第三十一話 身勝手な悪意
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「なんだお前ら、待ち伏せしてたってわけかよ」
無数のゴー君たちに囲まれて恐慌する山賊ども。
最初に口を開いたのは見た目平凡な男だった。
装備は古くさい革の胸当てに革の長靴。周りの山賊どもと比べても非常に軽装で、場違いにも思えるほどだ。
髪も瞳も茶色で目立たず、そばかすの散った顔は平均的な顔立ち。
思わず「モブ」という言葉が浮かび上がる。
その他大勢の中の一人、みたいな男。
だが、俺の『魔力感知』はこいつこそ警戒すべき相手だと訴えていた。なにしろ内在する魔力が、一人だけ圧倒的に多いのだ。
しかも――、
「まあ、いいや」
平凡な顔に似合わない亀裂のような笑みを浮かべる。
全身から嫌な気配を発する男だった。反吐が出るような悪意の臭い。
すでに詰んでいるような状況にも関わらず、平然と笑みを浮かべる男。当然まともな性格をしているわけがなかった。
「せっかくここまで来たんだ、俺としても遊んでやりたいところだが、こう見えて忙しくてね」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、ゆっくりと腰に差した長剣を鞘から抜き放った。
その剣身には、何か小さな紋様のような物が、無数に、緻密に刻まれていた。
奴が抜いた剣の切っ先を向けるのは前方。だが俺たちに向かって――ではない。僅かに下方へ向いていることから、俺たちよりも前方、山賊どもへ向いているのだろうか。
奴の魔力が剣身へ流れる。同時、その剣に刻まれた紋様が淡い光を宿し始めた。
だが流れる魔力は剣に留まらない。そこからさらに外へと放出された魔力が、まるで糸のように全ての山賊どもに絡みつくのが知覚できた。
「お前らの遊び相手は、傭兵君たちに任せることにしよう」
「――逃がすと思うのか?」
山賊じゃなく傭兵だったらしい。
まあ、そんなことはどうでも良いのだが、ともかく。
険しい顔で問うたヴォルフに、モブ男は「くははッ」と癪に障る笑い声をあげた。
「――血は、炎」
けれど問いには答えず、何事かを詠唱し始める。
「肉は薪、命は供物。我が偉大なる神【ファイア・メイカー】よ、汝が眷属カイ・ビッカースが願い奉る。哀れなる弱者に汝が炎の息吹を吹き込まんことを――」
魔法か?
何かは知らないが、黙って発動させる事もない。
『ウォル!』
「――風の刃よ!」
呼び掛ければウォルはすぐさま反応した。
傭兵どものさらに後方にいるモブ男に向かって、一言で発動した風魔法による不可視の刃が殺到する。
風の刃は殺傷力こそ低いが、速くて回避しづらい。奴の詠唱を中断させるには最適な選択だと思われた。
だが――少しだけ遅かったらしい。
「――ブレッシング・オブ・ファイア」
奴が最後の文句を唱え終えた直後、激しく炎が噴き上がった。
その勢いは爆発にも等しく、辺り一帯の空気を一瞬だけ吹き飛ばす。
当然、風の刃も爆風によって形を崩され無効化されてしまった。
「は――? おいおい、何しやがったんだ……?」
ウォルが唖然として、その光景を見つめる。
いや、ウォルだけじゃない。セフィも、エルフたちも、狼人族も、誰もが信じられない表情を浮かべていた。
彼らは基本的に善良だ。
だから、想像したこともないのだろう。
たとえば、仲間の命を自分の都合だけで犠牲にするような魔法など。
『クソ野郎なのは、確かみたいだな……』
ゴー君たちに捕らわれていた者もそうでない者も、モブ男以外の傭兵たちは一人の例外もなく、その全身を炎に包まれていた。
いや、正確に述べるならば、彼ら自身が炎を噴き出している、とでも表現すべきか。
いまや傭兵たちは、炎の人型と呼ぶしかない姿へと変貌していた。
傭兵たちが噴き上げる炎に触れて、ゴー君たちが次々と炎上する。
俺は慌ててゴー君たちに拘束を解き、下がるように命じた。
あの炎は、まずい。
枯れ木でもあるまいし、少々の炎で炙られた程度で、ゴー君たちが炎上するはずはないのだ。生木は大量の水分を蓄えているものだし、そもそもゴー君たちはマナトレントでもあり、例外なく水属性を持っているのだ。普通の樹木より遥かに燃えにくい性質のはずだった。
だが、そんな事など関係ないとばかりに、あの炎は触れたものを炎上させる。
相性最悪だ。
「さあ! お前ら! エルフを殺せ! 森を燃やせぇッ!」
モブ男が炎の人型――炎人たちに向かって叫ぶように命令する。
もはや自我も意識も残ってはいないのか、炎人たちは文句を言うこともなく従った。
ゆらりと立ち上がり、その全てがこちらへ向き直る。
その動きは緩慢だが、ただ体当たりされるだけでも厄介だ。それに考えなく回避することもできない。里に突撃されたら被害が大きくなる。
