第二十九話 エルフの里、全俺化
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セフィは決意した。
ここへ逃げて来る狼人族すべてを助けることを。
ならば俺にできるのは、万が一に備えることだけだ。
教国の軍勢が、ここへ攻めて来るという可能性に。
まず積極的に行うのはレベルを上げること。
初期に作ったゴー君たちを里の周囲へ派遣し、今まで以上に魔物を倒してもらう。
できれば更なる進化が可能なレベルまで上がってほしいが、どうなるかは分からない。こればかりは時間との勝負だ。
他にできるのは、個々のゴー君たちの強化、改造だろうか。
とはいえ、それらは常日頃から行っている事でもある。今さら劇的な強化は望めないだろう。
とりあえずゴー君1号にはミストルティンを作って与えてみた。左手に収納され、一体化したミストルティンにより、ゴー君1号は双剣使いへとジョブチェンジした。いやそんなシステムはないけどね。
しかし今までと戦い方が異なるためにか、二本の剣を振るう姿はどこかぎこちない。
自分でもその事を理解しているのか、ゴー君1号はウォルナット相手に双剣での戦い方を習得しようと鍛練に励んでいる。
2号と3号にも何か強化を施したいが、与えられるようなものが特にはない。
1号みたいに剣や武器で戦うわけでもないからなぁ。
まあ、ゴー君たちの強化は常日頃からしているし、後はレベルを上げて進化してくれる事を祈るしかない。その内、何か良いアイディアを思いつくかもしれないしね。
他にできることは何があるだろう。
里の防備の強化?
それはセフィがやってくれている。茨の壁は今までより分厚く、巨大になっている。
戦力の向上?
狼人族の戦士たちには、片っ端からミストルティンを作って配った。幾つも並行して作る作業はなかなかに骨の折れる作業だったが、泣き言を漏らしている場合でもない。
俺、頑張った。
このミストルティンについてだが。
作りたてのミストルティンよりも、きちんとした金属製の武器の方が攻撃力は高そうに思えるし、事実そうだろう。だけどミストルティンはマナトレントでもある。あらかじめ使用者の命令に従うように俺が命じておけば、鍵となる言葉を設定しておくだけで、決められた魔法を使うことができるのだ。
たとえば「ヒール」と唱えたら回復魔法を使うように命じるなどだ。
マナトレントは水属性を持っていて、「生命魔法」と少しの「水魔法」を使うことができる。
とりあえず、すべてに教え込むのは苦労したが、回復と強化、敵の弱体化までは出来るようになった。
「水魔法」は今のところ微妙だ。殺傷力がちょっと弱い。
それでも持っているだけで回復やバフ・デバフを使える道具としてみれば、十分に有用だろう。
あとは罠を作るとか?
考えてみたが、すでに里の周囲に林立するゴー君たちが罠みたいなものだった。
落とし穴とか作っても、そこに敵が来るかはわからないし、わざわざ誘導するというのも違う気がする。
これも保留だ。
考えつく事はあまりない。
もっと戦力を強化したいのだが、どうすれば良いのか。
ゴー君たちをもっと増やしてみるか?
だが、もしも敵がゴー君たちを鎧袖一触にできるくらい強かったら、ただの時間稼ぎにしかならない。得られる利益は労力に見合わないだろう。
もどかしい。
何だったら俺が自由に動ければ良いのに――と思ったところで、ふと気づく。
そういえば俺って動けるわ、という事ではなく。
そういえば俺って全然戦ってねぇじゃん、という事に。
いや、動けるとはいっても動作は遅いし、いつも本体は里の中央に生えてるしで、気がつけば戦う機会がないのだ。
だが、ステータス的にもスキル的にも、日々日々地下茎に蓄え続けた大量のエネルギーを使用できることを考えても、俺が戦わないという選択肢は勿体ない。
俺が戦うためには、とりあえず戦場にいる必要がある。
だけど里の外周のどこかへ移動するにしても、敵がどこから攻めて来るかは確定できない。
セフィが感知してから移動するのは、俺の動作の遅さから間に合わないだろう。
なにか発想の転換が必要だ。
――ならば外周のどこにでも俺がいれば良いのでは?
