第四十話 狂戦士こわい
●○●
スキル『魂無キ狂戦士ノ館』の解説には「あなた自身の領域において、あなた自身が生み出した人形を格納・解放することができる」と記されていた。
この「あなた自身の領域」というのが何を指すのか。
色々と試してみた結果、これは俺自身の一部が触れていることが条件であると判明した。
俺が生み出したゴーレムならば、触れていることで「格納」する事ができたのである。
とはいっても、どこに格納されたのかは分からない。
不明だ。
謎時空――とでも表現するしかない。いやマジで。
試しに量産型ゴー君の1体を「格納」してみた。この際、触れたのは俺の根っこだ。
見た目には俺の根っこに「にゅるん」と擬音でも付きそうな感じで吸い込まれたのである。
吸い込まれたゴー君の質量がいったい何処へ消えたのかは分からない。不明だ。
吸い込んだ根っこが太くなるわけでもないのだから、本当に謎である。
そして吸い込んだ量産型ゴー君を再び取り出した――つまり「解放」した時には、見た目どころかステータスまで変化していたのだ。
「つよそう!」
『たしかに強そうだけど、なんだこの見た目……』
実際に解放した量産型ゴー君改め、狂戦士を見たセフィと俺の第一声がこれである。
ちなみに解放するのは俺の体のどの部分でも可能だが、この時は里の広場にある俺の本体から取り出してみた。
いまや立派な巨木となった俺の幹に波紋のような揺らめきが生じ、その中心から浮かび上がるようにして狂戦士は現れた。
その外見は、一言で表現すれば「全身鎧」だ。
鎧の色は光沢のある黒だが、良く見ると木目模様が見えた。基となったのがウッドゴーレムのゴー君だからであろうか。
しかしその造形は所々鋭角的であり、今にも襲いかからんとするかのように少しだけ前屈みになったような姿勢をしていて、どこか禍々しい印象を受ける。
そんな狂戦士の右手には、同じく光沢のある黒色をした大剣(木製と思われる)が握られていて、思わず身構えてしまうような威圧感を感じた。
おまけに身長は前屈み――というか、猫背になっているのに2メートルは超えているだろう。
総じて「狂戦士」という名前に相応しい雰囲気だが、俺としては暗黒騎士とか死霊騎士とでも呼びたいような外見だ。
正直、ドン引きですが?
『なんでこんなに邪悪そうなんだよ……』
「えー? かっこいーよ?」
とセフィが首を傾げて言う。
『前から思ってたが、セフィの「格好いい」に対するセンスは、ちょっとおかしいよね?』
「そんなことない。セフィのしんびがんはすごいって、ローレルもゆってた」
たぶんそれはセフィに気をつかっただけだと思う。
ローレルは何気に気遣いの人だからな。
まあ、セフィの審美眼の是非はおいといて、俺は狂戦士のステータスを確認できないか試してみる事にした。
自我がない存在であるか、自我があっても相手の了承があれば憑依する事ができる。
憑依すれば、憑依した対象のステータスを確認する事ができるのだ。
果たして狂戦士に自我はあるのか――と思ったが、スキルの【解説】でも「魂はない」と書いてあった通り、どうやら自我はないようですんなりと憑依する事ができた。
ちなみに精霊体は物に触れる事もできるが、その気になれば物質を透過する事もできる。
なので透過するように依り代の体の中に潜れば、そのまま憑依することが可能だ。
『ふむ……』
そうして狂戦士に憑依した俺は、さっそくとばかりにステータスを確認した。
なお、ステータスには精霊体で憑依した事により、色々と上乗せされて表示されているが、その差分を抜いた狂戦士の純粋なステータスが、これだ。
【固有名称】なし
【種族】魂無キ樹人形ノ狂戦士
【レベル】なし
【生命力】1000/1000
【魔力】500/500
【スキル】『ベルセルクの激情』『生命探知』『格納再生』
【属性】地
【称号】なし
【神性値】なし(館の主に捧げられる)
【スキル】『ベルセルクの激情』
【解説】【生命力】と【魔力】を継続的に消費し続けるが、代わりに身体能力が爆発的に上昇する。だが覚悟しなければならない。ひと度発動すれば理性なき獣と化し、己がどれだけ傷つこうとも全ての敵を駆逐するまで止まる事はなく、敵を倒す以外の行動ができない。