それにミストルティンで攻撃したところで、逆に燃やされてしまいそうだ。
金属製の武器を持っている者もいるが、激しく炎上する敵に向かって行くのも危険だろう。
「くははははッ!! 傭兵たちの相手、頑張ってくれよ!!」
モブ男は大笑し、こちらを煽るように言葉を放ってから悠然と踵を返す。
奴の足を止める術を、エルフたちも狼人族たちも持たない。
しかし、焦燥に駆られる者は一人もいなかった。
『やれやれ、信頼が恐いな』
「無理なら俺たちが頑張りますよ?」
ウォルがどこか、からかうように言う。
当然のように寄せられる信頼に、応えられなかったらと思うと恐い。
しかし、このくらいならば余裕だろう。
『まあ、見てろ』
俺は炎上するゴー君たち、炎人たち、その全ての炎を――消した。
「――は?」
何事もなかったかのように、ただ忽然と消えた炎。
炎人たちは無惨にも炭化した姿を晒すと、どういう法則かは知らないが、途端に力を失ったように地面へ倒れ伏す。
それに気づいてこちらを振り向いたモブ男の顔から、初めて余裕が消え失せた。
「何を、した……?」
水をかけたわけでもないのに炎が消えるとは、信じられないのだろうか。
だが、種を明かせば簡単な話だ。
『結界で覆ったんだよ。酸素がなくなりゃ炎は消えるだろ』
エルフの里と一体化した事によって、その巨体に相応しいほどに俺の『魔力感知』の範囲は広がっている。そしてスキル『結界』は、知覚・認識した空間になら自由に結界を張ることができる。
いまや里の外周数百メートルの範囲なら、どこにでも自由に結界を張る事が可能となっていた。
だから俺は、炎上したゴー君たち、炎人たちを個々に小さな「物理結界」で覆っただけのこと。
「は? 結界? サンソ? いや、それより……誰だ?」
どうやら俺も、モブ男の態度には色々と怒りを覚えているらしい。
思わず念話で話かけてしまった。
『精霊だよ。この森とエルフたちを守護する、な』
「はあぁ? 森の精霊だと?」
まあ、嘘ではないし。
嘘だったところで、問題もない。
むざむざ奴を帰して、里の場所を教えてやる義理などないのだから。
『気づかないのか? お前はもう逃げられない』
「何言ってやがる? 炎を消した程度で、もう勝ったつもりか――?」
そこまで言ったところで、ようやく気づいたらしい。
ハッとしたように辺りを見渡す。
奴が魔力を感知できるかは知らないが、できたところで気づけたかは微妙だ。注意を向けていない場所の出来事など、知覚できるのは俺の知る限りセフィくらいだ。
巨大な何かが地を這うような音。
それは四方八方から響いている。
森の木々の間を、セフィの背丈ほども太さのある、巨大な蛇にも似た存在が這いずっていた。
ただしもちろん、蛇ではない。その体は無数の茨により構築されている。
そしてそれは、遠くからではあるが、ぐるりとモブ男を囲むように円を描いているのだ。
逃げ場はない。
だが、モブ男は往生際悪く抵抗するつもりらしい。
その手にした剣へ魔力を流す。剣身に刻まれた紋様が光る。その周囲で陽炎のように空気が揺らめき、次の瞬間、剣身は紫色の炎に包まれた。
「――邪、魔ぁああッ!!」
叫びながら退路となる方向へ向かって剣を振るう。
明らかに間合いが遠すぎる距離。しかし、虚空へ刻まれた剣線をなぞるように炎は巨大な刃の形を描き――飛翔した。
炎人たちがマナトレントでもあるゴー君たちを容易く燃やした事を考えるに、炎の刃に触れるのは危険な気がした。
だが、モブ男を囲むゴー君2号に回避することはできない。
しかし――、
「クソがぁッ!」
飛翔する炎の刃はゴー君2号まで届かなかった。
その途中、進路を邪魔するように張った俺の結界と衝突。結界を砕きながらも、それを突き抜ける力はなかったようだ。
「――!?」
悪態を吐きつつも、油断するほど間抜けではなかったらしい。
モブ男は弾かれたように後方へ跳躍した。
それと入れ替わるようにモブ男の頭上から飛び降りてきた影がある。
それは一瞬前まで奴がいた場所へ右の木剣を、落下の勢いも乗せて叩きつけた。
勢い余って地面へ衝突した一撃は、爆発するように土を飛び散らせ、地を揺らした。
立ち上がった影は、3メートルを越える巨体。異様に長い両腕に、それぞれ木剣を握ったウッドゴーレム――ゴー君1号だ。
『逃がさねぇって言ったろ』
「ふ、ふふっ……ふははははッッ!!」
この期に及んで、モブ男は笑い声をあげた。
だがそれは、どうやら余裕の表れというわけではないらしい。
奴は怒りに満ちた――つまり端的に言うとぶちギレた表情で、憎々しげに言い放った。
「か、下等種族どもが……ッ! ふざけやがって……!!」
奴の内包する魔力が、凄まじい勢いで右手の剣へ流れ込んでいく。
「――もういい。わかったよ。やってやるよ……全員、ぶっ殺してやるよぉおおおおおッ!!」
叫び、奴の全身が燃え出した。




