第三十話 山賊みたいな
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狼人族の最後の氏族――ガラ氏族が逃げてきた。
もちろん、最初に気づいたのはいつもの如くセフィだ。
お昼寝を終えて、さて何をしようかと話し合っていた頃、彼らはやって来た。
いつものようにセフィが外へ迎えに行き、俺とウォル、それからゴー君が付き添う。
ガラ氏族は十数人からなる団体だった。しかし、やはりと言うべきか、その数は一氏族の人数としてはかなり少ない。
何があったのかなど、もはや問う必要すらなく明白だ。
傷ついた姿。憔悴した表情。慌てて逃げ出したのであろう、少ない持ち物。
教国の狼人族への不条理な迫害は、ついにすべての氏族を本拠地たる集落から追放するに到ったのだ。優に半数を上回る人々を殺害して。
絶対に許されざる所業だ。
だが、これでセフィを縛る枷がなくなったのも事実だった。
俺たちのいるこの森、ヴァラス大樹海(と呼ぶらしい)は広大だが、教国がすぐさま手を伸ばせる範囲には、もうセフィが庇護すべき民はいないらしい。
あと数日――いや、余裕を見て一週間は他にやって来る者がいないか、この地に留まって様子を見るべきだろう。
しかし、その後はもう、ここにいる必要もない。
里の場所を移すべきだとの俺の提案に、セフィもそれならと頷いてくれた。
問題は……、
「ユグ、うごけるー?」
ということだ。
里の大樹たちと融合する以前ならば、非常にゆっくりとだが動くこともできた。
しかし、今の俺は以前の数倍どころではない図体になってしまっている。これでは動けるはずもない、常識的に考えて。
「……きる?」
と、上目使いで首を傾げるセフィ。
デカくて動けないなら、伐って小さくすれば良いじゃない、というわけか。
何という発想の大逆転。
天才か。
『――って、いやいや死んじまうから!』
「そっかー」
答えを分かっていたような表情で頷くセフィ。
いや、もしかしたら大樹たちと繋がった根を切る程度であれば、問題ないかもしれない。
しかしその場合、微小精霊の宿った大樹たちを置いて行く事になる。
今さら精霊たちを見捨てて行くなんて出来ないし、セフィも悲しむだろう。
だが、問題を解消する手立ての当てはある。
『まあ、それに関しては考えがある。たぶん、セフィの協力があれば問題ないはずだ』
妙な話だが、俺が里の外周まで根を伸ばした事と、大樹たちと融合した事によって、おそらく可能になった事がある。
我がことながら半信半疑なのだが、感覚はそれが可能だと伝えてくる。
だいぶ力業になるし、セフィの負担も半端ではない。そのための準備に根の総量をもっと増やす必要もあるだろう。
だが、すべてを見捨てないためにはその方法が最善だと思われた。
俺の考えを詳細に説明すると、セフィはふんふんと頷いて聞いていた。
『――と、いうわけだ。かなりセフィが大変なんだが……出来そうか?』
最後に問えば、セフィはやおら立ち上がり、ふんすっと鼻息荒く言い放った。
「セフィに! まかせなさいっ!」
どんっと胸を叩いてドヤ顔を浮かべる。
どうやらセフィには自信があるようだ。
『おしっ! 任せたぜ、相棒!』
「むふーっ!」
とかなんとか、俺たちが話し合っている間にも、里の広場には次々とエルフたちや狼人族たちが集まって来ては、逃げて来たばかりのガラ氏族の者たちを囲んでいく。
ちなみに、ガラ氏族の者たちには回復魔法を込めた俺の林檎を食わせたから、体の傷はもう治っているはずだ。
ガラ氏族は狼人族の中でも好戦的な事で知られているらしい。
そんな彼らが暗い表情で逃げて来たのだ。だいたいの事情を予想している者たちも、何事かと声をかけずにはいられない。
「ずいぶんと手酷くやれたようじゃの」
