第三十八話 戦乙女の能力
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傭兵たちが襲撃して来た翌日から、俺たちは一週間だけ他の狼人族たちが逃げて来ないか待ってから、里を別の場所に移動することにした。
普通ならばエルフや狼人族たちが持てるだけの荷物を持って移動するところだが、里の大樹たちやゴー君たちだって、いまや立派な里の一員だ。できれば置いて行くことはしたくない。
そこでセフィに協力してもらうことで、文字通り「里ごと移動」してしまおう――という計画だ。
具体的な方法については後述するとして、それまでにも色々とやっておかねばならない事は多い。
里の住居を補強したり、中に置いてある家具を固定したり、あるいは移動に必要なだけの水や食料を集めたりなど、実に色々だ。
だがまあ、そういった事は住民たちに任せておいて、俺は俺で確かめなければならないこともある。
進化して得た新たなスキルや能力などを把握することは、急務ではないが早めにやっておかなければならないだろう。
そんなわけで、セフィと一緒にいろいろ検証したり、確かめてみた。
まずはブリュンヒルドやエイルたちについて。
「私の本体は、こちらですわ」
「セフィのおうち!」
そう言ってブリュンヒルドが示したのは、セフィの家がある大樹だった。
この樹に宿った精霊が、ブリュンヒルドであったらしい。
気になるのは、俺の精霊体とはまた違った体を持っていることだ。彼女たちの体は、単に魔力で構成されているわけではなく、きちんと実体と質量を備えている。
どうやって顕現しているのか、一度見せてもらうことになった。
「わかりました。それでは――」
と言って、ブリュンヒルドは大樹の幹に飛び込んでいく。
まるでそこが水面であるかのように幹の表面に波紋が広がり、ブリュンヒルドの体が呑み込まれていったのだ。
なかなかに衝撃的な光景だが、その後はさらに衝撃的だった。
波紋がおさまった大樹の幹に、再び波紋が生まれる。
その中心から浮かび上がるようにして、ぬうっと、ブリュンヒルドの形をした「人形」が姿を現したのだ。
それは紛れもなく彼女の姿形をしているが、表面はすべて木目模様に覆われている。木から削り出した人形とでも言うべき物。
その全体が幹から現れると、強い光が人形から放たれた。
光が消えた後、そこには木製の人形ではなく、人のような姿をして、軽鎧を身に纏い、腰に剣を差した女性がいたのである。
「このような感じですわ、主様」
にっこりと微笑んでブリュンヒルドが言う。
『ふ~む……察するに、自分自身の一部を依り代に使ってるのか』
「ご慧眼の通りですわ」
自分の一部でゴーレムを作り、それに憑依して操っている――というのが一番近いだろうか。
もちろんそれだけではなく、『精霊化身』のようなスキルも重ね合わせているのだと思うし、彼女らが自由に浮いたりできるのは、他のスキルの力だと思うが。
似たような事なら、俺もできるかもしれないな。
まあ、やる意味があるのかは別にして。
「で、私の本体はあっちだよ」
そう言ってエイルが指し示したのは、ブリュンヒルドの本体から一番近くにある大樹だった。
やはりセフィの家に近い順番で、成長も速いのだとか。
「セフィちゃんの近くにいると、力が湧いて来るのですわ」
「セフィちゃんは、私たちのアイドル」
と、ブリュンヒルドたちが褒める。
当然、セフィは胸を張ってドヤ顔した。
「むふー!」
そんなセフィをさておいて、俺たちは話を続ける。
あ、ちなみに、今の俺は精霊としての姿をしている。あの、マリモみたいな丸い姿だ。
移動にも楽なので、最近はこの姿でふよふよ浮いている事が多い。
『それで、ブリュンヒルドたちはどんな能力があるんだ?』
俺の眷属になったという話だが、具体的にどんな力を持っているのか、どれくらい強いのか、やはり知っておくべきだろう。
「そうですね、私たちの能力は――」
ブリュンヒルドが特に隠すこともなく説明してくれた。
それによると、彼女たち固有の能力は二つあるという。
一つはスキル『戦乙女顕現』
これは先程見せてもらった能力だ。自らの本体から依り代となる体を作り出し、それに憑依して操る。だが当然それだけではなく、なんと本体とは別の能力を独自に保有しているらしい。
戦乙女として持つ能力は、戦うために特化したものなのだそうだ。
