第二十五話 猟犬のごとく
本日二話目です。
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――狼人族の後を追い、エルフどもの居場所を探れ。
それがカイ・ビッカースに課せられた新たな任務であった。
さすがにハイエルフと多数のエルフを相手に一人で戦いを挑むわけにはいかない。エルフはともかくとしても、代替わりしたばかりとはいえハイエルフは個人で相手に出来るような存在ではない。
思う存分異教徒相手に剣を振れない事は不満であったが、それはいずれ来るべきメインディッシュとして取っておけば良い。
所在さえ掴めれば、教国がハイエルフを放置するという選択などありえないのだから。
だから今回は前菜だ。
残った愚かな狼人族を森の奥へ追いやるために、最後だという集落を派手に襲わねばならない。
せいぜい恐怖を刻み込んで、唯一の希望にすがるように誘導してやろう。
だが、やはりこれも一人で行くわけにもいかない。
狼人族ごときが何人集まろうとも遅れをとるとは微塵も思わないが、万が一という事もある。
かといって、大勢の葬炎騎士を動かすこともできない。
現段階では、ハイエルフに関する情報は推測であって、不確かな情報を基に葬炎騎士団を動かすことはできないのだ。だからこその今回の任務であり、騎士団を大々的に動かす名分を得るためにもハイエルフの所在を確定させなければならない。
他の騎士を動かす事はできないが、任務達成に必要となる「物資」は既に受け取っていた。
それらを使って、カイは早々に行動を起こした。
まずは傭兵を雇う。
どれほどの距離があるかは分からないが、危険な森の中を行軍せねばならない。
加えてその前に、狼人族とも一戦交える必要がある。
後者はカイ自身が積極的に前に出るつもりだから問題はないが、前者は森の魔物に殺されない程度の実力は欲しい。
そしてこれは首尾よくエルフどもの居場所を突き止めたらの話だが、雇う傭兵団には現在のエルフ――特にハイエルフの戦力を量るために威力偵察の役目を負ってもらう必要がある。
たぶん、おそらく――いや、確実に死ぬ事になるだろう。
だから死んでも良いような存在が望ましい。
幸いにして教国が領土拡張を始めてから、国内には多くの傭兵たちが流入して来ている。
そこそこの実力があり、死んでも良いような屑。
山賊崩れの傭兵団など腐るほどいるのだ。
心配するまでもなく、条件を満たす傭兵団は簡単に見つかった。
生意気にも『地竜の咆哮団』とかいう分不相応な名前の傭兵団で、仕事のない平時には平気で賊に転身するような屑どもの集まりだ。
その団長を名乗る下品な男に接触したカイは、任務遂行のために渡された経費から惜し気もなく大量の金貨を前払いした後、こう言った。
「成功報酬はその5倍を払う。それは依頼に必要な物資や食料を調達するのに使ってくれ」
おそらく長期間、まともな補給のできない行軍になる。
必要な物資はそれなりに多くなるだろう。だがそれを考慮しても、余裕でお釣りの来るような大金であった。
依頼内容は狼人族の集落への襲撃。そして逃げる狼人族の追跡。その先にエルフたちが住む場所があるかもしれない事、エルフたちの居場所を確認できれば、あとは「現地で何をしても構わない」事などは既に説明してある。
「ああそれから、馬車なんて通れないからね。輜重運搬用に、このマジックバッグも三つほど貸しておこう」
偉大なる主神イコーから教国が賜った技術――ルーン魔術と、ルーンを使用した魔道具製造技術。
それによって生み出された魔道具の中でも、内部の空間が拡張され大量に物を入れられるマジックバッグは凄まじく高価だ。
それこそ渡した金貨などはした金と思えるほどの金額がする。
「ほ、本当に良いんですかい……?」
団長だという小汚ない中年男は、震えながらマジックバッグを受け取った。
そしてカイが頷くと、どこか卑屈そうな笑みを浮かべてみせる。