「教国の軍勢にやられたのか?」
半ば確信しつつヴォルフが問う。
それは単なる確認のための問いだったのだろう。だから「いや、軍じゃない」とガラ氏族を代表して答えた戦士の男の言葉に、聞いていた誰もが怪訝そうな顔をした。
「どういう事だ?」
「軍勢じゃない。傭兵崩れの輩がだいぶ居たが、そいつらは大したことはなかった。ただ一人だ。我らガラ氏族の戦士たちは、一人の男にやられたんだ」
好戦的という印象からはほど遠く、陰鬱とした表情で語る男。
おそらく元の彼を知っていたのだろう。ヴォルフは、その余りの落差に険しい顔をした。
「何者だ?」
「おそらく、騎士」
どこの神の騎士かはわからないが、おそらくは教国に属する騎士だろうと言う。
異端者や異教徒を滅することを任務とする、実戦――殺しに慣れた騎士だと。
「ふん、騎士か……場所から言って葬炎騎士とやらだろうな」
話を聞いて、ヴォルフはそう断じた。
ヴァラス大樹海と接する教国の領地は北部大司教区と呼び、そこにはイコー教が崇める神の1柱として炎神が奉じられているのだとか。
ヴォルフはギリリと強く歯を噛み締めて意気込んだ。
「我らガル氏族が戦った相手に葬炎騎士はいなかったはずだが……まあ良い。多くの同胞たちの仇だ。出会えば俺が殺してやる」
「――無理だッ!!」
だが、それを聞いていたガラ氏族の戦士は反射的に顔を上げると思わずといったように叫ぶ。
周囲の人々はその様子に目を丸くして驚いていたが、当の彼は自分でも叫んだ事に動揺したように瞳を揺らしつつ、しかし、口をついて出た言葉を否定しなかった。
「無理だ……あの怪物に、勝てるはずがない……。決して、少数で戦うな……」
「……その助言は、覚えておこう」
と答えつつも、ヴォルフに怯んだ様子はない。
いざ対面すれば、戦うことに躊躇いはないのだろう。
「まあまあご両人、そう深刻な顔しなさんなって」
そう言って、どこか気まずい沈黙に包まれたヴォルフたちの間に割って入ったのはウォルだ。
「ここを何処だと思ってんだ? ヴァラス大樹海の奥地だぜ? 人族がそう簡単に来れるわけないだろ。来れたとしても、たぶんずっと後さ」
ウォルの言うことにも一理ある。
確かに深い森を人族が長い距離、踏破するのは困難を極めるだろう。もともと森で暮らすエルフや狼人族とは違うのだ。
しかし――、
――オジチャン。
――キタ、ヨ。
――ワルイ、ヤツ。キタ、ヨ。
――アクイ、アル。ヤナ、ヤツ。
どこからか微小精霊たちの声が聞こえた。
ざわりと木々が、森が、危険を感じて身動ぎしたような気配を感じた。
見ればセフィも、何者かの接近を感知していたようだ。
「ユグ」
『ああ……』
静かな決意を宿した瞳で、こちらを真っ直ぐに見上げてくる。
俺はそれに頷きを返し――とりあえず、ウォルを罵倒した。
『ウォル、バカ……』
「なんすか精霊様!? いきなり!?」
フラグという言葉を知らんのか。
いや、俺も今思い出した言葉なんだけどね。
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「セフィが! みすとるてぃんで! せいばいするっ!」
『なんでやねん』
今までは狼人族しかやって来なかったが、今回ばかりはそうではない。
悪意ある敵。
確実にこちらを害そうとする者の前に、セフィを出すわけにはいかない。
敵の数はセフィの感知では30人程度だという。その反応は里と一体化した俺も『魔力感知』で把握できる距離にまで来ている。
魔力の量が強さの全てではないが、やはりレベルが高い存在は魔力が多い傾向にある。
その経験則から判断するに、人数こそそれなりだが、敵はそれほど強くないと思った。おまけにこちらは多数のエルフと狼人族の戦士たちで迎撃に向かうのだし、何より敵を遥かに上回るゴー君たちもいる。