【効果】【生命力】と【魔力】を消費し、身体能力を大幅に上昇する。
【スキル】『生命探知』
【解説】命在る者の存在を把握する。その探知範囲は広く、自身を中心とした球状に展開される。
【効果】命在る者の存在を把握する。
【スキル】『格納再生』
【解説】どれだけの損傷であっても『魂無キ狂戦士ノ館』に格納されることで再生される。ただし、再生には館の主の魔力を必要とし、損傷の度合いによって消費される魔力、再生のための時間は変化する。
【効果】『魂無キ狂戦士ノ館』に格納されることで再生される。
確認したステータスは、こんな感じであった。
かなり特徴的なステータスだ。
何より【レベル】が存在しないのが驚きだ。
ということは、レベルアップによる強化もなければ、進化もないという事だろうか。しかし『魂無キ狂戦士ノ館』の【解説】を読むと、何かしらの強化方法はあるはずである。それが具体的にどのようなものかは分からないが。
それと【属性】や【スキル】もかなり変化している。
だいぶスキルは減ってしまい、なんと三つしかない。
中でも『生命探知』とかいうスキルだが、狂戦士という名前を考慮すると、どうにも不穏な印象しかないのだが……。なぜそんなスキルを持っているのか。
【神性値】は「なし」となっているが、「館の主に捧げられる」とも書いてある。
もしかすると、彼らが得た【神性値】は館の主――つまりは、たぶん俺に捧げられる、という事だろうか。
【生命力】と【魔力】だけは元の量産型ゴー君に比べて増えているものの、ステータスを一見したところ、総合的には弱体化してしまったのかと思うほどに簡素な表示だ。
もしも本当に弱体化しているのなら、わざわざゴー君たちを狂戦士にするメリットはないわけだが……。
「ユグ」
『どうした?』
きりりっとした表情で、セフィが俺を呼んだ。
「あたらしいゴーくんのせいのうを、はやくかくにんするべき」
『それには同意するけどさぁ』
せめてワクワクウキウキしたような顔を隠してはくれまいか。
「セフィのよそうでは」
『はい』
「たぶん、このゴーくん」
『なんでしょう』
「まものを、くう」
『そのヴィジュアルは完全に化け物だな』
嫌だよ、そんな配下は。
まあ、流石のセフィも冗談で言ってるんだろうけどね。
なんだよ魔物を喰うって。口ねぇよ。
●○●
何はともあれ、狂戦士の性能を調べてみない事には始まらない。
セフィに催促されたからではないが、俺たちはいつものように広場で訓練していたウォルナットとゴー君1号を万が一の護衛に引き連れて、里の外へ魔物を探しに向かった。
昼間の麗らかな陽光が木々の梢の間から降り注ぎ、柔らかい風が吹き抜ける森の中は、大量の魔物が生息しているとは信じられないほどに静かだった。
「……ぅわ」
『……こわ』
目の前の光景に、俺とウォルは思わずといった感じに声を漏らしてしまう。
少し前まで、確かに辺りには大量の魔物たちがいた。
里から少し離れた場所には、霊峰フリズスから流れる清水が川となって流れる場所がある。その少しだけ拓けた川原に、いつの間にか数十のゴブリンたちが巣を作っていたらしい。
木々の枝や草、動物の骨、あるいは皮などを組み合わせて粗末な家らしきものが幾つも作られていた。
そんなゴブリンの巣は、いまや見る影もなく壊滅状態だった。
始まりは森でゴブリンに出くわした事。
当然、流石にゴブリン相手に負ける事はなかろうと、狂戦士を戦わせてみた。
狂戦士はどうやら、戦闘となると自動的にスキルが発動してしまうらしい。もちろん『ベルセルクの激情』のことである。
「――――――――!!!」
彼はいわく名状しがたい雄叫びをあげた。
声出せるんだ、とかそんな事を突っ込む余裕もなかった。
「きあい、すごい」
とかセフィが呟いていたが、それは気合いとかそういう「穏便な」ものではなかった。
憤怒とか憎悪とか、我を忘れるほどの殺意の雄叫びとか、そういう表現をした方が適切だろう。
「…………何すかアレ精霊様、恐いっすよ」
『いや、俺に言われても』
俺とウォルはすでにドン引きだった。
「いやいや精霊様が作ったんすよね?」
『そうだけど。いやー……俺に言われてもなー……』
俺が悪いのだろうか?