(あー、これはやるな)
内心でそう断定する。
おそらく依頼終了後、何か理由をつけるか逃げるのかは知らないが、マジックバッグを「がめる」つもりなのだろう。
屑が考えそうな事だ、と思いつつ、怒りは湧かない。
残り少ない人生だ。夢や希望、あるいは野望を抱いて死んでいくのも良いだろう。わざわざ盗むなと釘を刺して気分を悪くさせることもない。ギリギリまでいい気分でいてもらおう。
だから、そもそも5倍の成功報酬も最初から用意していない事も、告げないでおいた。
(優しいなー俺は。天使かよ)
などと自画自賛しつつ、依頼に関しての打ち合わせは滞りなく終了し、すぐに北の樹海へ向かう日が来た。
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「――あはッ! あははッ! あははははははッ!!」
笑いながら剣を振るう。
愉しげに剣を振るう。
その度に激しく飛び散る異教徒の血が、カイの興奮を際限なく高めていく。
北部大司教区と接する広大な樹海――ヴァラス大樹海。
その比較的浅い領域に住む狼人族の一氏族――ガラ氏族。
ガラ氏族の集落へ五十人を越える傭兵団を率いて突撃したカイは、緊張と警戒感を漂わせながらも、結局はいつもと変わらぬ日常を送っていた狼人族たちへ襲いかかった。
最初はそこら辺にいた女子供を斬った。
すぐに悲鳴が上がり、男どもが寄ってきた。
斬った。斬って斬って斬った頃、戦闘要員と思われる武装した狼人族どもが襲いかかってきた。
その数は20。
こちらは50。
数はこちらの方が断然多い。だが本来ならば、種族差でこちらが圧倒されかねない。雇った傭兵どもは強者とは言いがたく、狼人族に単身で勝てる者は皆無。
それでも問題はない。
葬炎騎士たる自分がいるならば。
突き出される槍の前に、自ら踏み込んだ。
握った剣で穂先を逸らし、剣身に柄の部分を滑らせながら間合いの内へ。
間断なく一閃し、両断する。
振り下ろされる剣をギリギリで避ける。
頬を撫でる剣風に亀裂のような笑みを浮かべながら、こちらもお返しに一閃。
跳ね上がる頭部に気分は高揚する。
突出したカイに向かって攻撃は集中する。
避ける、逸らす、防御する、それでも時おり体表を掠め軽微な傷を刻んでいく。
だが致命に至るには程遠い。
だから本気は出さない。
全力を尽くさない。
葬炎騎士に与えられた炎神の恩寵を使っては、すぐに終わってしまうから。
だが、どれだけ楽しくとも終わりは等しくやって来る。
気がつくと向かって来る者はいなくなっていた。
途中から相手が時間稼ぎに徹し出したのにも気づいている。
同胞を逃がす決断をしたのだろう。
すべては計画通りであり、まだまだ暴れ足りないが、とても気分は良い。
「すぅー……はぁー……」
撒き散らされた大量の血液によって、濃密な血臭のする空気を深呼吸する。
そうしてどうにか興奮を沈めたカイは、傭兵たちを振り返り、笑顔で告げた。
「さあ、行こうか」
「は、は、はいぃぃぃッ!!」
名前も覚えていない団長が声も顔もひきつらせながら必死で頷いた。
カイにとってはどうでも良いことだが、傭兵側は12人が殺されていた。
それからカイたちは予定通り、ヴァラス大樹海を北上し始めたガラ氏族の残党を追跡した。
気づかれないよう慎重に距離を取り追跡するのは、誠に遺憾ながらカイだけでは不可能であっただろう。
森に慣れており、かつ追跡術を習得している者がいなければ、狼人族を途中で見失っていたはずだ。
何をしているのかは知らないが、森や山に潜む事も多いという『地竜の咆哮団』に、この件だけは感謝することになった。
どんな屑にも優れたところはあるんだね、と人生の奥深さをカイが学んでしばらくした頃――ようやくにして、長い長い追跡劇も終わりを見せたようだ。
『魔力感知』という優秀なスキルを保有するカイの知覚に、いくつもの密集する魔力が感じられたのである。