問題なく勝てると判断しても、決して間違いではないだろう。
鼻息荒く意気込むセフィをなんとか宥め、ここは里の中に避難していてもらうべきだ。
確実に勝てる相手に、無意味にセフィを危険に晒したくない。何度も言うが、万が一という事もあるのだ。
しかし――、
「ユグ、ゆだんしちゃ、だめ」
セフィは一転、諭すような声音でそう言うのだ。
もしもここでセフィを連れて行かなかったら、甚大な被害が出てしまうのではないか。わけもなくそう確信してしまうような顔で。
『…………』
懸念はある。
「前の俺」はおそらく人族だったのだと思う。
けれど今の俺は、人族を知らない。
エルフや狼人族から聞いた知識と、中途半端に「浮かび上がって来る」知識だけが、俺の知る全てだ。
だから本当は、人族がどれくらいの強さなのか、俺は分からない。
加えて、向かって来る敵の中に、たった一人だけ頭抜けた魔力の持ち主がいる。
もしかしたら、先程ヴォルフたちが語っていた葬炎騎士とやらかもしれない。
話に聞いた感じでは、他の輩とは強さの次元が違いそうだ。
だから俺は、内心で忸怩たる思いを抱きながらも、頷くしかない。
まだ、覚悟が足りなかったのは、俺の方だったのだと。
『ふぅー……わかった、頼りにしてるぜ、相棒』
「おー! まかせろ!」
セフィはハイエルフだ。森神とも称される存在だ。弱いわけがないのだ。
それに近場で戦うのであれば、俺の『結界』も届くだろう。
『よし! じゃあ皆、そういうわけだ! 戦える奴は南の門から外に出て迎撃するぞ!』
里の広場に集まった者たちに号令をかける。
エルフも狼人族も、それぞれが決意を秘めた表情で「おおおおーッ!」と号令に応えた。
俺たちはエルフがおおよそ10人、狼人族が20人ほどで南の門を目指す。
戦える者自体はもっといるが、あまり大勢で行っても意味はないだろう。それに万が一を考えて、精鋭だけを見繕った結果だ。
俺たちの数は敵とほぼ同数。だが実際のところ、俺たちが戦う必要もない可能性は高い。そもそも外にいるゴー君たちに任せてしまうだけでも良いような気がする。
なので俺は、南の門で皆を少しだけ待機させた。
しばらくして、『魔力感知』で門の外側を「見る」俺の視界に、大勢の男どもがやって来るのが見えた。
誰もが薄汚い格好をしていて、染み付いた性根が顔相まで変えるのか、まるで山賊みたいな輩だった。
うん?
いや、もしかして本当に山賊という可能性もあるのか?
奴等は立ち止まって何事かを話し合っていたかと思うと、やおら歓声をあげて走り出す。
こちらへ向かって来る奴等の声を拾えば、しきりに「エルフ」「女」「さらう」などの言葉を発していた。
有罪確定である。
俺がわざわざ念話で指示する必要もなかった。
山賊らしき集団が里の外周――樹木に擬態しているゴー君たちのテリトリー、その半分まで来たところで、ゴー君たちが一斉に動き出す。
ミシミシと枝を揺らし拳を作り出し、それを男どもの遥か頭上から叩きつけた。
攻撃に加わっていないゴー君たちは、太く強靭な根を二本の足に作り替え、大地を踏みしめて男どもを包囲するように位置取った。
ゴー君たちの奇襲を回避した者も幾人かいるが、大半はすでに拘束済みで、もはや趨勢は決したように思える。
それを確認してようやく、俺たちは茨の壁の外へ出た。
その先頭に立って歩くセフィ。疑問も抱かず後について行く里の男ども。
だから、なんでだよ!?
ここまで来れば突っ込みは野暮だろうか。
ともかく。
セフィは、たぶん間違いなく、エルフの里を襲撃しに来た山賊どもを前にすると、奴等の面前に立ってミストルティンの切っ先をびしりっと突きつけると、きりりっとした顔で告げたのだ。
「わるものどもめ! しんみょーにせい!」
どこで覚えてきたんだよ、そんな言葉。