ふとそう考えてみると、それは存外不可能でもなさそうに思えた。
広場の中央から外へ向かって根を伸ばし、外周に到達したところで『変異』を使って根の一部を樹木に変化させる。
その樹木は正真正銘俺の一部だから、俺の能力をそのまま使うことができるわけだ。
これならば、今まで無駄に死蔵していた『結界』などのスキルも有効に活用することができるだろう。
里にはセフィが張ったという結界があるらしいが、その効果は「忌避結界」というのだと長老に聞いた。つまりセフィの威光とやらと同じで、日々セフィに強化された里の大樹たちや茨の壁が一つの巨大な生物のように発する存在感に、魔物が近づかなくする作用だという。
俺の『結界』スキルに「忌避結界」はないし、それならば二重三重に俺の結界を展開しても効果は望めるだろうし。
これは悪くないんじゃないか?
てか、良いんじゃないか?
うん、良い。
光明が見えて嬉しくなった俺は、それをさっそく実行に移してみた。
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それから一週間ほどで、里の外周にぐるりと俺の一部を生やすという計画は完了した。
しかし、予想外の事態になった。
根を伸ばすのは難航したが、なんとか成功した。
考えてもみて欲しいのだが、里には幾つもの大樹たちがある。その地下には当然、大きく巨大な根が縦横無尽に走っているわけで、俺が根を伸ばそうとすると、それらの根にぶち当たってしまうのだ。
他の根に当たってしまうごとに根を伸ばす方向を変え、密集する根と根の間を潜り抜け――と、まるで針の穴を通すかのような繊細な行為を根気よく進めた結果、里の外周に根を到達させることには成功した。
それから茨の壁のすぐ外側――ゴー君たちが立ち並ぶ領域に、里をぐるりと囲むように根を『変異』させて生やした36本の樹木を等間隔に設置することに成功したのだ。
意識してみれば外周の樹木たちも『魔力感知』を発動し、俺は里の中央にいながら里の外側をも「見る」「聞く」「感じる」ことができるようになった。
当然、そこから『スキル』などを行使することも問題なく成功した。
地下では他の大樹たちの根とごちゃごちゃと絡まり接触しているため、根を切らない限り、俺の本体が移動する事はもう出来ないだろう。
ぎゅうぎゅうに詰まった満員電車のごとき(満員電車って何だっけ?)窮屈感には辟易するが、里のことを思えば我慢でも何でもない。
それに、だ。
里の大樹たちも住人たちを護る同志なのだと思えば、むしろ頼もしく感じてくる。
いやたぶん、俺の気のせいだとは思うが――セフィによって森の木々とは比べ物にならないほど巨大に成長した大樹たちからは、微かに意識のようなものを感じる……気がするのだ。
おそらくはその巨大さと存在感から錯覚しているのだと思うが。
樹齢ウン千年の大樹を前にして、人が神が宿っていると感じるのと同じだろう。
そう結論付けた俺だったが……。
ある日の夜。
逃げて来た狼人族たちがどんどんと増えていき、後は「ガラ氏族」という一氏族の者がいないだけ、と判明した日の夜だ。
ここしばらく諸々の強化と根の伸展に追われて不眠不休だった俺だが、すべての準備が一段落したので、その日は久々にウォーキングウィードの依り代に意識を移し、セフィの傍で眠りに就いていた。
そんな俺が、夢をみた。
――モリ、サト……マモ、ル……。
――セフィチャン……タス、ケル……。
――ワルイ、ヤツラ……タオス……。
――モット、モット……ツヨク、ナル……。
――オジチャン。
――ボク、タチ……オジチャン、ニ、キョウリョク、シテ、アゲルヨ……。
――セフィチャン、ミンナ、マモッテ、ネ……?
