第三十七話 アイ アム キャワイイ
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俺の本体たる大樹が一際眩く輝いた。
瞬間、俺は自らの意識が何か小さな物へ押し込められて、大樹の幹から押し出されるのを感じる。
――ふよんっ、と。
音もなく衝撃もなく、大樹の幹から飛び出すようにして俺の精霊体が現れる。
視界は非常に明瞭で、眼下でセフィたちがぽかんと上を向いている姿が鮮明に見えた。
視覚だけじゃない。住人たちが発するざわめきも、風が体表を撫でる感触も、夕日が照らすささやかな熱も、森の木々が発する爽やかな匂いも、何もかもが新鮮だ。
たとえるなら、今まで全身を覆っていた一枚の膜が、綺麗に剥がされたかのように。
スキルの説明から実体はないと思っていたが、それはどうやら微妙に間違いだったらしい。確かに肉の体ではないが、魔力で形作られた半実体とでもいうべき体――精霊体。感覚からすると、たぶん物に触れる事もできるのだろう。
そして何より新鮮なのが、俺が宙に浮いていることだ。
先程、ブリュンヒルドやエイルがそうしていたように、俺もまた当然のようにして空中に浮いていた。
高速で動き回る事こそできそうになかったが、魔力を操作するように精霊体を操って自由に動くこともできそうだ。
「「「……」」」
眼下を見れば、セフィたちはいまだ驚きに言葉を発していない。
それほどに格好いい外見なのだろう。いや、もしかしたら美しい、とでも言うべき外見なのかもしれないな。
さて。
ならば俺の新たなる姿を、俺自身も確認してみなければなるまい。
俺は精霊体をそのままに維持したまま、少しだけ意識を里の木々へ移した。
あまり長時間放っておけば魔力の結合が解けて、精霊体が拡散してしまうようであるが、数分程度なら問題はない。
里の木々から『魔力感知』で視覚を再現することで、俺は俺自身の姿を「見た」
それは半透明で淡く光り輝いていた。
しかし、目に痛いほどの光量ではない。直視しても問題がない程度の光。
その光が、俺の姿を形作っている。
大きさはセフィが両腕で抱えられるくらいであろうか。
形は基本、球体を想像してもらえれば良い。
その球体に、真ん丸とした目と、ちょこんとした鼻と、可愛らしい口を書き込んだ姿を想像して欲しい。とはいえそれらは、人間のように複雑な造形をしてはいない。あくまで球体の表面に書き込まれているように見える。デフォルメされた顔。
『――ゆるキャラかよッ!?』
ゆるキャラが何か正確には思い出せないが、俺は思わずそう叫んでいた。
手抜きされたデザインの球体型ゆるキャラ。あるいは何かのマスコットか。
少しだけ工夫されている部分があるとしたら、それは帽子を被っていることだろうか。
つば広帽子を少しだけ斜めに被り、左目を隠している。
まるで子供の落書きがそのまま具現されたような、力の抜けるような姿。
ははっ、何だよ……これは。
俺はあまりの精神的衝撃に、ふらふらと地上近くまで降下していく。
めちゃくちゃ格好いいイケメンな姿になると思っていたんだ。
なのにこんな……よく分からない生命体みたいな姿……。
心なしか、地面にポテリと転がった俺を、里の住民たちも哀れんでいるような気がする。
『ふふっ……なんだよ、笑えよ……』
思わず自嘲するような言葉が出てしまう。
『笑いたいなら笑うが良いさ! こんなぶざまな俺の姿を!』
そう叫んだ直後、タタッと駆け寄って来たセフィが、両手で俺を持ち上げた。
「ユグ、まるくてかわいいっ!」
と言って、むぎゅっと抱き締めてきた。
…………え? まるくて、かわいい?
「主様、とても愛らしい姿ですわ」
「可愛い。抱き締めたい」
ブリュンヒルドとエイルも、セフィの腕の中に収まった俺を覗き込んで言う。
その表情からは、俺に気遣って心にもない事を言っている気配は皆無。となると本心からの言葉であろうか。
『…………マジで?』
可愛いよりは格好いい方が良かった気もするが、好意的な印象があるならば、まあ、ね?
それにどうも、里の連中の反応も悪くないようだ。
女性に子供たちは「精霊様、かわいー」と言っているし、男連中も否定的な表情は見られない。
「ほっほっほっ! これはこれは、精霊様らしい親しみやすいお姿ですな」
『そ、そうかな?』
と長老は言うし、
「ええ、すごく可愛らしいと思いますよ」
『そっかー……マジかー……』
ローレルもにっこりと言い切る。
「マリモみたいで馴染み深い形っすよね」
『マリ、モ……?』
しかし、ウォルの発言に愕然とする。
俺のこの姿、マリモなの?
そういえば進化する時やたら輝いてたけど……俺と何の関係があるんだよ!?
ま、まあ、ウォルの発言だけはちょっといただけないが、概ね好意的な感想が多いようだった。
っていうか、俺の造形に関して否定的な意見は見られない。俺に気を使ってるだけかもしれないけどね。
『俺……可愛い?』
恐る恐るセフィに聞いてみれば、
「うん! ちょーどいいおおきさだし、だきごこちもいいし、セフィはきにいりました!」
と、にっこり笑って、少しずれた返答をもらった。
『そっかー……まあ、なら、これで良いかー』
可愛いと言われること、そんなに嫌じゃない俺がいた――。




