第三十三話 ルーン文字
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襲撃者である傭兵たちを殲滅した。
幸いにして、こちらの人的被害はない。
里の外周にいた量産型のゴー君たちが何体か燃え尽きて再生不能になってしまったが、被害は軽微に留まった。もしもセフィの忠告を聞いていなかったらと思うと、少々ゾッとするほどだ。
セフィがあの場にいなければ、もしかしたらモブ男を取り逃がしてしまっていたかもしれない。
いやまあ、あの男が炎の魔人と化した詠唱の文言からすると、あいつも無事では済まなかったであろうが。
それどころかあれは、自らの命を犠牲にするような奥の手だったのではなかろうか。
何しろモブ男の死体は骨も残らないほど燃え尽きてしまったのだから。
しかしまあ、色々思うところはあるが、いまは皆が無事だったことを喜ぼう。
ちなみに、傭兵たちの遺体は集めて墓を建てる――などはせず、ゴー君たちの『エナジードレイン』によって土に還す事にした。
これはなにも、奴らのことが憎い故に、ではない。
単にエルフや狼人族たちには墓を作るという風習がないからだ。
彼らは死した後は森に還るのが筋という死生観があるらしく、火葬したり、棺を作って土葬したりはしないようだ。たとえばエルフであれば、そのまま里を護る大樹の根に埋葬するのだとか。
なので、彼ら的にはゴー君たちによって土に還すという葬り方は、丁重な葬り方であるらしい。
それはともかく。
俺たちは戦場となった里外周の森から、里の中へと戻ってきた。
俺の本体(いまや里全体が俺なのだが)である霊樹がある広場。
傭兵たちの遺体はすでに土に還したが、彼らの持ち物などは戦利品として集めて持ってきた。それを広場に運び込んでいたのである。
傭兵たちが装備していた革鎧などは燃えて使い物にならなくなっていたが、金属製の武器などは無事な物も多い。あとは彼らが持っていた硬貨などが、主な戦利品だろうか。
エルフの里にしてみれば、金属資源としての使い道しかないのが現状なのだが。
しかし、中でも貴重な物が2種類あった。
1つは大きめの金具が多用された背負い鞄が三つ。
金具の部分にはそれぞれ奇妙な紋様――というより、何かの文字みたいなものが、緻密に刻まれている。またそれだけではなく、鞄を構成する革自体にも、何かの染料か顔料で同様の文字が無数に書き込まれていた。
この背負い鞄の中を確かめてみると、驚いたことに鞄の見た目、そして背負った時の重さ以上の物品が詰め込まれていたのである。
少し調べてみると、どうやら内部の空間が拡張され、さらに中に入れた物の重量は外部に影響を及ぼさないようだ。
長老によると、人族が「マジックバッグ」と呼んでいる魔道具ではないか、とのこと。
このマジックバッグの中には、大量の水と食料、そして傭兵たちが道中で狩ったと思われる魔物の素材や魔石などが入っていた。
もちろん、これらはありがたく活用させてもらう事にした。
そしてもう1つは、モブ男が持っていた長剣だ。
基本的な形は何の変哲もない長剣だが、その剣身にはマジッグバッグに描かれているのと同様の奇妙な文字が、さらに緻密に刻み込まれていた。
魔力を流すと文字がぼんやりと光り出し、剣身が熱を持ったかと思えば、紫色の炎が現れて剣身を覆う。
これも魔道具の一種で、魔剣とも呼ぶべき代物だ。
マジッグバッグも魔剣も、どうやら刻まれている文字が重要な役割を果たしているらしい。
長老はそれが何であるか知っているようだった。
「これはルーン文字ですな……かつてオーディンという名の神が生み出した、魔術文字です」
ルーン文字。オーディン。
その単語を聞いて、ぼんやりとした知識が浮かび上がる。
だが、少しだけ腑に落ちないところがある。
ルーン文字というのは何となく、どんな文字かイメージが浮かび上がって来たのだが――そのイメージと剣に刻まれた文字は全くの別物であるような気がしたのだ。
俺の知識にあるルーン文字は、剣身に刻まれた物に比べて、もっとずっと簡素だ。
しかし目の前のルーン文字は、それよりも少しだけ複雑だった。
『いや……っていうかこれ、漢字じゃね?』
複雑な、まるで「筆」で書いたような特徴的な文字。
それを見ている内に浮かんできたのは「漢字」という文字の知識だった。
たぶん、前の俺が使っていた言語が、この文字を使用するものだったのだろう。
剣身に刻まれた文字をざっと確認してみるだけでも、「炎」「熱」「葬」「神」「捧」「与」「奪」「命」などなど、意味を理解できる幾つもの漢字が刻み込まれているから、おそらく間違いないと思うが……。
「はて、カンジ、ですか……? 聞いたことはないですが……」
しかし、長老は漢字という名称を知らないらしい。
「儂はラグナロク以前から生きておりますから知っておりますが、これは確かにルーン文字という名であるはずですぞ? 何しろ旧き神々自身がそう呼んでおりましたからな」
『ラグナロク?』
それもなんか、聞いたことある(ような気がする)。
そんな事を思いつつ呟いていると、これも長老が簡単に説明してくれた。
「ラグナロクとは、今から数百年前に起きた神々の大戦のことですな。古の文明と共に旧き神々が1柱も残らず滅んだほどの大きな戦でした……」
でした――って、数百年前の事を経験しているのが凄いと思う。
「ラグナロクにより、このルーン文字も、ルーン文字を使ったルーン魔術の技術も途絶えたと思いましたが、どうやら人族は復活させてしまったようですな……」
『うん? 長老はそのラグナロク(?)が起きる前から生きてるんだろ? ルーン文字を書いたりできるんじゃないのか?』
「いえ、特徴的な文字なのでこれがルーン文字であることは見ればわかるのですが、読んだり書いたりはできませんぞ。そもそも、これはあまり良い技術とは言えぬのです。何しろ魔素を消費し過ぎますからな」
『魔素? 魔法で消費するのは魔力じゃ?』
「魔法とルーン魔術は異なる技術なのです」
と、長老は説明を続ける。
長老の話では、生体に取り込まれて魔力になる前の魔素、これを消費して魔法の威力を増幅する技術がルーン魔術なのだという。
詳しい理屈を省いて簡単に説明すれば、ルーン魔術は大気中の魔素をルーン文字が吸収して魔法の威力を増幅する。しかし、これは効率が悪く、魔術の効果以上の魔素を大量に消費することになるのだとか。
「あまりに多用すれば森が枯れます。なので我らエルフには不要の技術です」
厳しい顔つきで長老は断言した。
何やらルーン魔術というのは、エルフにとって無視し得ないデメリットのある技術のようだ。
しかし、モブ男との戦闘を振り返るに、強力な技術であるのも確かだった。ルーン魔術が奴の強さの全てだとは思わないが、人族と敵対するならば対抗する術は持っておきたい。
この剣を調べることで、それが見つかれば良いのだが……。
――とか何とか、未来の懸念について考えるのはここまでだ。
もう限界だ。
何が限界って、さっきから俺の視界に表示され続けている文面が理由である。
戦闘終了からずっと我慢していたけれど、もう漏れ……じゃなく、内側から弾け飛びそうな感覚に耐えるのが限界に近づいていたのだ。
『レベルが上限に達しました。
進化条件を満たしています。進化しますか?
はい/いいえ』