……。
…………。
………………。
……なんか、たくさんの幼児たちから「おじちゃん」呼ばわりされる夢をみた。
俺ってば、おっさんだったのだろうか。
そこはかとなくショックだが、いやいや、精神年齢的には渋い壮年の如く熟成された自我を持っていることの表れかもしない。
そうだ。そうに決まってる。
などと、なかなかに衝撃的な目覚めを果たした朝。
いつものようにメープルがセフィを起こしに来て、それからセフィが顔を洗って髪を整えてもらい、身支度を済ませると、やはりいつものように、
「ユグ! いこっ!」
『おう!』
ここ数日は一緒に行動できなかったからか、妙にテンションの高いセフィにずぼりっと引き抜かれて、俺たちはいつもの「おしごと」へと出掛けた。
まずはセフィの家がある里一番の大樹からだ。
例の蔦に魔力を流して下へ降りたセフィは、さっそくとばかりに幹へ手を当てて、魔力を流していく――のだが。
「ふえ? なにー?」
『どうした、セフィ?』
魔力を流しながらセフィは不思議そうにコテンっと首を傾げたのだ。
いつもならばもう終わっているはずの「がんばれー!」であるが、なぜか今日はまだまだ続いている。
セフィからは膨大な魔力が次から次へと大樹へ注がれていき、それは収まる気配もない。
『お、おい、セフィ、そんなに魔力流して大丈夫なのか?』
さすがに心配になってきた俺がそう声をかけると、セフィはなおも不思議そうにしつつも頷いた。
「うん。だいじょぶ……だけどー?」
その瞬間である。
『ぬおっ!?』
「ユグ!?」
本体に異変を感じた俺は、反射的にウォーキングウィードから『憑依』を解除してしまった。
そうして意識が本体に戻った時、俺はセフィが注ぐ膨大な魔力がどこへ流れているのか、すべてを理解した。
目覚めた時から、何となく違和感は覚えていたのだが……まさかこんな事になってるとはな……。
「ユグっ! どーしたのっ!? ユグっ!?」
とはいえ今は、脱け殻となったウォーキングウィードをばっさばっさと振りながら取り乱しているセフィを宥めなければ。
なので俺は、セフィに心配ないと声をかけた。
『あー、セフィ、大丈夫だ。俺は無事だ』
「ふえっ!?」
俺の声が聞こえた瞬間、セフィはこちらへ振り向いた。
そう、広場の方にある俺の本体ではなく、背を向けていた大樹の方へ振り向いたのである。
「……もしかして、ユグー?」
『おう! そうだぜ!』
俺の意識は今、間違いなくセフィの家がある大樹へと宿っていたのである。
いや、それどころか。
今や俺は、里に生えるすべての大樹、および外周を囲む茨の壁とも「一体化」していた。
外周へ伸ばすために地下深くで絡まった幾つもの根。
なぜかは分からないが、それらが「融合」していたのだ。
それが理由なのか、里に生える大樹も茨の壁も俺の「一部」となり、意識すれば、そこからスキルを発動させることも「見る」ことも「聞く」ことも「話す」こともできるようになっていた。
つまり。
今や俺は――いや、俺こそが、エルフの里と化していたわけである。
えー……。
いや、正直予想外過ぎるんですけど。
だが、問題があるどころか俺にとっては好都合なのは間違いない。
「ほえー……ユグ、しゅごい」
説明してみれば、さすがのセフィも目を点にして驚いていた。
こんな驚き方してるセフィ、初めて見たかもしれんね。
まあ、ともかく。
それからというもの、俺は度々不思議な「声」を聞くことになる。
微かな声だが、どこか身近に感じられる小さな「声」たち。
精神の病かな? と思い、長老に相談してみれば、それはおそらく里の大樹たちに宿った「微小精霊」ではないか、とのことだった。
なんとまぁ、セフィの日々の献身のおかげか、すでに精霊たちが宿っていたらしい。
俺はそんな彼らに、聞こえているかは分からないが、『これからもよろしくな』と伝えるのだった。
――コレデ、ボクタチ、ツヨク、ナッタ……ネ?
――コレカラ、ヨロシク、ネ。
――オジチャン。
――ウフフ……!