いや、俺は悪くない(と信じたい)。
そんなこんなで現実逃避気味に話し合っている間にも、狂戦士は行動を起こしている。
凄まじい雄叫びを真正面から浴びて怯んだゴブリン。
彼はそんなゴブリンに向かい、獣のように疾走した。その上体は地面に着くのかと思うくらい前のめりであり、まさに獣が獲物に襲いかかる様を彷彿とさせる。
僅か10歩ほどの距離など、瞬く間に喰らい尽くされた。
黒い影となって疾走した狂戦士は、駆ける勢いそのままに黒い大剣を叩きつける。
まるで水面に岩を投げ入れたような大音が轟いた。
ゴブリンは死んだ。その死に様は良い子には見せられない感じだった。
「つおい(確信)」
セフィはたらりと冷や汗を流しながら、まるで凄まじい手練れを前にした戦士のごとき表情を浮かべて呟いた。
対して俺とウォルは言葉もなく固まっていた。
つおい(確信)。
だが、ドン引きである。
「――――」
狂戦士は既にゴブリンには興味もないというふうに、ぐるりと辺りを見渡し始めた。
その視線(人間なら目があるであろう場所)が、ぴたりとある一点で止まる。
つられて視線を向けて見るが、そこには森があるばかりで魔物の姿は見えない。
後になって気づいたが、一度戦闘が終了してスキルを使えるようになった彼は、『生命探知』でゴブリンの存在を探っていたのだろう。今しがた戦った相手であるから、ゴブリンを敵と判断しているようだ。
「――――――!!!」
またしても雄叫び。
しかし気のせいであろうか。その声に歓喜の念がこもっているように聞こえるのは。
そして彼は、森の中を迷う様子もなく疾走し始めた。
『――ハッ!? ヤバイ! 追うぞ! ゴー君はセフィを抱えてついて来い!』
声もなく見送ってしまったが、手綱もなく解き放ってはいけない存在な気がする。
我に返った俺は慌ててそう告げて、遥か先を行く狂戦士の背を追い始めた。
ちなみにセフィをゴー君に抱えさせたのは、セフィが自分で走るよりもその方が早いからである。
そして森の中を走ることしばらく、川のせせらぎが聞こえたかと思うと視界が開けた。
同時、川原に築かれたゴブリンたちの巣が見え――、
「いきいきしてる」
後から追いついたセフィが、惨劇と化した光景を眺めながら呟いた。
確かに狂戦士が縦横無尽に暴れまわり、時折天高く雄叫びをあげている様は、「生き生きしている」と表現しても間違いではないのかもしれない。
集落に住まう数十のゴブリン対狂戦士の戦いは、最初から最後まで一方的であった。
ゴブリンたちの中には、それなりの集団であるためか、ホブゴブリンと呼ばれる上位種の姿もちらほらと確認できた。
それだけにあらず、弓を射る個体、槍を繰り出す個体、炎の魔法を操る個体と、統率こそとれていないが、さながら軍隊のごとき様相を呈している。
しかし、どの攻撃も魔法も狂戦士に大きなダメージを与えることは叶わないようであった。
縦横無尽に繰り出される黒い大剣は、ゴブリンたちの粗末な住居を吹き飛ばし、集団で襲いかかる彼らを一撃で弾き飛ばす。
さながら黒い颶風のごとき暴威は、程なくゴブリンたちの全滅をもって終わりを告げた。
そして勝鬨をあげるかのように、天へ向かって咆哮する狂戦士。
「……せ、精霊様」
『……お、おう』
俺とウォルはいつの間にか、抱き締め合うようにして身を寄せ合い、震えていたのだ。
え?
めっちゃ恐いやんコイツ。
幸いなのはセフィの言うように、魔物を喰うことがなかった事くらいだろうか。
そして信じられないのは、これで「魂がない」とかスキルの【解説】で説明されている事だろうか。
魂……とは?
とりあえず、戦闘という一点から考慮すれば、弱体化どころか大幅な強化がされているのは間違いなさそうだ。
しかし俺は、とんでもないものを生み出してしまったのかもしれない。
――などと戦々恐々としつつも、結局は「引っ越し」の際に楽だからという理由で、里の外周に配置していた量産型ゴー君たち数百体を、すべて『魂無キ狂戦士ノ館』に格納する事になるのは、翌日の事である。
ちなみに、ゴー君1、2、3号を筆頭とする初期に生み出した十数体のゴー君たちは、どうやら既に自我が芽生えていたようで、格納する事はできなかった。
いや、出来てもするつもりはなかったんだけどね。
そろそろ彼らも進化が近いと思う。