そして、この特化した能力こそが、彼女たちが持つ固有の能力の二つ目だ。
スキル名は『英霊ヲ狩ル者』
その能力は、戦闘のための複数の能力が複合されている。
自在に空を飛ぶ能力。
武器を変化させる能力(腰の長剣を、槍や弓など好きな武器に変える事ができるらしい)。
致命傷を与えやすくする能力。
――などがあるが、最も特徴的なのが「殺した相手の魂を保管する」能力であろうか。
ちょっと良く分からないのだが、殺した相手なら誰でも良いわけではなく、相手が了承し、かつ彼女たちがこれと判断した者の魂を保管する事ができるらしい。
保管してどうするのかと聞けば、依り代を与えることで戦わせる事ができるのだとか。
まあ、この能力に関しては、後々検証していくしかないだろう。
『本体の方は、何ができるんだ?』
と聞けば、
「本体の方は、主様からの能力を一部引き継いでいますわ」
との事。
スキルの構成的にも、基本的な部分は俺と同じになっているらしい。
まあ、『結界』や『精霊ノ揺リ籠』など、引き継げなかったスキルも多いらしいが。
「しかし現状、半分は主様と同化していますし、本体で能力を使用することはないかと。私たちの本体をどのように用いるも、すべて主様にお任せしますわ」
彼女たちが自分自身の能力を使うより、俺が自らの一部として用いた方が効果的に能力を活用する事ができる――という事らしい。
「それよりも個別の戦力として扱ってもらった方が、良いかも」
と、エイルが意見する。
どうやら戦闘能力には自信があるようだった。
『そっか。じゃあ、どれくらい戦えるか、確かめさせてもらいたいんだが……』
「かしこまりました」
「頑張る」
ブリュンヒルドとエイルは意気揚々と頷いた。
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里の周辺で一番強い魔物は、タイラントベアーだ。
ゴー君1号でさえ、一人で戦えば苦戦を免れない相手。
ブリュンヒルドたちの力量を見るために、そんなタイラントベアーを相手にしたのだが……。
『マジで……?』
「すごー……」
俺とセフィは揃って口をぽかんと開けていた。
場所は当然、森の中だ。
タイラントベアーが生息する場所までわざわざ足を運び、万が一に備えてゴー君1号も護衛として控えていた。
しかし、護衛は不要だったかもしれない。
何しろ一撃だった。
タイラントベアーと邂逅した後、長剣を抜いたブリュンヒルドは、それを一本の長槍に変化させると高く高く飛び上がった。
森の木々の梢よりも遥かに高く飛び上がり、そこから眼下のタイラントベアーに向けて高速で急降下。
落下の勢いを乗せて槍を深々とタイラントベアーに突き刺したのだ。
場所は四つ足を着いていたタイラントベアーの首の後ろ――人間で言えば延髄辺りで、明らかに致命傷であった。
タイラントベアーは、その巨駆をぴくりともさせる事なく倒れ伏している。
彼女らはそれぞれ植物魔法に加えて、水属性と風属性の魔法を使えるらしいが、魔法の腕を確認するまでもなく戦闘は終了してしまったのだ。
さすがに、これだけでは良く分からんと他の魔物も探して戦ってみてもらったが、結果は似たようなものだった。
すなわち、すべて一撃にて戦闘が終了したのだ。
これはブリュンヒルドだけではなくエイルも同様で、正直な話、彼女らがどれほど強いのか、その上限は不明だった。
一応、魔法とかも使って戦ってもらったのだが、俺では強いという事しか分からなかった。
植物を操り、蔦で魔物を拘束する。水の球体で顔を覆って溺死させる。風の刃で急所を的確に切り裂いたかと思えば、それが致命傷となって魔物は沈黙する……。
うん。
つおい(確信)。
「どうでしょうか、主様?」
「頑張ってみた」
一通りの戦闘を終えて、ブリュンヒルドたちが言う。
その顔は戦闘で血行が良くなったのか(なお、血が流れているのかは不明)、あるいは別の理由によるものか、どこか艶かしく上気していた。
『うん。良いと思います』
主として最低限の威厳を保つためにも、何がなんだか分からなかったよ、とか言えない。
俺はただ、そう返事をするしかなかったのだ。
彼女らは満足げに頷きつつも、「しかし」と少しの不満をあらわにする。
「所詮は魔物だからでしょうか、良い魂がありませんでしたね」
「いっぱい集めたかったのに、残念」
……物騒だな。
いや、俺に対する不満じゃなくて良かったけども。




