木だ。
その樹木の根は、まだ周囲の木々にまで侵食してはいない。
だから種族名に反して一本の樹木に過ぎないのだが、それでもステータスを見る事ができたなら、【種族】の欄に堂々と記された「エレメンタルフォレスト」の文字を目にする事ができるだろう。
そいつの【固有名称】は『ユグ』――つまり俺だ。
俺は選択した。
万が一教国がこの地に戦力を差し向けた時に備えて、この地に残って奴らを殲滅、もしくは足止めすることを。
そのために寂しいし苦渋の選択だが、断腸の想いでこの地に留まることを――。
そう。
セフィたちを護るには、それが最善の選択だったと今も信じている。
たとえ相討ちとなり、俺が死んでしまっても悔いなどないのだ。
――とかなんとかモノローグしたところで、やっぱり寂しいのは事実だった。
はー……一人かぁー……。
また一人かぁー……。
……ひま、ヒマ、暇。
暇である。
もちろんやるべきことは幾らでもあった。
今の俺は大幅に弱体化してしまっている。『光合成』に『エナジードレイン』『地脈改善』などを駆使して、エネルギーを地下茎に蓄えつつも植物魔法を小まめに自分自身へかけて成長を促すことも必要だ。
二ヶ月かけて地下の根も大分広がったし、もうすぐクレーターの端まで到達する。
そうしたら周囲の木々を『同化侵食』していきつつ、さらに己の強化に勤めねばなるまい。
とはいえ、セフィやエルフ、狼人族たちと過ごす事もなくなった現在、時間など有り余るほどにある。
それらの自己強化に追われて何もできないほど忙しい、というわけでもない。
かといって何か暇を解消してくれるような面白い事ができるわけでも、あるわけでもない。
こうも暇だと、あまりにも寂しくて精神に異常をきたしてしまいそうであった。
――いや。
もしかしたら、俺は寂しさのあまり、すでにどうにかなっているのかもしれない。
でなければ、こんな状況になどなっていないだろう。
ちょっと、いや、うん、まあ……何て言うか、異常な状況になっているのだ。
それは里の跡地、クレーターの中央に生える俺の周りを見てもらえば分かるだろう。
堂々と天へ向かって聳える俺の周囲には、木の枝や動物の骨や皮、あるいは木の葉を重ねて屋根にした粗末な小屋のような物が、幾つも建てられていたのだ。
そこに住まう住人たちは、その多くが緑色の肌をした小さいおっさん――もとい、ゴブリンたちであった。
そう。
俺の周囲には今、ゴブリンたちの集落が形成されつつあったのだ。
それもいつぞや狂戦士君が虐殺したような規模ではない。
明らかに100を優に超える数のゴブリンたちが、ここで暮らしている。
正確に総数を数えたわけではないが、おおよそ300体くらいはいるだろうか。
――どうしてこんな事に……。
後に悔いるから後悔という。
つまり、俺は悪くないという事では?(錯乱)
というか、まだ誰にも迷惑をかけていないのだし、俺は悪くないのだが。
ちょっとゴブリンの大集落を形成するのに力を貸した程度で、俺が責められる謂れはないのである!
