第三十六話 眷属のお姉さん
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「あ!」
と声をあげたのはセフィだ。
セフィは空中に浮かぶ二人の女性の内、片方を指差して、
「セフィのおうちのせいれいさんだ!」
と言ったのだ。
それに俺は、やはり、と内心で頷いた。
予想はしていたから驚きはな――いや無いわけないんだけどね。
いきなり成長し過ぎだろ。
「まあ!」
「セフィちゃんだ」
彼女たちは眼下にセフィを見つけると、柔らかく微笑みながらスーッと音もなく下へ降りていく。
そうしてセフィの目の前、地面の上にトンッと足音軽く着地した。
「こうしてお話するのは初めてですわね、セフィちゃん」
「いつも私たちに力を分け与えてくれて、ありがとう」
力を分け与えて――というのは、おそらくセフィの「おうえん」の事であろうか。
別に魔力以外に、セフィの何かが減るわけでもないのだが。
確かに「おうえん」された方からしてみれば、力を分け与えられているという認識にもなるかもしれない。
「ふふーん!」
セフィは胸を張ってドヤ顔を浮かべた。
「どういたしまして!」
「これからもよろしくお願いしますわね」
「私たちも、これからはセフィちゃんに恩返しできるよ」
「おきになさらず! セフィのおしごとなので!」
手のひらを向けてびしっと言うセフィ。
たぶん、どこかで覚えた言葉を言ってみたかっただけだと思うが、二人の女性は額面通りに受け取ったらしい。「そんなわけにはいきませんわ」とふるふると首を横に振ってみせた。
「私たちも主様のおかげで、樹精霊の戦乙女に進化することができました。これからはセフィちゃんや皆さんのお力になれると思いますわ」
「こう見えて私たち、なかなか強いと思うよ? 実戦はまだだけど」
「おー、たしかになー。つよそー」
と、セフィが頷く。
外見からして凛々しい美女なので、弱くは見えないのは確かであろう。おまけに空を飛ぶ事もできるっぽいし。
しかし「樹精霊の戦乙女」か。
ヴァルキリー……確かに、俺の「知識」の中にあるヴァルキリーっぽい外見だ。
そんな種族もあるんだな。精霊という割には、今の二人は実体があるように見える。彼女たちがどんな存在で、どんな能力を持っているのかも、追々確かめていかねばならないのだろうな。
まあ、それはともかく。
二人の強そうな感じに納得したセフィは、きりりっと顔を引き締めて告げたのだ。
「じゃあ、ふたりを、さとのぼーえーたいちょーににんめーします!」
『両方とも防衛隊長になってるぞ、セフィ』
指揮系統が乱れそうな任命である。
「いいの! たいちょーがふたりなら、にばいつよいでしょ!」
『その理屈はおかしいが、まあ……良いか』
部下ができるわけでもないし、厳格な組織があるわけでもないしな。
二人もその事はわかっているのか、特に何を突っ込むでもない。
柔らかい微笑みを浮かべたまま、恭しくセフィに一礼する。
「うふふ、その任、よろこんで拝命いたしますわ」
「里の防衛隊長として、頑張るよ」
「うん! よろしくね!」
と、話が綺麗に纏まったところで、俺は本題に入る。
『いや、っていうか……君ら、里の大樹に宿ってた微小精霊だよね?』
一応、念のために確認する。
「ええ、元々はそうですわ」
「今は進化して成長したよ」
二人は頷く。
ここまでは予想通りだ。
さらに問う。
『もしかして、俺の眷属になった感じ?』
「ええ、もちろんですわ」
「主様に忠誠を」
うむ。
進化の時に画面で告げられた眷属は、これも予想通りに彼女たちで間違いないようだ。
色々と言いたい事がないわけではないのだが、今さら言っても詮ない事だろう。ならば前向きに事実を受け止めて、彼女たちの力を有効に活用したい。