そもそも、セフィがこの地から去った事により、里があった場所は上位の魔物たちにとって「誰も縄張りにしていない空白地帯」となった。
本来ならばタイラントベアーなり何なりが移動してきて、己の縄張りにした事だろう。
しかし、空白地帯の大部分はどういうわけか、何の実りもないクレーターと化している。
わざわざ移動して己の縄張りにするほどの旨みはない。
こういった事情により、上位の魔物たちが空白地帯へ積極的に雪崩れ込んで来る事はなくなった。
その事によって救われた者たちがいる。
そう、セフィの結界によって間接的に守護される形となっていた、ゴブリンたちだ。
本来ならばセフィがいなくなった途端、縄張りの空白地帯に雪崩れ込んできた上位の魔物たちによって、ゴブリンのような弱い魔物は駆逐されてしまっただろう。
だが、少しばかり時間的猶予を得たゴブリンたちは、自らの危機にも気づかないままに、いつものように周辺の探索へ出掛ける。
そして見つけたわけだ。
見た事もない奇妙な擂り鉢状の巨大な穴と、その中央に生える一本の樹木を。
当然、気になるだろう。
この穴は何なのか。
穴の中央に生える木は何なのか。
幸いにして、周囲に強い魔物の姿はない。
ゴブリンたちは意を決して、調査に乗り出す。
「ギャギィ~っ!?」
けれどお馬鹿なので、クレーターの端から転落して何体ものゴブリンたちが死んだ。
同胞の死を幾度も目の当たりにした彼らは、ようやく学習する。
慎重に降りないと――と。
それからさらに数体の犠牲があり、何とか安全に穴の底まで降りられるルートを発見した彼らは、遂にクレーターの中央に聳える樹木――つまり俺とファーストコンタクトを果たしたのである。
奴らは無遠慮に俺の体を触ったり、叩いてみたりした。
それにはまあ我慢したが、さすがに小便をかけられそうになった事でキレた。
『汚ねぇだろうがッ!!』
立ちションポーズをとったゴブリンの下から、勢い良く根を突き出す。
アッパーカットだ。
ゴブリンごときでは反応できない速度で飛び出した根が、奴の顎を打ち抜く。
一撃でゴブリンは昏倒した。
「ギャッ!?」
ゴブリンどもは突然の事態に恐慌し、一斉に逃げ出した。
その日はそれで終わったのだが、ゴブリンたちは次の日もその次の日もやって来た。
なぜ奴らが俺の周りに集まるのかは、まったくの不明だ。
しかし雰囲気から察するに、察するに……いや、やっぱり分かんねぇわ。何で来るんだコイツら。
度々小便をかけられそうになったので、その度にゴブリンどもをアッパーカットでぶちのめしていく。
しかし、今さらゴブリンなどを殺してもレベルアップの足しにはならない。なので俺は殺すことなく見逃してやったのだが、それが悪かったのだろうか。
ゴブリンたちにとっても娯楽というものは、心惹かれるものがあったのだろう。
そして幼い子供たちが何もない場所で勝手に遊びを見つける天才ならば、精神年齢が同じくらいのゴブリンたちも同様であったのだ。
なんとゴブリンどもは俺のアッパーカットを避けるという遊びを開発してしまったのである。
いやそれが面白いかは、俺にはちょっと分からないよ。
けれど奴らは醜悪なおっさん面に楽しげな笑みを浮かべて、飽きることなく遊んでいるのである。
ふふふ、微笑ましい光景だぜ――とは全くならないが、何だか毒気が抜かれて俺も付き合うようになった。
ほとんどは容易くアッパーカットを当てられるのだが、1体だけ動きが良いのかセンスが良いのか、俺のアッパーカットを避け始めるゴブリンが現れた。
俺はムカついたので、ゴブリンどもが狩ったらしき角ウサギの死体を横取りしてやった。
そこら辺に放置されていた角ウサギちゃんを、地面から生やした根っこで巻き取り、『エナジードレイン』で見る間に干物にしてやったのだ。
「ギャギィ~ッ!!? ギ、ギィイィ~……」
すると凄まじく悲壮感溢れる声で、ゴブリンどもが嗚咽を漏らす。
その様があまりに哀れだったので、仕方なしに枝の先に林檎を一つだけ実らせ、奴らに差し出してやる。
『わ、悪かったよ……そんな、泣くなって……』
「ギ?」
さめざめと涙を流していたゴブリンたちが顔を上げる。
そして――、
「ギャギャッ!」
「ギィ! ギィ!」
たった一つの林檎を巡って争い出したのだ。
まったく愚かな奴らである。
しかし、こうして俺とゴブリンたちの交流は始まってしまった。
それから数日、決定的な出来事が起きる。
いつものように遊んでいたゴブリンたちを狙い、魔物が襲って来たのである。
そいつの名前はサイレントスパイダー。
漆黒の体毛に全身を包まれた、巨大な蜘蛛だ。
ヴァラス大樹海に住む上位の魔物であった。