となれば、まず最初にするべきなのは……、
『そういえば、まだ名前ないんだよな?』
名付けしろと言われている事だし、名前がないと不便でもある。
ここは俺が名前をつけてやるべきだ――、
「なまえないの? じゃあ、セフィがつけてあげるね!」
――と思ったところで、セフィが当然のように言った。
なんでだよ!? と言いたいところだが、セフィのネーミングセンスは意外と悪くない。
ここは目をキラキラさせているセフィに任せてみるか。まあ、変なやつだったら却下すれば良いだけの話だしね。
『うむ、じゃあ、セフィ君』
「あいあいさー!」
『彼女らに良い感じの名前、考えてみてくれる?』
「かしこまり!」
びしりっと敬礼したセフィに、ヴァルキリー二人も拒否する様子はない。むしろ何かを期待するような楽しげな表情を浮かべて、セフィが考えるのを待っていた。
「うーんと、じゃあねぇ……こっちのせいれいさんが、ブリュンヒルドでー」
と、二人の内、髪が長く大人っぽい外見のヴァルキリーを指差す。
「こっちのせいれいさんは、エイル!」
髪が短めの、どことなくボーイッシュな印象を受ける方にそう告げる。
二人の表情からすると、悪くはなさそうだ。
どういう理由で付けた名前なのかは分からないが、俺も良いと思う。
少なくとも、俺が考えていた「ヴァル子」と「ヴァル美」よりは100倍マシかもしれない。特に理由はなく、本当に何となくだが、俺の案は黙っておこうかな……。
『ふむ……二人とも、どうだ?』
と聞いて見れば、
「ええ、セフィちゃんにいただいた名前、とても気に入りましたわ」
と、ブリュンヒルドが微笑み、
「主様が良ければ、この名前をもらいたいと思う」
と、エイルが頷いた。
俺にも異論はないので、二人の名前はセフィの案を採用する事にする。
『じゃあ改めて、ブリュンヒルド、エイル、これからよろしくな』
「よろしくねー!」
「はい、よろしくお願いいたします」
「頑張る」
にこやかに頷くブリュンヒルドと、意気込むエイル。
新たに二人の仲間が加わって、里も賑やかになりそうだった。
そして傍らで話の成り行きを見守っていた長老が、集まった皆に聞こえるように告げる。
「ふむ……話も纏まったところで、疲れている者も多いことですし、今日はもう休みますかな」
『そうだな。さすがにもう、今日のところは襲撃者も来ないだろうし』
「きてもセフィがおしえてあげるよ?」
『俺も一応、里の周囲をちょこちょこ確認しておくし、問題ないだろ』
そうして、ようやく今日という一日が終わる。
たった一人の人族に予想外の苦戦を強いられて、なかなかにヒヤヒヤする一日だったが、無事に終わって良かった。
皆もどこかほっとした様子で解散しようとして――、
『――って、ちょっと待てい!』
俺は慌てて皆を呼び止めた。
そういえば、まだ俺の新たなる姿をお披露目していないじゃないか、と。
「どしたのー?」
「どうされましたかの?」
「何かあったっすか、精霊様?」
『ふっふっふっ! まあ、ちょっと待ってくれ』
不思議そうに振り返るセフィたちに不敵に笑い、俺は進化して得た、新たなる力を行使する。
無論、『精霊化身』のスキルである。
『今まではまんま雑草とか木の姿しかなかったが、新しい姿を手に入れたんだぜ?』
「あたらしい、すがた……」
考え込んだセフィは、思い当たる事があるのか、すぐにハッとして顔を上げた。
「まさか、へんしん!? ユグ、へんしんするの!?」
『いや変身はしねぇけど』
「なんだー……」
残念そうに呟くセフィ。
だが、これを見ても同じ事を言えるかな?
俺はスキルを発動させ、精霊としての姿を化身させる――!
『これが俺の、新しい姿だ――!!』
そして俺の本体たる大樹が、一際眩く輝いた。




